浪漫亭随想録「SPレコードの60年」

主に20世紀前半に活躍した演奏家の名演等を掘り起こし、現代に伝える

SPレコヲド60年 最後の金字塔 デュクレテ・トムソン盤のフォーレ「レクイエム」

2006年10月09日 | 指揮者
フォーレのレクイエムを学生時代に歌ったが、オケとやった本番の感動は数日間覚めやらず、現在でもこの曲を聴くたびに蘇る。長らくこの曲の名盤を探し続けたのも、特別な想いからである。やうやく行き当たった名盤がこのアンゲルブレッシュの演奏だった。

アンゲルブレッシュの名は、祖父の家にあった「アルルの女」のSP盤で小学生の頃から知ってゐた。しかし、その後あまり接する機会はなかった。今回のフォーレのレクイエムは以前からその存在を知っていたが、これほどの名演奏とは知らなかった。「神の子羊」での合唱と管楽器、管楽器と弦楽器のバランスは素晴らしく、結構ドライな録音であるにもかかわらず、正味発せられた音だけで十分な雰囲気を醸し出してくる。歌手、合唱団、オケすべての演奏者が丸裸の状態で音楽を作り上げている。録音技術の良さも相まって、一種の緊迫感のやうなものが伝わってくる実在感ある演奏だ。終始落ち着いた雰囲気が漂うが、「リベラメ」は意外にもかなり速い目のテンポで進められる。全曲を聴き終えて、邪悪なものから解き放たれたやうな、すがすがしい気分で満たされてゐる。

フルトヴェングラー一筋だった学生時代、僕は仏蘭西や伊太利亜の作品や演奏を受け付けない時期があった。感覚的には優れていても、何か表面的で軽薄な文化だと信じて疑わなかった。が、フォーレの音楽との出会いはその考えが間違いであることを思い知らせてくれた。偏った考えに縛られてゐると、このやうな素晴らしい世界を見ぬまま一生を終えることになっただらう。

自分の考えが偏ってゐないか常に検証すること、人の意見に耳を傾ける時間を持つこと、今の僕には二つとも欠如してゐる。アンゲルブレッシュの「レクイエム」は、このことを気づかせてくれた。

盤は、大田憲志氏のSP復刻CD TKS-303(原盤は1955年デュクレテトムソンのSP)。


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