空蝉ノ詩

蝉は鳴く。地上に生きる時間は儚く短い。それでも蝉は生きていると。力の限り鳴き叫ぶ。私も今日、力の限り生きてみようか。

320編 帰る旅

2017-12-13 04:12:56 | 読書ノート
旅を終え 西の空に沈む夕陽とはかない川の流れ

帰る旅 

高見順 「帰る旅」  
詩集『死の淵より』講談社文芸文庫 24頁~26

帰れるから
旅は楽しいのであり
旅の寂しさを楽しめるのも
わが家にいつかは戻れるからである
だから駅前のしょっからいラーメンがうまかったり
どこにもあるコケシの店をのぞいて
おみやげを探したりする

この旅は
自然へ帰る旅である
帰るところのある旅だから
楽しくなくてはならないのだ
もうじき土に戻れるのだ
おみやげを買わなくていいか
埴輪や明器めいきのような副葬品を

大地へ帰る死を悲しんではいけない
肉体とともに精神も
わが家へ帰れるのである
ともすれば悲しみがちだった精神も
おだやかに地下で眠れるのである
ときにセミの幼虫に眠りを破られても
地上のそのはかない生命を思えば許せるのである

古人は人生をうたかたのごとしと言った
川を行く舟がえがくみなわを
人生と見た昔の歌人もいた
はかなさを彼らは悲しみながら
口に出して言う以上同時にそれを楽しんだに違いない
私もこういう詩を書いて
はかない旅を楽しみたいのである



死と対峙しながら生きてきた高見順 
まもなく土に帰る自分を受け入れようと
自然へ帰る旅に出た
昔は土葬であった
生命の旅が終われば
土に帰れる
蝉のようにはかない生命を思えば
自分のために最後の旅を楽しみ終えたい
心の旅

元気だったときの旅は
お土産店で
どこにもあるようなお土産を買って
家に帰る
長い旅や遠い旅を終え
家に帰ると
蜘蛛の糸やすすけた天井や壁を目にすると
懐かしく感じてしまう
住み慣れた我家こそ
心の宿

短い夏
蝉のけたたましい鳴き声が
聞こえても
地上のはかない蝉の生命を思えば
許せる

空蝉も
死ぬ瞬間まで
必死に鳴き叫び
自分はいま生きていると
このblogのタイトルを
『空蝉ノ詩』にした由来は
高見順の「帰る旅」から生まれた






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