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六月の風3 襟裳岬

襟裳岬。
北海道の背骨、日高山脈が太平洋に突き出し、海に落ち込む場所。
岬の先数キロにわたって岩礁が続いている。

ここを訪れるのは何回目だろう。
僕にとって襟裳岬とは、岡本おさみ作詞、吉田拓朗作曲の『襟裳岬』の舞台の場所だ。

 えりもの春は 何もない春です

あの有名なフレーズには、一時「何もないとは何だ」との批判もあったと聞いたことがある。
しかし、この曲を聴いた十代の頃から、僕は違うことを考えていた。
「何もない」とは、全てがある、ということなのだ。

そこには、珈琲を飲みながら自分のことをとつとつと語る場所があり、
人生をともに考える友がいて、
寒さに凍えた旅人を友達として迎え、「遠慮はいらないから暖まって行きなよ」
と語る人がいる。

そして寒い寒い春まだ浅い襟裳で、火にあたりながら珈琲を飲み、友と語っているうちに、自分の身構える弱さや、日々の暮らしのことなどを、素直に受け入れられるようになっていく。

「何もない春です」と繰り返されるたびに、余分なもののないことの豊かさが強調されてくるような、そんな感じがしたのだった。



その<感じ>は、30年経った今でも、僕の中で生きている。
森進一の歌唱力もありヒットした歌だったが、僕の中では一度も聴いたことのないはずの吉田拓朗の声でこの歌が流れている。

襟裳は風極の地とも言われる。
風速10m以上の風が吹く日が、1年に290日以上もあるというのだ。
今まで訪ねたときも、いつも強い風が吹いていた。

いつも吹く塩分を含む強い海風は、木々を高く育てない。
20年前、初めて襟裳岬に来たとき、本当に何もないのに驚いたことを覚えている。
見渡す限りの草原と砂原で、岬の駐車場には売店が2軒あり、漁村集落は崖の下、海との間に隠れるようにあり、道からは見えない。
いつも吹く強い風。

最果てに来た。

その感じを強く抱いたものだった。
と同時に、あの歌、『襟裳岬』の世界が、この風景を全く裏切っていないことに、また驚いていた。



今襟裳岬には20年前にはなかった「風の館」ができ、観光客を迎えている。
風の館では、襟裳岬に生息するゼニガタアザラシを望遠鏡で観察できる展望室や風速25m(時速90㎞にあたる)を体験できる風洞室などがあり、入場料はかかるが一度は立ち寄ってもいい施設だと思う。
家族と来たことのある僕は、今回はパス。

この風の館、景観を壊さないように地面に埋められるように造られている。
また、上述の売店は今も営業しているが、昔していたスピーカーからエンドレスに音楽を流すようなことはもうしていない。
襟裳岬に聞こえるのは、風の音ばかりだ。


ここは海から70mの断崖の上。だから右手の灯台は建物そのものの高さはそれほど必要ではない。
沖まで岩礁が続くこの襟裳岬では、灯台は重要だ。
左手は風の館の屋根部分。もともとの地形を残して造っているのがわかる。
北海道の陸の上には重い雲が垂れ込めているというのに、この襟裳岬とその先の海は見事に雲が切れた。


岬の本当の突端までは、遊歩道で渡って行く。
沖に続く岩礁にゼニガタアザラシが見られることもある。
海からの断崖は海鳥達の格好の営巣場所だ。

ここは海流が陸にぶつかり、魚や昆布もよく獲れる。海鳥にもアザラシにも格好の住処だ。



崖の上からきれいな海を見下ろしていたら、すっと一羽の海鳥が視界を横切っていった。

実は襟裳の海は一時期汚れ、魚も減り、岬に暮らす人々も集団移転を考えたほどだった。
今では海はよみがえり、釣り客の為の民宿も営業している。
襟裳の海の復活には、人々の長く地道な努力があったのだ。 (つづく)
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コメント
 
 
 
わ~! (ぶぶ子)
2008-06-21 20:45:53
期待した以上の絶景です。

山国育ちの私には、海は未知の世界です。

でもこうして、身近に感じられるのは嬉しいかぎりです。
 
 
 
ご期待ください。 (樹生和人)
2008-06-21 21:02:08
ぶぶ子さん、こんにちは。
この日の天気予報は一日曇りで、しかも到着直前まで今にも泣き出しそうな空の下を走ってきたので、この晴れた風景には感動しました。

しかし!今回の『6月の風』ツーリングでは、この後も続々と北海道の美しい風景が登場します。
自分で言うのもなんですが、どうぞ御期待ください。

さて、何もない襟裳岬の海を復活させた取り組みは、実は意外な方法でした。そしてこの取り組みは有名で、同じような取り組みが全国に広がっています。
次回の記事でそれを紹介いたします。
 
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