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第6章 魔法の迷宮
7 ~りな~
ピンクに囲まれた通路の一番奥、長い上り階段を登る。手にした槍は杖替わりにもなり、意外と便利だった。
通路に闊歩するたくさんの魔物たちはりなの姿を見るや、やはり襲いかかってきた。力を高める呪文、バイキルトで自らを強化するリザードマンや、暗黒の霧を吐いて視界を奪おうとするおばけトマト、仲間を呼ぶブルベリーノたちを、りなは蹴散らしてきた。
りなの身体は槍に導かれるように自然に動き、敵の攻撃を受け止め、突き刺し、薙ぎ払った。
最初は振り回されるようなぎこちなさを感じていたが、一切自分の意志と関係なく動く身体と槍に身を委ねているうちに、動き方がわかってきた。敵の隙はどこで、どのタイミングで槍を繰り出せばいいか。りなの意識と、身体と槍の動きが同調することも徐々に多くなった。
だが、どれだけ華麗に技が決まり、何匹魔物を屠っても、戦いの恐怖が薄れることはなかった。タイミングを間違って、逆に斬られる自分の姿が脳裏から離れない。
それでも、たった一人でもりなは前に進み続けた。それは「もうどうなってもいい!」というヤケクソな状態だったこともあるが、心の一番奥では、先に進めばショコラたちと会えるのではないか、という期待があったからだった。
この階段を登った先に、チャオの後ろ姿があって、りなに気づいたショコラが微笑んでいる。アイは床に座り涼しげな顔で薄く笑みを浮かべている。そんな光景が待っていて欲しかった。
だが、登った先には大きな円形の部屋の入り口があるだけだった。りなの背よりも少し高いくらいの柵で通路と隔てられている。部屋の中にいる巨大な魔物に、りなは苦笑いするしかなかった。
「なんかいるーw」
その魔物は、漆黒の身体に鮮やかな緑色の毛並を持つ馬の姿をしていた。四肢の先は青白い炎に包まれ、床に接してはおらず、少し中に浮いていた。禍々しい闇の気配に、ただの馬でないことを肌で感じる。
「おいおい……これと一人で戦えと?」
誰にともなくつぶやき、ため息をつく。だがそれに応える声があった。
「ランっ? キミなんで一人なんだラン?」
子どものような声が聞こえるが、やはり周囲には誰もいない。
「知らないよ! こっちが訊きたいわ! っていうかアンタ誰よ? 姿を見せなさーい!」
しばしの沈黙のあと、その声は突然「ごめん」と謝った。「ボクの手違いでキミ一人だけ送っちゃった……」。
「手違いって……どういうこと!?」
「ほ、ホントは! 二人以上で送られるはずだったラン! でも間違っちゃって……えへへ」
「えへへじゃないよ! 不具合じゃないの!」
「不具合じゃねーよっ! 手違いだラン!」
「どっちでもいいわー!」
ちらりと部屋の中の魔物を見る。大声で騒いでしまったので、気づかれたかと思ったが、どうやらその様子はなさそうだった。
「ごめん! お詫びに今から君の思い描く人を出してあげるラン! 目を閉じて、一番側にいて欲しい人を強く思い描いてみて!」
言っている意味はよく分からなかったが、りなは呆れながらも素直に声に従った。目を閉じると、脳裏にはこれまで出会ったたくさんの人々の顔が、浮かんでは消えていく。その中にはチーム『パトリシア』の大好きだったメンバーの顔もある。
だがりなは、強く願った。あの人に、会いたい。
「よし! できた! 目を開けるラン!」
ショコラの姿を見た時、りなははっきりと認識した。こんな自分でも、ちゃんと変化している。前に進んでいる。『パトリシア』の消息が途絶えた時の絶望を乗り越え、歩みを進めている。
「おねえちゃん……」
その足にぎゅっとしがみつく。見上げると、ショコラは無表情のまま、何も話さない。
「おねえちゃん?」
「話しかけても無駄だラン。それはボクがキミの記憶から作りだした幻だラン。いわゆるサポってやつ?」
ショコラの身体の感触は確かで、温かさも感じる。幻とは思えないほどに、ショコラそのままだった。
「サポ? 何それ」
「詳しくは大人の事情で言えないラン。けど、お願いだラン! その仲間と一緒にアイツを倒して欲しいラン!」
りなは槍を握りしめる。部屋の中にいる漆黒の馬は恐ろしい。だが、幻とは言えショコラが一緒だ。負けることなど考えられなかった。
「よし、行こ、おねえちゃん! ちゃっちゃと倒して、本物のおねえちゃんに会うんだ!」
柵を開け放ち、りなはショコラとともに部屋に飛びこんだ。
つづく 【8】
第6章 魔法の迷宮
7 ~りな~
ピンクに囲まれた通路の一番奥、長い上り階段を登る。手にした槍は杖替わりにもなり、意外と便利だった。
通路に闊歩するたくさんの魔物たちはりなの姿を見るや、やはり襲いかかってきた。力を高める呪文、バイキルトで自らを強化するリザードマンや、暗黒の霧を吐いて視界を奪おうとするおばけトマト、仲間を呼ぶブルベリーノたちを、りなは蹴散らしてきた。
りなの身体は槍に導かれるように自然に動き、敵の攻撃を受け止め、突き刺し、薙ぎ払った。
最初は振り回されるようなぎこちなさを感じていたが、一切自分の意志と関係なく動く身体と槍に身を委ねているうちに、動き方がわかってきた。敵の隙はどこで、どのタイミングで槍を繰り出せばいいか。りなの意識と、身体と槍の動きが同調することも徐々に多くなった。
だが、どれだけ華麗に技が決まり、何匹魔物を屠っても、戦いの恐怖が薄れることはなかった。タイミングを間違って、逆に斬られる自分の姿が脳裏から離れない。
それでも、たった一人でもりなは前に進み続けた。それは「もうどうなってもいい!」というヤケクソな状態だったこともあるが、心の一番奥では、先に進めばショコラたちと会えるのではないか、という期待があったからだった。
この階段を登った先に、チャオの後ろ姿があって、りなに気づいたショコラが微笑んでいる。アイは床に座り涼しげな顔で薄く笑みを浮かべている。そんな光景が待っていて欲しかった。
だが、登った先には大きな円形の部屋の入り口があるだけだった。りなの背よりも少し高いくらいの柵で通路と隔てられている。部屋の中にいる巨大な魔物に、りなは苦笑いするしかなかった。
「なんかいるーw」
その魔物は、漆黒の身体に鮮やかな緑色の毛並を持つ馬の姿をしていた。四肢の先は青白い炎に包まれ、床に接してはおらず、少し中に浮いていた。禍々しい闇の気配に、ただの馬でないことを肌で感じる。
「おいおい……これと一人で戦えと?」
誰にともなくつぶやき、ため息をつく。だがそれに応える声があった。
「ランっ? キミなんで一人なんだラン?」
子どものような声が聞こえるが、やはり周囲には誰もいない。
「知らないよ! こっちが訊きたいわ! っていうかアンタ誰よ? 姿を見せなさーい!」
しばしの沈黙のあと、その声は突然「ごめん」と謝った。「ボクの手違いでキミ一人だけ送っちゃった……」。
「手違いって……どういうこと!?」
「ほ、ホントは! 二人以上で送られるはずだったラン! でも間違っちゃって……えへへ」
「えへへじゃないよ! 不具合じゃないの!」
「不具合じゃねーよっ! 手違いだラン!」
「どっちでもいいわー!」
ちらりと部屋の中の魔物を見る。大声で騒いでしまったので、気づかれたかと思ったが、どうやらその様子はなさそうだった。
「ごめん! お詫びに今から君の思い描く人を出してあげるラン! 目を閉じて、一番側にいて欲しい人を強く思い描いてみて!」
言っている意味はよく分からなかったが、りなは呆れながらも素直に声に従った。目を閉じると、脳裏にはこれまで出会ったたくさんの人々の顔が、浮かんでは消えていく。その中にはチーム『パトリシア』の大好きだったメンバーの顔もある。
だがりなは、強く願った。あの人に、会いたい。
「よし! できた! 目を開けるラン!」
ショコラの姿を見た時、りなははっきりと認識した。こんな自分でも、ちゃんと変化している。前に進んでいる。『パトリシア』の消息が途絶えた時の絶望を乗り越え、歩みを進めている。
「おねえちゃん……」
その足にぎゅっとしがみつく。見上げると、ショコラは無表情のまま、何も話さない。
「おねえちゃん?」
「話しかけても無駄だラン。それはボクがキミの記憶から作りだした幻だラン。いわゆるサポってやつ?」
ショコラの身体の感触は確かで、温かさも感じる。幻とは思えないほどに、ショコラそのままだった。
「サポ? 何それ」
「詳しくは大人の事情で言えないラン。けど、お願いだラン! その仲間と一緒にアイツを倒して欲しいラン!」
りなは槍を握りしめる。部屋の中にいる漆黒の馬は恐ろしい。だが、幻とは言えショコラが一緒だ。負けることなど考えられなかった。
「よし、行こ、おねえちゃん! ちゃっちゃと倒して、本物のおねえちゃんに会うんだ!」
柵を開け放ち、りなはショコラとともに部屋に飛びこんだ。
つづく 【8】