oregonian way of life. 

オレゴンでの学生生活から南下して社会人生活へ。IT産業でホットなサンフランシスコ・ベイエリアで地味~に文系の仕事してます

広告は、精神と物質を分離する?

2005-12-28 | 広告
ある方が、うまいと思うCMの一つにマクドナルドを挙げていました。なぜマックのCMをうまいと思うのか、また、何を基準にしてうまいというのかは分かりませんが、CMの目的というのは言うまでもなく、販売促進。マックのCMを成功だと呼ぶには、それを目にするとマックに食べに行きたくなってしまうような作品にしなければなりません。言うまでもなく、ハンバーガーには牛肉を使用。少なくともアメリカでは、牛肉の生産には違法移民者を「3K」の仕事にこき使うほか、非常に怪しげな方法で牛肉を生産しているようですが、CMにはこのような裏の部分というのは、少しも出てきません。偶然?もちろん、そんな裏の部分は意識的に見せないようにしているのでしょう。

広告というと、人間を物質主義に走らせる張本人のような評価がよくされますが、むしろ逆だと主張する学者もいます。広告というのは、「人間を物質世界から分離する、という役割をしている」と言うのです。言い換えると、17世紀のフランス人哲学者デカルトの二元論(精神と物質)的世界観を増幅している、ということです。マックのCMを見ていて、自分の食欲を刺激される人がいたとしても、そのハンバーガーが、つまり「物質」が、どこからどうやって作られてきたのか、という思いに駆られる人はいないでしょう。せいぜい、衛生的な工場でマックのハンバーガーは作られる、ぐらいは考えても、大元までたどって考える人はまれ。牛肉から作られるハンバーグ。当然、生きている間は糞をし、切り付けると血を流す牛の肉からできています。しかし、そんな牛からできたハンバーグなどと聞くと、人間は食欲をなくす。そんな汚い物質の世界には蓋をして、人間の食欲を促進するようなCMを作る必要があります。最近マックがどのようなコマーシャルを日本で流しているのか知りませんが、「スマイル0円」などというのが以前ありました。そのキャッチ・フレーズが、ハンバーガーを始めとするマック製品(物質)自体に、一体何の関係があるのでしょうか?マックのCMを「成功」させるためには、「マックの製品はどうやって作られているのだろう」などと、消費者に「余計なことは考えさせない」ようにしなければなりません。消費者はそんなことは考えず、日本経済の発展に寄与すべく、CMを見てマックのハンバーガーへの欲望を駆り立てて近くのマックまで走りさえすればいいのです。

広告が蔓延る現代消費社会では、精神は物質から分離されている―。わたしは日本に里帰りするたび、親が管理しているアパートに掃除の手伝いに行くのですが、そこのごみ置き場を見て驚くことがあります。「なぜ、これをごみに!?」というのまで捨ててあるのです。わたしが現在所有している服には、このゴミ捨て場から拾ってきたものがかなりあります(写真)。なぜ人間は、意図も簡単に物を捨てられるのか?「現代消費社会では、精神は物質から分離しているので、人間がモノに魂を見い出すことはない」という主張は理解できます。精神と物質が合体したアニミズム的な世界観ではなく、デカルトの二元論的な世界観の元に、この消費社会は成り立っているようです。


(ゴミ捨て場から拾ってきた服の、ごく一部。右はラルフ・ローレン、左はコンバース。両方とも、100%問題がありません。このような服を平気で捨てられるのは、なぜ?まあ、わたしがただで引き取るからいいのですが・・・。)

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