典虚てん手古舞

我が為の日々の記録! 74歳

介護・医療・教育・保育・・・

2016年02月21日 | 【時事雑感】イマドキ、世の中、この社会

 今日のお題は?と、スマートホンを片手に画面に見入りました。例の川崎の事件が導入でした。以下はメモです、ただのメモ・・・。

 <介護現場の苛酷な労働環境>というテロップが現われ、本多勇さん(武蔵野大学)の話から書き出しました、わたし。

 「社会福祉の領域は人手不足で、いわゆるニートやフリーターも比較的入りやすい業界だ。ただ、実際に福祉の教育を受けていない人が入っていくとパニックになる。(介護は)自分の物差しで相手を計って、自分の思い通りにするという仕事ではない。自分の感情をコントロールして相手に関わることが求められる。適性や資質、基礎となる“人間性”が大事。」【典虚:賃金は安いし、労働はきついし・・・。先日、介護の仕事を息子がしているとオジサンから、「殴りたくなるときもあると息子がいってた」と聞いたばかりです。】

パネル「2000年 介護保険制度がスタート、その後異業種からの新規参入が相次いだ。有料老人ホームの数は、2000年は349施設だったものが、2014年には9632施設と、28倍にも増加した。」

<歪み>急速に数を増やした介護施設、利益や効率を重視する社会、2007年には訪問介護大手コムスンによる介護報酬の不正請求が発覚。【典虚:そんなこともあったっけ? 】

 内山節さん(哲学者)のお話。【典虚:理想を言えばという前置をなされていましたっけ?在るべき姿は大事です。少し書き足します】

 今の社会の在り方は「活動的な人だけに焦点を合わせた社会」を作った。ひたすらGDPや経済効率だけを追い求めてきた。いかに効率よくモノを作ったり回したりするかという発想を「人間」に当てはめてしまった。

<“人間関係”の在り方> 内山さんのお話 「介護」は全員ができる社会を作らないといけない。子供の頃から人間関係をいろいろな形で作り、地域社会やお年寄りとも関係を作ることが出来れば 介護のかなりの部分まで皆が出来る社会が出来ていたはずなのに、それが出来ていないがために、つまり ところがちゃんとした人間関係が出来ないまま介護の現場に入ってこざるを得ないのが現状である。 こういうことが今いろいろな問題を起こしている。⇔【典虚:とするならば、幼い子どもの保育、教育の段階からの問題やと思いますし、子どもの親・祖父母の家庭教育、学校現場そのものの問題も孕んでいます。】

 介護職員さんの言葉年輩女性 「仕事自体は大変、命を預かる仕事。人を人としてみられなければ、このしごとは難しい」

 介護職員さんの言葉若い男性 「ストレスはどんな仕事でもたまる。自分より弱い立場の人に対し、ストレスの矛先を向けるのはおかしい」

タイトル「風をよむ 」 介護の現場(画像)

 

 【以下は目もなので、聞き間違いあります。でも、キーワードって、ものを考える手掛かりになりますから、大事です。( )は私の勝手につけたしね。】

姜さん: 隔離している 高齢者を、社会的にみて逸脱しているひとを隔離する。「見えなくなる密閉空間」。結局、みないようにしている。「フクシマ」でも、(現実は)みたくないという(気持ちから目を背けているが、しかし、それでは駄目で」考え方をかえる(べきだと思う。) (実際の問題として、今は以前と違って)地域社会(そのもの)が傷んでいる。(厄介な事々も避けず) 取り込んで社会が強くなる(方向に向かわなければどうにもならない問題だという点では)通底している。

 大宅  母が100歳(で他界したけれど、その経験を通じていえる介護の現場で働く人たちの)待遇をよくしないといけない!  システムとして考えなきゃ(どうにもならない。) 母をみていて、若い人と話が出来な (?) ( しかし川の)この事件は、一昨年なのに、(その時、すぐ)おかしいと思わなきゃいけないのに、(今になって、なぜ?) そこも考えて欲しい。

 安田  終末医療を取材していて、人材不足(を痛感する)(現場で働く人たちは) 「不安」「とまどい」を(抱えてそれを)蓄積 (させている。) (高齢者を)施設のなかに押し込めるのではなく、共有の場を広げる必要がある

 涌井 失敗談だけれど、附属病院でのこと。 看護師から言われたことがある。「医師は疾病に向き合う 」けれど 看護師は患者の全人格に向き合うしごと」だと。介護は、人間の尊厳の尊厳の問題なのに、今の体制のままでいったらどうなるのか

 岸井  現場って厳しい。 内山さんの(話は)子どもの時からはじまる・・・。 介護する側、される側と線引きがいけない。

  

 典虚、さてっと

 わたしは「高齢者」というこ言葉がまず嫌いだね。孫たちは幼稚園で教わった「お年寄」という用語を使ってくれています。「低齢者」や「中齢者」はないぞっ文章はともかく、ひらがな言葉を使おうよ~

 「介護」ということばも鬱陶しい・・・。「年寄の世話」とせめて、話し言葉だけでも、言葉を短く約めずに使いたいですね。まあ、夏に入院して、現在は「要介護2」で、週3回のディサービスに通っています。入院前と違って、そこでのコミュニケーションのお蔭で、表情も明るく、愉しそうに過ごしているかな? しかし、刻々と呆けはすすんでおる・・・。認知症を抑える薬を入院中に服用始めたのですが、それまで通院していた診療所の医者は、高血圧とか心臓とかしか処方しませんでした。もちろん、退院を境にかかりつけのドクターを変えましたよ。やたら、薬を出す診療所なんで、私は「風邪気味」のときだけ、そこを使っとるん。「常備薬」が欲しいのでね。

 介護施設の入所者は、施設の車で、定期的に通院。MRIやらレントゲンやら検査して、もちろん投薬もされているのでしょう。いよいよ、いけなくなって入院かしら? 「認知症」であろうがなかろうが、介護施設にとって入所者が減れば、経営者は困りますものね。 75歳からの後期高齢者は、1割負担だから、知り合いたちの中には、バンバン薬を貰って、配っているひともいます。とくに、湿布なんざ。

 まあ、いろいろな人がいます。母ハクトーバ94歳の愉しみは食べることとちょっぴりお酒・・・。しかし、歯で噛む力も弱ってるんで、実家連へ宅配夕食は、弟と母と二種類作る日も増えたなぁ。

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