読書の記録

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600万人の女性に支持されるクックパッドというビジネス

2010年01月06日 | 生き方・育て方・教え方
600万人の女性に支持されるクックパッドというビジネス

上阪徹

去年の夏頃に出た本なので、新書の類としては若干遅れて読んだ感もあるが、クックパッドそのものは僕はユーザー登録こそしてないが、けっこう頻繁に利用している。一応説明しておくと、クックパッドというのは投稿型の料理レシピサイトである。

僕自身は男性のわりに日頃から料理をするほうだと思うが、それは好きだからというよりは必要に迫られてやっているという具合で、だから腕のほうははっきりいってそれほどでない。すべての料理が同時に出来上がるような器用さも持たないし、みじん切りをしていてまな板からこぼれ出すなんてことはしょっちゅうだ。料理道具の三種の神器とはハサミとフライパンと圧力鍋、頻繁に登場する調味料とはめんつゆとごま油とニンニクチューブ、という、いっちゃあなんだがB級簡単メシの類である。そういや、そういや秋月りすのOL進化論で、「男なんてのは甘くて辛くてこってりしたのが好き」なんて看破されていて、ぐうの音も出なかった。

そんなだから、冷蔵庫の余りものを見て、そこから今晩の料理をなんにしようなんて応用は効かない。そこでクックパッドの出番となる。冷蔵庫の食材を入力して検索すれば、あらあらと適したメニューが紹介される。それも凝ったものだけではなく、「これがほんまに『料理』か?」といいたくなるような簡便なものも少なからずあって、僕のようなウデの人には誠に重宝している。キッコーマンのサイトもそういう意味ではメーカーのものとしてはかなりよくできているが、クックパッドの場合、投稿サイトということもあってデータベース量が桁違いだ。

だが、このクックパッド。実に周到に出来ているな、とはまた感じていた。なんていうか、女性の心理、というか料理の作り手の心理をうまーくついたシステムになっているように思う。それで本書を読んで、実に納得したのであった。

一言で言うと、クックパッドは「褒めてもらえる仕組み」になっている。そして「批判される」ことはまずおきない。検閲があるわけでなく、投稿とレスポンスの仕組み、他のユーザーのかかわりの仕組みが、「褒める」方向にしか向かわない不可逆性とでもいうべきものをもっていて、某巨大掲示板のようなアナーキズムにも、ブログ炎上にもならないようになっている。つまり「称賛」は書きやすく、「批判」が書き込みにくい。これこそがクックパッドが扱う「投稿型のレシピサイト」が宿命的に持つユニークなところだ。この「褒めてもらえる仕組み」こそがクックパッドの真骨頂であると思う。

というのは、「料理をつくる人」のモチベーションは、究極のところ「おいしい」と言ってもらいたい、というところに尽きる。これは古今東西料理のうまい人も下手な人も、世界中に共通する真理だろう。
これは「料理を食べる人」が案外「おいしい」と言っていない、という現実もまた示している。妻が出した料理を旦那が黙々と食べ、奥さんが怒り出す、なんて話はいくらでも聞く。旦那に言わせればちゃんと「おいしい」と言っているつもりだが、それは10回に1回くらい、あとの9回は心の中で「おいしい」と思っていても案外口には出さないものである。てれがあるというより口に出すのがめんどくさいというのがホントのところではないか。

で、クックパッドなのだが、これがまた見事に褒めてもらえるつくりになっている。「美味しかった」というコメントは簡単につくが、「美味しくない」というコメントはまずつかない。これはなぜかと思うに、「美味しくなかった」のはそのレシピのせいではなく、自分のウデのせいではないか、というコンプレックスめいたものが通底にあるからだ。
そもそもクックパッドのような料理サイトを頻繁にみる人というのは、料理の腕に決して強く自信が持てない人が相当数いるように思う。レシピをみて、このレシピではおいしいものはつくれない、と看破できるような人はそうそういないだろうし、そんな人はそもそもこんなサイトを使わないだろう。したがって、可視化されるのは「おいしい」という声だけということになる。

これは「常に『おいしい』と言ってもらいたい」の奥底に、自分の料理は本当においしいか確信が持てない、たとえ味見したとしても自分の味覚あるいは自分の好みが他人と共通とも限らないし、なかなかアンビバレントな感情である。今も昔も「料理上手」はポイントが高い、というのは共通の認識であり、「料理をつくる人」は自分の価値が試されているかの如くということなのである。


クックパッドは他にも検索語の冗長性が抜群によくできているとか、反応処理スピードがめちゃくちゃ速い、とか優れている面もいっぱいあるが、これらはアルゴリズムがよくできているという話で、もちろんこれはとてもすごく、クックパッドというのは実は真正IT企業なのであるが、そのサービスの本質は「料理の作り手の心理」を巧みにつかんだ仕組みそのものなのであった。

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