記録日記~ステージ4からのがん治療~

父の癌発覚から治療に至る経過を綴っています。
2013年3月よりアービタックスによる治療を行っています。

記録日記

2008年9月。父が癌の診断。 咽頭部癌。stage4。重複癌、リンパ節転移を認める。父を応援する娘の日記。

2008年9月~2009年1月抗がん剤治療。翌2月~4月放射線治療。
一通りの治療が終わりました。

2010年2月に再発、手術入院を経て、現在は2ヶ月に1回の定期通院、服薬と代替医療としてのサプリメント摂取を継続しています。

2011年3月、再発。甲状腺切除手術。

これまでの治療経過とその後の生活を綴っています。

咽頭癌と睡眠時無呼吸との関係は?

2009年08月31日 23時51分10秒 | a 副作用

8月30日(日)

実家に立ち寄ると母から相談を受けた。

「お父さん、寝ているときに呼吸が止まるんだよね。」と。

次の通院時にDr.に聞いてみて。
と返事をし、
帰宅してあれこれネットで調べてみる。

副作用、と言っていいのかどうかわからないけど、
咽頭癌と睡眠時無呼吸症候群との関係は出てこない。

父は、もともといびきがある人ですが、
睡眠時の無呼吸が喉が塞がれるから
無呼吸になることを考えると、
あながち関係ないとは言えないのでしょう。

睡眠時無呼吸症候群は、
それ自体、治療法もあるし重篤な病気ではないものの
無呼吸っていうことが気になるところ。

 

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定期通院

2009年08月20日 22時55分58秒 | 7 放射線治療

少し前になるけど、検査記録を綴っておく。

7月3日(金)

4月に放射線治療が終わっているが、7月の通院のときに、
「治療が終わった時よりも、よくなっている。」
と、言われている。

治療後3ヶ月近くが経って「よくなっている」とは、
どういうことなのだろう。

放射線治療の効果が、治療後しばらく経って
出てきたと言うことなのか?

嬉しい言葉だけど、「なぜ」かを知りたいし、
その根拠(画像による視覚的説明など)を聞きたい。

βグルカンのサプリメントは継続している。

8月6日(木)

定期通院。
2種類の検査を受ける。
一つはCTだったかな。

腫瘍部は変化なし。

放射線治療が終わって約4ヶ月。
放射線で変わってしまった声は、完全には戻らず。

抗がん剤治療が終わって6ヶ月。
髪の毛はしっかり豊富に生えてきた。
白髪が少し増えたくらい。

 

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帰省。リアルな選択肢に思う。~どう生きたいか~

2009年08月19日 00時29分26秒 | 思うこと

8月12日(水)

夕方に久々帰省。
実家に一泊。

母が飲み会でいない。

父に「ごはん待って。」といい、
食材購入して帰宅。
簡単調理でごはん。

父、1缶ビールを飲む(飲んだりしているよう)。

Dr.にはもちろんアルコールの摂取は控えるよう言われている。
癌の腫瘍にもよくないし、再発リスクを高めるものであるのは間違いない。

それは父も十分承知。

だから、私は何も言わない。
父が、「どう生きたいか。」の、
価値観が決めるものと思うから。

間違いなく、限られた命。
それは、癌であろうとなかろうと。

癌であるということは、
余命が、癌に冒されない場合の
同じ余命である場合と比べ、
明らかに、「死」を突きつけられること。

事故死を考えれば、私たちは誰もが死のリスクを負っている。
どれだけ健康であろうとも。
生きている限り。

例えば、「突然死」「病死」どちらが幸せ?
本人にとって、家族にとって。

そんなの選択できるわけないじゃん、って思う。

例えば本人にとって、
結局、「死の形がどうか?」ではなく、
「どう生きたか?」がすべてだと思う。

漠然と死を感じて生きるより、
死を突きつけられて生きる方が、
真剣に向き合うじゃない。

それが向き合う対象は、
「死」でもあり、
反対に、
その死の重さを感じている、また、生の価値も感じている
「生」でもあり。

大切なものを大切と感じる心が衰えていたのなら、
その心を思い出させてくれる今に感謝なわけで。

でも、この解釈は、今ここに書いてきた、
私という人間の価値観の反映なわけで、
同じ状況の父が、家族が、
さらには、これを読んでくれた方が、そう感じるかどうかは別。

これはもう、一面的には語れないこと。

加えて、
理論と感情はまた、別物だったりするわけで。

 

父のビールに

こんなことを思う

夜でした。

 


 

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