この香りは、なんだろう。
友人が死んだ。
朝顔の坂を上り、火葬場に向かう。
程なく友人は灰になって出てくる。
それぞれが思いつくままに、白々しい挨拶を済ませ、火葬場を後にする。
僕は一人で遺影を見つめていた。
「早すぎる…よ…」
知らせを聞いてから、まだ涙は出ていない。実感が追いついてこない。
建物から出て空を見上げる。
澄み渡った夏の青空だ。
雲がモクモクと生い茂り、その命の勢いを見せつけてくる。
この空はあの時の空とも繋がっている気がする。
二人ともまだ12歳だった。
自転車で、街を流れる川の源流を探るためにひたすら山を駆け上がった。
あいつの方が体力があったから、僕はついていくのに精一杯だった。
友達が口にする。
「ゴメンな」
?
なんの謝辞だかわからない。
聞き返す。
「何が?」
「いや、俺についてきてくれるのお前だけだから」。
意味がわからんと僕が言うと、あいつは笑っていた。
源流でこそないが、たどり着いた先は巨大なダムだった。思っていた様な神秘的なものではなかったから、白けてしまった。
帰りは重力に任せていれば自ずと街が近付いた。
いつもなら自分で先行して下っていく友人が、今日はなぜか僕を先に行かせた。
後で知った。入院していたあいつのお母さんが、少し前に亡くなったそうだ。
あの日の友人の顔と自分の汗の匂いは、頭を締め付けるほどに記憶に残っている。
「お前のお母さんと、同じ歳で逝っちまったな…」
再び遺影の前に立ち、僕は呟く。
そろそろかな。何かがこみ上げてくる。
左目から熱い何かが下に流れるのを感じた。人が周りにいないのを確かめてから、
僕はむせび泣いた。
やっと落ち着いてきたところで、顔をハンカチで拭き、心の軸を、手探りをして体の奥から引っ張り上げる。
泣いてばかりもいられない。
その時。
鼻腔を懐かしい香りがくすぐった。
?
なんだっけこの香り。どこかで嗅いだことがある。でも思い出せない。
ただ胸の中が過去への郷愁でいっぱいになっている。
しばらく考える。
そうだ確かこれは…あの夏の日…
思い出した。その瞬間笑いがこみ上げる。
「なんで今なんだろう」「クックック…」
きっと遺影の前を通り過ぎた女性の誰かから漂ってきた、香水の香りだったのだろう。
その香りは、あの日、ダムで記念に買った、匂い付きの消しゴムの香りと瓜二つだった。
友人が死んだ。
朝顔の坂を上り、火葬場に向かう。
程なく友人は灰になって出てくる。
それぞれが思いつくままに、白々しい挨拶を済ませ、火葬場を後にする。
僕は一人で遺影を見つめていた。
「早すぎる…よ…」
知らせを聞いてから、まだ涙は出ていない。実感が追いついてこない。
建物から出て空を見上げる。
澄み渡った夏の青空だ。
雲がモクモクと生い茂り、その命の勢いを見せつけてくる。
この空はあの時の空とも繋がっている気がする。
二人ともまだ12歳だった。
自転車で、街を流れる川の源流を探るためにひたすら山を駆け上がった。
あいつの方が体力があったから、僕はついていくのに精一杯だった。
友達が口にする。
「ゴメンな」
?
なんの謝辞だかわからない。
聞き返す。
「何が?」
「いや、俺についてきてくれるのお前だけだから」。
意味がわからんと僕が言うと、あいつは笑っていた。
源流でこそないが、たどり着いた先は巨大なダムだった。思っていた様な神秘的なものではなかったから、白けてしまった。
帰りは重力に任せていれば自ずと街が近付いた。
いつもなら自分で先行して下っていく友人が、今日はなぜか僕を先に行かせた。
後で知った。入院していたあいつのお母さんが、少し前に亡くなったそうだ。
あの日の友人の顔と自分の汗の匂いは、頭を締め付けるほどに記憶に残っている。
「お前のお母さんと、同じ歳で逝っちまったな…」
再び遺影の前に立ち、僕は呟く。
そろそろかな。何かがこみ上げてくる。
左目から熱い何かが下に流れるのを感じた。人が周りにいないのを確かめてから、
僕はむせび泣いた。
やっと落ち着いてきたところで、顔をハンカチで拭き、心の軸を、手探りをして体の奥から引っ張り上げる。
泣いてばかりもいられない。
その時。
鼻腔を懐かしい香りがくすぐった。
?
なんだっけこの香り。どこかで嗅いだことがある。でも思い出せない。
ただ胸の中が過去への郷愁でいっぱいになっている。
しばらく考える。
そうだ確かこれは…あの夏の日…
思い出した。その瞬間笑いがこみ上げる。
「なんで今なんだろう」「クックック…」
きっと遺影の前を通り過ぎた女性の誰かから漂ってきた、香水の香りだったのだろう。
その香りは、あの日、ダムで記念に買った、匂い付きの消しゴムの香りと瓜二つだった。