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雑感や書評など

塩野七生「ローマ人の物語 (17)」

2005-09-15 08:48:36 | 書評
まぁ面白いんだけどさ


「陳舜臣の「小説十八史略」を読んで以来、中国史は好きです」という話は、以前書いた通り。

そっから、歴史ものが全般的に読むようになりました。


で、塩野七生「ローマ人の物語 (17)」を読みました。


うーん。
文章も上手で、サクサクと読めます。

でも、決して軽い、というわけではなく、なんとなく「ほぉー」と読めます。

そもそも、つまらなかったら、十七巻目を読もうななどと思うわけもなく。


が、どーも、薄い。

いや、「薄い」というよりも、「深みがない」と表現するべきか?

どうにも「ほーら、この本には、現代の混迷を解明する、ヒントが隠されているよ?」とか「こうやって、リーダーたちの生き様に触れることで、あなたの会社経営に、一筋の光明がさすでしょ?」という作者の隠れた意図が見え隠れするような…………。

まぁ、「三国志に学ぶ部下との接し方」みたいな本ほどでは、ないんですけどね……………。


 人間は、安全となれば定着する。「移動」と「定着」の場合のエネルギーの活用度と富の蓄積度の差を考えれば、定着のケースの有利は明らかであろう。ティベリウスの時代よりも五十年も昔にすでに、カエサルによってゲルマン民族の侵略の怖れから解放されたガリア人が、それまでの狩猟民族から農耕民族に変ったという史実まである。そして〝インフラ〟の普及は、農畜産物の流通を促進した。
 このように経済が向上しつつあった時代、緊縮財政策と言ってもすべての分野で経費を削減する必要まではなく、単なるムダか、それとも必要不可欠ではないとされた分野の経費削減で、充分ではなかったかと思う。不景気には至らなかったのだ。しかし人間とは眼で見、手でさわれるもので判断しがちである。実体経済では不景気でないのに、不景気感というものもある。アウグストゥスと比べてティベリウスには、「ケチ」の評価が定着したのであった。
塩野七生「ローマ人の物語 (17)」106頁 新潮文庫
カエサルやアウグストゥスといった英雄たちの疾風怒濤の時代を経て、安定と平和に移ろうとしています。それを引き継いだ、ティベリウスについて語った文章です。

的確………というほどローマ史に詳しいわけではないのですが、中々示唆に富んだ人間評・社会評・人物評だとは、思います。
が、それだけに、ちょっと功利的な臭いがしちゃうんだよな。

「それのどこが悪いの?」
と言われると、
「別に悪くは、ないけどね」
と答えるしかないんですけど。


高校時代に出会ってたら、メチャクチャはまったんだろうなぁ。


ローマ人の物語 (17)

新潮社

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