*ぱいなっぷりん*

地震、防災、原発に関するお話や雑談など(*^.^*)やぁ~らかぁ~くねっ♪

NHK 核燃の村 苦悩と選択の記録

2006-01-08 22:16:50 | 原発
夕べNHKで10時からやってました。
どうして青森県の小さな村「六ヶ所村」に
核燃料サイクル施設が次々と建設されたか、
そのとき、村民は・・というドキュメンタリーです。
少しまとめたのでお時間のある方はごらんくださいね。

核燃の村 苦悩と選択の記録~青森県六ヶ所村~ 

福島県の原発から出た強い放射能を持った使用済み核燃料が運び込まれてきた。
六ヶ所村にはこの使用済み核燃料を再び発電に使われるようにウランとプルトニウムを取り出す再処理工場が作られた。
来年夏の創業を目ざして今年2月の試験運転始めようとしている。

1969年 六ヶ所村に「むつ・小川原開発計画」が持ち出される。
世界最大の開発と呼ばれ石油精製施設や石油化学工場、製鉄所など巨大コンビナートの建設が計画された。
巨大開発によって働く場所ができ、地域が豊かになるという夢がふくらんだ。
一方で郊外を懸念し、反対運動も起こる。
開発の受け入れをめぐり、住民は賛成、反対と真っ二つに分かれ争い始める

コンビナートは建設されなかったが、かわりに核燃料サイクルなどの計画が持ち上がる。

推進派と反対派の争いはエスカレートしていく・・
同じ漁師仲間さえいがみ合う混乱の中、村の未来をきめる選択が迫られる。



第一章 「巨大開発」1969~1973

1969年「むつ・小川原開発計画」六ヶ所村を中心とした地域に
    巨大なコンビナートを建設することをきめた。
    コンビナートの青写真では35000人が働く予定。
    土地を売った農家は優先的に就職できる。

1973年『巨大開発』(ドキュメンタリー)
    正式発表前に土地の買収に不動産屋が乗り込んでくる
    (買収価格10a=70万円は当時3,4万円)
    5000ヘクタール にわたる用地買収、賛成派反対派が入り乱れ
    街が混乱していく様子が記録されている。

   当時村長は多くの立ち退きを必要とする巨大開発は住民の暮らしを
   根底から破壊すると反対表明。村には反対同盟ができた。

   村で開発を進める青森県のむつ小川原開発公社が趣旨説明と
   売り渡しの内諾を得るために各家を回っていた。
   村会議員の大部分はは開発推進を目指して結束していく。
   村が2つに分かれていく。

   開発には反対でも土地を売る・・
   用地買収のお金をあてにして金融機関も参入、住民を招いてパーティー。
   土地代金に見合うお金を融資し、車、家を買わせる。
   先にお金を使ってしまった住民は開発を受け入れざるを得ない。

1972年 議会にむつ小川原開発推進に関する意見書が上程された。
    これに対抗して村長は反対派の多い泊地区の公民館に定例村議会を召集。
    [*泊 汚染を恐れて反対派が多かった]
    しかし、議員団は公民館での審議を拒否、会場を村役場に。
    村長はあくまでも泊地区に議会を召集するとして同調する議員3名と
    公民館にとどまった。
    村議会は会議場を村役場に勝手に移し、むつ小川原開発無修正確定。
   (議場には、「無効」を訴える切実な声が飛び交う)
     

1973年 村長選では開発反対の寺下力三郎を開発推進の古川伊勢松
    (自民・県推薦)が79票差で抑えて当選。





第二章「開発」の挫折 1976~1980


むつ小川原開発予定の土地約3000ヘクタールは1975年の末までに大部分が青森県の開発公社によって買収された。
しかし、オイルショックの影響で六ヶ所村に進出しようとする企業が現れなかった。
土地を売った農家が多く住む千歳平では当てにしていた企業が来なかったため仕事のめどが立たず出稼ぎに行く人も多く見られた。

1980年 国家石油備蓄基地の建設が始まるが、数年で終わり、
    開発用予定地はまだ大半が売れ残っていた。
    ⇒核燃料サイクル施設の立地計画へ・・・



第三章 核燃立地 1984~1986

日本の原子力発電所は使用済み核燃料を処理する手立てがなかったため「トイレなきマンション」と批判されてきた。
貯蔵プールに溜まる一方だった使用済み核燃料、このままでは原発が稼動できなくなると懸念されてきた。
使用済み核燃料をリサイクルする再処理工場の建設は緊急の課題だった。
1970年代~80年代にかけて日本の各地で再処理工場の建設が検討されたが、安全性を懸念する声が強く受け入れようとする地域はなかった。
そのため、開発用地があまっている六ヶ所村に白羽の矢が立った。

1984年  電力業界は六ヶ所村に3つの施設(再処理工場、燃料ウランの
     濃縮工場、原発で使った作業服などを埋める低レベル放射性廃棄物
     処分場)を建設したいと申し入れ。
     翌年、青森県と六ヶ所村は受け入れを回答したが、
     海が汚染されることを危惧した漁民からは反対意見。
     泊漁港ではほとんどが反対だったが、次々に推進派の古川氏に
     説得されていく・・・。

1985年7月 核燃推進の漁協の幹部に反対派の組会員が反発、漁協総会が紛糾。
     泊漁協は推進派、反対派の2人の組合長が並び立った。

1985年12月 村長選挙核燃立地の是非が争点
      慎重派の滝口氏が、古川氏を批判し出馬したが、古川氏には
      自民党、県、科学技術庁長官の応援もあり当選となった。
      
1986年1月 [泊漁協総会]
      核燃施設を作るための泊沖の海域調査の受け入れの是非で対立。
      核燃推進派の組合長は流会を宣言したが、反対派の組員で調査の
      拒否を採択。
      青森県と核燃料サイクル会社はこれを認めず、調査開始した。

1986年6月~8月 
      反対派は実力で調査を阻止しようとしたが、県は機動隊400人を
      動員して港を封鎖、さらに調査用のブイを投入する船には
      海上保安庁の巡視船が護衛についた。
      反対派の一部は威力業務妨害で逮捕が相次いだ。



第四章 「核燃凍結」1988~1997
 
1988年 六ヶ所村でウラン濃縮工場の建設始まる。
    核燃を推進した人たちの間にも亀裂が起きてきた。
    
1989年12月 5度目の挑戦の古川氏と古川氏の側近だった土田氏との戦い。
      土田氏は、核燃を凍結して話し合いをもとうと公約。
      核燃を阻止するためには、村民の住民投票の実施。
     <<政策協定書>>(一部)
      1、再処理工場の建設の是非は住民投票できめる。
     2、再処理によって発生する高レベル放射性廃棄物は受け入れない。
     
     ☆土田氏が当選したが、住民投票はおこなわれず。
      核燃を受け入れて国から受ける総額200億以上の交付金を地域の
      振興に役立てるべきと考えた。(土田氏)

1991年4月 土田村長に政策協定(住民投票)を守るように要請するが
      聞いてもらえず。
     土田「住民投票をすることには元々反対。議会決議があるんだから。
        ウラン濃縮施設の凍結はできっこない。最初から言ってある。
        この政策協定書自体が幼稚な人だましな、無意味な協定だ。」

1995年12月 高速増殖炉 もんじゅのナトリウム漏れ事故発生。
      六ヶ所村に再処理工場の建設は始まっていて、再処理工場が
      生み出すプルトニウムは高速増殖炉で燃やす計画だったが
      もんじゅの事故で高速増殖炉実用化のめどはたたなくなった。

1997年   再処理の結果発生する高レベル放射性廃棄物の処分方法も問題に。
      

日本は使用済み核燃料を海外の工場に委託して再処理を行ってきたが、
そこで生じた高レベル放射性廃棄物がガラス固化体という形で日本に返還になり、
そのガラス固化体の受け入れを六ヶ所村に求めた。
当初、六ヶ所村で聞かされていたのは「ウラン濃縮工場」「再処理工場」「低レベル放射能廃棄物処分場」の3つだった。
でも日本原燃(核燃料サイクル会社)は、再処理に「高レベル放射能廃棄物貯蔵施設」も含まれるものだと言い張った。
      
再処理の結果発生する高レベル放射性廃棄物の放射能は数万年残る。六ヶ所村は一時貯蔵と言う形で50年保管。



第5章 そして、いま・・・

今の六ヶ所村 巨大開発の話が持ち上がってから40年。
       村の中心には核燃施設で働く人の社宅。
       人口12000人。核燃施設からの固定資産税、
       国から電源算法の交付金が入り、
       自治体としての予算規模は100億円を超える。
       村会議員の3分の2は建設業関係者。
       村議会「安全性に留意しながらも核燃料サイクルを
           さらに積極的に推進したい」


高速増殖炉の開発が停滞するなか、国はウランとプルトニウムを混ぜて燃やす
「プルサーマル」に期待。
そのプルサーマルに使う燃料(MOX燃料)を六ヶ所村で作ることに決定。
核燃料施設「5つめ」の施設を建設・・・。

来年には再処理工場が動き出し、高レベル放射性廃棄物が大量に発生。
高レベル放射性廃棄物を最終的に受け入れるのはどこか結論は出ていないが
50年六ヶ所村に保存し、そのあとどこかへ搬送する予定だが、どこも受け入れてくれないのでは。

隣町の東通には54番目の原発が稼動する。また放射能廃棄物が増える。


[村民の声]・孫の時代に苦労させたくない。ここに孫を置きたくない。
     ・どうせ最終処分場になってしまうだろう。
     ・他所の地域じゃ考えられないことがここで行われた。
      国、県、事務所側の大きな力が小さな地域の人間関係を
      全部壊していった。
      日本のエネルギー問題で1つの小さな村に決断させるために
      してきたことはやり方がまずかったのではないか?
      きちんと話し合えば分かり合えたはず・・・(涙)
     ・みんなが傷つきながらもこんな小さな村から経済の根幹である
      エネルギー問題の重要性を平穏に暮らす都会の人たちに
      問題定義できたことはいい結果だったと思う。



もし、自分の町に原発がきたら?
再処理施設、高レベル放射能廃棄物の貯蔵施設が出来たら??

平和な町があっという間にぎすぎすした人間関係の町に。
かつてはのどかな村だったでしょうに、、、、


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15 コメント

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見た見た! (ひーどん)
2006-01-09 09:05:56
見ましたー。ビデオにとって。



なんか辛かった・・・。あんなに反対している人が居たのに。そして、そうやるしか生きていけなかった六ヶ所村の人たち。



日本の海はどうなるのだろう。



それにしても、NHKって黒い部分だけじゃないよね。こういう中立的な番組を作れるのはすごいと思う。ちゃんと払うよ。受信料。はははは。
返信する
うんうん (ぱいん)
2006-01-09 18:42:43
コメントありがとー♪



うんうん。

歌舞伎役者(県・国の開発推進の人たち)と、普通の役者(反対派住民)ってたとえしてましたよね。

向こうの方が一枚どころか、二枚も三枚も上手だったんだろうなって思います。



SENZA FINEの原子力ミニコラム第61回より<引用開始>

http://senzafine.livedoor.biz/archives/50251916.html



六ヶ所再処理工場のことを国民はよくわかっていない。



海にプルトニウムを排出するということを、いったいどれだけの人が知っているか?



もう一度、耳の穴をよーくかっぽじって聞いてほしい。



プルトニウムの廃液を太平洋に捨てるというのだ。



国や会社や学者は、寄ってたかって「大丈夫、問題ない」と言うだろう。



なんども言うが、今回のこの“大丈夫だぁ~体制”はホントにホントにホントに凄まじい。



せせら笑う奴の声が聞こえてくるが、まずは理屈より勘や感覚が頼りである。



なぜ、数百億円もかけて“放射能大丈夫だぁ~センター”を作ったのか考えてほしい。



なぜ、講演料も交通費も無料で、ホウシャノウの専門家がいつでもどこへでもレクチャーしに行くのか考えてほしい。

-------------------------<引用終わり>----



結局は自分の首を絞めることになるっていことに

気がついて欲しいですね。





うちは受信料きっちり払ってます・・

とゆーか引き落としだもん(┯_┯)

勝手に取ってかれる・・・(T▽T)アハ



気の毒なのは受信料集めてるオッちゃんたちだね。

いつもしわ寄せは末端にくるのよねぇ。

でも今NHKが度また同じよーなことやったら私も不払いにしちゃうもんね~川 ̄ι ̄川フフ
返信する
トラックバックありがとうございます (エイコンハウス)
2006-01-09 21:33:30
トラックバックありがとうございます。



ぱいんさんの”まとめ”のおかげで、だいぶ内容を整理できました。



青森弁?津軽弁?による住民コメントに、字幕もなかったので、正直「難しいなぁ・・・」と思いながら番組を見ていました。が、中身の濃いメッセージなだけに最後まで真剣に見ることができました。



沖縄の問題、拉致被害者の問題など、本来は国をあげて考えねばならない問題が、一部の方々に押し付けられている現状と重なり胸が痛みました。
返信する
Unknown (gogocub)
2006-01-09 21:41:06
ビデオに撮っおいて、見るのはこれからなのですが、

原発万歳、っていうような内容じゃないみたいですね。

安心しました!

こういう番組でもっと多くの人の関心がむくといいのですが…
返信する
コメントありがとうございます! (ぱいん)
2006-01-09 23:59:15
エイコンハウスさん



読んでくださってありがとうございます!

なかなか方言って難しいですよね。

何度も何度もビデオ巻き戻しました(^-^;

でも、土地の人の言葉は心に響きますね・・



最後の焼き鳥屋のおじちゃんの涙見てもらい泣きしちゃいました・・



基地問題も、拉致問題も早くなんとかして欲しいですね。お役人さんたちも自分の身内だと思って対処して欲しいなって思います。



gogocubさん



これから見るのですね!

どちらかといえば、原発にNOに近い内容に感じました。放射性廃棄物の保管についても「どーするんじゃ!」って感じでしたし。



国営のMHKがこういった内容を流しているのに、民間のテレビの合間のCMでは「プルサーマルは必要です」って流して・・・。

どっちが多くの人の目に触れるかっていえばやっぱり、CMですよねー。



もっともっと多くの人に知ってもらいたいです。

返信する
TBありがとうございます。 (Kasai)
2006-01-11 10:35:45
“放射能だいじょうぶだぁ~”キャンペーンは凄いですけど、

さすがにこれは騙しきれないと思っています。

その為には、とにかく多くの人たちに知ってもらうことですね。

本格試験(2月開始予定)が始まってもあきらめずに言い続けなくてはいけないと思います。

逆にこれは原発問題を考えてもらうチャンスだとも思っています。
返信する
kasaiさん (ぱいん)
2006-01-12 00:20:02
コメントありがとうございます!

勝手に引用までしちゃってますぅ<(_ _)>

kasaiさんの原子力コラム、毎回楽しみにしてます。

しばらくお休みなんですね。

お勉強、頑張ってくださいp(*^-^*)q がんばっ♪



多くの人に知っていただく。

私もそれが大事だと思います。

意外と、「原発って怖いよねぇ」とか話し出すと

お母さんたちは耳を傾けてくれます。

正直、あまり考えていない人のほうが

圧倒的に多いようです・・・・。



でも、頑張りましょうねっ!o(*⌒O⌒)bふぁいとっ!!
返信する
Unknown (チェルノブログ)
2006-01-12 22:24:04
ぱいんさん、まとめてくださってありがとう!

その日は夫が救急車で入院するという騒ぎがあって

見逃しました。ブログの更新がますますできなく

なりそうです。

NHKには再放送をもとめるのもいいですね。

もう決まっていたりして。だったらブログで宣伝しなければ。



まとめるのたいへんだったでしょう?

私も記事が書ければリンクさせてもらいますね。

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チェルノブログさん (ぱいん)
2006-01-12 23:18:33
見てくださってありがとうございます♪

ダンナさま入院されたのですか!

大変でしょうが、頑張ってくださいね!

お大事にしてください<(_ _)>



再放送予定、NHKのHPで探してみましたが

いまのところ無いようです。

再放送求めて方がいいかな?



途中までただ見てるだけだったのですが

「これは伝えなきゃ!」と思い立ちノートに

メモメモメモ_φ(._.φ(゜-゜;φ(._.φ(゜-゜;φ(._.φ(゜-゜;)カキカキカキ

そのあとビデオ見ながらタイピングしました。

時間はかかったけど、そんなに苦にはならなかったでーす♪
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うれしいです (hajime)
2006-01-16 17:53:24
私も、非常に非常にうれしいです。

おかげで、私の書いた拙文も、少しは救われます。

六ヶ所村再処理工場反対、よろしくお願いします。
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