パトリシアの祈り

ドラクエ日記。5が一番好き。好きなモンスターはメタルキングなど。ネタバレしてますのでご注意

小説ドラゴンクエスト10 第55回

2016-04-29 11:17:51 | 小説ドラクエ10
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   第6章 魔法の迷宮


    7  ~りな~




 ピンクに囲まれた通路の一番奥、長い上り階段を登る。手にした槍は杖替わりにもなり、意外と便利だった。

 通路に闊歩するたくさんの魔物たちはりなの姿を見るや、やはり襲いかかってきた。力を高める呪文、バイキルトで自らを強化するリザードマンや、暗黒の霧を吐いて視界を奪おうとするおばけトマト、仲間を呼ぶブルベリーノたちを、りなは蹴散らしてきた。

 りなの身体は槍に導かれるように自然に動き、敵の攻撃を受け止め、突き刺し、薙ぎ払った。

 最初は振り回されるようなぎこちなさを感じていたが、一切自分の意志と関係なく動く身体と槍に身を委ねているうちに、動き方がわかってきた。敵の隙はどこで、どのタイミングで槍を繰り出せばいいか。りなの意識と、身体と槍の動きが同調することも徐々に多くなった。

 だが、どれだけ華麗に技が決まり、何匹魔物を屠っても、戦いの恐怖が薄れることはなかった。タイミングを間違って、逆に斬られる自分の姿が脳裏から離れない。

 それでも、たった一人でもりなは前に進み続けた。それは「もうどうなってもいい!」というヤケクソな状態だったこともあるが、心の一番奥では、先に進めばショコラたちと会えるのではないか、という期待があったからだった。

 この階段を登った先に、チャオの後ろ姿があって、りなに気づいたショコラが微笑んでいる。アイは床に座り涼しげな顔で薄く笑みを浮かべている。そんな光景が待っていて欲しかった。

 だが、登った先には大きな円形の部屋の入り口があるだけだった。りなの背よりも少し高いくらいの柵で通路と隔てられている。部屋の中にいる巨大な魔物に、りなは苦笑いするしかなかった。

「なんかいるーw」

 その魔物は、漆黒の身体に鮮やかな緑色の毛並を持つ馬の姿をしていた。四肢の先は青白い炎に包まれ、床に接してはおらず、少し中に浮いていた。禍々しい闇の気配に、ただの馬でないことを肌で感じる。

「おいおい……これと一人で戦えと?」

 誰にともなくつぶやき、ため息をつく。だがそれに応える声があった。

「ランっ? キミなんで一人なんだラン?」

 子どものような声が聞こえるが、やはり周囲には誰もいない。

「知らないよ! こっちが訊きたいわ! っていうかアンタ誰よ? 姿を見せなさーい!」

 しばしの沈黙のあと、その声は突然「ごめん」と謝った。「ボクの手違いでキミ一人だけ送っちゃった……」。

「手違いって……どういうこと!?」

「ほ、ホントは! 二人以上で送られるはずだったラン! でも間違っちゃって……えへへ」

「えへへじゃないよ! 不具合じゃないの!」

「不具合じゃねーよっ! 手違いだラン!」

「どっちでもいいわー!」

 ちらりと部屋の中の魔物を見る。大声で騒いでしまったので、気づかれたかと思ったが、どうやらその様子はなさそうだった。

「ごめん! お詫びに今から君の思い描く人を出してあげるラン! 目を閉じて、一番側にいて欲しい人を強く思い描いてみて!」

 言っている意味はよく分からなかったが、りなは呆れながらも素直に声に従った。目を閉じると、脳裏にはこれまで出会ったたくさんの人々の顔が、浮かんでは消えていく。その中にはチーム『パトリシア』の大好きだったメンバーの顔もある。

 だがりなは、強く願った。あの人に、会いたい。

「よし! できた! 目を開けるラン!」

 ショコラの姿を見た時、りなははっきりと認識した。こんな自分でも、ちゃんと変化している。前に進んでいる。『パトリシア』の消息が途絶えた時の絶望を乗り越え、歩みを進めている。

「おねえちゃん……」

 その足にぎゅっとしがみつく。見上げると、ショコラは無表情のまま、何も話さない。

「おねえちゃん?」

「話しかけても無駄だラン。それはボクがキミの記憶から作りだした幻だラン。いわゆるサポってやつ?」

 ショコラの身体の感触は確かで、温かさも感じる。幻とは思えないほどに、ショコラそのままだった。

「サポ? 何それ」

「詳しくは大人の事情で言えないラン。けど、お願いだラン! その仲間と一緒にアイツを倒して欲しいラン!」

 りなは槍を握りしめる。部屋の中にいる漆黒の馬は恐ろしい。だが、幻とは言えショコラが一緒だ。負けることなど考えられなかった。

「よし、行こ、おねえちゃん! ちゃっちゃと倒して、本物のおねえちゃんに会うんだ!」

 柵を開け放ち、りなはショコラとともに部屋に飛びこんだ。





 つづく 【8】





小説ドラゴンクエスト10 第54回

2016-04-29 11:14:40 | 小説ドラクエ10
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   第6章 魔法の迷宮


    6  ~チャオ~




 目の前に転がるウェディの女性はピクリとも動かない。その傷の深さと全身の火傷を目の当たりにして、チャオは愕然とした。

 魔物の攻撃に女性が吹き飛ばされた瞬間、番えた矢を解いてベホイミを唱えた。受け止めた衝撃でチャオは大きく後ろに転び、女性は地面に落ちた。おびただしい血が流れ、皮膚はところどころがすでに炭と化していた。ベホイミの効果は全くなかった。

 白いたてがみを振り、いやらしい笑みを浮かべながら、人面の獣はゆっくりと宙を舞い、チャオに迫ってくる。潰れた鼻から血が滴り落ちていた。

 りなの、僧侶の回復魔力ならこの女性を助けられたかもしれないが、自分には到底不可能だ。安易な諦めではない。それが現実で、チャオはその現実をよく知っている。

 だがその時、魔獣を睨む彼の視界の端で何かが動いた。女性の指が微かに震えた。

「う……ううわあああああ! た、たすけてくれええええ!」

 チャオはできる限りの大声で叫びながら、円形の床の縁を回るように逃げた。すぐさま魔獣がチャオを攻撃せんと身を翻す。

 ここまでの長い通路にはもはや魔物の陰はなく、全ての魔物が女性によって殺され、紫の霧となって消えた後だった。ただ自分の足が水面を乱す音だけが響いていた。

 通路の奥で女性は待っていた。奥にはまたもや大きな扉。不満そうにチャオを見る。チャオが近づいたところで扉に手をかけると、音もなく扉は開き、女性は舌打ちした。

 扉の外は屋外で、強い光に目がくらんだ。崩れてほとんどが海に水没した遺跡の中に、そこだけが取り残されたように円形の床があった。そして、その中心には巨大な魔獣がいた。

 女性は魔物の姿を見るや駆け出し、一撃を食らわせる。

 鼻骨を折られた魔物は激昂し、女性を長い尻尾で打ち、太い爪で床から乱暴に空中に放り投げると、身体を発光させながら高速で前転した。女性が地面に叩きつけられると同時に空中に白い稲妻が出現し、女性を飲み込み、吹き飛ばした。

 円形の床を一周し、倒れた女性の姿が見えた。その横をすり抜けざま、気づかれないようにべホイミの光を放つ。

 こんなことをしても助からないかもしれない。一度引き換えし、一人でこの魔物を倒す作戦を立てるべきなのかもしれない。いつか追いつかれて、自分も殺されてしまうかもしれない。

 だが、チャオには目の前で人が死ぬことのほうが、何倍も怖かった。

 二周もすると、魔獣の苛立ちは頂点に達した。鬼ごっこは終わりだとばかりに咆哮すると、一気にスピードを上げる。もう少しで女性が倒れている地点に着くというところで、チャオは気づいた。

 女性の姿がない。

 ぎょおおおおおおおおおおおおん!

 チャオの背中から魔獣の絶叫が聞こえた。

 信じられない光景だった。体中、いや、体中の傷から漆黒の光を立ち昇らせ、女性が魔獣の千切れた尻尾をゴミのように床に投げ捨てていた。

 きれいな水色の肌が、黒い光の隙間から見え隠れする。自分のベホイミであんなに回復するはずはなかった。

「はっ! てめえもアタシを殺せねえか。じゃあもう死ね!」

 女性は跳躍し、回転の勢いを乗せて踵を魔獣の脳天に落とす。咄嗟に逸らした魔物の顔が、半分ほど削り取られ、肉と血が吹き出した。

 絶叫をあげながら回転し、落とされた白雷を、女性は左手で弾き飛ばす。半分になった顔に恐怖を浮かべる魔獣の腹の下に潜り込むと、両手を突き上げて腹を押した。

 ズン! と床が揺れ、魔物は白目をむいた。そのまま紫の霧になっていく。

 霧の中から現れた女性の身体からは、もう黒い光は上がっていない。完全に傷は塞がり、元に戻っていた。

「お、お前……不死身……か……?」

 茫然と、チャオはそう口にするのがやっとだった。

「大丈夫……なのか?」

 女性は何も答えず、辺りを見回す。空は晴れ、きらきらと光る水が遺跡にぶつかり、小さな粒が生まれる音だけが流れる。

 その時の女性の哀しげな瞳が胸を締めつけた。

 少しすると、視界が真っ白な光に包まれ始めた。女性の肌と、その先に見える海の色も一つに溶けて混じり合う。

 次に目を開けた時、また海が見えた。

 夕焼けに染まる海に、海鳥の泣く声。はためく旗と、巨大な舟の船尾。レンドアだ。

 チャオは慌てて周囲を見回したが、女性の姿を見つけることはできなかった。





 つづく 【7】



小説ドラゴンクエスト10 第53回

2016-04-25 22:57:07 | 小説ドラクエ10
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   第6章 魔法の迷宮


    5  ~アイ~




 アイとキーフは回廊を進み、長い階段を登っていた。道中、アイは先頭に立つことはなく、キーフが絶え間なく喋り続けながら歩くのを、ずっと後ろから眺めていた。

 自分より背が高い者の背中を見つめるのは久しぶりだ。何度も何度も振り返りながら歩き、たまにつまづきそうになる男を、冷静に観察している自分がいた。

 階段を登りきったところでキーフが立ち止る。目の前には大きな扉があった。

「お! ここがゴールかな!?」

 何の躊躇いもなく、キーフは扉を開け放った。これまで多くの魔物と出会ったのだから、もう少し慎重になってもいいのに。アイは背中越しに、扉の奥を注意深く観察する。

 案の定、何者かの姿が見えた。キーフもすぐに気づき、今回ばかりは静かに扉をくぐる。

 そいつは身体を丸めたり伸ばしたりしながら、両手のカラフルな棍棒のようなものを振り回していた。身体の中央に顔があるように見えるが、よく見ると鎧のようなものに描かれた模様であった。

「初めて見る魔物だ! なんだろうね、あいつ」

 その場所は屋外で、石畳にはうっすらと雪が被っている。凍てついた空気はキーフの声をよく響かせた。若干声を落としたようだったが、元が大声なだけに、大した効果はなく、やはり敵はこちらに気づいた。鎧の上で本物の瞳がギラリと光る。

 何かの儀式の場だったのだろうか。円形の舞台のようにも見える。最奥には、巨大な鐘が傾いたままに凍り付いていた。

 敵の動きは速くはない。一歩ごとに重厚な鎧の音と、もう一つ、軽く乾いた音がする。カラフルな棍棒が揺れるたびに、カシャカシャと鳴っていた。

「はは、マラカスみたいだね」

 この地形と敵の動きなら、二手に分かれての挟撃が最善と思われる。だが、アイが柄に手をかけ走りだそうとした時すでに、キーフは真正面から敵に向かって突進していた。

「君は下がってて!」

 剣を抜きざま、斜めから斬りつける。だが敵の鎧はやはり固く、あえなく弾かれた。体勢を崩したキーフに、敵は容赦なくマラカスを突き出す。なんとか剣で受け止めたが、身体は大きく後方に吹き飛び、アイの足元まで戻ってきてしまった。

「大丈夫?」

 キーフは剣を杖に立ち上がる。「へへ……なかなか強いみたいだな! でも任せといて!」再び突進し、斬撃と刺突を連続で繰り出した。

 時にはマラカスで打ち払い、鎧で防ぎ、敵はキーフの剣をことごとく捌きつつ、隙あらば攻撃に転じてくる。キーフがじりじりと押され始める様子を、アイはやはり、冷静に眺めていた。

 とても不思議な気分だった。自分ではない誰かが、自分の前に立って戦っている。自分はいつでも飛び出せる準備をしつつも、戦闘を客観的に捉え、全体を見渡すことができている。ショコラやりなは、いつもこのような気分なのだろうか。刻々と変化する戦況に応じて、自分のできること、やるべきことを瞬時に判断する必要がある。そうでなければ、前線にいる者は、死ぬ。

 アイは前衛として、後衛を守るのが仕事だと思っていた。だが、前衛もまた後衛に守られていたのだ。

 剣なんてやめたいと思った。戦いなんて嫌いだった。汗と土の匂いも、錆と血の匂いも大嫌いだった。日に日に大きく、逞しくなっていくこの身体を呪いもした。偉大な戦士である父も、自分の足元にも及ばない兄たちも、いなくなってしまえばいいとさえ思っていた。

 それでも、アイは今、刀を抜く。

 誰かを守りたい。今まで忌み嫌ってきた全てのものも、無理やりに自分を縛りつけてきた鎖も、そのたった一つの気持ちの前では無力だった。

 アイはもう、迷わない。

 膝をついたキーフに容赦なく棍棒が振り下ろされる。しかし、その先端がキーフの身体を打ち付けることはなかった。アイの剣がマラカスを切断していた。

 マラカスの中身が散らばる。それはおびただしい小さな骨だった。敵の、赤く光る二つの小さな瞳からは感情を読み取ることはできない。だが、骨をマラカスに入れて音を楽しんでいたとしたら、この上なく悪趣味なやつだ。

「立てる?」

「ああ、悪いね……反撃開始といこうか!」

 キーフがなんとか立ち上がると、二人は左右に分かれた。魔物はきょろきょろと二人を交互に見て、その間完全に動きが止まった。

 まずアイが、続いてキーフが近づき、鎧の隙間にそれぞれの剣を滑らせる。絶叫する魔物は残ったもう一方のマラカスを滅茶苦茶に振り回すが、その時にはすでに二人とも距離を置いている。

 キーフに怒りの矛先を向けた敵に、アイは背後から斬りつける。刃は頑丈な鎧を鈍い音とともに斬り裂き、次いで発生した風が、鎧の奥の肉を断った。

 苦痛に呻く敵に、キーフが正面から唐竹を振り下ろす。鎧に阻まれはしたが、剣は魔物の頭部に届いていた。緑色の血が噴き出すのが、背中側にいるアイにも見えた。

 今一度、アイは確かめるように剣を振る。力を抜き、闘気を炎に換えて、逆袈裟に斬り上げる。炎を纏った刀が、熱風の刃とともに敵の身体を駆け抜けた。

 一瞬びくりと震え、そのまま動かなくなった魔物の身体が、紫の霧に変わっていく。

 二人とも無言だった。戦いの興奮で熱くなった身体が、冷たい空気に冷やされていく。

 それぞれに剣を鞘に納め、見つめ合う。そっと差し出されたキーフの手を、アイはしっかりと握り返した。お互いの身体が光に包まれていた。

 どこからともなく「ありがとうだルン!」と声が聞こえた。

「アイ、君のような剣士に会えて嬉しかった。ありがとう。俺ももっと強くなるよ」

 その言葉で、アイは悟った。キーフはアイの実力をはっきりと認識した上で、それでも自ら前に出たのだと。男として格好をつけたのか、戦士としてのプライドか……おそらくその両方かもしれない。だがきっと、これが本当の、オーガの男の……戦士の姿なのだろうと思った。

「私も。ありがとう……キーフのおかげで、迷いがなくなった」

 キーフはきっとなんのことを言っているのかわからないだろう。ただ笑顔でアイを見つめている。「またどこかで」握った手を離し、キーフは軽く振った。

「ま……また!」

 消えていくキーフに、アイは珍しく大きな声で言った。視界が真っ白な光に包まれていく。光がおさまると、夕暮れの港町の風景に戻っていた。

 モコモコの魔物はもういない。

 手の平に残った感触と熱が、夢ではなかったことを物語っている。

 はやくショコラたちに会いたい。会ってこの出来事を話したい。うまく話せる自信はないが、きっと興味深く聞いてくれるだろう。

 速足で宿に取って返すアイの背を、茜色の太陽が真紅に染めていた。





 つづく 【6】







小説ドラゴンクエスト10 第52回

2016-04-25 22:56:11 | 小説ドラクエ10
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   第6章 魔法の迷宮


    4  ~りな~




 おーい……おーい……おーい……。

 おねーちゃーん……ねーちゃーん……ちゃーん……。

 アイおねえちゃあん……おねえちゃあぁん……ちゃぁぁん……。

 おっさああああん! ……おっさあーーーーん……。

 大きなプクリポの銅像の足元に座りこんだまま、りなはもう五分近く呼び続けている。誰もいない。円形のフロアにはこの像以外何もない。ただ遠くから機械の音が微かに聞こえてくる。

 床や壁、どこを見ても悪趣味なピンク色に気が滅入った。

 ほら、かわいいでしょう? たのしいでしょう? きれいでしょう?

 ハッピーな感情を押し付けられるような気分は、幼い頃に過ごしたメギストリスを思い出させた。そう思わない、思えない人を排除するような無言の圧迫感。

 こっちは仲間とはぐれて心細くて、ちっともハッピーじゃない。

 部屋の隅にある階段をちらりと見る。やはり先に進むしかないのだろうか。

 この建物は塔のような構造らしく、壁に沿って、階段が曲線を描いて伸びている。階段の突き当りには二階のフロアへの入り口があったが、少し開けて様子を見てみたらたくさんの魔物がいたため、慌てて閉めた。

 もしかしたらショコラたちもここに飛ばされて来るかもしれない。そう思って像の下で待っていたのだが、ショコラはおろか、猫一匹現れる気配はなかった。

「おねーちゃーん……」

 不安が押し寄せてくる。反響すらしない小さな声が漏れる。

 実はもうショコラたちは先に進んで行ってしまったのかもしれない。早く追いかけないと、もう二度と会えないかもしれない。りなを置いて失踪してしまったチーム「パトリシア」のメンバーのように。

 一人で魔物と戦うのは、やはり怖い。

 ショコラたちと旅をして、何度も魔物との戦闘は経験した。強大な敵との死線もくぐり抜けて来た。だがそれは、仲間がいたから、そして僧侶として常に後衛に下がっていたからであり、一人で戦う自信にはならない。

 魔物を避けながら進むことも考えたが、覗き見しただけでも相当な数がいた。ある程度はやり過ごせても、全ての敵から逃げるのは不可能だろう。

 傍らに置いてある槍にそっと手を伸ばす。ウルベア地下遺跡のようにうまく扱えれば、なんとか戦えるとは思う。だが、恐怖を撥ね退けるほど、自分の戦闘能力を信じることはできなかった。

 りなの見るだけで武具の性能がわかるという不思議な特技は、まだ消えていなかった。何気なくレンドアの武器屋に入ってみると、「プクリポ用」と書かれた筒の中に、妙に惹かれる古い槍を見つけた。

 丈夫で軽い金属の柄はほどよくしなる。穂の部分はツノのように大きく湾曲して二又に分かれ、内側に刃が付いていた。柄と歩を繋ぐ口金には左右に大きく開いた魚のヒレを思わせる装飾がある。

 触れてみると、よりはっきりとその性能を感じ取ることができた。海の魔神の力が込められており、水に関わりの強い魔物に大きな威力を発揮することがわかった。

 だが今手元にこの槍があるのは、購入したからというわけではない。槍を筒から取り出した瞬間、何か丸いものが転がってきて、りなの背中に激突したのだ。

 それは「いてっ」と声をあげ、光に包まれた。りなもその光に巻き込まれ、気が付いたらここにいたのだ。

「これってやっぱ……万引きだよねぇ……。値段見なかったけど、高かったらどうしよう……。使っちゃったら買い取るしかないよね」

 そもそも本当に自分に槍が扱えるのだろうか。りなは立ち上がり、試しに構えてみた。槍を使ったのはウルベア地下遺跡が初めてだ。だが不思議なことに、自然に構えができている、と思う。

「や!」

 まっすぐに突く。払う、受ける、石突で突く。次々とイメージが湧き、身体が勝手に動く。

「あたしってばやっぱ天才? これなら行けちゃうかも」

 あとは恐怖との戦いだ。素振りと実践が違うことなど、りなにもわかっている。

 先ほど覗いて見えたのは、リザードマンと赤くて丸っぽい何か。自分の倍ほどもあるリザードマンが斬りかかってくるのを想像すると、槍を握る手に汗が滲んだ。

 だが同時に、思い当たった。アイはいつもこんな気持ちなのかもしれない。一人で前衛で戦うのは、いくら強いアイでもきっと怖いに違いない。

 そしてショコラ、チャオの顔も浮かぶ。もう気持ちは固まっていた。

 りなは一度槍を置き、両手で頬を強く叩き、気合を入れる。

「おっしゃあぁー!」

 おっしゃぁー……っしゃー……。

 声の反響が鳴りやまぬうちに、りなは槍を携え駆け出した。





 つづく 【5】






小説ドラゴンクエスト10 第51回

2016-04-15 23:07:39 | 小説ドラクエ10
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   第6章 魔法の迷宮


    3  ~チャオ~




 美しい歌声が通路に反響している。女性の声だ。歌詞は聞き取れないが、曲調は切ない。

 チャオはその声を頼りに、入り組んだ回廊を進んでいた。通路の壁や床は、古代のドワーフの遺跡の中のように、様々な色の石が見事に組み合わさってできている。ウルベアの様式のようにも見えるが、少し違う。

 ぱしゃり。

 ふと水を踏んだ。チャオの足元から先にはうっすらと水が貯まっていた。波紋が通路の奥に広がっていく。通路の先は少し開けた場所なのか、明るい光が見える。

 チャオは足首まで水に浸かりながら、なるべく音を立てないように進む。通路の床はいつの間にか遺跡のものではなく、自然の川底のようになっていた。

 通路を抜けた先の広間には、今度はウェディの像が立っていた。赤茶色の金属でできた、美しい女性のウェディ像だ。周囲には半透明の水色の石の彫刻で水の躍動感が表現されている。足元では巨大な貝がぱっくりと口を開け、まさに水の女神の誕生の瞬間のようだった。

「アンタ誰?」

 さっきの歌はまさかこの像が唄っていたのだろうか、と思ったまさにその瞬間、その顔のあたりから棘のある声が聞こえたので、チャオの頭は少々混乱した。

「ここは一体なんなの? 知ってるなら教えな」

 この美しい像が言うセリフとはとても思えない。辺りを見回してみると、像の奥から、一人の女性ウェディが現れた。

 女性の肌は、以前見たウェナ諸島の透き通った海のような薄い水色だった。肩まである紫色の髪からは、ヒレ型の耳が飛び出している。耳の先のオレンジ色と水色、紫の対比が太陽と海のように重なり合っている。服も青系統の布を合わせただけのものを帯で締め、ズボンの裾も膝下から足元までしっかりと紐で縛り、動きやすそうな格好だった。

 目じりが下がり穏やかな印象の顔だが、その目は冷ややかにチャオを見つめていた。

 その態度と先ほどの口調に、不快感が胸にパッと浮かぶ。

「知らねぇよ。気が付いたらここに……」

「あっそう」

 チャオの言葉が終わらないうちに、女性は背を向け、去っていってしまう。

「おい、ちょっと……」

 声をかけても立ち止まる様子はない。辺りを見回しても先に進む意外に道はなさそうだ。

 気が進まなかったが、チャオはしぶしぶ女性の後を追った。

 水飛沫を上げながら奥に進むと、扉の前に女性が立って、こちらを見ていた。チャオと一瞬目が合うが、すぐにつまらなそうに目を逸らす。

「なに? ついてくんな、うっとおしい」

 女性は面倒そうに言い放つ。

「こっちに進むしかねーんだよ! 別にお前の後をついてきたわけじゃねーや!」

「こっちも行き止まりだ。この扉が開かない……」

 そう言って、女性が扉に手をかけると、音もなく扉は開き、波紋がチャオの足元へとやってくる。

「開くじゃねえか」

「さっきまでは開かなかったんだよ!」

「ふーん。二人で進めってことか?」

「はあ? 気色悪いこと言うなよこのカビ饅頭」

「かっ……!」

 怒りがカッと湧き上がる。が、ここでキレては大人気ない! と何とか抑え込んだ。子どもではないとは思うが、女性は自分よりもずっと若いように見える。

 ともあれ、あまり関わりたくないタイプだ。「ま、まあいい……」と扉の先の通路に目をやる。途中から大きくカーブしている。

 早くここを出ようと足を踏み出すと同時に、女性が先に扉をくぐって行ってしまった。またもや後を追う形となったチャオは、居心地の悪さを感じつつも、少し離れて女性を追った。

 しばらく通路を進むと、少し開けた場所に出た。こういう時に限って分岐がなく、ずっと女性について歩いているようで息苦しい。

 女性を見ていて一つ気づいたことがあった。水没した通路を歩いているにも関わらず、まったく水の音を立てず、飛沫もあまり上がらないのだった。まるで水そのもののように、女性は歩みを進めていた。

 だがそれもここで終わりである。この広間で女性を追い抜き、奥に見える通路に先に入ってしまいたい。だが、チャオが歩みを速めた瞬間、女性が不意に駆け出した。

「なっ!?」

 完全に出遅れた形のチャオはなすすべなくその場に停止する。

 女性は奥の通路のすぐ手前で静止すると、水面をめがけて拳を振り下ろした。水飛沫が高く跳ねる。きらきらと女性に降り注ぐ水滴が美しかった。

 水面の波がおさまってくると、女性の足元に何かがあるのが見えた。巨大ヒトデの魔物、マージスターだ。女性の攻撃で目を回し、動かなくなっている。少し離れた所にはタコメットもいる。

「死ね」

 女性は動かないマージスターに真上から何度も蹴りを突き降ろし、紫の霧となって消えるまで、攻撃を止めなかった。

 その様子を見て怯えたタコメットが通路に逃げようとするが、女性はその頭上を飛び越え、着地と同時に振り向きざまに思い切り蹴飛ばした。

 蹴りの威力はすさまじく、飛沫をあげながら飛んできたタコメットは、チャオのすぐそばの岩壁にめり込む。

「お、おい! こいつ襲ってくる気なかっただろ! 魔物だって生き物なんだ! むやみに殺すんじゃ……!」

 女性は一瞬で近づき、チャオを冷めた目で見ながら、半分壁の中に入ってしまっているタコメットを容赦なく突いた。ぐちゃ、と嫌な音がした。壁から紫の霧が漏れる。

 血のついた拳を水で洗い、女性はチャオに目もくれずに再び歩き出す。

 その迷いのなさに、チャオは言葉を失っていた。自分の言葉など、この女性にとっては何の意味もない。

 自分の想像を超えた、魔物への憎しみ。

 あいつと……アリーマと同じ……いや、それ以上だ……。

 立ち尽くすチャオの視線の先、薄暗い通路の奥から、殺戮の音だけが聞こえてきた。





 つづく 【4】