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癒さぬ傷口が 栄光への入口

「アフタースクール」【DVD】

2009-10-13 | エイガ。
おまえがつまんねえのは、おまえのせいだ。



「アフタースクール」◆監督・脚本:内田けんじ◆出演:大泉洋・佐々木蔵之介・堺雅人・常盤貴子・田畑智子・北見敏之・山本圭・伊武雅刀 他
《あらすじ》
母校の中学校で働く神野良太郎(大泉洋)の元に、かつての同級生だと名乗る探偵・北沢雅之(佐々木蔵之介)が訪ねてくる。北沢は神野の親友、木村一樹(堺雅人)の行方を追っていた。心ならずも木村探しに巻き込まれる神野。ドタバタ捜索劇は、誰もが予想しない展開に向かっていく――。(cinemacafe.net)

公式サイト

↓旧作ではあるがネタバレ含むので未見の方は注意。


小説には「叙述トリック」という分野がある。
その中にも色々と手法があるが、多くの場合読み手に映像が見えないことをいいことに、文章表現で出来事や登場人物の言動を錯誤させる。
私はこの手の小説を読んだ時には、これを映像化するとしたらどのような表現になるんだろうかと考えたりするものだ。
文章の力で、作者が読者にしかけた罠。
映像を作る人なら、どのような映像でそれを見る者に罠を仕掛けるのだろう?

時折そんなことを考えていたもので、この作品を見終わった時に「やってくれたなあ」とある意味爽快な気分になった。
この作品についてはたいした予備知識がなく、単にキャスティングだけで見てみたいな…と思っていただけだったので少し得をした気分でもある。

ただ映像版叙述トリックみたいな部分は良いとして、映像的な面白みが少し足りない気はした。
映像の力で観客を騙す作品の割にその他の部分は随分淡々と描いているので印象が平坦になっている。そこらが少し残念。


こういう作品だと役者の力量が本当に問われるわけで。
冒頭の、
「臨月の妻、サラリーマンの夫、おそらく同居しているわけではなくたまたま訪ねてきているらしい妻の父親、夫妻の共通の友人」
の朝の風景。
妻の父は娘婿になにやら不満があるようで、
夫はその義父に気後れしているのか妻の前でもどことなくぎこちない。
中学の同級生だったらしい夫妻の友人は近所に住んでいて何くれとなく世話を焼いてくれている。
…という設定は、誰が説明してくれたわけでもなく映像を見ていてこちらが勝手にそういう人間関係なのだろうと「思い込む」ように仕向けている。
普通の映像作品でもわざわざ台詞で人間関係をちゃんと説明してくれるものなどそれほど無いのだからこの「思い込み」はごく当たり前に起こる。
それをこの作品は利用している。
ただ、その「思い込み」を起こさせるためには「どっちの意味にも取れる」表情や空気を作り出すだけの力量が役者に必要。

「同級生」だと神野(大泉洋)を騙して木村(堺雅人)の行方を探るのに利用しようとする北沢(佐々木蔵之介)。
前半は、騙しているのが北沢で、神野は「そこ疑えよ!」とつっこみたくなるレベルのお人よしとして描かれている。
北沢は利用しながらそのお人よしで薄暗い裏の社会のことなど知らずに真っ直ぐに生きてきただろう神野を見下している。

しかし、騙されていたのは神野だった。


北沢と別れて帰宅した神野の家にくつろいだ様子で座っている「行方不明だった筈の」木村。その姿を見て動揺ひとつしない神野。
その場面からこの作品はぐるりと景色を変える。
北沢と一緒に騙されていた観客は、そこでやっと自分が何に騙されていたのか気づき始める。
さらにそのもうひとつ裏の「真実」が見えた時、一度は逆転した神野のパーソナリティが基本は前半の「お人よし」であることも見えてくる、という二重の逆転になっている。

何気ない台詞のひとつひとつが、その「真実」を示唆したり皮肉になっていたり繋がっていたり。
どの場面も「捨てる」ことなく、綺麗に全部料理してテーブルに載せてしまったあたり上手いなあと思った。
美紀が産気づいた時に「偶然」通りかかって病院に連れていく羽目になった車の男性も、実は美紀の警護をしていた警官だったという念の入りよう。
最後の最後まで楽しませてもらいました。



十何年(20年くらい?)ごしでやっと言えた、「一緒に帰ろう」。
放課後の靴箱の前で木村に託された一通の手紙はやっとその役目を終えたのだろう。



時間の関係でコメンタリー付バージョン見れなくて残念…。

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