あと少しでガソリン税期限切れ。
そしてぼくの学生証も期限切れ。
今日は最後の学割で帰省した。
実家には立命館の卒業アルバムが届けられていた。
ぼくが送った写真が数枚ある。
なぜかヨコイチさんの白衣姿も写っている。
バドミントンの新歓祭ブースの写真に若かりしバッカスの姿が。
・・・・・・・・・・・・
この四年間はなんだかんだ長かったと思う。
それだけたくさんの思い出ができた。
そのほとんどはRUCC。
RUCCなしではぼくの大学生活は語れない。
単にクラブランや合宿などの公式行事だけじゃなく、プライベートでもRUCCメンバーとの思い出でいっぱいだ。
これがこのサークルのすごいところだと思う。
OBさんもたくさん遊びに来てくれたし、逆にOBさんの集まりにも呼んでもらえた。
ふつうは四回生になったらサークルにも出ないところなのに、何年も前に卒業したOBさんも来てくれる。
特に、追い出しでの、現役生とOBさんとの一体感は、ほかのサークルや部では味わえないだろう。
ちょーさんに、RUCCに入会したことについて
「きみは人生の英断を下した」
って言われたことがある。
ほんとにそうだ。
RUCCに入ってよかった。
みんなに出会えてよかった。
ランドナーにも北山にも出会えてよかった。
その他日本全国津々浦々、いろんな自然、文化、人々に出会えてよかった。
ほんと充実した四年間だった。
もちろん、ああすればよかったとか後悔めいたものもある。
まぁそれはゼイタクというものかな。
ゼイタク、とわかりつつも、ふと思うのは、ぼくはこのサークルに何を残せたか、ということ。
もちろん、サークルがぼくに残してくれたものは数えきれない。
べんさんがよく言ってたけれど、これだけ多くのものをサークルからもらったんだから、なにか還元しないといけない。
それが執行部としての仕事だ。
執行部ではぼくなりに仕事をしたつもりでいる。
うちの回生はうまいことそれぞれが長所と短所を補いあっていたと思う。
ぼくなんか、わりといい加減な人間だから、企画部以外にもいろんな人の助けを得てこそ仕事ができた。
ぼくが仕事をしやすいように周囲が協力してくれたんだと思う。
追い出しの冊子で、「尊敬する人」の一位になっていたのも、なんやかや周囲がぼくを立ててくれたからかなぁと思う。
繰り返すけどぼくはいい加減なのに(^_^;
話は戻るけど、サークルに何を残せたか考えてみた。
ぼくは企画部長として、走る楽しさや北山のよさを伝えようとしたんだけど、どうだっただろう。
まぁ人それぞれ考え方は違う。
でも、「RUCCらしさ」というのは普遍じゃないかな?
ぼくは走ることにおいての「RUCCらしさ」を伝えようとしたんだけど…
まぁこればっかりは分からんわ。
伝える、というのは難しい。
ぼくの影響でも、そうでなくても、クラブランで「北山はいいとこだ」と一人でも多くの人が感じてくれればよい。
そして欲を言えば、プライベートでも北山を走りにいく人が増えることを願うばかりだ。
忘れていた。
そういえばプランナーだった。
このサークルに何を残せたか。
自信を持って言えるのは、ぼくのプランによって春一や合宿で、みんなの思い出を作ることができたこと。
「プランナーはみんなの思い出をつくる」
と、おしょうさんが言っていた。
もちろん、詰めが甘くて各執行部には迷惑をかけてしまった。
峠ではみんなにしんどい思いもさせてしまった。
それも含め、春一なら二日間、合宿なら一週間、まぁ長い人生のほんの一瞬だけど、みんなの思い出作りに貢献できたことを名誉に思う。
何を残せたのか、なんて考えるのはおこがましいかもしれない。
でもやっぱりこのサークルにどっぷり浸かった四年間のまとめに際し、こういうことを考えるのもいいんじゃないろうかね。
・・・・・・・・・・・
勢いに任せ、だらだらと書いてしまった。
言いたいことはうまく書けなかったけど、ここまで読んでくれた方はありがとうございます。
これからは社会人。
宙ぶらりんだけど、自覚はしっかり持ちたい。
いつまでも学生気分ではいられない。
人生の新しい章の幕開け。
さぁがんばろう!
そしてぼくの学生証も期限切れ。
今日は最後の学割で帰省した。
実家には立命館の卒業アルバムが届けられていた。
ぼくが送った写真が数枚ある。
なぜかヨコイチさんの白衣姿も写っている。
バドミントンの新歓祭ブースの写真に若かりしバッカスの姿が。
・・・・・・・・・・・・
この四年間はなんだかんだ長かったと思う。
それだけたくさんの思い出ができた。
そのほとんどはRUCC。
RUCCなしではぼくの大学生活は語れない。
単にクラブランや合宿などの公式行事だけじゃなく、プライベートでもRUCCメンバーとの思い出でいっぱいだ。
これがこのサークルのすごいところだと思う。
OBさんもたくさん遊びに来てくれたし、逆にOBさんの集まりにも呼んでもらえた。
ふつうは四回生になったらサークルにも出ないところなのに、何年も前に卒業したOBさんも来てくれる。
特に、追い出しでの、現役生とOBさんとの一体感は、ほかのサークルや部では味わえないだろう。
ちょーさんに、RUCCに入会したことについて
「きみは人生の英断を下した」
って言われたことがある。
ほんとにそうだ。
RUCCに入ってよかった。
みんなに出会えてよかった。
ランドナーにも北山にも出会えてよかった。
その他日本全国津々浦々、いろんな自然、文化、人々に出会えてよかった。
ほんと充実した四年間だった。
もちろん、ああすればよかったとか後悔めいたものもある。
まぁそれはゼイタクというものかな。
ゼイタク、とわかりつつも、ふと思うのは、ぼくはこのサークルに何を残せたか、ということ。
もちろん、サークルがぼくに残してくれたものは数えきれない。
べんさんがよく言ってたけれど、これだけ多くのものをサークルからもらったんだから、なにか還元しないといけない。
それが執行部としての仕事だ。
執行部ではぼくなりに仕事をしたつもりでいる。
うちの回生はうまいことそれぞれが長所と短所を補いあっていたと思う。
ぼくなんか、わりといい加減な人間だから、企画部以外にもいろんな人の助けを得てこそ仕事ができた。
ぼくが仕事をしやすいように周囲が協力してくれたんだと思う。
追い出しの冊子で、「尊敬する人」の一位になっていたのも、なんやかや周囲がぼくを立ててくれたからかなぁと思う。
繰り返すけどぼくはいい加減なのに(^_^;
話は戻るけど、サークルに何を残せたか考えてみた。
ぼくは企画部長として、走る楽しさや北山のよさを伝えようとしたんだけど、どうだっただろう。
まぁ人それぞれ考え方は違う。
でも、「RUCCらしさ」というのは普遍じゃないかな?
ぼくは走ることにおいての「RUCCらしさ」を伝えようとしたんだけど…
まぁこればっかりは分からんわ。
伝える、というのは難しい。
ぼくの影響でも、そうでなくても、クラブランで「北山はいいとこだ」と一人でも多くの人が感じてくれればよい。
そして欲を言えば、プライベートでも北山を走りにいく人が増えることを願うばかりだ。
忘れていた。
そういえばプランナーだった。
このサークルに何を残せたか。
自信を持って言えるのは、ぼくのプランによって春一や合宿で、みんなの思い出を作ることができたこと。
「プランナーはみんなの思い出をつくる」
と、おしょうさんが言っていた。
もちろん、詰めが甘くて各執行部には迷惑をかけてしまった。
峠ではみんなにしんどい思いもさせてしまった。
それも含め、春一なら二日間、合宿なら一週間、まぁ長い人生のほんの一瞬だけど、みんなの思い出作りに貢献できたことを名誉に思う。
何を残せたのか、なんて考えるのはおこがましいかもしれない。
でもやっぱりこのサークルにどっぷり浸かった四年間のまとめに際し、こういうことを考えるのもいいんじゃないろうかね。
・・・・・・・・・・・
勢いに任せ、だらだらと書いてしまった。
言いたいことはうまく書けなかったけど、ここまで読んでくれた方はありがとうございます。
これからは社会人。
宙ぶらりんだけど、自覚はしっかり持ちたい。
いつまでも学生気分ではいられない。
人生の新しい章の幕開け。
さぁがんばろう!