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六月の風12 帰路

(扇ヶ原展望台付近から十勝平野を望む。大空の下、雲海がどこまでも続いていた。)

帰り道は気ぜわしい。

「家に着くまでが遠足です。」
小学校のとき、誰もが一度は言われたことのある言葉だ。
意図としては、「家に着くまで遠足は終了していないのだから無事故で行くように気をつけなさい。」ということなのだろう。
通いなれたいつもの道で油断から事故や怪我をして、せっかくの思い出を台無しにしないように、という…。
これは大人になってからでも、あらゆるレジャーに関して有効だと言えるだろう。
同時に、家に着くまでは遠足だというのは、
「帰り道も遠足の一部なのだから、その非日常性を十分に楽しみなさい。」
ともとれるのだが、こちらの方はなかなかに難しい。

朝8時11分に然別湖畔の温泉街を出発するとき、僕の心の中に鳴った鐘は帰宅の鐘、旅の終わりの鐘だった。
今日午後3時から仕事が始まる僕は、2時には自宅に帰り着いていなければならない。

旅の疲れが徐々に体に蓄積され、帰りを急ぐ心の動きが旅の余裕を奪っていく、この帰路にこそ、旅人の旅のあり方が表れるのだが。

道道85号線を南下。
出発してすぐの扇ヶ原展望台は、晴れれば十勝平野が地平線まで続く驚きの広大な眺望が得られる展望台だ。
今日は素晴らしい雲海が見られた。

85号線が国道274号線とぶつかる、鹿追町瓜幕から、道道593号線にスイッチする。

陽は高く、朝霧は文字通り雲散霧消し、大地は陽の光で暖められてこの広大な十勝平野の気温を上げていく。

十勝平野はどこをとっても美しい。


鹿追から札幌まで、普通に走れば4時間。
余裕がある今日は、名残を惜しむように、十勝の野をゆっくりとクルーズする。
8時58分。
鹿追町のとある牧場は広く、防風林の落葉松がおおらかに風景にリズムを刻んでいた。

道道593号線は、やがていくつかの丘を越える躍動的なワインディングとなり、十勝川本流の上流域に近い新得町屈足(くったり)へと抜けていく。

幌鹿峠で遊んでエンジンを十分回したGPZは、低速クルーズの連続で少々溜まっていたカーボンが飛んだのか、ますます好調。
夏の陽射しと、逃げ水と、十勝の風景とのセッションだ。
軽やかに右に左にとダンスを舞いながら、GPZは進んでいく。

屈足で道道718号線に合流。5㎞ほど十勝川沿いに下ると、そこからさらにもう一山越えて、狩勝峠の途中に抜ける道がある。
この道もまたほとんど交通量はなく、気持ちのいいワインディングを独り占めできる、最高のロケーションだ。

その道の入り口近くに、廃校になった小学校を修復復元した建物と、そばに大きなカシワの樹がある。


9時20分。
ここ、新内小学校跡で、少し休憩させてもらった。
みごとなカシワの樹の根元にはルピナスが咲き、校舎も前庭も整備され、この土地とこの学び舎への深い愛情が感じられた。
この樹は改めて後日「北海道の樹を訪ねて」シリーズとしてご紹介したい。

道はやがて国道38号線と合流。
すでに狩勝峠のとっつきを過ぎたサホロリゾートのところに出てくる。


9時40分。
狩勝峠。
道央から道東に向かうには、襟裳岬方面を回らない限り、必ず大きな峠を越えなければならない。
狩勝峠はその中では最も低い峠で標高は644m。十勝と富良野、旭川方面を結ぶ交通量の非常に多い峠だ。

峠からの眺望はすでに雲海は消え、夏の光に遠くは霞んで見えた。
ここで道東に別れを告げる。

北海道に住んでいても、石狩地方に住む者にとって道東は遠い。
今回のツーリングとて、十勝だけとってみても、この魅力溢れるフィールドの10分の1も回れていないのが正直なところだ。

また来よう!また来ます。
何度も振り返り、挨拶をしたら、GPZに火を入れて、狩勝峠を西に下っていく。

国道38号線を落合から道道にはずれ、トマム、占冠(しむかっぷ)を通って国道274号線に抜けるのが今回の帰路のルートだ。
森の中の道をこれも延々と走っていく。
交通量もそれなりにあり、自分のペースで走るというわけにも行かず、
流れ自体は順調なのだが、単調なだけの走りになると、肩凝りが忍び寄ってくる。
ここは自分でメリハリをつかなくてはならない。


そこで立ち寄ったのが、トマムリゾートだ。
アルファリゾートトマムはバブルの頃の大規模リゾート開発の波に乗って、本州客を目当てに何もないところにいきなり巨大なスキー場をつくり、タワーホテルを建て、ゴルフ場を造ってしまったという、典型的なバブリーリゾートだった。

やはり、というべきか、経営は破綻。
巨大な箱物を残して廃墟になるべきところを、見事に立て直して復活した、だめリゾート見事に復活!の手本のような場所なのである。
(ちなみに今週サミットが行われる洞爺湖の巨大なホテルもその口で、一度破綻してから復活している。)

写真右奥に見えるのがツインタワーホテルだが、なんと、もう一対、タワーホテルが建設されていた。
6月の平日というのに駐車場には車が満ち、ゴルフ場では楽しそうな歓声があちこちから響いていた。
トマム、恐るべし。
10時08分。
似合わない私は、駐車場の片隅で休憩したら早々に退散。


トマムから占冠に向かう途中に、ちょっと変わった樹がある。
「泣く木」というのがその名前なのだが、
道路工事のために切り倒そうとしたが、このニレの木が泣くような音を出すために伐採できなかった、という逸話を持つ木なのだ。

なんだかいかがわしい話で、しかも道路際に看板が一つ立っているだけなのだが、停まってしまうあたりが僕らしいと言えば僕らしい。

しかし、この木、予想以上に大きかった。そして、何だか何かを感じさせるような木だったのだ。
この木についても、後日項を改めてご紹介しようと思う。


その泣く木から100mほど入ったところに、ものすごく大きな古い伐り株があった。
これは間違いなく森の王者級の樹だったはずである。

前にも一度書いたことがあるが、北海道の森に原生林は実は少なく、ほとんどが明治大正昭和期に伐採されて後に植えられたか、自然に再生した2次林である。
近代国家日本によって、北海道の豊かな自然は一旦ほぼ破壊されつくした感がある。
森は伐られ、山は石炭のために掘り返され、海のニシンは乱獲で一時消えた。
エゾオオカミは絶滅し、天敵を失ったエゾシカは増えすぎて、森に大きなダメージを与え始めている。

襟裳の森の再生も、一度失われた自然を取り戻す人々の長く地道な活動だった。
道内各地で、残った自然を守り、失われた自然を取り戻そうと、目立たない地道な活動が少しずつ続けられている。

北海道にとって大切なのはそうした人々の小さな活動の集積であって、「サミット」だの、北海道新幹線だのは、全くいらない。(むろん、これは僕の個人的意見に過ぎない)
たぶん、大イベント、大工事などの20世紀型開発はもうそろそメインストリームを形成できなくなっているのだと思う。

小さな活動のネットワーク、地道な努力の集積で、環境と生活を両立していけるような21世紀型発展がはかれるのではないか…。

大型バイクに乗り、無駄に二酸化炭素を吐き出しつつ、こんなことを考えたところで、何になるでもないかもしれない。
しかし、バイクとバイクの旅が大好きな僕としてみれば、旅に出ないまま頭の中で考えるよりも、自分の旅を自分でたどりながら考え、何をなすべきか、何ができるのかを考え、少しずつ実践して行こうと思うのだ。

巨大な切り株の下から道路までの地面には、たくさんの苗木が植えられていた。
20年後、ここは若木が高く繁り、この森の王のむくろも道からは見えなくなっていることだろう。

2008年6月18日(水)、午前10時28分。
切り株からGPZの待つ道路へと戻る僕の頭の上を、晴天の爽やかな風が一陣、さっと渡り、木々は一斉に葉擦れの音を立てた。

風は僕の体も吹き抜けていた。
頬をなで、ウェアの熱っ気を飛ばし、疲れと感傷をも吹き飛ばすかのようだった。

六月の風。

このツーリングをこう名づけよう。僕がそう思いついたのは、その時だった。        (完)
コメント ( 7 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
Unknown (弾正)
2008-07-02 12:16:14
お疲れ様でした。^^
今回の2枚目の写真頂いてもいいですか?
素敵な写真ですね。^^
六月の風ツーで一番印象が強いのは先日の楽しそうな樹生さんでしたよ。(笑
また、次回も期待して待ってますね。^^
 
 
 
Unknown (ホタ)
2008-07-02 13:37:54
六月の風ツーリング記事楽しく読ませていただきました。

まず一番の感想は北海道はいいなあ!って思いました。
そして、一つ一つの風景を思慮深く掘り下げて
自分のものとして刻んでいくセンスに脱帽です。
病み上がりにもかかわらず長い行程を
無事に終えられてなによりでした。

いいなあ!北海道!
 
 
 
写真については…。 (樹生和人)
2008-07-02 17:21:12
弾正さん、こんにちは。
写真に関しては、著作権に関する法律の定める範囲内でお願いします
いやいや、堅苦しい言い方ですみません。公開の場ですので、ご了承くださいね

六月の風ツーリングの記事はわずか1日半のツーリングのレポートとしては長すぎましたよね。
読んで下さる方も耐久レースのような忍耐を必要としたのではないでしょうか。
お読みいただき、ありがとうございました。
ちょっと本性もばれちゃったかな…。

しかして、私はその後、またもや仕事に忙殺され、1回もツーリングに出られていないのでした。
今年はとにかく忙しいです…(泣)。

7月の下旬からは少し楽になるはずなので、またツーリングに出かけたいと思っています。
 
 
 
いいですよね! (樹生和人)
2008-07-02 17:32:14
ホタさん、こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

北海道、いいでしょう!!
北海道の魅力を感じていただけたら、もうとってもうれしいです!ありがとうございます。
しかし一方、北海道「だけ」がいいのではないということも、私は繰り返し言っていきたいと思います。
ホタさんのブログにあるような京都の田舎の里山の風景、あの素晴らしさは北海道にはありません。
たぶん、どこにでもそこだけのよさ、魅力があり、それぞれそこに住んでいる人が「ここはいい!」、「ここは日本一だ」と思っているのが、なんか一番いいような気がするんです。
比較、優劣ではなく、個別のよさをそれぞれ愛して、愛でて、自慢しあうてのが、楽しくていいですよね。

と、いう訳で、これからも北海道の魅力とバイクライフ、GPZ1100と走ることの魅力を私なりに表現していきたいと思います。
 
 
 
Unknown (kita)
2008-07-03 22:15:54
6月の風良いですね~
樹生さん節がきいてますね(^^

三国や糠平、扇ヶ原展望台このあたりは本当に
景色も道路も最高ですよね。
 
 
 
道東はいいですね。 (樹生和人)
2008-07-04 05:07:07
kitaさん、こんにちは。
今回のツーリングはどちらかというとkitaさんのフィールドでしたね。道東は本当に素晴しい。
そして走っていて気持ちいいです。

長い記事になってしまいましたが、このあと、様似と今回の樹についての記事が追加で2本入るんですよ(やれやれ)。間に少し別の記事も挟もうと思っているのですが、どうなりますやら。
 
 
 
Unknown (弾正)
2008-07-04 17:06:36
写真の件、了解しました。^^
携帯の待受けに使うだけです。
他に貼り付けしたりしません。
万一使用する際はこちらのブログから転用したことを記載させて頂きます。
そうする予定はありませんけど…。(笑
何があるかわかりませんのでこういうことはしっかりされていいと思います。
 
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