付き合いはじめてしばらく経った頃のお話。
拍手におけるくらい短くて軽い文章にするつもりだったのに、短くも軽くもならなかったという不思議。
*Side:Y*
電話をかけるために電話帳を立ち上げ、お目当ての人の名を見つけたところで思わず指がとまる。
『原川さん』
出会った頃はニックネームで登録していたけれど、いつの頃だったか、たいして親しくもないクラスの子に見られて興味本位に私たちの仲を勘ぐられて。
その頃はまだ片思いだったから、そうやってからかわれることがとても辛くて、散々悩んで電話帳の名前を書き換えた。
(もう、いいよね…?)
私は貴方の『彼女』だもの。
こんな他人行儀な名前を登録しなくても。
修正画面を呼び出して連絡先の交換をした時のように『ハラケン』と打ち込み、しばし考えて打ち込んだ文字を全部消して改めて文字を打ち込む。
『研一さん』
たった四文字だけど、私にとって特別な文字の並びに自然と頬が緩む。
えい、と思い切って登録ボタンを押し、無事に登録が完了したことを告げるメッセージが表示された瞬間、電話がかかって来たことを告げる音が鳴り響く。
「はいっ、小此木です。」
「優子さん?」
反射的に通話ボタンを押すと、聞こえてきたのは今まさに思いを馳せていた人の声。ディスプレイに目をやれば、表示されているのは登録しなおしたばかりのあなたの名前。
「どうかしたの?」
焦って声が上擦ってしまったのを聞き逃さなかった研一さんが心配そうに問いかけてきたから、私はあわててなんでもないの、と取り繕う。
「あのね、私も研一さんに電話しようとしていたところだったの。研一さんの方からかかってきたから、びっくりしちゃった。」
「そっか。そういう偶然って本当にあるんだね。ところでさ、明日の件なんだけど…。」
驚いた理由はほかにもあるけれどそれは私だけの秘密。
改めて彼女になった実感を噛みしめてました、なんて恥ずかしくて言えないもの。
*Side:K*
電話をかけようと電話帳を立ち上げ、表示された名前にふと違和感を覚えた。
『小此木さん』
転校してきたばかりの彼女を紹介されてしばらくは彼女のニックネームしか知らなくて当然登録もその名で登録していたけれど、確か中学生になってしばらく経った頃のことだったと思う。ある男子の電話帳に女子の名前を目敏く見つけた奴が騒ぎ立てたことがあった。
昔なじみを昔から呼んでいたとおりに登録していただけで妙な勘ぐりを受けるなんて、中学生ってなんて面倒なんだろう。
そういう面倒に巻き込まれたくなかったから、男女問わず、ニックネームで登録していた友人の名前を姓に修正して現在に至る。
(なんか、味気ない。)
彼女は僕の『彼女』だ。
こんなよそよそしい名前で登録したままなんて。
修正画面を呼び出して紹介されたばかりのように『ヤサコ』と打ち込み、拭えない違和感に打ち込んだ文字を一度消去し、改めて文字を打ち込む。
『優子さん』
その文字の並びに満足して登録ボタンを押す。無事に登録が完了したことを告げるメッセージの後に改めて表示された名前を見ると、無性に彼女の声が聞きたくなった。
そういえば、彼女に電話をかけようとしていたところだった。
「はいっ、小此木です。」
「優子さん?」
そのまま通話ボタンを押せば、呼び出し音が鳴る間もなく彼女の声が響く。驚いたけれど、常とは少し異なる彼女の声音が気になった。
「どうかしたの?」
いぶかしみながら問いかければ、なんでもないの、と彼女は慌てる。
「あのね、私も研一さんに電話しようとしていたところだったの。研一さんの方からかかってきたから、びっくりしちゃった。」
「そっか。そういう偶然って本当にあるんだね。ところでさ、明日の件なんだけど…。」
素晴らしい偶然に感謝しつつ僕は会話を堪能する。
改めて彼女が『彼女』になってくれた実感をかみしめながら。
拍手におけるくらい短くて軽い文章にするつもりだったのに、短くも軽くもならなかったという不思議。
*Side:Y*
電話をかけるために電話帳を立ち上げ、お目当ての人の名を見つけたところで思わず指がとまる。
『原川さん』
出会った頃はニックネームで登録していたけれど、いつの頃だったか、たいして親しくもないクラスの子に見られて興味本位に私たちの仲を勘ぐられて。
その頃はまだ片思いだったから、そうやってからかわれることがとても辛くて、散々悩んで電話帳の名前を書き換えた。
(もう、いいよね…?)
私は貴方の『彼女』だもの。
こんな他人行儀な名前を登録しなくても。
修正画面を呼び出して連絡先の交換をした時のように『ハラケン』と打ち込み、しばし考えて打ち込んだ文字を全部消して改めて文字を打ち込む。
『研一さん』
たった四文字だけど、私にとって特別な文字の並びに自然と頬が緩む。
えい、と思い切って登録ボタンを押し、無事に登録が完了したことを告げるメッセージが表示された瞬間、電話がかかって来たことを告げる音が鳴り響く。
「はいっ、小此木です。」
「優子さん?」
反射的に通話ボタンを押すと、聞こえてきたのは今まさに思いを馳せていた人の声。ディスプレイに目をやれば、表示されているのは登録しなおしたばかりのあなたの名前。
「どうかしたの?」
焦って声が上擦ってしまったのを聞き逃さなかった研一さんが心配そうに問いかけてきたから、私はあわててなんでもないの、と取り繕う。
「あのね、私も研一さんに電話しようとしていたところだったの。研一さんの方からかかってきたから、びっくりしちゃった。」
「そっか。そういう偶然って本当にあるんだね。ところでさ、明日の件なんだけど…。」
驚いた理由はほかにもあるけれどそれは私だけの秘密。
改めて彼女になった実感を噛みしめてました、なんて恥ずかしくて言えないもの。
*Side:K*
電話をかけようと電話帳を立ち上げ、表示された名前にふと違和感を覚えた。
『小此木さん』
転校してきたばかりの彼女を紹介されてしばらくは彼女のニックネームしか知らなくて当然登録もその名で登録していたけれど、確か中学生になってしばらく経った頃のことだったと思う。ある男子の電話帳に女子の名前を目敏く見つけた奴が騒ぎ立てたことがあった。
昔なじみを昔から呼んでいたとおりに登録していただけで妙な勘ぐりを受けるなんて、中学生ってなんて面倒なんだろう。
そういう面倒に巻き込まれたくなかったから、男女問わず、ニックネームで登録していた友人の名前を姓に修正して現在に至る。
(なんか、味気ない。)
彼女は僕の『彼女』だ。
こんなよそよそしい名前で登録したままなんて。
修正画面を呼び出して紹介されたばかりのように『ヤサコ』と打ち込み、拭えない違和感に打ち込んだ文字を一度消去し、改めて文字を打ち込む。
『優子さん』
その文字の並びに満足して登録ボタンを押す。無事に登録が完了したことを告げるメッセージの後に改めて表示された名前を見ると、無性に彼女の声が聞きたくなった。
そういえば、彼女に電話をかけようとしていたところだった。
「はいっ、小此木です。」
「優子さん?」
そのまま通話ボタンを押せば、呼び出し音が鳴る間もなく彼女の声が響く。驚いたけれど、常とは少し異なる彼女の声音が気になった。
「どうかしたの?」
いぶかしみながら問いかければ、なんでもないの、と彼女は慌てる。
「あのね、私も研一さんに電話しようとしていたところだったの。研一さんの方からかかってきたから、びっくりしちゃった。」
「そっか。そういう偶然って本当にあるんだね。ところでさ、明日の件なんだけど…。」
素晴らしい偶然に感謝しつつ僕は会話を堪能する。
改めて彼女が『彼女』になってくれた実感をかみしめながら。