『斬(ざん)』
移転しました。
移転先:http://souryuusei.blog61.fc2.com/
 



■移転先

『斬(ZAN)』


結局、FC2 ブログになりました。よろしければ、お越しくださいまし。

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 活動再開するかもしれない。でも、ネタがまったく溜まっていないのでぼちぼちと、かなり緩めのペースになりそうです。とりあえず月一更新を目指します。つーことで、次回更新は来月!

 まぁ、4月1日なので適当に流してください。
 ってか、保守上げ

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 訪れていただき、ありがとうございます。
 現在、このブログは 2007年04月10日 より休眠中です。ごめんなさい。
 ただ、更新はしていませんが、記事はいっぱいあります。

 ・目次

 ・はてなブックマーク - 『斬(ざん)』の人気エントリー

 などから参照のうえ、ご覧いただければ幸いです。

 管理人:souryuusei

[関連]
このブログは4月10日をもって、無期限休眠に入ります
無期限休眠する理由を考える

追記(2007.04.30)
・トップ記事にするために投稿日付を2007年05月1日に変更。

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■2007年4月アーカイブ

2007年3月← / →2007年5月

★☆☆☆☆ 休眠中です 2007.04.10
★★☆☆☆ 無期限休眠する理由を考える 2007.04.10
★★★★☆ はてブがフローからストックに変わる方法 2007.04.09
★★★☆☆ 知るも地獄知らぬも地獄なんだろうか? 2007.04.08
★★★☆☆ アクセス煩悩からの解脱 2007.04.07
★★★★☆ 一般人の声は大衆まで届かない 2007.04.06

★★☆☆☆ スルー力をつけるたったひとつのおまじない 2007.04.05
★★★☆☆ ブログ記事の価値について考える2007.04.04
★★★☆☆ 生きてるうちが花だよね? 2007.04.03
★★★☆☆ アクセス数って基準が曖昧だよね 2007.04.02
★☆☆☆☆ このブログは4月10日をもって、無期限休眠に入ります 2007.04.01




[参考] オレの記事おすすめ度を5段階にしました。

★☆☆☆☆ …たまにツボにハマルかも。
★★☆☆☆ …マニアックにはウケるよ。
★★★☆☆ …おすすめ!
★★★★☆ …超おすすめ!!
★★★★★ …まずは読んで見て!!

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 実のところ、『このブログは4月10日をもって、無期限休眠に入ります』の記事は、4月1日その日に書いて、その日に上げたモノなんです。その日にこの手の記事を上げようと決めていましたが、内容については気分でどうするか決めようと思っていました。

 まぁ、4月10日で何がしかの区切りをつけようと思ってたってのは、その記事で書いたとおりなのですが、結局、“閉鎖”する踏ん切りまでは付かなかった。

 それでも、4月1日にそう思ってたら閉鎖もあったんでしょうけどね。ただ、たとえ閉鎖したとしても、ログは公開したままだとは思いますけどね。

 では、なぜ踏ん切りがつかなかったのか、その理由を考えてみる。

・「継続は力なり」なので、続けないと見えてこないことってのがあると思うと閉鎖ってのは、厳しいかなと。
・とりあえず、このブログでやりたかったことはほぼやったが、まだ物足りない何かがある気がする。
・それは、ブログがストックになるときが他の要因で訪れるかもしれない、という儚い期待感。
・goo ブログスタッフをいじれなくなる。
・この環境は、休眠しても残しておきたい(交流先との繋がりのポイントとして)。
・また、気が変わって、たとえば何年か後にやりたくなったときに場所が無いのは不便だから(まぁ、goo ではしないかもだけど、移転案内はできるし)。

かな。

 そして、本題の無期限休眠する理由なのですが、

・ブログがストックではなく、フローなら続けてる意味があまりない。
・ネット(ブログ)ジャンキーからの脱出には、『斬(ざん)』を閉めるしかないかなと。
・goo ブログスタッフの対応やこそこそやる態度が、、ほとほと嫌になった。
・ならば、他でやろうかとも思ったけど、それならまったく別のコンセプトでやったほうがいいかもと思った。
・しかし、souryuusei を一度、この機会に閉めてもいいかな、ってのもあった。
・閉鎖するには、準備が悪かった。九十九式のような、きれいな閉め方が出来るようならそうしてたかも。
・でも、そうできなかったので休眠を選択。
・バーチャルの環境が狭まってきて、居心地の悪さが増してきた。
・ブログの交流先等による人脈によってフラットさが無くなった事に対するジレンマ(これもリアルに近づいてる居心地の悪さにつながる)
・アウトプットに対するインプットの時間対効果が悪い。
・アウトプットにも時間をかけ過ぎる。→別のことをする時間が欲しい

 とまぁ、どれも決定打と成り得るものじゃないんだけど、複合的な要素が絡まった結果ですね。

 一度、ちゃんと止めて立ち止まる。

 今までは、ブログを進めていくことを前提で、今後どうするかを決めるために立ち止まっていました。今回は、一度ちゃんと止めて、それでどうするかを決めようと思います。

 その答えがいつになるかは分からないけどね。

 とりあえず、ボクシングの元世界チャンプで、敗れた後再起するか答えをなかなか出さなくて、忘れた頃に引退発表して「まだ、現役やったんかい!」ってのと同じになるのは止めておきたいかなと。

 それでは、その答えがでるまでごきげんよう。

 おやすみなさい。

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 『どれだけいいリンク集を作っても元記事が消えてしまっては元も子もない』では、
 そう考えると、SBM(ソーシャルブックマーク) なんてフローとしての価値しかないってことになるね。キャッシュとか『ウェブ魚拓』みたいなもので、消えない状態に保存してからリンク集を作らないといけないのかなぁー
『斬(ざん)』:どれだけいいリンク集を作っても元記事が消えてしまっては元も子もない
 と、はてなブックマーク(以下:はてブ)などの SBS (ソーシャルブックマークサービス)はフローでしかない、と結論ずけたのですが、フローがストックになりそうなアイディアが浮かんできたので書いてみる。

 ウェブ魚拓や google などのキャッシュの保存というのは、著作権上、転載にあたる可能性があり、まだグレーな部分も多いです( google はその手の訴訟で負け続けてるというような記事をどっかで読んだことがある←調べたら勝っていると書かれてる記事もいくつかありました)。はてブなどがキャッシュを取らないのも、そのあたりのリスクを見ているのかもしれません。もちろん、全ての記事のキャッシュを取っていたら、それはそれでデータ量が膨大になるのでサーバーを増やしたり、トラフィックをよくするためにシステムを整えたりと、それらにかかるコスト面も考慮してるとは思いますが。

 それで、キャッシュが著作権上グレーではなくシロになる方法というのは無いだろうかと考えた場合に、不特定多数に閲覧されない、つまり、公開されてさえいなければ、転載にはあたらないだろうという事に気が付く。ならば、認証制にするとか、許可制にするとかあるんだけど、各キャッシュに対して個別にそれぞれ認証を設けるのは面倒だし、利便性も悪い。かといって認証された場合には、どのキャッシュでも閲覧できるとしてしまうと、今度は規模が大きくなった場合に、ほぼ公開と等しい状態になるので意味が無い( mixi の認証制が事実上ほぼ破綻してるのと同じ)。そこで、個別に対応するにはメールしかないのでは?と思ったのです。

 これなら、公開にはあたらないし、個々でのやり取りなので問題がありません。キャッシュが見たい人は、メールアドレスを打ち込む(または事前に登録しておくなどすれば楽になる)ことによって該当記事のキャッシュをメールで送付してもらいます。その仕組みをシステムとして自動送信できればいいのではないかと。

 はてブで言えば、id 登録とメールアドレスの組み合わせを作り同期させる。そして、はてブの User 数一覧ページの上部枠内に、“メールにキャッシュを送付”欄(仮)を設ける。はてなユーザーなら誰でも、そこをクリックすればキャッシュが登録してあるメールに送付される。そうすれば、たとえ元記事が消えてしまったとしても、その内容を読むことが出来る(何が書かれていたか分かる)。

 あと、キャッシュの取得時間が問題となりますが、最初にブックマークされたときを原則として消せないようにする。後は任意でキャッシュしたいときをユーザーがしたいときに出来るように設定する。そして、表示する場合にはキャッシュされた時間を入れて時系列順に一覧表示させれば、元記事が書き替えられた場合などの証拠も残せます。

 ほとんどの記事は、キャッシュを読むなどの行為はしないと思いますが、何年か後には消えてしまう可能性が結構高いものですので、キャッシュが残っていて、見たい(読みたい)と思った記事が個別に読めるようになっていさえいればありがたいと思います。

 これで、リンク集としてのストックとしての役割はなんとかなりそうですが、「欲しいと思った情報を早く見つけられる」ための検索精度やインデックスデータベースとしては、まだまだグダグダなので、そっちについても何とかならないかと思う次第です。

 別にはてなじゃなくても、どっか他のサービスで作ってくれてもいいんだけどさ。

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※分る人だけ分かればいい記事なので、分りにくい点はご了承ください。

 うーん、なんというか、

・何も知らない。



・知ってしまった。

があって、知ってしまった。の中に

・知っているけど、知らない振りをする。
・知ってる上でさらに深く関わろうとする。
・知ってる上であきらめる。
・知ってしまったからやめる(去る)。
・知ってはいるが何もできない(動けない)。

ってのが、あるんだよな。

 で、何も知らないってのが、ある意味幸せで、もっとも不幸。

 つまり、ことが表面化しなければそのままでいられるが、あらわになった時点で、全てが利用されていただけだったと分る。これは、それでつらい。

 で、知ってしまったが、どうするかで多くの場合は、知らない振りなんだろうな。そして、ヤバくならないように、または、最小限のリスクで済むように心がけて行動する。

 で、深く関わろうというのは、まさに毒を食らわば皿までってやつで、いくトコまでいくしかないって考え。もちろん、それでもリスクが大きいことを知っているから退避方法もそれなりに考えている。しかし、まぁ、表面化したとき、どこまで表れるかの勝負で、運がよければ逃げ切れるけど場合によってはかなりヤバい。しかし、自分の要領の良さに賭けて旨みを味わおうってことなんだろうな。

 で、あきらめるのは、もうどうしようもないから、これ以上は関わらないようにするけど、それでも何かと関わらせられて逃げ切れない状況。

 で、やめるってのが、一大決意なわけで、それが出来ればやってるんだけど、ほとんどそれは難しいのが現実。知って直ぐでまだ動ける状態か、知らない振りができる状況でないと無理。

 で、何もできない(動けない)ってのが、あきらめるに近いけど、もう選択肢すら与えてもらえないような状況。もう気が付いたらどっぷり浸かっていて逃げることがもうできないし、スルーすることさえ許されない。一蓮托生でこれ以上関わりたくはないが深く関わってしまっているので、しがらみで動けず、なるようになると座して待つしかない。




 知らないでいられるうちは、「あいつは知らない」と知っているから重宝される。知ってる人にいいうように使われる。

 でも、知らない人もいずれは気が付く。そして、気が付いた後の行動を、知っている人は見ている。その結果で、知ったその人と、今後どう向き合うかを決める。

 知ってる人からすると、深く関わろうという人を重宝する。しかし、それは、知ってて知らない人を使っていた人からすると、同じ立場になるので、ライバルにもなる。

 知ってて知らない人を使っていた人にとっては、ライバルは少ないほうがいいから、知らない人がなかなか気が付かないようにする。そして、何も出来ない(動けない)状態まで知られないで居れば一丁あがり。そうなれば、知られたとしてもライバルではなく都合のいい使える知ってる人になる。

 知らない振りをする人は、何も出来ない状況にだけはならないよう、知ってる人との距離をとる。
 あきらめてる人は、あるときは加わるがあるときは避けるように心がける。そうして知ってる人との距離を測る。

 深く関わろうという人たちによって、多くは動いている。大きく方向を変えられるのも深く関わっていなければ出来ない。しかし、多くの場合は、変えることが叶わずライバルに負け、じっと耐えるのである。

 それが分っているから、知らない振りをするか、あきらめるか、最悪去るという選択を多くの人が選択する。

 知ってしまった後、いったいどの行動が一番正しく、賢く上手なんだろうか?どうすればいいのか未だによく分らないので、あきらめるに今いる。知らない振りは、知ってる人に気付かれてるから、そうするしか今のところ選択肢がない。

 たぶん、まだ知らない何かがあるに違いないのだが、それに気が付けないから、行動までいかない。その知らない何かが、どっぷり浸からないと見つけられない場合が、やっかいだ。そうでないことを祈るのみだ。

 だれか、どうすればいいか教えて欲しいのだよなぁー

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※注)この記事は2007年2月14日に書かれていますので、現在とは少し状況が異なります。あらかじめご承知の上お読みください。

 最近、更新頻度を計画的に落としているので、アクセス数もそれに伴い下降中です。まぁ、ちょこっとMっけを出して、落ちていく空しさを楽しもうかと自虐的な行動を取っています。これくらいしないと、ネットジャンキー脱出作戦はうまくいかないでしょうから、あえて痛みを与えているのですが、正直失敗した後のリバウンドを考えると怖い面もあったりします。

 で、今の目的の一つが、タイトルにあるようにアクセス煩悩からの解脱(げだつ)です。ブロガーたるもの、なんだかんだ言っても気になるのがアクセス数です。オレ自身もそれ程気にはしなくても、まったく気にならないことが無いのも事実。まぁ、以前のように踊らされることは無くなりましたが、無いよりあったほうが良い、というか程よいアクセス数というのが良いのです。

 ひそかに目標としてるのが、『BLUE_SKY_BLOG』(現在は移転統合されて『碧き流星』にて運営されています)です。この常に800~1500PV,300IP前後の安定したアクセス数に憧れていたりします。ちなみに、拙ブログは、個人ニュースサイトやはてなブックマークなどの影響によってかなり波があり、多いときは 1000IP 超えるときもあれば、少ないときは、100IP 台なのです。それでも昨年末辺りでコンスタントに記事を上げていたときは、平均 250IP ほどで、PV はその約倍くらいなのですが、このあたりが梅田さんの指摘していた
 そんなこんなを色々と考えあわせると、500-3,000PV/日あたりが、Blogを書いていて、けっこう楽しいいいゾーンなんじゃないかな、と思ったりする。そのくらいだと、読みたいと意図して訪ねてくれる人がほとんどで、それ以上になると、背景を知らずに何かの拍子に飛び込んでくる感じの人が増えてくる。
My Life Between Silicon Valley and Japan - ブログのPage Viewについて
 で、拙ブログも実は、その辺りを意識して運営しています。

 ただ拙ブログは、さらに更新頻度を落として、それを維持させたいと思っているのです。しかし更新頻度とアクセス数はどうしても、切っても切れない関係のようで、SEO 対策や良記事を出していかないと、この目標は非常に高いものであると言えるのです。

 それで、現状を考慮すると更新頻度とアクセス数のどちらかを切り捨てないといけなくなります。目的が、飽くまでもネットジャンキーからの脱出にあるので、質の高い記事を書こうとすることは、そこから抜けられなく可能性が高くなります。なのでアクセス数が低くなっても絶えられるようになることが、必要になってきます。

 以前、『趣味のWebデザイン』の徳保さんが、
 身の程を知ることは、絶望の入り口ではなくて、希望の原点だと思います。当サイトは宝くじに当って人気が出たようなもので、最初の機会が与えられなかったらずっと零細サイトだったと思う。そういうことを、毎年きちんと確認しておくことは、もはや自分にとっては欠かせない儀式となっていますね。

 自分が日記を書くために必要な最低限の読者数が、どれほど少ないか。日記を書き続けるためには1ヶ月50ページビューで足りる、これはすごい発見でした。最初の1週間だけだったのです、「こんなところで書き続けるのはしんどいな」と感じたのは。(もちろん個人差はあるでしょう)

 読者が減ることを極端に恐れている人、時々いますよね。私もそういう時期があったのです。そんな人にはぜひ一度、リハビリに挑戦することを勧めたい。1ヶ月50PVまで読者が減っても自分は大丈夫、その体験が、心の重石を取り去ってくれるはずです。
趣味のWebデザイン:人気ブログ病のリハビリ:気楽に更新できる精神環境作り
 と述べられていて、非常に共感したのを思い出しました。拙ブログの人気云々については別としても、自分から見れば、かなり出来すぎているブログになっている。宝くじに当たったってのも、共感する部分で、交流先やブログ黎明期だったなど運に恵まれたことが大きかったといえます。

 以前、競馬ブームだった時かなんかに、とんねるずのノリさんが、

「100円でも、1万円でもドキドキは一緒」

とかなんとか、そんなようなことを番組内で言ってたのですが、競馬で100円賭けても1万円賭けても、live のドキドキ感に変わりは無いってことで、ギャンブルの格言の一つらしいです。

 これを、アクセス数に当てはめてみればいいのかもしれません。一日100PV でも 10,000PV でもドキドキは一緒だと。確かに数が多ければ嬉しいけど、欲望に際限は無く、最初 100PV 達成で得た喜びも、いずれは満足できなくなり、それが 500PV、1,000PV、10,000PV となり、きりがありません。だから、1ヶ月 50PV で大丈夫な自分作りをしたいと思いますね。
 ただ、問題なのは、草稿中の記事が増えて過ぎて困るんだよねぇー
[関連]
斜めうえ行く「オクノ総研 WEBLOG」:個人ブログの快適ゾーン


[TB:My Life Between Silicon Valley and Japan - ブログのPage Viewについて]
[TB:趣味のWebデザイン:人気ブログ病のリハビリ:気楽に更新できる精神環境作り]

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 最近、影響力について考えています。「忘れられない程度の存在感を残す」あたりが、その中の一つなのですが、さらに掘り下げて考えてみました。

 何かを発見したとか、発明したとか後世に名を残してる方々がいらっしゃいます。しかしそれは果たして、本当にその人が一番最初だったのだろうか?という疑問があります。

 たとえば、ガリレオ・ガリレイ。地動説を唱え、裁判で有罪になっても「それでも地球は動く!」と叫んだという有名な逸話のある天文学者。

 でもね、実は、それよりも前に、魚屋のおっさんとか、八百屋の大将が、「ほんとは地球が動いてるんじゃね?」ってことに、既に気が付いてたかもしれないんですよね。

 たとえば、ピタゴラス。「ピタゴラスの定理」で有名だけど、Wikipedia 読むと
あの有名なピタゴラスの定理も、実は本人によるものではなく、この学派によるものである。
ピュタゴラス - Wikipedia
 そう、つまり、これが事実なら本当に定理を発見した人は、別の人なんだと思う。だけどその学派の長であるピタゴラスが、代表として名を残したってことなんですよ。

 そろそろ何が言いたいか分かってきませんか。

 そうです。結局のところ、発見者とか発明者って、一番最初に気が付いたとしても、生きてるときにある程度の影響力のある、権威ある地位にいないとダメだってことなんですよ。

 大学で言えば教授レベルだったり、会社で言えば、有名企業の社長クラスであったりとね。所詮、ペーペーの研究生や主任さんが、一大発明したとしても、そのほとんどは、仕える教授や会社の発明になってしまうのですよ。企業の場合、最初は個人名だったとしても、認知度によって、結局企業名のほうが有名になってしまう場合も多い。エジプトでミイラの発掘調査してる、早稲田大学の調査チームだって、後世に残る歴史的な発掘をしたとしても、結局最終的に名を残すとしたら、教授の「吉村作治」さんだと思うんですよ。だって、エジプトの発掘調査で早稲田っていったら「吉村作治」さんがイメージされるもの。

 そういった意味では、ノーベル化学賞を受賞した田中耕一さんは、非常に恵まれていたといえる。海外の別会社に出向していたお陰でもあるんでしょうね。でも、それさえも既にオレの中では、「島津製作所の主任だった人」ってイメージになってて、田中さんの名前は出てこなかった。やっぱりそんなものなんだなと思う。

 で、話は個人的なことになるのだけれど、オレがブログを始めたきっかけのなかに、実は、「一番初めにやったことの証を作りたい」というのが、あったのですよ。もちろん、それが何かってのは、ピンからキリまでで、「プチびっくり人」だったり、「ぽゆたん」だったり、「BUKURO801」だったりと、陳腐な造語もその中に含まれるのです。

 もちろん、ブログ論だったり、Web に関する事だったりもあるでしょうし、これから何が生み出されるかなんてのは、オレ自身にも分からないわけですが。

 でもね。たとえ、オレが一番最初に書いたとしてもね。影響力がないと、他の人が、そんなこと知らずに同じこと書いたりするのですよ。でもそれは仕方ない。でね、その人が、影響力持ってると、その人の記事が注目されて、自分が最初なのにスルーされちゃうんですよ。そーゆーことを今までブログやってて何度も経験してるんですよね。もちろん、逆の立場になることもあるんだろうけど。

 そうなると、これは、社会の仕組みとして変えられないものなんだろうな、って思うのですよ。Web でいくら個人で情報発信できると言ったってね。人が人である限り、そういった政治的な問題がどうしても関わってくるんだろうなって思うのですよ。

 アルファーなんちゃらとか言って、権威付けしようとしたりする動きってのも、そーゆーこともあるんだろうなってね。もちろん、その影響力をある程度可視化させるって試み自体はいいと思うんだけどさ。

 結局、その権威や影響力があるモノが、知ってか知らずかは別としても、結果的に横取りして自分の手柄にしちゃうことってのは、あるんだろうな、と思うのです。

 ネットでは、一般人でも何とかなりそうだと当初考えていたけど、どうやらそれは幻想だったようです。

 何かをきっちり残し、大衆に認知させるには、有名(認知度を上げる)になって、影響力のある地位を得ないといけないのかもしれませんね。

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 無断リンク禁止がなんちゃらとか転載機能がなんちゃらとか非モテがどうとかジェンダーがどうしたとか、何かとはてブ界隈を巡回していると目に付くのですが、そこにはスルー力を発揮して何とか関わらないようにと努力している諸氏も数多くいるのではないかと思われます。

 そこで今回は、それらの話題にスルー力を発揮させる、強力なおまじないを、このブログを読んでいるあなただけにこっそり教えたいと思います。

 そのおまじないとは、スルーしたい事象が現れたときに

「面倒くさい。ま、いっか」

と唱えて、ブラウザを閉じるのです。

 たった、この一言を唱えて実行するだけであら不思議。興味が一気に削がれて強大なスルー力を得ることが出来るのです。

 ただし、このおまじないには、副作用がございます。

 ・無気力
 ・無関心
 ・無頓着
 ・執着心の欠如
 ・集中力の低下
 ・飽き性

などの症状が現在確認されておりますので、常習化には注意が必要です。ご利用になる場合は、利用頻度をほどほどにし、計画的に節度を保ってご利用ください。

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