Delightful Days

tell on BLOG - ささやかな日々のしずく

move

2010-06-04 | weblog
2005年6月から丸5年続けてきたこのブログ。すっかり慣れて使いやすかったのは事実だけど、最近twitterとの連携などで不満な点も少し出てきて。ちょっと前にもブログの引っ越しを考えてはいたんだけど、結構つぶやくようになったこともあり、ブログを始めた6月という季節も切りが良いんじゃないかということもあり、遂にブログを移転します。
このブログは過去ログとしてこのまま残します。
新しいブログのURLは、

Together Through Life



ブックマークの変更など、諸々面倒かと思いますが、引き続き新ブログの方も宜しくお願いします。

最近の娘

2010-06-02 | family
今年の9月で3歳になるannだけど、日に日にイロイロなモノゴトが分かり始めているのは良いのだが、それと同時に分からず屋の部分が大きくなってきて困ることも多々。
たぶんイロイロなモノゴトを理解し、それと同時に欲望も膨れ溢れ、でも「それはダメ」と言われることも何となくは理解していて、でも自分の欲望との兼ね合いが上手くいかず、結局イライラして泣き出す。たぶん、そういう仕組み。
人間として成長していく過程で子供時代の「我慢」は重要な要素だと思うし、annが上手く消化できなくてもいいから、なるべくダメなことはダメと言うようにしているのだけど、そのときそのときはこっちも一苦労。

この間もおもちゃ屋でメルちゃん(赤ちゃん人形)から離れないので欲しいのかと思って買ってあげたんだけど、持ち帰ってからはあまり遊ばず。
相変わらずミッキー達の方が大好きみたいで…。



たぶんその瞬間の溢れ出る思いを上手くコントロールできていなくて、自分でもどうすればいいのかが考えられなくなるプチパニックとでもいうような状態によくなる時期なのだろう。
成長の過渡期。親としても勉強させられるし、親としても成長するための経験なんだろうが、まぁ、疲れるわね。

上手くいくことを願うしかない

2010-05-30 | sports
ダービー当日。何も予定を入れずに家で競馬を楽しむ。
しかし、史上空前のハイレベルと言われた今年のダービーは驚くほどのスローペースで、皐月賞馬も無敗馬も敗れる波乱。時計の遅い決着イコール凡戦とは一概には言えないけれど、少し拍子抜け。取れなかった言い訳かも知れないけど。

サッカー日本代表についてはもう随分前からあまり期待しないでおこうと思っていて、でもやっぱりW杯が目前に迫った今日、最後の望みを繋いでくれるかとイングランド戦を観る。
ベンチにはカペッロが腕を組み、ピッチにはルーニーやらランパードやらテリーがいる。足を痛めているジェラードも控えている。その光景を見ただけで、もう全然別次元のチームではないかと気後れするも、そんなこと言っていたらW杯ではほとんどのチームが別次元。そこに戦いを挑むのだから、戦う前から気後れしてちゃだめか。



前半早々7分に闘莉王の見事なゴールで先制し、その後もプレスの早い守りで前半をリードで折り返す。イングランドがおよそいつものイングランドらしくなかった(雨でピッチ状態も悪く無理してない?)とはいえ、日本にしてみれば悪くないどころか出来過ぎの折り返し。
ただ、後半になるとやっぱり足が止まる。ボールを持っていない選手が止まる。相手に囲まれた味方をサポートに行かない。
前回の韓国戦は悪過ぎたので問題外。だから、それよりも良かったとか言っても仕方ない。今日の戦いくらいは以前の日本でも出来ていたレベルだったし、要はW杯に向けてそこからどこまでステップアップ出来ていたかの確認の試合だった。
でも、ステップアップは出来ていなかった。後半終盤に立て続けのオウンゴール(つまり守備が完全に崩されたということ)で1-2の敗戦。
相手がほとんど格上のW杯では今日の70分までの戦い方しかないけれど、それを90分持続できないのは相変わらずだった。善戦はしても、勝ち点を取れない。数年前から変わっていない。
でも、W杯はもう目前。出来ることは限られている。とにかく意識の継続、集中力の持続、それが上手くいくことを願って、応援するしかない。

こあら

2010-05-29 | family


annが作った「こあら」。

ブドウの皮が目と鼻。サクランボの房が口。

笑ってる。

お姫様

2010-05-26 | weblog
夜、Kちゃんとその彼氏Oくんが遊びに来てくれた。東京に来ているryuuも一緒。
このブログをいつも見てくれていて実物のannに会いたいと言ってくれて、高円寺の素敵なカフェで会ったのが去年の10月。それ以来だから、半年以上振りか。

annは僕の帰宅前、彼らの到着前まではこんなドレスを着てじぃじと踊ってたらいんだけど。


僕らが庭に到着(だいたい一緒のタイミングで着いたのだ)し、パートナーが「あ、誰か来たよ~」と言うと「脱ぐ~!!!」と叫んで強引に脱いでしまったらしい。annのお姫様姿が見られなくて残念。

それでも態度は充分お姫様。



やさしい来客にたくさん遊んでもらって。




大満足。

たくさんお土産も頂き、大勢での賑やかな夕食。楽しかった。
親子ともども感謝感謝の夜でした。

like a boxer

2010-05-24 | family
昨夜までは腕や首にブツブツができていただけで、なのでそこに薬を塗って寝たann。今朝起きても大丈夫そうだったのが、会社から帰宅して「おとうさん!おかえり~」と玄関まで迎えに来てくれたannの顔を見て吃驚。左目が腫れている。試合後のボクサーみたい。もしくは輪島功一みたい。



機嫌は良いしあまり痒がらないのが幸いだけど、見ていてなんだか痛々しい。やっぱり犬アレルギーがあるのかな。あんなに好きなのに。それとも虫刺されかな。でも、昨日は短時間しか外に出ていないし…。
とりあえず前に皮膚科でもらった薬を塗って様子を見る。それにしても肌の弱い子だ。

あ、画像は顔全体がむくんでいるわけじゃないよ。丸々とした顔は生まれつきです。

従姉妹

2010-05-23 | family
久しぶりに義妹のウチにお邪魔すると、Kがすっかりよく話すようになっていて驚く。あと数日で2歳になるんだけど、annが2歳になりたての頃よりもよほど上手に話す。たまに分からない単語や謎の中国人的発音になる(これがまたかわいい)けど、ほとんど会話が成り立つんだからすごい。
annは久しぶりに会えたKに大喜び。内弁慶気味なannなので、だいたいK主導で遊ぶ。



大好きなりゅうにも会えて、撫でたり頬ずりしたり。



ただ、以前からそうではないかと疑いがあったんだけど、どうもりゅうに触れると身体のあちこちが痒くなり、ブツブツができてしまう。今日も首の後ろや腕が痒くなり出したので、薬を塗ってKに長袖を借りて着替える。最近よく食べてムチムチのannなので、Kの服を着るとパンパン。囚人コントの衣装みたいになってしまった。



それでも楽しそうに遊ぶ2人。



Kがよく話すようになってから初めて遊ぶので、2人で言葉でやり取りしているのを見るとなんか新鮮で不思議。

夕食を頂き、5月が誕生日の義弟とKのお祝い。
annもピチピチの服でハッピーバースデイを歌って手を叩いて変な顔で「おめでとう~!」



まだ眠いとお互い不機嫌になったりもするけれど、女の子同士の従姉妹として楽しく遊べる予兆が伺えた休日だった。

久しぶりな

2010-05-22 | weblog
あら。結構間が空いてしまった。特に何事もなく日常が過ぎていたからなんだけど、twitterのせいもあるかも。twitterとブログは全くの別物だと思ってるんだけど、まぁ多少は影響してるかも。

今日は午前中カットして、その脚で銀座へ。先に行っていたパートナーとann、義母と合流。



ランチに老舗洋食屋レストランあずまで和風ヒレを。柔らかくて美味だし、いかにも洋食屋といった店内の雰囲気も居心地良い。

夜はryuuが前回置いていったスーツを取りにきた。
買い物に付き合ってもらい、一緒に夕食。結局そのままお泊り。車で松山から来ていたので運転疲れしていた頭と身体で、それでも夜遅くまで話す。
大した話はしてないけど、それでも久しぶりな、心落ち着ける友との会話。

行船公園

2010-05-16 | family
天気の良い日曜日。午前中から行船公園に行く。ここには無料の小さな動物園がある。ゾウや猛獣などはいないけれど、サルやワラビーがいる。
もちろんannは大喜び。今一番行きたいのが東京ディズニーランドと上野動物園らしいから無理もない。

早速サル山の前で興奮。



羊やウサギと触れ合えるコーナーもあり、もちろん触れ合う。
大きな山羊は少し恐いのか慎重に近付くけれど、小さな動物は平気。それでも慎重に、優しく抱っこする。

モルモットも。


ウサギも。


そぉっと撫でる。

「あひるさん動かないねぇ!」


ここの動物園はサルが多い。色んな種類のサルがいた。
annも「おサルさんみたい?」


カンガルーも好き。本当はワラビーだけど。偶然にもお腹の袋から顔を覗かせている赤ちゃんカンガルー(本当はワラビー)も見られて僕も興奮。



僕も小さいころは動物園が大好きだったなぁ、とか思い出しながら回る。子供が動物を見つめる目は本当に真剣で輝いている。その眼差しは生き物を見つめる眼差しで、それが生命であることを分かっているからこそ、触れようとする手は優しくなる。



触れ合いコーナーで誰も見ていないところで意地悪なことをしようとする子供もいたし、子供だからこその悪戯心だというのも分かるけれど、生命と触れ合うとき、やっぱりそこに優しい気持ちがなくならないことを祈る。

1Q84 BOOK 3

2010-05-15 | book


村上春樹『1Q84 BOOK3』読了。
BOOK 1、BOOK 2では青豆と天吾の章が交互に配置され、交差に向かってそれぞれの筋書きが展開されるメタ小説の形を取っていたが、BOOK 3ではそこに牛河の章が追加される。牛河は青豆と天吾の足取りを追っていく役割を担っているので、結果、彼の章はこの小説自体の批評となり、物凄く分かりやすい形での解説となる。
牛河の章以外でも時折著者が顔を出して説明的な文章を加えることがあり、全体的な印象はおよそこれまでの村上春樹の作品とは思えないほど読み易く、分かりやすく、共感しやすい一見エンターテインメント小説のようだ。
ただ、読んでいてずっと驚いていたことがある。「1Q84」あるいは「猫の町」は天吾の作り上げた物語だ。青豆と天吾(と牛河)はそれぞれにこの物語に迷い込み、それぞれに危険を乗り越えてそこから脱出しようとする。つまり、物語は世界=システムとなり、彼らはそのシステムから逃れようとするのだ。自身が描いたはずの物語なのに。
物語はやがてシステムとしての脅威を発揮し始める。父親は国家のメタファーとしてのNHK受信料回収人として強権的に金銭を毟り取ろうとする。そこには父性の原理がシステムとして残されていて、子はそこから必死ではい出ようとする。
つまり、個が描き出す物語がいつの間にかシステムに浸食され、それが世界として個を縛り付ける。
世界=システムの脅威から逃れる(あるいは立ち向かう)ために、これまで村上春樹が一貫して物語の力を信じてきたことを思うと、その物語そのものが世界=システムとして個を襲う脅威として描かれ、個がそこから必死で逃れようとする作品として『1Q84』を描いたのだとしたら、やっぱりそれは驚くべきことであり、新たなる地平へと進化しようとする小説家の姿勢なのではないか。
自身が信じる物語が、世界=システムとして、結果的に個に対する脅威となってしまう可能性。それを認めた上で、村上春樹はそれでもなお、物語を紡ぎ出そうとしているように見える。
そして、個が力を発揮するために一番必要なのは、純粋なる愛でしかない。

「再生についてのいちばんの問題はね」
「人は自分のためには再生できないということなの。他の誰かのためにしかできない」

ドストエフスキー的総合小説の域に達してはいないのかも知れない。あるいは、エンターテインメント的要素を確信犯的に加味し、より広く『1Q84』を世界に広めようと目論んでいるのかも知れない。
ただ村上春樹が新しい試みに挑んでいることは確かだし、BOOK 4にせよ、違う物語にせよ、彼の次回作では現実に対する文学的解決の糸口が、より鮮明で精緻な形で示されるだろうと思う。