「詩客」短歌時評

隔週で「詩客」短歌時評を掲載します。

短歌評 戦後短歌史から透視する現代詩史――川野里子『七十年の孤独 戦後短歌からの問い』から見えるもの 添田馨

2017-02-01 19:31:02 | 短歌時評
 ほぼ一年間続けてきた短歌論の連載も、今回が最後となる。現代詩の側に身をおきながら、私はおなじ詩文学に属する現代短歌について、これまで一定の距離を保ちつつ、思うところを自由に述べてきた。自分としては初めての試みだったが、考えてみれば現代詩と現代短歌そして現代俳句の三者は、言語芸術として互いに隣接しあいながら、その歴史的な変遷の経緯については関連づけて論じられることがほとんど無かったように思う。これは実に不思議な光景と私には映っていた。
 自分の勉強不足を棚に上げて言うのだが、ここにきて私は、戦後短歌の歴史を透かし見ることによって、その遠景に戦後現代詩の命脈に通じあうものが二重映しになるのではないかと、何の根拠もなく考えるようになった。ただ、そうは言っても、戦後現代詩の歴史については多少の知見があるとはいえ、戦後短歌の歴史について私はほとんど何も知るところはなかったのである。そのような折に、川野里子の評論集『七十年の孤独 戦後短歌からの問い』(書肆侃侃房・2015年)をたまたま手にすることになった。パラパラと頁をめくるにつれて、著者の抱える問題意識が、自分のそれとかなりの部分重なり合っているという直感がやってきた。この評論集を入口とすることによって、そこに短歌と現代詩(口語自由詩)に通底しあう課題が新たに浮き彫りにされるのではないか。また、それを見極めることで、これまでとまったく違った文学形態の展望が、あるいは拓けてくるのではないか。そんな期待とも予感ともつかぬ思いが、私のなかにむくむくと湧き起ってきたのである。以下、そうした直感だけを頼りにして、思いついたことをランダムに列挙していくことにする。

■問題意識の原点

 川野の問題意識の原点は、「はじめに」のなかにもっとも明快に凝縮されていると映る。「もはや戦争のなかった世界には戻れない、という不可逆の世界への覚悟は、今、震災後に象徴される世界を生きる覚悟に繋がる」と川野は述べる。現在が、戦後であると同時に震災後でもあるという共通認識と、そこであえて短歌文学のありかたを問いなおすモチベーションとは、一体どこでどうリンクしてくるのか。彼女はおなじところで次のように述べている。

 戦後の焦土は言葉と文化の廃墟でもあった。しかしそこから立ち上がろうとする少数の表現者たちは、この廃墟こそを自らの営巣の場として選びなおした。同時に、この詩型を選んだことによって表現者としての責任というべきものをも背負うことになった。もう忘れられようとしているこの責任を短歌はなお背負っていると私は感じる。戦後短歌は、この詩型の背負っているもの、言葉の重みをあらためて問いかける。今日、短歌の読者にも、そして作者にとっても、この荷物はほとんど無意識となりながら、しかしやはり背負われている。戦後の短歌の背骨となってきたのはこの責任の無言の重量感である。
(「はじめに」9~10頁)


 戦後の現代詩とまったく同じではないかという新鮮な驚きが、ここを読んだときまっ先に訪れた。「責任」ということがここでは言及されているが、戦後現代詩の場合は、それは例えば詩人の戦争責任のかたちで問われたことが鮮烈な印象として存在する。最近では、この問題に直接言及がなされることは非常に稀になったが、私自身はそれがいまだ決して消え去っても死に絶えてもいない重要なテーマだと思っている。はたして短歌も、現代詩とはやや異なる位相で、同様の問題本質を抱えているという姿を、ここで確認することができたのは、何よりの発見だった。

■自己否定あるいはネガティブな来歴

 川野は「現代短歌とは、第二芸術論以後の短歌のことだ」(「出発について」21頁)と言う。つまり、現代詩(口語自由詩)とは違い、戦後において短歌はジャンル全体が否定の対象に晒されるという歴史体験を背負っているということだ。具体的にそれが、「第二芸術論」(桑原武夫)あるいは「短歌的抒情の否定」(小野十三郎)などによる本質的批判であったことは言を俟たない。だが、川野は、「この時期、このような自己否定は、「日本」に関わる全てに及んでいたと見ていいのではないか」(同19頁)と、短歌に向けられた否定の矛先を「日本」的なもの全般に向けられた否定の視線のうえに同致するにいたる。そして、「第二芸術論」は「まだ終わっていないと感じている」と明確に述べている。
 文学表現の短歌的あり方への否定から「日本」的なものへの否定へ。この回路は短歌という表現形式が孕み持つ特殊な問題性を、いわば普遍化したことを意味するだろう。現代詩の領域でおなじことを展開しようとすれば、これは「辻詩集」などいわゆる愛国詩の問題へとまさに直通する。「第二芸術論」がまだ終わっていないように、愛国詩も決してまだ終わってはいない。
 「七十年の孤独」とは、まさに自己否定あるいはネガティブな来歴として、こうした全面否定論を七十年間もその中核に無言で内包しながら、言葉を紡がざるを得なかった短歌文芸の宿命と、その詩型をあえて選び取った川野自身の、創作者としての意識の底深い孤独を言っているのだと思う。

■最も必要なものとは

 詩を成り立たせているものは一体なんだろう。無論のこと、数多ある詩作品ひとつひとつの成立事情のことではない。むしろ、そうした個々の成立事情をすべて束ねたうえで、はじめて抽出することができる、詩作品の存立要件そのもののことを言っているのである。私はそれを、〈原理〉と〈方法〉というようにずっと呼び慣わしてきた。言語や時代や文化が詩をその懐に抱えながら大きく変容したとしても、それを根本で詩のかたちに変らず支えているものは、このふたつをおいて他にはない。〈原理〉はその作品の歴史的な出自を明らかにし、また〈方法〉は作品の現在的な形姿を説明する。
 まさに私のこうした定式化と呼応するかのように、現代短歌に最も必要なものは「文脈」と「批評」なのだと川野は断言する。「それは、評論として書かれるものだけを指すのではない。むしろ書かれぬ評論として短歌作品がその言葉の背後にあらかじめ抱えている暗黙の批評であり思想である。それぞれの作品がその言葉の裡に自ずと内包している、言葉に必然性を与える文脈である。それなしの方法もテーマも全く空しいと私は思う。」(「文脈と批評の力」22頁)――こうした声は、現代詩の世界でもほとんど聞かれなくなった。実は、こうしたことは、一見すると倫理的文脈で言われているように考えられがちだが、私はそうではないと思う。むしろ、作品以前に実在する創作者存在を前提して、作品以後に生き延びるところの(作品の)生命を語るのに、どうしても触れられなければならない最重要与件だと思うのだ。
 川野のいう「文脈」は私のいう〈原理〉と、おなじく「批評」は私のいう〈方法〉と、それぞれ対応している。表現が異なっているのは、川野が行為の軸からそれを名づけ、私が認識の軸からそれを名づけているからに過ぎない。

 現在の短歌の状況がそれほど健康ではない無風状態に陥っていると感じるのは私だけではあるまい。表現は多様であり、個々の作者は優れた表現意識を持っている。にも関わらず、表現された言葉が何に否を言い、何にイエスを言うのか、どのような文脈を創造し、なにを目指しているのかが模糊として見えない。カラオケ状態といわれた互いの表現への無関心も、もしかすると互いの表現が何を目指しているのかが見えないからではないのだろうか。そうした「文脈」の議論を欠いたままの議論は微細な表現の差異や感覚の差異に行き着いてしまうだろう。またダイナミックな史観への窓口を欠けば、短歌の議論はいつでも素朴な態度論か方法論に行き着いてしまう。
(同25頁)


 創作にむかう主要な動機が「微細な表現の差異や感覚の差異」をめぐる悪しき循環に陥っていまいかねない事態とは、現代詩において七〇年代の半ば以降に実際に訪れた状況に他ならない。ここでも、短歌における表現と現代詩におけるそれとが、似たような質的変容に見舞われていた歴史情況を、私たちは改めて知ることになる。重要なのは、こうした情況認識が、短歌において、あるいは現代詩において、最も必要とされるべきものの喪失感覚のもとに現前している事実なのだ。

■根源的喪失

 戦後、この国の口語自由詩は一般に〝戦後詩〟と呼称されてきた。戦後詩は、文字通り戦争によって自らの生きる根拠を見失った者たちによって、その深い喪失感を負の母胎としてその新しい一歩を踏み出さざるを得なかった。そういう経緯がある。従って、戦後詩の根底に根強くあったのは、肯定性の原理ではなくむしろ否定性の原理であった。みずからのアドレセンスを世界の側から暴力的に奪われた彼等の世代にとって、戦後という時代はその喪失感に見合うものでは必ずしもなく、むしろ喪失感より絶望感のほうへ雪崩れていく危機的な時間感覚となって現れた。一度は自分を否定しにかかった世界を、言葉の全体性のなかで今度は主体的にもう一度否定してやることが、詩作にむかう主要なモチベーションを形造った。つまり、その詩法は否定の弁証法ないしは告発の文体を必然化することになるのである。
 実経験としての〝戦後〟をそのように歴史化するなら、恐らくそのウェイブは七五年前後で間違いなくいったんは途絶える。そして、その後からやって来たのが、終わりなき日常だった。すなわち戦争による根源的喪失によって醸成された「無名にして共同的なるもの」(鮎川信夫)を見失い、互いに孤絶した関係性のなかでひたすら言葉の表層の意匠をつなぎとめるだけの空虚な時間感覚の波がそれである。川野が「他者」について語るとき、私は彼女がすでに見失われたこの「無名にして共同的なるもの」を、意識せずとも指さしていると思うのである。

 近年の短歌表現は感覚的に非常に洗練され、物や事の質感、ディテールの手触りなどにおいて精緻な表現を競っている。細部の質感をきっちり把握すること、尖鋭な感覚で捉え直すこと、物や事の手触りから感知されるものは短歌表現の要だ。短歌とは事物との対話に他ならない。だが、もし今日の短歌に危うさを感じるとしたら、そうしたディテールの先に開けるべき他者や世界への問いがあらかじめ断念されているように感じるからだ。
 短歌にとって例えば「日常」が重要なテーマであるのは、日常身辺の一つ一つが見えぬ糸をもって非日常に繋がるからであり、日常身辺の物や出来事は、巨大な影としての「他者」への問いかけの供物としてそこに現れているからだ。「今」を生きる共通の感覚を求め合ううちに、言葉の向こうに見えていたはずの「他者」を失い、現代の言葉は浮遊する感覚の断片になろうとしている。創られたとたんに孤児となってゆく言葉。あるいは私達、そして日本全体が浮遊し始めている。

(「短歌の『他者』」28頁)


 特に八〇年代以降にやってきた文化のポスト・モダン的状況と、川野がここで言及する「他者や世界への問いがあらかじめ断念されている」ような世界とは、ここで見事に重なり合う。結果として、文学における表現言語も「浮遊する感覚の断片」でしかないようなひとつの時代が、そのとき実際に招来されたのだ。川野がここに描いているのは、あくまで短歌の分野における現実認識だが、私はこれとまったく同質の認識を現代詩の経験の中になんの違和感もなく見出すのだ。

■文体創出の根本動機

 現代詩(口語自由詩)の世界に、口語と文語の確執といったような問題は、これまで見かけたことがない。口語自由詩というのは、どのような文体を用いてもまったく自由な書き方で作られた詩作品を指し、仮にそこで文語が使われようが口語が使われようが、そうした文体選択じたいが作品の評価を根本的に左右するといったことにはならない。だが、短歌においては若干事情が異なるようだ。「考えてみれば、俵万智、加藤治郎、穂村弘らの口語が登場した八〇年代後半から九〇年代以降、現代短歌論とは口語論であったと言っても過言ではない。」(「1むしろ『語られぬ文語』の問題として」133~134頁)――川野はこのように述べる。そして「文語を選ぶ『特殊な動機』について議論するべきときが来ている」(同137頁)と言うのだ。

 短歌を語ることの背後には文語の「制度」のようなものが寄り添うイメージがある。それはごく漠然と文語を語ることを億劫にしてきた。文語を語ることは「伝統」という太い既成の歴史に恭順し結託すること、というふうに。文語はそれ自身、語られる必要がないほど泰然と短歌という様式の背後にある、漠然とそう信じられてきたのではなかったか。
 しかし、おそらく文語とはそのような「自然な」存在の仕方をしてきたのではない。むしろ文語こそそれぞれの時代の必要、あるいはそれぞれの作者の渇望から生み出し続けられた文体の堆積した地層だと考えた方がいい

(同135頁)


 私には、この部分はきわめて重要なことが述べられていると映る。文語はむかしから自然に存在していた表記法なのではなく、時代時代の要請によってその都度創出されるつねに新しい文体だというのである。正直なところ、川野のこの指摘は私の文語観を百八十度ひっくり返した。川野はさらに、文語と口語が重奏する短歌の「混合文体」についても言い及ぶ。

 今 、大半を占める「混合文体」のなかには、口語と文語の中間なのではなく、今日的な必要によって生み出された「新しい文語」がある可能性はないのか。常に口語の側から語られてきた現代短歌の問題を文語の側から語ることはできないか。戦後短歌は次第に口語化してゆく流れにあったのではなく、文語を拡大開拓してきた歴史として捉えることもできるのではないか
(同136頁)


 ここで一歩引いて考えれば、口語自由詩という場合の「口語」は、厳密には普段われわれが話しているような実際の口語(会話の言葉)と同一のものではない。むしろ「口語」は、文語体ではない、より話し言葉に近い文体との位置づけの下に、そう呼ばれているに過ぎないとも言える。この問題は、例えば『言語にとって美とはなにか』の中で、吉本隆明が「文学体」と「話体」として分類した文学作品の二系統の文体の問題として、短歌における文語と口語の区別も考えるほうがより生産的のようにも思えるのである。そこから果たして新しく見えてくるものがあるのだろうか。

 今日の短歌を巡る語りはいつの頃からか両輪の筈の片方を失って走り続けて来た。大きなテーマとなってきた東日本大震災は、短歌に今後の表現の可能性を深刻に問いとして突きつけている。その問いに向き合うとき、果たして震災は口語で詠えるのかどうか、ではなく、いかなる文語によって詠えるのか、が議論されても良い。口語を中心に語り続けられてきた現代短歌論では語りきれないものがある。
(同136頁)


 「果たして震災は口語で詠えるのか」――この問いは、私たち創作者にはとてつもなく深く、そしてまた重い。川野はここで文体選択の問題を、作歌の根本の原理に関わる究極の問いにまで高めているのだと言える。短歌表現における「口語」が、震災のように自分たちの生存の根拠を根こそぎ奪っていくような現実の圧倒的な暴力に対して、本当に自立的に向きあうことを可能にする文体なのか。言い換えれば、そうした極限の状況においても、「口語」が自らの生存の拠点たりうる文体であり続けることができるのか、をそこで川野は執念く自問していたのだ。
 現代詩の分野で、こうした「文語」創出の機運はじつに「ゼロ年代詩人」と呼ばれる者たちのあいだで特に顕著であった。彼等はその世代的特徴や表現思想の表明においてよりも、自分たちの詩作品における過激な文体創出において、まさにひとつのエポックを形成したのである。その姿は、まさに川野が言及する新しい「文語」の創造に重なりあう運動だと私に思わせるに十分なレベルに届いていた。
 「文語は不断に『今』と『過去』を対面させ、問いかけ、主題を調べに造り直す働きをしているのではないか」(同144頁)とも述べられるように、文体創出の根本動機は、短歌的趣向の統制の問題ではまったくなく、文学の根本的なあり方をめぐる徹底した思想的要請として現前していたのだ。

■表現の未来

 終わりなき日常としての戦後および戦後=以後を生き延びてきた短歌、そして現代詩にとって、「3・11」(東日本大震災)とそれに打ち続く福島第一原発の原子力災害は、文字通り青天の霹靂だった。本論の冒頭ちかくで引用した川野の、「もはや戦争のなかった世界には戻れない、という不可逆の世界への覚悟は、今、震災後に象徴される世界を生きる覚悟に繋がる」という真摯な問題意識も、そうした背景から否応なく呼び醒まされたものだった。だが、どうやって?私たちに、持ち駒といったら言葉しかないではないか。いや、違うのだ。言葉こそが、精神の武器であり、飛びかわす弾薬であり、そして復元のための建具であり、また普遍への扉をひらく鍵なのである。

 短歌にとって、そして広く表現するということにとって、結局そのような被災地の現実に言葉が及ばない、何が起こったのかを言い当てることができないという状態は、言葉のレベルでの「全電源喪失状態」だったのではないか。この絶句状態、現実と言葉の裂け目のあったことこそ何より貴重な言葉の体験だったのではないか。たぶんこの時感じられた沈黙ほどリアルな言葉は近年なかったと今、あらためて思う。
(「1言葉の『全電源喪失』の後を」167頁)


 この沈黙は、しかし、完全に逆説的な意味で、近年まれにみる豊饒さ溢れる沈黙だったはずだ。豊饒さ溢れる沈黙とは、やがてそこからまったく新しい言葉の種子が芽吹くための、残酷であるが逃げることもかなわない精神の惨劇を、その内部に過剰なまでに封印しているはずだからである。私たちの表現の未来が、まさにこのような殺伐とした無人の場所からしか始まらないとしても、私たちの意志は言葉の表現に賭けるのである。賭けることを止めてしまえば、言葉の表現がこれまで積み上げてきた価値のストック(名歌秀歌)すら、もはや守る手立てはなくなってしまうだろうから。

 「名歌」「秀歌」は、共有されてこそ名歌秀歌である。今、好みでしか歌の価値を語れず「私」の「名歌」「秀歌」でしかないとすれば、そうした共同体を思い描きにくいからだ。「優れた」作品を作ろうとし、残そうとするのは過去から未来へという「時間」軸を抱え込み、存続しようとする共同体なのだ。「時間」軸と共同体には密接な関係があり、過去から未来へという「時間」を共有し幻想する集団が共同体であると言ってもいい。そうだとすれば、そうした共同体は今、なくなっているか、あるいは大幅な再編成の時代にある。
(同171~172頁)


 「共同体」という言葉が、やけに最近は身に染みてならない。基盤となる文化的かつ歴史的な防塁としての「共同体」があってこそ、文学の自然資産たる「名歌」や「秀歌」も、次の世代へと生前贈与されていくことが可能になる。フクイチの原子力災害は、まさにこの「共同体」そのものの遺伝子レベルでの亡滅をもたらす破壊神の所業に他ならなかった。また、それ以上に、文化的かつ歴史的な防塁としての象徴天皇制が、いまや存続の危機に立たされている状況が一方に厳然とある。政治権力が「名歌」や「秀歌」の防塁であったためしはない。最も弱々しい力しか発揮できない言葉によって、そして言葉によってのみ、現在の窮状を突破しなくてはならないこと。現代詩においても現代短歌においても、それは私たち創作者にとっての不文律であると同時に、未来不変の矜持でもあるだろう。
 「『時間』を共有し幻想する集団が共同体である」との川野の言葉は、一層厳しさを増す今日的状況において、もはや永久に回復されないナショナリティの符牒であるかもしれず、その不安が完全には払拭されていない以上、どこか黙示録的な陰影をおびてしまっているように、私には響き続ける。
(了)

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