→ はじめから読む
第4章 ガラクタの温もり
2
ドワチャッカ大陸の中心に鎮座し、今もなお活動を続ける火山、カルサドラ。その山を有し、大陸を南北に寸断するバルグディ山脈の南側に、その街はあった。切り立った岩山を削り、まさに山に抱かれるようにして幾層にも地面が折り重なっている。大陸で最も多くのドワーフたちが暮らす、岳都ガタラである。
砂漠地帯が広がる北のドルワーム地方とは異なり、山脈を隔ててこちら側の気候は比較的安定しており、大陸の中では暮らしやすい街だが、一年中湿度が高く、じっとりとした空気に覆われている。石畳の地面に石の階段、建物も全て石造りだ。わずかに使用されている木材は艶やかな光沢をもっている。おそらく表面に特殊なコーティングを施し、歪みや反りを抑えているのだろう。
ショコラたちは、駅前広場を抜けた先の長い石段を登っていた。しっとりとした空気がまとわりつく。暑いわけではないが、不快感があった。
すれ違うドワーフたちは袖のない服を着ている者が多く、男性の中には上半身が裸の者もいる。ショコラは半袖に短パンで、アイは元々布地が少ない服なので良いが、ローブを着たりなには辛い気候だ。
石段を登りきると、駅前とは比べ物にならないほどの広大な広場に出た。正面には高い岩山が聳え、その中をくり抜いて作られた通路を人々が行き交っているのが見える。そのさらに上の平らな場所にも、豆粒のような人の姿が見て取れた。
広場中央に立つ巨大な石柱を中心として、広場を囲うように様々な店が並んでいる。その反対側にはある者はテントで、またある者は台車のまま、そしてある者は地面に直置きで、様々な商品を扱っている出店が並んでいた。人々が行き交える幅を残して、幾重にも店が連なっている。
「すごい市場だね!」
四方八方から重なる人々の声に、ショコラの声も自然と大きくなった。
「すごい熱気! あつーい!」
りなの額にはすでに前髪が貼り付いている。ガタラではショコラの新しい杖を買うくらいしかお金を使う予定はなかったが、服も買おうと提案した。
とりあえず手近なところから店を見て回る。駅に近いからか、お土産や工芸品を扱っている店が多かった。精巧な細工の施された石像や動物の置物などは見事だったが、特に必要はない。他にも各種薬草などを取りそろえた薬屋や魔法の水を扱う店もあった。店主はほとんどがドワーフだったが、稀に別の種族も混じっている。エルフの女性は綺麗な絵が描かれた便箋を扱っていた。ウェディの男性は色とりどりの布地を商っていた。
駅から上がってきた石段と、中央の石柱を挟んでほぼ反対側まで見て回った時、ようやく目的の店を見つけた。魔法具を扱うテントだ。店の前には簡素な杖が無造作に壺に立てられており「特価品、千ゴールド均一」と紙に殴り書きされていた。テントの中にもたくさんの杖やスティックがあるようだ。暇そうに欠伸をしていた店のオヤジが、ショコラたちが立ち止るのを見て面倒そうに腰を上げた。
「らっしゃい」
「杖を見せてもらえますか?」
「予算は?」
「二万ゴールド」
ショコラが告げた途端、オヤジの眼が輝いた。急に人なつっこい笑みをえへらと浮かべ、ちょいと待っててくださいよ、と店の奥をガサガサやっている。
予算は車内で相談して決めたものだ。ニコロイ王から授かったのは三万ゴールドだったので一人一万だとショコラは言ったが、せっかくなら良い杖を買ったほうがいいと、りなもアイも口を揃えたのだった。だが、服も買うことになった今、やはり一万にしておけば良かったと後悔した。
「これなんていかがでやしょ」
オヤジが差し出した杖は、一見トゲトゲした痛そうな杖だった。杖の先端には、金属の装飾が施されていた。銀色の女性の像を中心に、棘が八方に突き出している。魔物を殴っても殺傷能力が高そうだったが、間違って自分に刺さってしまいそうだ。
「これは裁きの杖ってぇ一品でさぁ。どうです、見事なもんでしょお? なかなかない品物ですぜ……値段もちょうど二万、と言いたいところだが、一万五千にまけときますよ!」
確かに良さそうな杖だ。木製だった魔導士の杖よりもしっかりしているし、ちょっと痛々しいが装飾も見事である。そして、なんと五千ゴールドも値引いてくれるとのことだった。
だが。
「うっそー! そんなしないでしょ、それ」
りなが突然口を挟んだのだ。
「おいおいお嬢ちゃん。適当なこと言わないでくれよ」
「適当じゃないもん! 大体千二百ゴールドくらいが相場でしょ。お姉ちゃん、騙されないでよ!」
オヤジの顔が明らかに不機嫌になる。
「言ってくれるじゃねぇか。わかりもしないくせに文句つけやがって!」
「わかるもん!」
「根拠はなんだ!」
「こんきょはないけどわかるの! なんだか知らないけどわかるんだもん!」
りなも負けじと食ってかかる。間に挟まれる形となったショコラはあたふたと両者を交互に見ることしかできなかった。
「この嘘つきオヤジー!」
「あんだとこのガキー!」
オヤジがとうとう顔を真っ赤にしてテントから飛び出してくる。りなはさっとアイの脚に隠れ、アイは困ったように手のひらをオヤジに向ける。
「どうしたー? なんの騒ぎだ?」
後ろから声が聞こえた。野太い男の声だ。いつの間にかショコラたちの周りには人だかりができていた。人ごみをかき分けて、一人のドワーフの男性が現れる。茶色の髪を無造作に後ろに撫でつけ、鋭い目つきをしている。手にはバケツと柄杓を持っていて、それがまた異様な雰囲気を醸し出していた。
「なんだか知らねえけど、ケンカなら他所でやれよ。道がふさがっちまってるだろうが」
「チャオ、てめぇはすっこんでろ!」
オヤジがチャオと呼んだドワーフはオヤジを無視し、りなに話を聞く。バケツを置き、オヤジの手に握られた裁きの杖をじっと見つめた。
「は! この嬢ちゃんの言う通りじゃねえか。ダルビシュよぉ、おめーまだこんなことやってんのか。いい加減まともな商売人になれよ」
「あ? てめーにだけは言われたくねえな! もういい、さっさとどっか行けってんだ。てめーの顔なんか見たくもねえ!」
オヤジはさっさとテントの中に引っ込んだ。チャオはひとつため息をつくと、バケツを拾い「ついて来な」とショコラたちを広場の中央に連れて行った。
石柱の下、広場の中心は、思いのほか静かだった。円状の不思議な文様が施されたその石畳の中では商売をしない決まりらしく、周囲の喧騒に疲れた人がちらほらと集っている。
「さっきは悪かったな、買い物の邪魔しちまってよ」
チャオは二カッと笑う。細い目は糸のようになり、ぷっくりとした頬が上がると可愛らしく見えた。
「お詫びに別の武器屋を紹介してやるよ。もちろん、信頼できる、な」
そう言うと、チャオは再び喧騒の中に入って行く。見失わないように、必死で人ごみをかき分け、追いかけた。テントの横をすり抜け、石畳を歩き、床の品物をまたいで迷わずに進んでいく。やがて、一軒の小さな建物の前に行きついた。
「ごめんよー」
チャオは勢いよく扉を開ける。そこは武器屋だった。薄暗い店内はぼんやりとした灯りに照らされ、剣や槍、弓、棍、爪、ムチ、扇、スティック、ハンマー、斧、そして杖。キュウスケの使っていたブーメランもある。あらゆる武器が揃っていた。
「これは、すごいな……」
アイも感嘆の声を漏らす。店内は狭かったが、それぞれの武器は整然と並べられ、見やすいように配置されている。
「いらっしゃ……なんだ、チャオか」
奥からのっそりと現れた店主はチャオを見てあからさまにつまらなそうな顔をした。
「何か用か?」
「杖を見に来たんだよ。こっちのエルフのお嬢さんが使う」
「ほう、それなら……」
「いや、ちょっと待ってくれ」
店主が何か言おうとしたのを、チャオが止める。なんだよ、と店主は眉をひそめた。
「プクリポの嬢ちゃん、どれがいいと思う?」
「え? あたし?」
にこやかに頷き、チャオはりなを杖の並んだ棚に導く。
「んー? これー」
りなは迷いなく一振りの杖を選んだ。シンプルな飾り気のない杖で、丸い先端はギョロリとした瞳を思わせる宝石を包み込んでいる。ショコラはその瞳が怖く、ちょっと嫌だった。
「やっぱり! 嬢ちゃんすげえよ! いい眼してるぜ!」
「お? あたり? やった~!」
「だろ? オヤジさん」
店主は訝しげな顔でうなずく。
「おう……そりゃ、確かにうちに今ある杖じゃ一番だ。その嬢ちゃん、何者でぇ」
「わかんねぇけど、すげぇだろ? なぁ、嬢ちゃん、何でこの杖を選んだんだ?」
「んんー? なんとなく?」
「なんとなくって……。じゃあ、剣はどうだ?」
りなは剣をはじめ、他の武器も見て回り、それぞれ良いものを選んで回った。驚くことに、それらは全て的中し、店主をも唸らせたのだった。
「あたしってば、意外な才能目覚めちゃったかも~?」
「ほんと、すごいよりな! りなの選んだ杖、私買います」
ショコラは先ほどりなが選んだ杖をカウンターに持っていった。
「買いますって、それ高いよ? 一万だよ? お金あるのあんた」
「はい」
どさっ、とアイがカウンターに金袋を置き、店主は目を丸くした。
お金を払い、店を後にする。
一見シンプルな杖からは強力な魔力を感じる。気を抜くと暴発してしまいそうだった。どくん、どくんと蠢く力の波動が身体に伝わってくる。
「この杖……すごい……!」
「一万はお買い得だったねー。ちっとギョロ目が怖いけど」
「そうなのか?」
軽くなった金袋をしまいつつ、アイがしげしげと杖を見つめる。チャオはうんうんと嬉しそうにうなずいた。
「おお、そこまでわかるのか! この杖はアークワンド。しかも錬金で魔力が強化されてる。正直四万はくだらないぜ。わかってて黙ってるとは、しっかりしてんなー」
「よんまん!? そこまでは分からなかったよー。でもなんで、あたし急に目利きさんになったんだろ? ふっしぎー」
「りなのおかげですごい杖が手に入った。よかったね、ショコラ」
ショコラは薄く笑うが、その額には汗が浮かんでいた。
「うん……でもこの杖、私にはまだ強力すぎるかも……。持ってるだけで魔力が吸われて……身体ごと持っていかれそう」
「最初はムリしないで、徐々に慣らすといいさ。休む時はほら、その先端に布を巻いとけばいい」
チャオに言われたとおり、布を巻いて先端の瞳を隠すと、胎動のような魔力の疼きは治まった。
「ふう……」
「大丈夫か?」
ショコラがうなずくと、チャオはまた二カッと笑った。
「ありがとうございました、チャオさん」
「いいってことよ! じゃあな、気を付けて行くんだぜ」
「あ、ちょっと待ってください」
ショコラはついでに、服屋の紹介も頼んだ。チャオは三つの種族が混在するショコラたちのために、大きな服飾店を紹介した。さすがにドワーフ向けの商品が多いが、ちゃんとエルフ向け、オーガ向け、プクリポ向けの服もあった。チャオとはその店の前で別れた。何度も礼を言うと、照れたように笑い、さわやかに去って行った。
りなには癒しの服の上下を買った。半袖も長袖もあったが、もちろん半袖を選ぶ。女性三人で服屋に行けばもちろんそれで終わるはずもなく、せっかくだからみんな服を新調することになった。ショコラもアイも、手持ちの服は少ない。洗濯しながらとは言えこの旅の間ずっと着回してきたので、所々ヨレヨレになってきているのだ。
ショコラは魔法使いの服の半袖と麻の短パンを、アイはバンデッドチェインの半袖と、お揃いで麻の短パンを買った。値段はどれもリーズナブルで、三人分を合わせても五千ゴールドほどで済んでしまい、逆に驚いた。同時に、改めてチャオに感謝する。
店を後にし、雑踏にあの目つきの悪い、心優しいドワーフの姿を探したが、もちろん見つかるはずもなかった。もし、また会えたなら、きっと何かお礼をしよう。軽い足取りで人の流れに戻った。
つづく 【3】へ
第4章 ガラクタの温もり
2
ドワチャッカ大陸の中心に鎮座し、今もなお活動を続ける火山、カルサドラ。その山を有し、大陸を南北に寸断するバルグディ山脈の南側に、その街はあった。切り立った岩山を削り、まさに山に抱かれるようにして幾層にも地面が折り重なっている。大陸で最も多くのドワーフたちが暮らす、岳都ガタラである。
砂漠地帯が広がる北のドルワーム地方とは異なり、山脈を隔ててこちら側の気候は比較的安定しており、大陸の中では暮らしやすい街だが、一年中湿度が高く、じっとりとした空気に覆われている。石畳の地面に石の階段、建物も全て石造りだ。わずかに使用されている木材は艶やかな光沢をもっている。おそらく表面に特殊なコーティングを施し、歪みや反りを抑えているのだろう。
ショコラたちは、駅前広場を抜けた先の長い石段を登っていた。しっとりとした空気がまとわりつく。暑いわけではないが、不快感があった。
すれ違うドワーフたちは袖のない服を着ている者が多く、男性の中には上半身が裸の者もいる。ショコラは半袖に短パンで、アイは元々布地が少ない服なので良いが、ローブを着たりなには辛い気候だ。
石段を登りきると、駅前とは比べ物にならないほどの広大な広場に出た。正面には高い岩山が聳え、その中をくり抜いて作られた通路を人々が行き交っているのが見える。そのさらに上の平らな場所にも、豆粒のような人の姿が見て取れた。
広場中央に立つ巨大な石柱を中心として、広場を囲うように様々な店が並んでいる。その反対側にはある者はテントで、またある者は台車のまま、そしてある者は地面に直置きで、様々な商品を扱っている出店が並んでいた。人々が行き交える幅を残して、幾重にも店が連なっている。
「すごい市場だね!」
四方八方から重なる人々の声に、ショコラの声も自然と大きくなった。
「すごい熱気! あつーい!」
りなの額にはすでに前髪が貼り付いている。ガタラではショコラの新しい杖を買うくらいしかお金を使う予定はなかったが、服も買おうと提案した。
とりあえず手近なところから店を見て回る。駅に近いからか、お土産や工芸品を扱っている店が多かった。精巧な細工の施された石像や動物の置物などは見事だったが、特に必要はない。他にも各種薬草などを取りそろえた薬屋や魔法の水を扱う店もあった。店主はほとんどがドワーフだったが、稀に別の種族も混じっている。エルフの女性は綺麗な絵が描かれた便箋を扱っていた。ウェディの男性は色とりどりの布地を商っていた。
駅から上がってきた石段と、中央の石柱を挟んでほぼ反対側まで見て回った時、ようやく目的の店を見つけた。魔法具を扱うテントだ。店の前には簡素な杖が無造作に壺に立てられており「特価品、千ゴールド均一」と紙に殴り書きされていた。テントの中にもたくさんの杖やスティックがあるようだ。暇そうに欠伸をしていた店のオヤジが、ショコラたちが立ち止るのを見て面倒そうに腰を上げた。
「らっしゃい」
「杖を見せてもらえますか?」
「予算は?」
「二万ゴールド」
ショコラが告げた途端、オヤジの眼が輝いた。急に人なつっこい笑みをえへらと浮かべ、ちょいと待っててくださいよ、と店の奥をガサガサやっている。
予算は車内で相談して決めたものだ。ニコロイ王から授かったのは三万ゴールドだったので一人一万だとショコラは言ったが、せっかくなら良い杖を買ったほうがいいと、りなもアイも口を揃えたのだった。だが、服も買うことになった今、やはり一万にしておけば良かったと後悔した。
「これなんていかがでやしょ」
オヤジが差し出した杖は、一見トゲトゲした痛そうな杖だった。杖の先端には、金属の装飾が施されていた。銀色の女性の像を中心に、棘が八方に突き出している。魔物を殴っても殺傷能力が高そうだったが、間違って自分に刺さってしまいそうだ。
「これは裁きの杖ってぇ一品でさぁ。どうです、見事なもんでしょお? なかなかない品物ですぜ……値段もちょうど二万、と言いたいところだが、一万五千にまけときますよ!」
確かに良さそうな杖だ。木製だった魔導士の杖よりもしっかりしているし、ちょっと痛々しいが装飾も見事である。そして、なんと五千ゴールドも値引いてくれるとのことだった。
だが。
「うっそー! そんなしないでしょ、それ」
りなが突然口を挟んだのだ。
「おいおいお嬢ちゃん。適当なこと言わないでくれよ」
「適当じゃないもん! 大体千二百ゴールドくらいが相場でしょ。お姉ちゃん、騙されないでよ!」
オヤジの顔が明らかに不機嫌になる。
「言ってくれるじゃねぇか。わかりもしないくせに文句つけやがって!」
「わかるもん!」
「根拠はなんだ!」
「こんきょはないけどわかるの! なんだか知らないけどわかるんだもん!」
りなも負けじと食ってかかる。間に挟まれる形となったショコラはあたふたと両者を交互に見ることしかできなかった。
「この嘘つきオヤジー!」
「あんだとこのガキー!」
オヤジがとうとう顔を真っ赤にしてテントから飛び出してくる。りなはさっとアイの脚に隠れ、アイは困ったように手のひらをオヤジに向ける。
「どうしたー? なんの騒ぎだ?」
後ろから声が聞こえた。野太い男の声だ。いつの間にかショコラたちの周りには人だかりができていた。人ごみをかき分けて、一人のドワーフの男性が現れる。茶色の髪を無造作に後ろに撫でつけ、鋭い目つきをしている。手にはバケツと柄杓を持っていて、それがまた異様な雰囲気を醸し出していた。
「なんだか知らねえけど、ケンカなら他所でやれよ。道がふさがっちまってるだろうが」
「チャオ、てめぇはすっこんでろ!」
オヤジがチャオと呼んだドワーフはオヤジを無視し、りなに話を聞く。バケツを置き、オヤジの手に握られた裁きの杖をじっと見つめた。
「は! この嬢ちゃんの言う通りじゃねえか。ダルビシュよぉ、おめーまだこんなことやってんのか。いい加減まともな商売人になれよ」
「あ? てめーにだけは言われたくねえな! もういい、さっさとどっか行けってんだ。てめーの顔なんか見たくもねえ!」
オヤジはさっさとテントの中に引っ込んだ。チャオはひとつため息をつくと、バケツを拾い「ついて来な」とショコラたちを広場の中央に連れて行った。
石柱の下、広場の中心は、思いのほか静かだった。円状の不思議な文様が施されたその石畳の中では商売をしない決まりらしく、周囲の喧騒に疲れた人がちらほらと集っている。
「さっきは悪かったな、買い物の邪魔しちまってよ」
チャオは二カッと笑う。細い目は糸のようになり、ぷっくりとした頬が上がると可愛らしく見えた。
「お詫びに別の武器屋を紹介してやるよ。もちろん、信頼できる、な」
そう言うと、チャオは再び喧騒の中に入って行く。見失わないように、必死で人ごみをかき分け、追いかけた。テントの横をすり抜け、石畳を歩き、床の品物をまたいで迷わずに進んでいく。やがて、一軒の小さな建物の前に行きついた。
「ごめんよー」
チャオは勢いよく扉を開ける。そこは武器屋だった。薄暗い店内はぼんやりとした灯りに照らされ、剣や槍、弓、棍、爪、ムチ、扇、スティック、ハンマー、斧、そして杖。キュウスケの使っていたブーメランもある。あらゆる武器が揃っていた。
「これは、すごいな……」
アイも感嘆の声を漏らす。店内は狭かったが、それぞれの武器は整然と並べられ、見やすいように配置されている。
「いらっしゃ……なんだ、チャオか」
奥からのっそりと現れた店主はチャオを見てあからさまにつまらなそうな顔をした。
「何か用か?」
「杖を見に来たんだよ。こっちのエルフのお嬢さんが使う」
「ほう、それなら……」
「いや、ちょっと待ってくれ」
店主が何か言おうとしたのを、チャオが止める。なんだよ、と店主は眉をひそめた。
「プクリポの嬢ちゃん、どれがいいと思う?」
「え? あたし?」
にこやかに頷き、チャオはりなを杖の並んだ棚に導く。
「んー? これー」
りなは迷いなく一振りの杖を選んだ。シンプルな飾り気のない杖で、丸い先端はギョロリとした瞳を思わせる宝石を包み込んでいる。ショコラはその瞳が怖く、ちょっと嫌だった。
「やっぱり! 嬢ちゃんすげえよ! いい眼してるぜ!」
「お? あたり? やった~!」
「だろ? オヤジさん」
店主は訝しげな顔でうなずく。
「おう……そりゃ、確かにうちに今ある杖じゃ一番だ。その嬢ちゃん、何者でぇ」
「わかんねぇけど、すげぇだろ? なぁ、嬢ちゃん、何でこの杖を選んだんだ?」
「んんー? なんとなく?」
「なんとなくって……。じゃあ、剣はどうだ?」
りなは剣をはじめ、他の武器も見て回り、それぞれ良いものを選んで回った。驚くことに、それらは全て的中し、店主をも唸らせたのだった。
「あたしってば、意外な才能目覚めちゃったかも~?」
「ほんと、すごいよりな! りなの選んだ杖、私買います」
ショコラは先ほどりなが選んだ杖をカウンターに持っていった。
「買いますって、それ高いよ? 一万だよ? お金あるのあんた」
「はい」
どさっ、とアイがカウンターに金袋を置き、店主は目を丸くした。
お金を払い、店を後にする。
一見シンプルな杖からは強力な魔力を感じる。気を抜くと暴発してしまいそうだった。どくん、どくんと蠢く力の波動が身体に伝わってくる。
「この杖……すごい……!」
「一万はお買い得だったねー。ちっとギョロ目が怖いけど」
「そうなのか?」
軽くなった金袋をしまいつつ、アイがしげしげと杖を見つめる。チャオはうんうんと嬉しそうにうなずいた。
「おお、そこまでわかるのか! この杖はアークワンド。しかも錬金で魔力が強化されてる。正直四万はくだらないぜ。わかってて黙ってるとは、しっかりしてんなー」
「よんまん!? そこまでは分からなかったよー。でもなんで、あたし急に目利きさんになったんだろ? ふっしぎー」
「りなのおかげですごい杖が手に入った。よかったね、ショコラ」
ショコラは薄く笑うが、その額には汗が浮かんでいた。
「うん……でもこの杖、私にはまだ強力すぎるかも……。持ってるだけで魔力が吸われて……身体ごと持っていかれそう」
「最初はムリしないで、徐々に慣らすといいさ。休む時はほら、その先端に布を巻いとけばいい」
チャオに言われたとおり、布を巻いて先端の瞳を隠すと、胎動のような魔力の疼きは治まった。
「ふう……」
「大丈夫か?」
ショコラがうなずくと、チャオはまた二カッと笑った。
「ありがとうございました、チャオさん」
「いいってことよ! じゃあな、気を付けて行くんだぜ」
「あ、ちょっと待ってください」
ショコラはついでに、服屋の紹介も頼んだ。チャオは三つの種族が混在するショコラたちのために、大きな服飾店を紹介した。さすがにドワーフ向けの商品が多いが、ちゃんとエルフ向け、オーガ向け、プクリポ向けの服もあった。チャオとはその店の前で別れた。何度も礼を言うと、照れたように笑い、さわやかに去って行った。
りなには癒しの服の上下を買った。半袖も長袖もあったが、もちろん半袖を選ぶ。女性三人で服屋に行けばもちろんそれで終わるはずもなく、せっかくだからみんな服を新調することになった。ショコラもアイも、手持ちの服は少ない。洗濯しながらとは言えこの旅の間ずっと着回してきたので、所々ヨレヨレになってきているのだ。
ショコラは魔法使いの服の半袖と麻の短パンを、アイはバンデッドチェインの半袖と、お揃いで麻の短パンを買った。値段はどれもリーズナブルで、三人分を合わせても五千ゴールドほどで済んでしまい、逆に驚いた。同時に、改めてチャオに感謝する。
店を後にし、雑踏にあの目つきの悪い、心優しいドワーフの姿を探したが、もちろん見つかるはずもなかった。もし、また会えたなら、きっと何かお礼をしよう。軽い足取りで人の流れに戻った。
つづく 【3】へ
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます