醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  422号  白井一道

2017-06-08 15:43:24 | 日記

 紀行文文学『おくのほそ道』の構造

句郎 『おくのほそ道』序章の最後の文、「面八句を庵の柱に懸置」とあるよね。どんな句が懸け置かれたのか、伝わっていない。ここで考えてみたいことは「面八句」の「面」という言葉なんだ。「面」とは何を意味しているのかと言うことなんだ。華女さんは何を意味していると思う。
華女 表玄関の柱に掛けたからなんじゃないの。
侘助 なるほどね。そうかもしれないけれども、この「面」という言葉から紀行文学を代表する『おくのほそ道』の構成というか、構造の秘密を解き明かすことができるらしい。
華女 『おくのほそ道』は純然たる紀行文じゃないのよね。『曾良旅日記』と比べると順序が逆になったりしているし、見ているであろうと思われることの記述がなかったりしているのよね。ノンフィクションではなく、フィクションなのよね。だから文学なのかもしれないわよね。
侘助 どうもそのようだ。『おくのほそ道』は俳諧なんだよね。
華女 俳諧と言われても、困っちゃうわ。俳諧とはなんなのかしら。
侘助 俳諧とは、三十六句からなる連句で一つの物語を数人で創造する営みを言うんでしょ。百韻形式の連句で一筋の物語を編むのが俳諧だよね。
華女 三十六句のものを歌仙というのよね。
侘助 そう、だから「草の戸も住替る代ぞひなの家」というのは、俳諧の発句なんだ。だから芭蕉は一人で俳諧を編んだ。芭蕉は俳諧の構造を基にして『おくのほそ道』を書いたのではないかと思うんだ。
華女 芭蕉が一人で編んだ俳諧が『おくのほそ道』だと言うの。
侘助 そう主張している俳人がいる。
華女 誰なの?
侘助 長谷川櫂氏なんだ。
華女 そうなんだ。
侘助 歌仙を編む場合は、二つに折った懐紙二枚に句を書いていく。一枚目の懐紙を初折、二枚目の懐紙を名残の表という。初折、名残の折ともに折り目を境に表と裏がある。次々に詠まれる句をまず初折の表に六句を書きつける。これを「表六句」と言うようなんだ。
華女 「面八句」なんじゃないの。
侘助 鋭いね。分かったんだ。俳諧は正しく言うと「俳諧の連歌」だからね。俳諧の連歌の最初の句を俳諧の発句と言っている。歌仙の場合、「発句」「脇」「第三」「四句目」「五句目」「折端」で六句だ。これを表六句と言うようだ。
華女 八句じゃないのね。
侘助 「表八句」の場合は百韻の俳諧の連歌の時のようだ。当時俳諧を編むと言う場合、百韻の場合が多かったようだから、芭蕉は百韻を予想して「表八句」にしたんじゃないのかな。
華女 『おくのほそ道』には「面八句」になっているわよ。「表八句」じゃないわよ。
句郎 そうだよね。柱の面に懸け置いたから「表八句」を「面八句」にしたんじゃないのかな。これは私の勝手な解釈だけどね。
華女 『おくのほそ道』は俳諧の構造を持った紀行文だということなのね。
句郎 そう。だから、確かに紀行文のようでもあるけれども本質は俳諧だからフィクションもある。