発売と同時に入手。パカパカと色も塗らずにパイプフレームを組んで、ボディーとインテリアを仮組してみたおーさすがタミヤ、何の苦労も無く一体になるぞと感心した。本当に組み易い、出来の良いプラモデルだと思う。
と言っておきながら、8年も置いてあったのは、ホイルカバーの塗りをどうしよう、そもそも、車体を何色にしようかが決められなかったせいだ。とても8年分の言い訳にはならないか。
メッキ部品のホイルカバー、スリーポインテッドスターの地の部分は車体色。組説では外周はマスクングして車体色で塗ってデカールを貼れなのだが、どうも気に入らない手順。何色にすっかねー、銀ねー、イタレリの濃紺も恰好良さそう、そうかホイルカバーが、なんて呻吟している内に早幾歳。
最近、何台か自動車作っている内にメッキ部品のくせが判ってきて、ひらめいたのはとりあえず塗って、そっと剥がすやり方。ホイルカバーの外周は普通にマスキング。色を乗せたい所辺りに細筆でプライマーを塗って車体色を吹いて、乾いてからウェーブのフィニッシュスティックでそっとベンツのマークの所だけ剥がす。かなり、危ない手順ではあったが、他に思いつかず、結果、まー良いかだったので、良かった。タミヤのメッキは丈夫だったのだ。
こうなると、あまりコントラストの強い色を使うとぼろが出かねないので、車体は銀に。色々考えた末、プリビアスシルバーにパールを混ぜれば高級感が出るかな(単なる思い付き、根拠なし。)とやって見たら、目で見る限りは良い感じになった。思うに、ボディーの成形の良さにも助けてもらったのだろう。残念ながら写真写りは、今一だった。腕が悪いか。
凝った造りのパイプフレームは組み立てると全く見えなくなる。ボディーのアンダーカバーが透明なのは、多分タミヤの開発チームの未練。ボンネットとガルウイングドアは可動になっているが壊す元だし、流石のタミヤでもピタっと収まるように組むのは私には難しいので閉。と、せっかく頑張ってくれたタミヤには申し訳ない姿で完成。
1954年頃のスーパーカー。当時の国産車と言えばダットサン1000だった。尚、タミヤのメタルカルは8年たっても問題なく使えた。