壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

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夜伽の句

2008年11月13日 21時54分54秒 | Weblog
        しかられて次の間へ出る寒さかな     支 考

 『枯尾花』所載の句で、季語は「寒さ」で冬。
 芭蕉死去の前日の元禄七年(1694)十月十一日、大坂御堂筋の花屋の貸座敷の病床に詰めていた門弟たちが、それぞれ夜伽の句を詠んでおることは、きのう書いたが、そのうちの一句である。

 当時、三十歳の支考は、伊賀から芭蕉に随従しており、師が病床に臥してからもまめまめしく看護に尽くしていた。
 が、時には芭蕉の機嫌をそこなって叱られることもあったのであろう。そうした折、師の枕元からすごすごと引き下がって次の間へ出てゆくと、夜の寒さがひとしお身に沁みる、という句である。

 その場の実感のこもった素直な句である。
 「寒さ」には、初冬の夜の寒さだけでなく、余命いくばくもない師翁に𠮟られたという、自責から来る心理的な寒さも込められていよう。
 芭蕉はこの時、丈草の「うずくまる薬の下の寒さかな」の出来栄えを、特に誉めたが、支考のこの句も合格点をつけられ、芭蕉ももっと誉めてもよかったのではないかと思う。丈草の句に似たところがあるから、誉めなかったのであろうか。

 他の弟子たちの句についても検討してみよう。

        病中のあまりすするや冬ごもり     去 来
        引張てふとんぞ寒き笑ひ声       惟 然
        おもひ寄夜伽もしたし冬ごもり     正 秀
        くじとりて菜飯たかする夜伽かな    木 節
        皆子なりみのむし寒く鳴尽す      乙 州

 去来の句は、これでは何をすするのかがわからない。初五を「白粥の」とした本もあり、それだと、すするものはわかるが、今度は、看病中のことかどうかがはっきりしない。
 その点を別にしても、ただ、事柄を述べただけで、情感がたりない。

 惟然の句は、弟子たちが、足りない布団を引っ張り合って寝るさまで、俳諧味を出そうとしたのであろうが、俗なだけで夜伽の雰囲気はなく、芭蕉の言う「俳意」にはほど遠いものである。

 正秀の句の「おもひ寄」は、思う存分という意であろう。師の夜伽が、思うように出来ないのを嘆いたものだが、気持があらわに出過ぎて、句が浅くなってしまっている。

 木節の句を見ると、炊事はくじ引きで担当を決めていたようだが、これもただの報告で情感がない。そのまま素直に詠むのがよいと言っても、そうした作り方の句では、身辺にたくさんある中の何に目をつけるか、要所を押さえることが大切。それが勝負どころだと思う。
 ただそのまま詠めばいいというものではない。何を取り出すかに、作者の詩的センスの有無(うむ)の差が、はっきり出てしまう。

 乙州の句は、蓑虫にたとえて、師を失う弟子たちの悲しむ様子を詠んだものだが、わざとらしくて、こちらが「チョー サブー」になってしまう。

 こうして見ると、支考の句を別にすれば、どれも芭蕉翁から合格点をもらえるような句ではない。こんなことでは、「おれが死んだら、蕉門の句は一体どうなるのか」と心配になり、死んでも死に切れなかったのではなかろうか。
 事実、芭蕉没後、蕉門は衰退の一途をたどり、後に、「芭蕉に帰れ」の旗印を掲げ、再興したのが蕪村なのである。

 
      葱の香や山の向うに人が住み     季 己
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