(以下、毎日新聞【北海道】から転載)
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ニュースワイド:アイヌ有識者懇談会 焦点は基本法制定 /北海道
◇あす、報告書素案を論議
政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」(座長、佐藤幸治・京都大名誉教授)が大詰めを迎えている。29日に東京で行われる懇談会では、報告書の素案が示され、7月末に予定される報告書の取りまとめに向けた最終的な論議を行う。焦点は、立法措置の是非とその中身。07年9月の国連・先住民族の権利宣言、昨年6月の国会決議を踏まえ、アイヌ政策に新たに何が盛り込まれるか、に注目が集まる。【千々部一好】
◇国会決議を受けた具体的政策を
■基本法制定を
「次回に報告書の素案を示し、7月末にまとめたい」。佐藤座長は5月末の前回懇談会で、今後の審議の流れを説明した。
報告書に盛り込む具体的な施策は前回、前々回に議論している。しかし、道や道アイヌ協会が強く求める「立法措置に基づく総合的な施策の確立」は議論を十分に尽くしておらず、大きな課題として積み残された。
「立法措置は出口の問題。いろいろな施策の中身が見えてきた段階で判断すべきだ」。佐藤座長は昨年8月の初会合以来、立法措置について否定も肯定もしない姿勢を一貫して取り続けてきた。
これに対し、道アイヌ協会の阿部一司副理事長は「国会決議後の官房長官談話には『国連宣言を参照にしつつ、総合的な施策の確立に取り組む』とあり、その趣旨を生かすためにも、法律に基づくアイヌ政策を打ち出すべきだ」と指摘。政策の理念を明記したアイヌ基本法制定が必要と訴える。
■支援策の個人認定は
報告書の素案では、政策の理念に「アイヌを先住民族と認識したうえで構築する」と明記。新しいアイヌ政策は国の責任で行い、(1)国民の理解の促進(2)広い意味での文化にかかわる政策(3)国の推進体制の整備--の三つの柱に絞った。
具体的には、▽アイヌ文化や歴史などの研究・教育・展示施設を核とした民族共生の象徴となる公園の整備▽居住地に左右されない全国規模での生活支援の実施▽アイヌ政策を総合的に担当する国の窓口、常設の協議の場の設置--などを盛り込んだ。道アイヌ協会が求めていた国会での特別議席付与は、「国会議員は全国民の代表」との憲法に抵触するからと見送られた。
生活支援は、道が74年からウタリ福祉対策として教育や雇用対策などを行ってきたが、道外のアイヌは対象から外れ、居住地で格差があった。首都圏のアイヌで作る「関東ウタリ会」の丸子美記子会長は「道内はまだまし。道外にいるアイヌは何ら恩恵を受けていない。同じ土俵に立てる制度をぜひ実現してほしい」と訴えてきた。それが取り入れられた形となっている。
ただ、生活支援には「だれがアイヌか」という個人認定が必要で、素案は「個人認定手続きには透明性、客観性のある手法を慎重に検討すべきである」としている。客観的な判断材料に、アイヌ名が分かる明治初期に作られた改製原戸籍があるが、誰がどのように認定するのか、今後検討すべき課題も多い。
■国際水準の政策を
アイヌ政策を検討する政府の懇談会は、95年に設置された「ウタリ対策のあり方に関する有識者懇」以来、2度目。しかし、前回と比べると、取り巻く環境は変わっている。
前回は、アイヌ差別の根源とされた「北海道旧土人保護法」(1899年制定)の廃止と新法制定が課題だった。今回は「政府はアイヌを先住民族と認めること」「国連宣言を参照しつつ、総合的な施策の確立に取り組むこと」の2点を政府の求めた国会決議や、国連宣言を踏まえ、アイヌ政策の質的転換が求められた。「アイヌ文化振興法」(97年制定)を超える総合的な政策展開が期待されている。
先住民族問題に詳しい恵泉女学園大学の上村英明教授は「素案で『アイヌは先住民族』としながら、ではどんな政策を行うのか具体策が見えてこない。各国政府は先住民族の権利保障に具体的に取り組んでおり、国際的な水準と照らして、日本が何をするのか分かりづらい」と指摘する。
米国は先住民言語法を制定し、先住民族が独自言語を使用する権利を保障。また、フィンランドは先住民族サーミ議会を設置。さらに、台湾は進学優遇措置で、入試得点を上乗せして優遇している。
アイヌは近世で資源を収奪され、近代は旧土人保護法で同化を強制され、現代は単一民族国家の幻想で忘れ去られてきた。独自の言語や文化を奪われてきた歴史を理解することが和解の原点となる。懇談会の報告書がそれにどこまで応えるか、真価が問われている。
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【アイヌ有識者懇の報告書素案のポイント】
・今後のアイヌ政策の基本的考え方
アイヌは先住民族。国連の先住民族の権利宣言を参照し、憲法13条「個人の尊重」に基づき、国が主体となった政策を全国で実施すべきだ
・政策の理念
新しい政策は、アイヌを先住民族と認識したうえで構築する
・具体的政策の三つの柱
(1)国民の理解の促進
アイヌの歴史・文化の適切な理解を可能とする学校教育の内容充実。アイヌ民族の日(仮称)の制定
(2)広い意味での文化にかかわる政策
アイヌ文化や歴史などの研究・教育・展示施設を核とし、アイヌ文化の体験・交流を促進する民族共生の象徴となる公園の整備。生活支援策は居住地に左右されず、自律的に生を営むため、道内外で実態を調査したうえで行う
(3)国の推進体制の整備
アイヌ政策を総合的に企画・立案・推進する国の窓口整備。施策の実施状況をモニタリングする協議の場を設置する
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◆アイヌ有識者懇の審議経過◆
1回目 08年 8月 アイヌの現状、国連・先住民族の権利宣言の概要説明
2回目 9月 加藤忠・道アイヌ協会理事長と高橋はるみ知事がアイヌの生活実態を説明し、新たな立法措置や政府の総合的な窓口設置などを要望
視察(1) 10月 道央を現地視察
視察(2) 11月 東京のアイヌ文化交流センターを現地視察
3回目 12月 安藤仁介・世界人権問題研究センター所長が世界の先住民族政策、常本照樹・北大教授がアイヌ政策の検討課題を説明
4回目 09年 1月 山内昌之・東大教授と佐々木利和・国立民族学博物館教授がアイヌの政策の歴史的な経過を説明
5回目 2月 篠田謙一・国立科学博物館研究主幹が自然人類学上のアイヌの位置、中川裕・千葉大教授がアイヌ語学習の現状を説明
6回目 3月 これまでの論点を(1)歴史的経緯(2)従来のアイヌ政策の評価(3)新しい総合的なアイヌ政策のあり方--の3点に整理
7回目 4月 論点の議論
視察(3) 5月 道東を現地視察
8回目 5月 引き続き論点の議論。生活や大学進学率などで格差があるとする北海道大のアイヌ民族生活実態調査を説明
毎日新聞 2009年6月28日 地方版
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ニュースワイド:アイヌ有識者懇談会 焦点は基本法制定 /北海道
◇あす、報告書素案を論議
政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」(座長、佐藤幸治・京都大名誉教授)が大詰めを迎えている。29日に東京で行われる懇談会では、報告書の素案が示され、7月末に予定される報告書の取りまとめに向けた最終的な論議を行う。焦点は、立法措置の是非とその中身。07年9月の国連・先住民族の権利宣言、昨年6月の国会決議を踏まえ、アイヌ政策に新たに何が盛り込まれるか、に注目が集まる。【千々部一好】
◇国会決議を受けた具体的政策を
■基本法制定を
「次回に報告書の素案を示し、7月末にまとめたい」。佐藤座長は5月末の前回懇談会で、今後の審議の流れを説明した。
報告書に盛り込む具体的な施策は前回、前々回に議論している。しかし、道や道アイヌ協会が強く求める「立法措置に基づく総合的な施策の確立」は議論を十分に尽くしておらず、大きな課題として積み残された。
「立法措置は出口の問題。いろいろな施策の中身が見えてきた段階で判断すべきだ」。佐藤座長は昨年8月の初会合以来、立法措置について否定も肯定もしない姿勢を一貫して取り続けてきた。
これに対し、道アイヌ協会の阿部一司副理事長は「国会決議後の官房長官談話には『国連宣言を参照にしつつ、総合的な施策の確立に取り組む』とあり、その趣旨を生かすためにも、法律に基づくアイヌ政策を打ち出すべきだ」と指摘。政策の理念を明記したアイヌ基本法制定が必要と訴える。
■支援策の個人認定は
報告書の素案では、政策の理念に「アイヌを先住民族と認識したうえで構築する」と明記。新しいアイヌ政策は国の責任で行い、(1)国民の理解の促進(2)広い意味での文化にかかわる政策(3)国の推進体制の整備--の三つの柱に絞った。
具体的には、▽アイヌ文化や歴史などの研究・教育・展示施設を核とした民族共生の象徴となる公園の整備▽居住地に左右されない全国規模での生活支援の実施▽アイヌ政策を総合的に担当する国の窓口、常設の協議の場の設置--などを盛り込んだ。道アイヌ協会が求めていた国会での特別議席付与は、「国会議員は全国民の代表」との憲法に抵触するからと見送られた。
生活支援は、道が74年からウタリ福祉対策として教育や雇用対策などを行ってきたが、道外のアイヌは対象から外れ、居住地で格差があった。首都圏のアイヌで作る「関東ウタリ会」の丸子美記子会長は「道内はまだまし。道外にいるアイヌは何ら恩恵を受けていない。同じ土俵に立てる制度をぜひ実現してほしい」と訴えてきた。それが取り入れられた形となっている。
ただ、生活支援には「だれがアイヌか」という個人認定が必要で、素案は「個人認定手続きには透明性、客観性のある手法を慎重に検討すべきである」としている。客観的な判断材料に、アイヌ名が分かる明治初期に作られた改製原戸籍があるが、誰がどのように認定するのか、今後検討すべき課題も多い。
■国際水準の政策を
アイヌ政策を検討する政府の懇談会は、95年に設置された「ウタリ対策のあり方に関する有識者懇」以来、2度目。しかし、前回と比べると、取り巻く環境は変わっている。
前回は、アイヌ差別の根源とされた「北海道旧土人保護法」(1899年制定)の廃止と新法制定が課題だった。今回は「政府はアイヌを先住民族と認めること」「国連宣言を参照しつつ、総合的な施策の確立に取り組むこと」の2点を政府の求めた国会決議や、国連宣言を踏まえ、アイヌ政策の質的転換が求められた。「アイヌ文化振興法」(97年制定)を超える総合的な政策展開が期待されている。
先住民族問題に詳しい恵泉女学園大学の上村英明教授は「素案で『アイヌは先住民族』としながら、ではどんな政策を行うのか具体策が見えてこない。各国政府は先住民族の権利保障に具体的に取り組んでおり、国際的な水準と照らして、日本が何をするのか分かりづらい」と指摘する。
米国は先住民言語法を制定し、先住民族が独自言語を使用する権利を保障。また、フィンランドは先住民族サーミ議会を設置。さらに、台湾は進学優遇措置で、入試得点を上乗せして優遇している。
アイヌは近世で資源を収奪され、近代は旧土人保護法で同化を強制され、現代は単一民族国家の幻想で忘れ去られてきた。独自の言語や文化を奪われてきた歴史を理解することが和解の原点となる。懇談会の報告書がそれにどこまで応えるか、真価が問われている。
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【アイヌ有識者懇の報告書素案のポイント】
・今後のアイヌ政策の基本的考え方
アイヌは先住民族。国連の先住民族の権利宣言を参照し、憲法13条「個人の尊重」に基づき、国が主体となった政策を全国で実施すべきだ
・政策の理念
新しい政策は、アイヌを先住民族と認識したうえで構築する
・具体的政策の三つの柱
(1)国民の理解の促進
アイヌの歴史・文化の適切な理解を可能とする学校教育の内容充実。アイヌ民族の日(仮称)の制定
(2)広い意味での文化にかかわる政策
アイヌ文化や歴史などの研究・教育・展示施設を核とし、アイヌ文化の体験・交流を促進する民族共生の象徴となる公園の整備。生活支援策は居住地に左右されず、自律的に生を営むため、道内外で実態を調査したうえで行う
(3)国の推進体制の整備
アイヌ政策を総合的に企画・立案・推進する国の窓口整備。施策の実施状況をモニタリングする協議の場を設置する
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◆アイヌ有識者懇の審議経過◆
1回目 08年 8月 アイヌの現状、国連・先住民族の権利宣言の概要説明
2回目 9月 加藤忠・道アイヌ協会理事長と高橋はるみ知事がアイヌの生活実態を説明し、新たな立法措置や政府の総合的な窓口設置などを要望
視察(1) 10月 道央を現地視察
視察(2) 11月 東京のアイヌ文化交流センターを現地視察
3回目 12月 安藤仁介・世界人権問題研究センター所長が世界の先住民族政策、常本照樹・北大教授がアイヌ政策の検討課題を説明
4回目 09年 1月 山内昌之・東大教授と佐々木利和・国立民族学博物館教授がアイヌの政策の歴史的な経過を説明
5回目 2月 篠田謙一・国立科学博物館研究主幹が自然人類学上のアイヌの位置、中川裕・千葉大教授がアイヌ語学習の現状を説明
6回目 3月 これまでの論点を(1)歴史的経緯(2)従来のアイヌ政策の評価(3)新しい総合的なアイヌ政策のあり方--の3点に整理
7回目 4月 論点の議論
視察(3) 5月 道東を現地視察
8回目 5月 引き続き論点の議論。生活や大学進学率などで格差があるとする北海道大のアイヌ民族生活実態調査を説明
毎日新聞 2009年6月28日 地方版
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