雑感録

他愛もない雑文です。真に受けずに、テキトーに読み流してくださいね。

福岡なるほどフシギ発見~その13~ 福岡市じゃないのに福岡人が誇る歴史遺産

2010-03-13 | なるほど
  
東風吹かば匂ひおこせよ梅の花
主たずねて百七十里


太宰府天満宮
919年(平安時代)

こんばんは。
生まれてすみません。(c)寺内寿太郎
今週のミステリヰハンタア・太宰府ヲサムです。
今日は福岡人なら誰でも知つてゐる、逆に一般の福岡人は福岡の名所旧跡といへばここしか思ひつかないといふ太宰府天満宮に来てゐます。
では、さつそく問題です。
政庁の方は宰府、天満宮の方は宰府と表記されてゐるのですが、テンの有る無しにはどういふ違いがあるのでせう?
正解はこちらなのですが、どうもしつくりきませんね。
それにしても、旧かな遣ひは疲れるので、この辺でやめときませう。

宇多天皇(後に上皇)に重用された右大臣・菅原道真が左大臣・藤原時平(摂関政治の藤原北家)の讒訴によって時の醍醐天皇によって大宰府に左遷されたのはご存知の通り(これを昌泰の変と言うらしい)。
一応、大宰権帥(だざいのごんのそち)という官職を賜っていますが、この権帥、ナンバー1の大宰帥(だざいのそち)が任命だけで現地に赴任しない場合は実質のナンバー1なのですが、左遷として任命された場合は実務権限はなかったのだそうです。
実際、道真は大宰府政庁に登庁することはなく、府の南館(榎社)に幽閉されていました。
この間、道真は日々身の不幸を嘆いて暮らしたとか。
今や福岡は転勤族や単身赴任者の暮らしやすい都市ナンバー1に挙げられていますが、大宰府だって都(飛鳥?)を模して造られたぐらいだから、当時はけっこう賑わっていたと思われます。
しかし、何せ都落ちの身。
ラーメンが旨いとかもつ鍋やひとくち餃子を食べようとか言っても、道真の心には響かなかったのでしょう。


(左)道真が蟄居していた南館跡にある榎社。植え込みに隠れて目立たないが、入口には「菅公館跡」の石碑もある。それにしてもこの四角い石は一体なんだろう?
(右)榎社の真裏にある浄妙尼社。幽閉されていた道真の世話をしていた浄妙尼(じょうみょうに)が祀られている。それにしてもこの四角い石は一体なんだろう?

さて、大宰府政庁の屋根を見、観世音寺の鐘の音を聴いて暮らしていた道真は、大宰府に来て2年後の903年、失意のうちに逝去。
遺骸は牛車で運ばれましたが、途中で牛が座り込んで全く動かなくなってしまい、そこに墓が造られ2年後に廟が造られ安楽寺が造られ、後に太宰府天満宮が造られたということです。
ところで、牛車はもともとどこへ行こうとしていたのでしょうか。
都に帰そうとしたにしては、那の津とは逆方向だと思うのですが、内陸を通って大分側に出ようとしていたのでしょうか(追記:実はその内陸ルート、古代からの主要ルートの一つではあるらしいんだけど)
太宰府天満宮の資料では、特に目的地はなく、牛に好き勝手に引かせて止まったところに埋めるよう遺言があったといいます。
大宰府展示館のボランティアガイドのおっちゃんは、遺言で埋葬地が指示してあったのだけど、そこへ行く途中で牛が止まってしまったと言っておりました。

道真の没後、京都では異変が続き、道真の祟りだと怖れられ、道真の名誉回復、階級特進が図られました。

903年 菅原道真逝去
909年 政敵・藤原時平が39歳で病死
923年 時平の甥で醍醐天皇の皇子・保明親王が病死
923年 故道真、大宰権帥から右大臣に復帰
925年 保明親王の皇子・慶頼王が病死
930年 清涼殿(平安京の内裏にある施設)が落雷に遭い、昌泰の変に関与した者ら多くが死傷
993年 故道真、左大臣、太政大臣に相次いで昇進

死んで花実が咲くものかよってところですが、945年には都に北野天満宮も創建され、道真は神格化されます。
厄災の際に崇りを封じる天神(もとは雷神)様として祀られる存在となり、やがて学問の神様として「祟り」というマイナスイメージから脱却し、広く親しまれるようになったそうです。

CMの後は天満宮の境内を歩いてみましょう。

チャラチャチャ~
<CM>



西鉄太宰府駅から参道沿いに続く仲見世。最近はやたら韓国語や中国語が響いてくる。


仲見世の突き当たりにあるのは天満宮ではなく延寿王院。天満宮の神職家の宿坊だそうで、現在は菅原氏の嫡流を汲む宮司さんが住んでいるそう。幕末には、薩摩が会津と組んで長州と尊王攘夷派の公卿を蹴散らした八月十八日の政変で京を逃れた七卿のうち、三条実美(さねとみ)ら五卿がここに滞在。坂本龍馬や西郷隆盛、桂小五郎らの志士たちや平尾探検隊名誉隊長・野村望東尼も謁見に訪れている。
全くの余談だが、宮司の娘さんはちょっとだけ知り合いで、我々の間では「神の子孫」と呼んでいる。


延寿王院を左に折れると心字池にかかる太鼓橋を渡って楼門、本殿と続くが、右に行くと浮殿がある。心字池を中心に、浮殿を右側の点、本殿を左側の点に見立てて「心」の字ができあがる(もともと浮殿はもっと心字池寄りにあたらしいが)。


本殿前右手にあるご神木飛梅。天満宮で真っ先に咲くそうで、3月の第一日曜では花はほぼ終わっていた。飛梅伝説については今さら私が語るまでもあるまい(もちろん天満宮境内に飛んできた訳ではなく、最初は道真の配所(榎社)に飛んできて、後にここに移し替えられたそうな)。この梅伝説にちなんで、太宰府天満宮には「航空安全御守」という珍しいお守りがあり、パイロットに人気なのだとか。

飛梅の逆サイドにある皇后(きさい)の梅。大正天皇妃のお手植えらしい。
本殿の裏には合格祈願の絵馬がずらり。
本殿の奥にある梅園。周囲には茶屋が数件並び、中でも『お石茶屋』は犬養毅や佐藤栄作らが贔屓にしたことで知られる。名物・梅が枝餅については今さら私が語るまでもあるまい。
境内にある菅公歴史館。博多人形のジオラマで道真の生涯を綴っている。
宝物殿は、時勢に漏れず龍馬でアピール。なるほど、龍馬がもっていたものと同型のピストルが展示してあった。その他、妖刀・村正、毛抜の太刀など意外なお宝も多数。もちろん菅公の真筆なども展示されている。


ところで、大宰府天満宮では毎年3月の第一日曜に曲水の宴が行なわれます。
曲水の宴は歴史の教科書か何かにも出てきたんじゃないかと思いますが、中国から伝わった儀式といわれ、流れてくる盃が自分の前を通り過ぎる前に一句ひねりだして、盃を飲み干すというもの。
別に太宰府に限った祭事ではないのですが、十二単など昔の装束に身を包んだ姫様やらお公家様やらが出てきて、何やら楽しげです。
梅見も兼ねて、といきたいところなんですが、前述の通り、この時期、梅はほとんど盛りを過ぎているのが残念。



まずは太鼓橋を渡って本殿に参拝。

宴は曲水の庭で行なわれる。

当日はスタンド席も設けられるが、ここからは盛りを過ぎた梅の木が邪魔でよく見えない。


さて、福岡には神功皇后ゆかりの地名が多いのと同様に、菅公ゆかりの天神様も多数あります(だいたい天神様ってのが菅公そのものなんだけど、エピソード付きで、ということで)。
まずは上陸場所の那の津にある先述の鏡天満宮
そこから博多リバレインを挟んだ反対側の方にある綱敷(つなしき)天満宮は、漁師が菅公を休憩させるために綱を巻いて敷物にしたといういわれがあるところ(菅公が下向の際に立ち寄った瀬戸内海沿岸にも、同様な“綱敷天満宮”がいくつかある)。
福岡の中心地・天神にある水鏡(すいきょう)天満宮は、「天神」の地名の由来となった神社で、またの名を容見(すがたみ)天満といい、公が水面に映るやつれた我が身を見て嘆いたといわれています。
また、これまた先述の平尾八幡も境内に天神様が祀られていて、平尾の小高い丘から福岡の街を見渡したといわれているそうです。
このコースをたどると菅公はおそらく西の官道を通って大宰府入りしたものと考えられますが、いかがなものでしょう。

綱敷天満宮は江戸期には綱輪天神と呼ばれていたそうで、それが訛って現在のこのあたりの町名「綱場」になったのだとか。


都心にぽっかり異空間の水鏡天満宮。もともとは四十川(現在の薬院新川)のほとりにあったというから、姿見橋の近くにでもあったのだろう。鳥居の「天満宮」は石工の息子だった廣田弘毅が小学生の頃に書いたもの(をオヤジが彫ったもの)。
天満宮らしく、境内には牛やらウソやら…、その隣の面妖なものはいったい何だ? 石灯籠もちょっとヘンだぞ。

平尾八幡宮の中にある、ちっちゃなちっちゃな天満宮。由緒書きによると、道真は袖湊(そでのみなと)に入港し、平尾山麓の丘の下に上陸したとあるし、ここにも「又の名を容見天神」とある。袖湊とは博多湾全体を指すのか? 綱敷天満や水鏡天満の立場はどうなる?


さて、長々とおつきあいいただきましたが、今週はこの辺で。
それではみなさん、グッド・バイ。

太宰府天満宮
 大きな地図で見る
福岡県太宰府市宰府4-7-1
駐車場:あり(有料)
http://www.dazaifutenmangu.or.jp/

菅公歴史館
開館時間:9:00~16:30(入館は16:00まで)
入館料:一般200円
休館日:火曜(宝物殿閉館日は開館)ほか不定

宝物殿
開館時間:9:00~16:30
入館料:一般300円
休館日:月曜(祝日の場合は翌日)ほか不定

榎社
 大きな地図で見る
福岡県太宰府市朱雀6-18-1

関連スポット
●鏡天満宮
●綱敷天満宮
福岡市博多区綱場町5-7
●水鏡天満宮
福岡市中央区天神1-15-4
●平尾天満宮(平尾八幡宮境内)

つづく

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