正林寺法華講員手引書

『折伏・家庭訪問・教化育成・法統相続・教学研鑚・邪義破折・支部組織の充実強化に活用』 法華講正林寺支部 正林編集部

神社に「悪鬼神」が住み着いています

2005-11-21 | 手引書③

 世間では、「神」の存在に対し様々な概念があります。「神」という言葉を知らない人は全くいないでしょう。しかし、「神」に対する存在については信じる信じないという意見があります。「神」を信じない人は無神論者として自分だけの智慧を頼りにし、その反面「神」を信じていても全て一つの「神」に定まって信じられているものではありません。過去の先人達が神格化した創造上の「神」が世の中に氾濫しています。この神格化した創造上の「神」は、あくまでも人間が創りあげたものであり、「神」本来の力を有しているか疑問が残ります。
 多くの人は、この神格化した創造上の人間が創りあげた「神」を崇め信じているのが現実ではないでしょうか。世の中に蔓延する「神」には、人間が創りあげたものと、仏様が説かれたものがあります。人間に随うか仏様に随うかで大きく異なり、「神」の働きにも自ずと違いが出てきます。「神」を信じる上で、この点を注意深く考えなければいけません。日蓮正宗に縁しなければ、思いも付かないことです。
 仏様が説かれた神は、先人達が考えた神とは根底から違います。それが三種の神「法性神・有覚神・邪横神」です。世間に蔓延る創造上の神しか知らない人は聞いたことがないと思います。これは人間が想像して創りあげた「神」ではありません。仏様が三世を達観されて説かれる「神」です。凡眼凡智では計れない「神」です。 
 三種の神「法性神(ほっしょうしん)・有覚神(うかくしん)・邪横神(じゃおうしん)」とは、台家の相伝に説かれ、御書を心肝に染めて拝する必要があります。『百五十箇条』に、
 「問テ云ク神に於て三種有り、其貌何と分たるや、答テ曰ク是は台家切紙相承の法門なり、凡神に三種有り一に法性神・恒遍法界の神なり此ハ有情非情ノ神なり、二に有覚神・我滅度後於末法中・現大明神・広度衆生垂迹和光の神なり、三ニ邪横神なり」
と説かれています。「法性神」とは、無辺の法界(宇宙)に存在する有情・非情の神。風神、火神、山神等の神を指します。「有覚神」は垂迹和光(すいしゃくわこう)の神をいいます。権現・大明神の本誓、仏・菩薩の本地を隠して現れます。「邪横神」は、実迷と名付け、垂迹和光の神が天上界に去った後、神社などの社に入る悪鬼魔神をいいます。日本に存在する全ての神社には、「邪横神」が聖者を装い住み着いています。
 「善神」となる「法性神」や「有覚神」は、御本尊様を信じ御題目を唱える人を諸天善神となり守護するのであります。「神」は、お金を貰って護るのではありません。「邪横神」が住み着いた神社運営における邪義邪説です。謗施を止めることが大事です。一体誰がお金を賽銭箱に入れれば神様が願いを叶えてくれると言い出したのでしょう。神社の神を信じている人は一度、神主さんにでも聞かれてみては如何でしょうか。おそらく文証の原点が不明確な文献に依って、邪義邪説を述べてくることでしょう。
 世間では神社に「善神」が住んでいると思われていますが、その「善神」は「法味」を貰えないので天界へ去ってしまい、かわりに邪横神といわれる悪鬼神が住み着いています。「善神」は御題目の南無妙法蓮華経を「法味」とし主食としていますので、お金を貰っても「法味」が貰えないので力が出ないのであり、そのため天界に去ってしまったのです。逆に邪横神である悪鬼神にお金を施すので国は滅びる方に向かってます。当然、悪鬼神が住み着いた神社で「法味」である御題目を唱えても御利益はありません。神道を信仰される方は、今一度考え直されることが必要でしょう。本当の「神」は日蓮正宗の寺院にしか居りません。今までの信仰を改宗し日蓮正宗を信心しましょう。