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名古屋おもてなし武将隊とLIVEとお城と

益城町と熊本城

2017年04月16日 17時05分35秒 | 日記

先月3/3、熊本城復興応援ツアー第二弾にて熊本へと行ってきました。
鼻ぐり井手や熊本城を周るコースになっておりましたが、その行程には益城町も含まれています。
今回はバス中から見るのみでしたが、それでもいろいろ考えさせられるものがありました。

益城町。一見したところそこまで被害が大きくはみえません。
それはなぜか。更地になっていたからです。
同乗していた佐野俊輔さん(2016年8月に第一弾復興ツアーにて益城町を周っている)がおっしゃるに、今は更地になっているところが、8月の時点では崩れた家々だったと。
そこが更地になっているということは、復興が進んでいる証拠だと。

たしかに、とくに大通りに面しているところはだいぶ更地になっていました。
ですがまだこのような家々もあって、当たり前だけど一朝一夕にはいかないものだと思います。



でもこの場所を見たとき、なぜだかすごく誇らしく、そして人間の強さをも感じたのです。


私が見たのはごくごく一部、しかも車内からですから一瞬です。
それでも多々思うことがあって。やはり実際に見ることは大事ですね。
忘れてはいけない、忘れてもいけない、でもある意味忘れることも必要なのだとも思います。

ツアーの最後は熊本城へ。
何度も来ては、何度も感動した場所。
その熊本城があちこち崩れている姿を見るのは、本当にせつなくて悲しい。






でも昨年8月と比べてみると、やはり復興が進んでいることがわかります。
崩れた石が手つかずのままだった箇所が、取り除かれて綺麗になっていたりして。
もちろんまだまだ崩れた状態の場所がほとんどです。
こういったことをこの目で見て、撮り、感じたことを伝え続けていけたら・・・。






(この方はこの時、何を思い、何を感じたのだろう)

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祝☆四年目突入!

2017年04月13日 00時03分29秒 | 名古屋おもてなし武将隊

2014年4月13日。
伝説の足軽が旅だった後にやってきたのは、笑顔の素敵な女性足軽でした。
短い期間に演武や舞、そして太鼓を覚え。
手には豆がむけた跡。たくさんの絆創膏。
休みの日でもお城に来て太鼓の練習をしていたっけ。

仲間は全員男性で。
「殺陣の相手ができないんです」とちょっと悲しそうに、申し訳なさそうに話してくれましたね。
私たちにはみせない苦しさは絶対あるはず。
それでも笑顔いっぱい、時として凛とした姿を見せてくれる なっちゃん。

三周年おめでとうございます。
四年目もいてくれてありがとう。





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祝☆二周年

2017年04月04日 23時58分43秒 | 名古屋おもてなし武将隊

秀吉様、利家様、慶次様、一之助さん。
今日は皆様が武将隊に戻ってきてくれてから二年目の記念日ですね。
現世はいかがですか?
楽しく過ごせていますか?
むろん厳しい時もあるでしょうし、投げ出したくなる日もあるでしょう。
それでも現世に留まり続けてくださっているんですよね。

最初の頃からだいぶ顔つきが変わられた皆様方を見ていることがとても楽しい。
何度も受けているツアーなのに、いつも違う話が必ず盛り込まれてくる、その知識を蓄えていることに驚き、感心します。
陣笠隊として殺陣の相手や武将様のお世話をする姿に、不思議な安心感を覚えています。

現世にいてくれてありがとう。
三年目も楽しい日々であらんことを。





章右衛門さんもねっ

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まとめておこうか3月分

2017年04月02日 22時53分31秒 | ご当地武将隊

ワンクッションはさみたいので3月分の武活記録をば。

2017/3/3 熊本城復興応援ツアー第二弾参戦


2017/3/4 戦国パーク-武士の魂モノノフノチカラ-


2017/3/5 戦国パーク-武士の魂モノノフノチカラ-


2017/3/11 名古屋城(三英傑一章)&舞台絆2017


2017/3/12 名古屋城(三英槍踊な)&舞台絆2017


2017/3/17 慶次様・なつさん平日。念願の慶次様平日!


2017/3/18 名古屋城(秀清慶踊章) 動き回る主君を押さえる清正様(笑)


2017/3/19 名古屋城(信家利な一)&旅まつり


2017/3/20 名古屋城(三英槍踊な)


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【名古屋おもてなし武将隊】章右衛門さんお別れ会~2017/3/26

2017年03月29日 02時00分07秒 | 名古屋おもてなし武将隊

2017年3月26日、名古屋城。天気=雨。
『雨男』と言われていた章右衛門さん、出立日もやはり雨だった。
せめて曇り、せめて小雨と願いながらてるてる坊主を作る。
お願いします、土砂降りにだけはならないで下さい、と祈りながら。
彼がずっと演りたがっていた演目をやれるくらいの天候であってくれと願い続ける。

明るいのに雨が降ったり、どんよりしているのに降らなかったり、降ったり止んだりと定まらぬ空。
中止か決行か、判断すべきギリギリの時間になっても何も通知がない。
でも誰しもが決行を信じて疑わない。
彼を笑顔で送り出したいから。

小雨降る中、彼らは二之丸広場に現れた。
雨天時恒例の夏衣装で。
なんというか、これでこそ出立式だという気もする。


いつもどおり背中を向けて武将が立つ。
その前で深く呼吸をする章右衛門さん。
最後の演武を噛みしめるかの如く・・・





2016年11月5日。

七周年祭の翌々日の事。
利家様が章右衛門さんに「(寸劇は)なにがやりたいか」と尋ねた。
章右衛門さんはこう答えた。

清正様人参がやりたいです



だが以降一向にやる気配がない。
そして出立のお知らせ。
この時点で私は最後の演目は清正人参だと確信した。
絶対にやる。間違いなくやる。
だから雨天中止にだけはなってほしくなかった。
章右衛門さんがやりたいと願っていた演目をやらずに送り出したくはない。

名古屋おもてなし武将隊演武! 清正人参!

秀吉様の張りのある声が響いた。
観客から湧き上がる期待の声。
やはりみんな待っていたのだ。
章右衛門さんがやりたいと言っていた演目を。
古きからいる家臣にとって、特に加藤軍にとっては懐かしき演目。
また観れることがとても嬉しい。

章右衛門さんが清正人参(セロリ)を持って歩み出た。
踊舞さんがそのセロリを奪う。
清正様が出てきて「食べてみろ」と言い。
当時の日本人には慣れないその味。
ガブリ、ガブリと食べるものの、喉の奥になかなか入っていかない。
その姿、表情がおもしろくて観客は笑う。
そうそう、そういう演目なのだ。


演目の中で、清正様が夢を問うシーンがある。
誠の武士になりたかった章右衛門さん。
今の夢は「うまい野菜を作り、皆を笑顔にしたい」だと言った。
その言葉を聞いたとき、章右衛門さんは武将隊とは別の形で「皆を笑顔にしたい」と考えたのではないかと思った
だから出立という道を選んだ・・・そう感じた。



目に涙を浮かべながらも必死に太鼓を叩く姿。


パパイヤダンス=名城の舞、魂の六小節に想いを込める姿。


自ら出立式を「お別れ会」と言う章右衛門さん。
それを聞いて思わず笑ってしまう武将たち。
言い間違えが多いと常々言われていて、それがまた愛されるところだったりする。

涙すれども笑顔が絶えない『お別れ会』だった。
章右衛門さんらしい姿を見ながらお別れできた気がする。



章右衛門さん、旅先でたまには武将隊を思い出してね。
武将様がいて、陣笠隊がいて、そして家臣がいたことを。
苦しくなったり辛くなったりしたら空を見て。
信長様が言うように「空は続いておる」から。

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