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難波宮跡から出土した飛鳥時代の木簡が数点あった。
まず上のある「戊申年」の文字が書かれた木簡は、難波長柄豊崎宮が
完成する前の大化4年(648)のものであることが有力だとか。
下左の「支多比」とは干し肉のこと、「伊加比」とは貝のイガイのこ
と、「秦人凡国評」の中の評とは大宝令以前の行政区分である郡のこと
である。つまりこの木簡は、地方の国から朝廷に献上された各産物の贄
(にえ)に当たる納品書と考えられる。
(大阪市中央区大手町4-1-32)
まず上のある「戊申年」の文字が書かれた木簡は、難波長柄豊崎宮が
完成する前の大化4年(648)のものであることが有力だとか。
下左の「支多比」とは干し肉のこと、「伊加比」とは貝のイガイのこ
と、「秦人凡国評」の中の評とは大宝令以前の行政区分である郡のこと
である。つまりこの木簡は、地方の国から朝廷に献上された各産物の贄
(にえ)に当たる納品書と考えられる。
(大阪市中央区大手町4-1-32)