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風のV7(7下)

注意!!
この物語はフィクションです。あらゆる実在の団体、個人とは、一切関係ありません。





「すみません。」

女はオレを正面から見たまま、オレに向かってそう言って、頭を下げた。
すぐに顔を起こしてまたオレの顔を正面から見た。

「こういうのは、1対1でお話すべきだと思います。
 でも、女性にとって、正体の分からない男性から尾けられるのは、
 とても気持ち悪いものですし、とても怖いことです。
 だから、ビジターセンターの方に相談しました。」

それがまた、凛として、いい声なんだ。
またびっくりだぜ。
女優か?いや、こんな女優見たことねえし…。
い、いや、そんな場合じゃねえ。

「いえ、こちらこそ、どうやら失礼なことになってしまったようですね…」
と、オレが話し始めてるのに、その女、遮るように声を上げたんだ。

「猛烈に飛ばしてきたかと思ったら急に減速して私を抜かずに、ずっと後ろにつけて。
 料金所を過ぎたところで私が停まって先に行ってもらおうとしたら、
 後ろに停まってにやにや見てましたよね。
 そういうの、一人旅の女性にとっては、耐え難い屈辱です。恐怖です。」

怒りで目が燃え上がっていたんだ。
きれいな女だった。

「いや、誤解を与えてしまって、あなたに不快感を与えてしまったとしたら、お詫びします。私は、決して怪しいものではなくて…」

オレが名刺を出しながら話すと、女は間髪入れずにいったさ。

「お詫びをするときに条件をつける人の言葉を、私は信用しません。」

ピシャッて感じの一言さ、気い強え!オレは感心したね。名刺を丁寧に差し出したさ。
これを見たら驚くぞ…。
すると女は突っ立ったまま、名刺に目もくれずにオレの顔をみたまま言ったさ。

「名刺なんていりません。あなたが誰かは、あなたの走りが教えてくれました。
 肩書きで人にものを言う人を、私は信じません。」

さすがにオレもカチンと来たね。いくらなんでも、失礼にも程があるだろ。

「お嬢さん、そうおっしゃいますが、社会人が名刺を差し出したときは、受け取るのがマナーですよ。」

つい、オレが言ったのさ。

「いいえ。相手への敬意を、走りで表すのがライダーです。
 それ以上の名刺など、ありません。ここは会社の中じゃなくて、空の下です。
 さっきから失礼なのは貴方の方です。」

おいおいおい、こりゃあとんだじゃじゃ馬に当たっちまったと思ったね。
でもよ、さっきからいきさつや、今オレの前のきれいな女とオレたちを取りまいてる男4人を冷静に見ればさ、ここは我慢してさ、ことを収めるのが大人の男ってヤツだろう?

オレは男たちの顔を見たさ。
スーツ野郎は落ち着いた顔で状況を眺めてる感じだったぜ。
作業着のヤツは黙ったままオレを睨んでやがった。
ツーリストは心配そうな顔になってやがる。ヤサ男、場数足りねえな。
バトル野郎はハトが豆鉄砲食らったみたいな顔さ。女の剣幕に驚いてやがる。

オレは男4人に向けて肩をすくめて見せてさ、女に謝ることにしたのさ。

「わかりました。あなたに不快感を与えたことは謝ります。でも、私は別にあなたを尾けてたわけじゃありません。今、そこの人にも話しましたが、初めからここに来るつもりだったのです。
あなたを追い抜くことを遠慮したことが、こんなことになってしまって。
私としても、本意ではありません。
あなたには不快な思いをさせてしまいましたから、私はもう、これからあなたの目に触れないように帰ることにしましょう。私が本当に帰ったか、このお二人に協力していただいて、私が土湯峠側のゲートを出たことを確認していただいて、かえって来ていただきましょう。
もちろん、ご負担をおかけするわけですから、それ相応のお礼はいたします。
こちらの二人の方にも、お手数をおかけしたお詫びのしるしに、何か差し上げます。
あなたにも、お詫びのしるしに。
どうでしょう、みなさん、ご協力いただけますでしょうか。
お嬢さん、これでお赦し願えますか?」

女は上気した頬と燃える目でオレを見ていたね。
バトル野郎と、ツーリストは考えたふうだったけど、
「僕は別にそれでいいですけど…」と言ったのはツーリストの方だった。

オレは作業着の方に言った。
「センターの方、それでよろしいですか?」
それからスーツの男にも
「必要なら、今、私の免許証をお見せしましょう。これでよろしいでしょうか?」
って聞いたさ。

な、一件見落着さ。

「私は、あなたにお詫びとか、ものとか、いただきたくありません。」

女はまだ言い張るのさ。いや、ホント、いい女さ。

「ただ、もう、私の後も、誰か女性の後ろも、二度と、付け回したりしてほしくないだけです。」

「お嬢さん、それは謝ります。でもそれは誤解です。それからお嬢さん、公道を走るときは、もう少し安全マージンを取るべきですよ。あなた、そのままじゃいつか事故ります。せっかく美しいお顔をしてるのに、もったいない、お気をつけなさい。」

オレがせっかく大人の我慢と優しい心でアドバイスしてやってんのに、女は返事もしねえでスーツの男の方をキッと見て言った。

「すみませんでした。もう結構です。お手数おかけしたしました。すみません。
 私、帰ります。」

「いや、下まで送りますよ」といったのはバトルスーツの野郎さ。

「ありがとうございます。でも、結構です。一人で行きます。すみませんでした。こんなくだらないことにまきこんでしまって、本当にごめんなさい」

女は他の男4人に謝ってさ、そのまま踵を返してV7の方へすたすた歩き出した。
おいおいおい、オレをシカトかあ?

男4人はオレの回りから動かねえ。女はもう、V7のところへ行って、メット被ってあご紐締めてやがる。

おれは親切心でさ、あまり近づき過ぎないように少しだけV7の方へ歩いて、声をかけたんだ。

「お嬢さん、すみませんでした。お気をつけてお行きなさい。あなた、コーナーの侵入速度が速すぎて後半苦しいラインになってるでしょう?そこだけ直したほうがいいですよ。そんなに飛ばしたければ、サーキットに来なさい。◇×カップの日に△☆サーキットに来れば、たぶん私に会えますから、そしたら走り方をコーチして差し上げます。」

女は全く無視さ。
ふんって感じすら出さずに、グローブを嵌めてやがる。
そりゃねえだろうよ。
オレはつい歩み寄って、
…と思ったら、左腕をぐいと引かれた。
いてえ!
振り返ったらスーツ男さ。笑顔が消えてやがる。
こいつ、何しやがる!
と思ったときにさ、後ろでかわいいセルの音がしたと思ったら、V7に火が入った。

いきなりぶん回す音さ。
まあ、エンジンも冷えてねえからいいんだろうけど、どうもなあ。
振り返ったらたまげたね。

その女、跨りもしねえで、左足ステップにかけたと思ったらクラッチつないで発進しやがった。
それもかなりの急発進さ。
車体を少し右に傾けて、左側から、左足だけステップに乗せた体勢で、加速して行きやがった。
そのまま2速に入れた!と思ったら右足を後ろから回して着座したんだ。
いやあ、きれいな動きさ。
そしてそのまま加速しながら、あっという間に、左折して、福島市方向へ走っていっちまった。
またV7の加速音がしばらく響いてたぜ。

で、だ。
オレの腕をスーツ男がつかみやがったから、こうなるとオレだってさ、先に手エ出しのはあっちだからな、黙ってられねえだろ。

「いてえな!何しやがる!」
って腕を振りほどいたさ。

そしたらスーツ男、オレを睨み返してきやがった。
「あんた、恥ずかしい野郎だな」
と抜かしやがったんだ!

「なんだと…」

「あの人の言った通りさ。あんた、人をあんまりなめんのもいいかげんにしな。あんたは人と対等の関係が作れねえんだろう。だから肩書きや、財力や、ものを与えることで人の上に立とうとする。」

「なにい、失礼なことを…」

「あんた、あの人にぶっちぎられたろう。」

「………!!!」

「人に謝るときでさえ、自分を優位に置こうとする。ぶっちぎられた相手にライテクのコーチをくれるとは、恥ずかしさの極みだぜ。」

「…なんでてめえがそんなこと言うんだ!バイク乗りでもないくせに」

「……な…。スーツ着てりゃライダーじゃないと思うのか。今日はオフなんだよ。あんた、オレの職業見抜いたようだが、勘違いしてたな。オレはケージじゃねえ。コーキだ。」

「な…、なんだあ、だったらなおさら、あんな女放置すんなよ!!とっつかまえろよ!!違反だろ、違反。それにさ、速けりゃ偉いのか?バイクは?ここはサーキットじゃねえ、公道なんだぞ!!速けりゃ偉いのかよ!!」

「…バイクってのはなあ、命乗せて走ってるんだぜ。俺に言わせりゃあんたの方が遅くたってよっぽど危ねえ。あんたがバイクに乗せてるのはせいぜいちんけな自己顕示欲だろ!」

「なんだとこの野郎!!」
オレは頭に血が上っちまって、スーツ男になぐりかかっちまった。
やばいよなあ。でもよう、誰だってそこまで言われたらキレルだろうがよ。
スーツ男は難なくかわしてさ、オレの右腕背中にねじ上げやがった。

「ゆっくり走ってたってなあ、腕前は分かるもんさ。道路から駐車場に入って来るところだけでもな。あんたはバイクに自分の言うことを聞かせようとしてるだけだ。意のままに扱って支配しようとしてるだけさ。それはさっきの話合いの時もそうだった。自分で解決策提案して仕切る立場か?「肩書き」や「金」や「信用」で人を自分の思い通りに操ろうとする。謝るときにひとかけらの誠意も見せられねえ。あんた、最低の人間だぜ。」

「いてえ、いてえ!そんなことしていいのか、暴力警官!てっ…てめえ、好き勝手言いやがって、訴えてやるぞ、名誉毀損だ、てめえ!」

「だから、別にあんたに殴られないように後ろに回ってるだけで、別にあんたを殴ったりも蹴ったりもしてないだろ。ほら、離すぜ。」

やっと離しやがった。このスーツ男!オレはもう、はあはあ言っちまって、みじめなもんさ。

「ち…ちくしょう。なんだってあんな女や、てめえみたいな下っ端コーキにコケにされなきゃならねえんだ…。ああ!もう、最低だ今日は。なんだ、てめえら、いつまでも見てんじゃねえぞ!!」

オレが怒鳴ったらバトル野郎もツーリストも、作業着の男もびびってやがった。

「ちくしょう、なんだい、とんだとばっちりだ!とんだ濡れ衣だぜ!いっそ本当にあの女、これから追いかけて行ってやろうか!!」
もうやけでさ、ひとりごと叫んでる状態さ。ホント、我ながら情けねえ。

「いや、あんたには無理さ。オレでもたぶん追いつけないね。」

「なんだよ、てめえ、知ってんのか?あの女」

「いや、知らないな。おい、それより、お前の顔とバイクとナンバーオレ覚えたからな!なんかしでかしたら容赦しねえぞ。」

「ちくしょう、うるせーよ、この野郎」


………、
あ~、もういいだろ?話してるだけでまた惨めになってきやがった。
だからさ、ひでえめにあったって話さ。
全く、あの暴力コーキ野郎!覚えたなんで抜かしやがるから、どうせ張ったりだろうとは思ったけどよ、東京帰ってすぐバイク換えたぜ。
で、今度春によ、パニガーレが来ることになってんだぜ、パニガーレ。
いいだろ?



……。

センセイの話はここまでだった。
僕は、そのV7の噂を聞いたことがあったが、センセイには言わなかった。

そのV7は、長野や群馬、時として山梨や静岡の、三桁国道や県道、市町村道など、極々マイナーな峠に現れ、時に信じられないほど速く、時に自転車ほどの速度で、あるときは川の流れに沿って川と同じ速度で下り、あるときは1車線のつづら折で地元のモタードを振り切り、あるときは渓流の、桜の樹の下に、何時間も停まっていたりする。
ライダーは女性で、年齢は不詳。いつも一人で走り、出会った人によってその印象はまるで異なる。
ある人はとても愛らしい娘さんだったといい、ある人は理知的な美人だったといい、ある人は人生に疲れたような、憂いを秘めた女性だったという。
だから、実はV7クラシックのその女性は、本当は複数いるんじゃないかとか、幽霊じゃないかなんて噂まで流れたりした。

ただ、共通しているのは、そのV7の走りは、力強く進んでいくというよりも、何か浮いているような、あるいは、前から引っ張られているような、そんな不思議な走りだということだった。それは、速く走るときも遅く走るときも、目撃者は同じようにそんな感じを受けるらしかった。
ある人は、渓流に浮かび流れる木の葉のようだ、といい、ある人は、風に舞う木の葉のようだとも言った。

僕はひそかに、そのV7のことをこう呼んでいた。
「風のV7」。

センセイの事務所を辞めて後、僕は偶然、「風のV7」と出会うことになるのだが、それはまた、別の話である。
(「風のV7」完)
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コメント
 
 
 
相棒。。 (tkj)
2011-12-27 23:45:02
バイクは親愛なる友。あるいは相棒。。(決して奴隷じゃない)
鈍足のボクでも、言うなれば『命を預けて』います。
大切に・・・できれば長く付き合って行きたいと思います。
 
 
 
親愛なる (樹生和人)
2011-12-28 13:30:20
tkjさん、こんにちは。
ありがとうございます。
風のV7、いかがでしたか?
最終回はちょっと説教臭くなってしまって、
あの主人公の一人の男、悪役でしたが、、あれは半分私です…。(^^;)
バイクと人との関係、いろいろあっていいと思うのですが、今回の「コーキ」さんはちょっと熱かったですね…。

tkjさんとCBRさんの、「親愛なる友」、「相棒」の間柄、素敵ですね。
 
 
 
Unknown (かねしん)
2011-12-28 13:42:17
これは飛んだ目に会いましたね、ブルターレさん。
こういう人にならないようにしなければ(笑
とても面白かったです。

来年は僕も、今年とは違ったものをホーネットに乗せて走りたいものです。あー乗りたいよ~~!!!
 
 
 
グレイトエスケープ (kaori)
2011-12-28 18:06:09
寒くなりました。雪もいっぱい降って。
バイクとは冬の間は離ればなれですが、
やっぱりどうしてるかなと思ったりします。
これって目の前のにある夏場より感じます。

ショートストーリー
ワタシはたまにロートルバイクが物珍しくて集まりができるくらいで、
なんの人的、機械的、トラブルもなく、いっつもいっつも楽しく乗り続ける
ワタシは家宝もんだなあー思いました。

この冬は 40年近く回り続けたホイールを交換、スポークも組んでもらって、
ベアリングもすべて打ち替えます。同じくフロントのローターも
交換するつもりです。
あとはオイルパンのオーバーホール。
でもどれもノーマルからノーマルなので、
結局見た目は変わりません(~_~;)





 
 
 
ありあがとうございます。 (樹生和人)
2011-12-28 20:17:46
かねしんさん、こんにちは。
お読みいただき、ありがとうございます。
あの男は、半分私なんですよね。
それにしてもブルターレに悪いストーリーになってしまったので、次はブルターレとオーナーの短く素敵な話にできたらな…と考えています。
うまくいくか分かりませんけれど。
やっぱり、悪役はいけませんねえ…。
 
 
 
さらに生き生きと (樹生和人)
2011-12-28 20:25:36
kaoriさん、こんにちは。
いかにもアホな男の妄想で出来上がったストーリーになってしまいました…。
とほほのほ。
この冬はホイールですか。
スポークホイールをきちんと組むことの出来るメカニックも、もう少なくなったと聞きます。
完全に汲みあがったホイールは、Zの足をまた新鮮に、しなやかにしてくれることと思います。
ベアリングの打ち変えも同時なら、さらに効果が体感できますね。
しかし、こうして毎年、更新すべきところを順に、丁寧に、更新していくバイクは、本当にまれだと思います。
すばらしいメンテナンスですね。
来年はまた、さらに生き生きしたZⅡに会えると思います。
ブレーキローターの交換は分かりますが、オイルパンの交換とは!渋い!渋すぎる!
 
 
 
V7のライダーは・・・ (ソロ)
2011-12-29 15:13:09
いやぁ、力作でしたね。お疲れ様です。
楽しく読ませていただきました。
最後はブルターレ氏コテンパンで、想定外で笑っちゃいました。

V7さんの走りのシーンで「うぉぉ、走りてぇぇ」となり
ブルターレ氏の言動、コーキ氏の語りで考えさせられて
「一粒で2度3度」楽しませていただきました。

ブルターレ、僕が気になる数少ない「現代の」バイクの一つなんですが、バイクはライダーを選ぶことはできませんからねぇ…

と、ここでやっぱり思ったのは、この作品のV7のライダーは、樹生さんをはじめとする「町内会系」ライダーなんだろうな。そんな気がします。

わはは。
皆さんきっとテレて否定されるんでしょうねw
 
 
 
ミックス (樹生和人)
2011-12-29 18:01:51
ソロさん、こんにちは。
コメントありがとうございます!励みになります。
ブルターレのライダーは、最初、転んでもらおうかと思っていたのですが、やはりそれは今回はやめようと思い、そうすると「ひでえめにあった」わけですから、ひでえめに遭わせなければならず、こんなんなってしまいました。
いや、ブルターレさんには申し訳ないことになりました。
V7のライダーは、今まで私が出会った何人かの女性の方のミックスが原型となっています。
でも、この女性像も、いかにも男が作った女性ですよね、…反省。
さて、次回作は、名車「ブルターレ」の名誉を挽回できるものをと考えているのですが、これもどうなりますか、書いてみないとわかりません(^^;)
ホントは「正月持ち帰り仕事」(!!!)という、とてつもない嫌なものがあるのですが、年末はちょっと逃避します。はははのは。
 
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