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埋められていた古銭

2014年02月13日 | しっちょる岩国


 国の名勝・錦帯橋の架かる清流錦川はその河口で今津川と門前川に分岐する。そこに三角州の広大な土地・川下町がある。三角州の頂点近くに、中世武士が築いたといわれる大きな居館跡が見つかり、中津(なかづ)居館跡として2008年から発掘が続く。この居館の特徴の一つとして、山口の大内氏、大分の大友氏など守護大名クラスの居館に匹敵する大規模なもので、どのような経緯で築かれたか謎の部分もあり、さらに調査研究をするという。

 岩国市文化財保護巡回展で「発掘された中津居館跡」が開かれている。展示の内容は出土品に絵図や文献などの史料、写真やパネルなどが並ぶ。出土品は土師器の椀、小皿、鍋など多数で、それらから14世紀前半(南北朝時代~室町時代前期)に造られた居館とされている。報道で興味を持っていたのは出土品の中の「一括出土銭」という古銭。13~14世紀の備前焼の大がめに入れられ埋められていた古銭、その数2万~3万枚とされる。

 発掘された古銭は、埋められた当時、実際に流通していた形のままで見つかっており、その資料価値は高い。そのため、古銭の塊をバラバラにせず、かめに入ったままの状態で掘り出した。作業に当たっては発砲ウレタンを吹き付けたりウレタンで包んだりと、専門家の手によったという。保存処理後は一般に公開するというから楽しみだ。

 出土した埋納銭の実物大の写真の展示がある。古銭はおよそ100枚単位で紐に通した「縒銭(さしぜに)」という状態を保っている。さらに、それを5千枚ごとに一まとめにした「五貫文縒(ごかんもんざし)」の状態でかめに収まっており、住んでいた人の高い経済力が伺えるとある。

 写真から銭を紐に通したような棒状のものが束ねられている様子がわかる。中津居館は14世紀の前半、岩国を拠点にしていた大内氏家臣の弘中氏であることから、弘中氏一族とする見方が有力とされている。これからの調査研究に期待する。それにしても、造った人はこの発掘をどんな思いで眺めておられるだろう。
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