炭素の科学

宇宙で水素、ヘリウムに次いで3番目に出来た安定な元素で、生命体に必須の有機化合物の基本の元素である炭素について知ろう

7.炭素と有機物

2016年01月24日 | 科学

既述のページへのリンク: ①炭素という名称の起源   ②炭素の認識:木炭は何故炭素なのか   ③元素としての炭素の性質   ④炭素の誕生   ⑤宇宙の炭素   ⑥原始太陽系の炭素   ⑦炭素と有機物   ⑧炭素原子とメタン分子   ⑨炭化水素分子内での炭素の結合   ➉分子内での炭素と酸素の共有結合   ⑪窒素の形成と水素と炭素と酸素   ⑫窒素を含んだ有機化合物と無機化合物   ⑬星(恒星)と炭素   ⑭炭化水素分子内での炭素―炭素結合と電子   ⑮複雑な構造の炭化水素、⑯複素環式化合物、⑰炭素化合物の多様性⑱炭素原子と星間分子

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我々の住む世界に存在する物質は、有機物と無機物に大別される。ただし、有機物と無機物を区別するための定義は、現代では非常に曖昧である。文字の上での有機物と無機物の違いは、「機」が有るか無いかの違いである。日本語におけるこの場合の「機」とは「カラクリ」を意味し、この場合のカラクリとは生命活動を意味している。そうすると有機物と無機物の違いはその物体の形成に際して「生命活動の関与(カラクリ=仕掛け)」が有るのか、無いのかの違いを意味することになる。従って、有機物とは生き物が作った物質を意味することになる。

有機物という言葉と有機化合物という言葉は、一般社会では、同じ意味合いで使われることが多い。しかし、それぞれの言葉が意味するところには違いがあり、有機物という場合には、その物質が一種類の化合物で形成されてようと様々な化合物の混合物であろうと構わず、その物質ができる過程において、生物が関与しているという意味合いに重点が置かれる。それに対して、有機化合物と言う場合には、その物質の化学的な組成に重点が置かれている場合が多い。有機物の概念は化学という学問分野が確立される遥か以前から存在し、機化合物という概念は、化学が進歩して、純粋な物質が得られるようになって、化合物の概念が確立された後に生じたものである。

化学の世界で有機化合物の概念を提唱したのはベルセリウス(1779-1848)であり、その時点では有機化合物は生物の活動で作られた化合物であり、無機化合物は鉱物であったり鉱物から誘導された化合物であると考えられていた。しかし、当時無機化合物とされていたシアン酸アンモニウム(NH4OCN)を水中で加熱するとそれまでは有機化合物とされていた尿素(CO(NH2)2)が自然にできることを1828年にヴェ―ラー(1880-1882)が明らかにした。このことによって、生命現象が関与しない水中での単なる加熱という操作によって無機化合物が有機化合物に変換されることが示された。ここに有機化合物は生物によって作られたものであるとする概念が崩れた。しかし、生物が作った化合物を有機化合物とする定義は変わらなかった。

その後、有機化合物に関する研究が活発に行われ、有機化学という学問分野が確立された。化学が進歩すると、それまで有機化合物とされてきた多くの化合物が無機化合物とされてきた化合物から人為的に合成され、さらに、合成樹脂や炭素のみで構成されたラーレン(C60)など、生命現象が全く関与していないが、無機化合物の定義には収まらない化合物が多数出現し、これらは有機化合物とされた。さらに二酸化炭素など従来無機化合物とされたものも、生命活動と切り離せず、従来の有機化合物と一緒に議論することが多くなった。このような状況を考慮して、現代の有機化学は、生命現象の関与には関係なく、炭素原子を含んだ全ての化合物を対象とする化学の分野とされている(例:モリソン、ボイド:著、中西、黒野、中平:訳「有機化学」、東京化学同人(1989))。現在の言葉の使われ方からすると、炭素を含まない化合物は全て無機化合物である。他方、炭素を含んでいても自然界に鉱物として存在したり鉱物を原料として作られたりした化合物(一酸化炭素(水性ガスの成分)、二酸化炭素(通称:炭酸ガス)、炭酸塩(例:石灰岩)、シアン化アルカリ(例:青酸カリ))などの化合物は、従来通り無機化合物とされている。

しかし、現代においても「有機物」の定義は曖昧であり、有機と言う言葉が使われている時には、文脈に従って、生命現象が関与していることを意味しているのか、炭素を含んでいることを意味しているのかを判定する必要がある。例えば、肥料の分野では、化学肥料は炭素を含んでいても有機肥料と呼ばず、有機肥料とは生物が生産した肥料に限定される。最近の地球温暖化における温室効果ガスの議論では、二酸化炭素(CO2)は工業における燃焼過程で生ずるものが主で、メタン(CH4)に関しては、地表で微生物が生産するものが主である。分類としては、二酸化炭素は無機物で、メタンは有機物とされるが、双方を一緒に議論の対象にして「如何に炭素の排出を抑制するか」という表現が使われる。ただし、この場合の「炭素」は、炭素を含んだ化合物のごく一部を指しており、炭素を含んだ化合物の全般を意味しているわけではない。

宇宙科学の分野では、地球外生命体の存在の可能性を議論する時に有機物という言葉が使われることが多い。この場合の有機物は、生命との関連を強く意識しているが、生物が生産したという観点よりも、生命の起源と関連した物質としての観点からの議論が主体である。

ビッグバンによる宇宙形成の理論によると、炭素(6C)は、水素(1H)、ヘリウム(2He)ホウ素(5B)に次いで形成された安定な元素である。炭素より初期に形成される元素であるリチウム(3Li)は反応性が高く星の内部核反応で消費され、ベリリウム(4Be)は不安定で時間とともに崩壊する。ホウ素(5B)は原料となるリチウムの消失が早いため殆ど作られない。ビッグバンで宇宙空間にばら撒かれた水素(1H)が集合してできた星の内部では水素の核融合反応でヘリウム(4He)が形成され、超新星爆発で再度宇宙にばら撒かれる。これらの水素(1H)とヘリウム(4He)が、再集合してある程度以上の大きさの星(太陽の50%以上)を形成すると内部で炭素(12C)が作られる。できた当初の炭素は非常に高温で他の原子と結合して化合物を形成する状態ではない。炭素が作られる星の内部では、炭素(12C)とヘリウム(4He)の核融合反応やCNOサイクルが起こり、安定な元素の酸素(16O)や窒素(14N)が形成される。この時、星の大きさによりケイ素(32Si)など様々な元素が作られる。これらの元素が再度の超新星爆発で宇宙空間にばら撒かれ、温度の低い宇宙空間で再集合して濃密状態(暗黒星雲)になると、元素どうしが結合し多種多様な星間分子を作る。ここで形成される分子の種類と濃度は、原料となる元素の濃度と形成される分子の安定性に依存するが、その分子の種類には、炭素を含んでいるものが圧倒的に多い。このことは、他の元素と違って、炭素が無限と言ってよい種類の有機分子を形成することが可能だからである。ただし、暗黒星雲では地球の環境に比べると極端に温度が低く、分子の濃度も低いので、地球の環境では不安定なイオンやラジカルのような状態の有機分子も多く存在する。

炭素星から宇宙にばら撒かれた炭素は、さほど拡散していない状態の時に、炭素原子どうしが衝突して結合してダイヤモンドグラファイトのような炭素化合物を形成し、宇宙の埃(宇宙塵)の構成成分の一要素となった(ダイヤモンドやグラファイトはほぼ純粋な炭素から形成されているが、鉱物として扱われていたため無機物とされている)。いずれにしても、宇宙に星ができた時から有機化合物の原料(炭素)は存在し、それが有機化合物を形成し、惑星の形成過程で様々な環境変化の中で、膨大な数の反応を経由して、地球の場合には生命の誕生に到達したと言ってよいだろう。

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1 コメント

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トライボロジーの意外な側面 (ボールオンディスク関係)
2019-11-10 19:33:14
 最近、CCSCモデルというものを知りました。これは境界潤滑状態(機械のオイルを介した摩擦状態)で面圧が数千MPaの強度のある鉄鋼が数十MPaしか耐えられないのはナノレベルではグラファイト片がダイヤモンドになることを報告したもので
C.C.yang and S.Li: J. Phys. Chem. C 112, (2008), p.1423-1426.
などを根拠にラマン分光測定結果などを理由にしているものだ。もしこれが本当だったら、ナノレベルのダイヤモンド生成の抑制方法を緻密に制御すれば、高面圧に耐えられる機械ができる可能性を示唆していることを意味している。
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