うまさいと

お馬さんは好きですか?

世界レコードの裏側。

2006-05-25 22:19:19 | 競馬
[はじめに]

まず前提としまして、このエントリはフサイチネットでの企画に一枚噛んだことで中の方からの貴重なタレコミを得ることができたものでありますが、当時は忙しかったこともあり結局アップしないままにお蔵入りになっていたものを焼き直したものです。「海外競馬をあまり知らない、今のところ海外競馬に興味が無いという方のためにもなるべくわかりやすく書く」という趣旨(というのは私の中でだけらしく、実際はちっともそんな趣旨になってはいない模様です)なので、多少読みにくかったり説明がくどかったりする部分もありますが、じっくりと読んでいただければ幸いです。

先日セレクトセールの上場馬が発表され、同時に国内のセリが活気を帯びているような気がしたので、あえてこのタイミングで書いてみようと思った次第です。私はセリ事情には全く疎いのですが、ここを見る方の中には大変詳しい方もたくさんいらっしゃるでしょうし、貴重なご意見をいただけたらと考えております。

[US$16,000,000ホース誕生]

Highest-Price Ever Helps Fasig-Tipton Set Juvenile Sale Records(bloodhorse)

3月に行われたFasig-Tipton Florida Select Sale(アメリカの中でもかなり大きなセリの一つ)におきまして、世界レコードとなるUS$16,000,000でForestry×Magical Masquerade(Unbridled)が競り落とされました。一発目の調教時計で1fを9.8秒という破格の時計で走り注目されてはいましたが、まさかここまで・・・と思った方は多いと考えます。Forestryは父がStorm Cat、半妹にJuvenile Fillies(USA-G1 D8.5f)を勝ったCash Runがおり、自身はKing's Bishop S.(USA-G1 D7f:キングズビショップS)の勝ち馬です。母の半姉に米重賞2勝のMagicalmysterycatがおり、その兄弟には日本で走ったツムジカゼ、レキシントンガール、エイシンコンラッドなどがいます。この価格は、調教時計と祖母である米重賞4勝のNannerlに起因していると考えるしかないでしょうか。落札したのはDemi O'Byrne氏で、彼はCoolmoreの代理人です。競った相手のJohn Ferguson氏はというとこちらはドバイのMohammed殿下なので、悔しい思いをしたことでしょう。

余談ですが、Coolmore(Sadler's Wells, Giant's Causeway, Fusaichi Pegasusなどの種牡馬を所有)と現在かなり険悪になっているMohammed殿下率いるGodolphinですが、昨年のKeeneland September Yearling Saleでは歴代4位となるUS$9,700,000でStorm Cat×Tranquility Lake(Rahy)を競り落としています。今回紹介したのはYearingもしくはJuvinile(1, 2歳)のセリですが、国際的なセールにおいて値段が高騰する場合、そこには必ずCoolmore陣営の代理人であるDemi O'Byrne氏とGodolphin陣営の代理人であるJohn Ferguson氏の姿があるといっても過言ではありません。これは現在の険悪な仲(L Dettori騎手がCoolmore関連のお馬さんには乗らない、Mohammed殿下がCoolmoreの種牡馬の仔を買わなくなった、などなど)によるところも大きいと言えます。

日本ならば関口氏も値段高騰の原因の一人と言えるでしょうが、競馬がお仕事ではないわけで、全ての大きなセリにいるわけではありません。従って差し詰め第二勢力といったところでしょうが、一発の破壊力はどの陣営にも負けないという特徴があります。加えてアメリカのセールにおいては「ピンフッカー」の存在を無視することは絶対にできませんが、ここでは控えておきます。一言で言うと「安く買って高く売る転売屋」といった存在です。

[過去の高額取引馬について]

さて、本題に戻ります。過去の1,2歳のセリで買われたお馬さんの上位を抜き出してみましょう。

年度後のお名前(多分)父×母セリの名前価格
2006The Green MonkeyForestry×Magical MasqueradeFasig-Tipton$16,000,000
1985Seattle DancerNijinsky II ×My CharmerKee. July$13,100,000
1983Snaafi DancerNorthern Dancer×My BupersKee. July$10,200,000
2005After MarketStorm Cat×Tranquility LakeKee. Sept.$9,700,000
1984Imperial FalconNorthern Dancer×BalladeKee. July$8,250,000
2004Mr. SekiguchiStorm Cat×Welcome SurpriseKee. Sept.$8,000,000
1984JareerNorthern Dancer×Fabuleux JaneKee. July$7,100,000
1985Laa EtaabNijinsky II ×Crimson SaintKee. July$7,000,000
2000Tasmanian TigerStorm Cat×Hum AlongKee. Sept.$6,800,000
1984AmjaadSeattle Slew×DesireeKee. July$6,500,000
2001Van NistelrooyStorm Cat×HaloryKee. Sept.$6,400,000
2005ObjectivityStorm Cat×Secret StatusKee. Sept.$6,300,000


2位はかの大種牡馬Northern Dancerの余勢の種付け料が公示価格でUS$1,000,000をつけていた頃、その仔で最後の英国三冠馬であるNijinskyの産駒である後のSeatlle Dancer(シアトルダンサー)が85年にUS$13,100,000という超破格値で取引されました。日本に種牡馬として導入されたので、お馴染みのお馬さんではないでしょうか。半兄に米国三冠馬Seattle Slew、2000 Guineas S.(GB-G1 T8f:英2000ギニー)勝ち馬のLomondを持つ超のつく良血馬でした。高額馬だとはいえ、勿論外れを引くこともままありますが、高値になった背景には「兄弟にG1馬」とか「母親がG1馬」とか「なるほどな」と思わせるだけの理由があるのも確かです。

[浮かんでくる疑念]

しかし、ここで少しだけ疑問が湧いてきます。

今回のThe Green Monkey(US$16,000,000ホースの名前はバルバドスにあるSandy Lane Hotelのゴルフ場からとられた)に関して、上では「この価格は、調教時計と祖母である米重賞4勝のNannerlに起因していると考えるしかないでしょうか」と含みを持たせたのは、敢えて言うほど素晴らしい血統というわけでもありませんし、調教時計も1F10秒を切るお馬さんというのは少ないながらも以前にもいたと思います。

[血統について]

まず、競りにおいては多くの場合「血統が値段を決める」ということが言えますし、アメリカは日本よりも生産の段階においてもその傾向がかなり強く「A級の種牡馬にはA級の繁殖牝馬を、B級にはB級の、そしてC級にはC級を」といった考えが浸透していると考えられます。かのサンデーサイレンスは米国における89年の年度代表馬でありますが、愛国心が強いお国柄であるアメリカの生産者からどうしてそんな年度代表馬クラスのお馬さんを輸入することができたのかという疑問を例にとって考えたいと思います。

サンデーサイレンスは父親はHaloであり、一般的にもさほど悪くはないと思われます。母親であるWishing WellはGamely H.(USA-G2 T9f)の勝ち馬ではありますが、それを「ポッと出」だと考えて除くと何代遡っても活躍馬が出てこないことから、牝系に関して言えばB~C級の評価と言わざるを得ないかと思われます。一方、サンデーサイレンスのライバルであったEasy Goerは、父が三冠でAffirmedと死闘を繰り広げたAlyder、母がG1を2勝したRelaxingで、祖母のMarking TimeもAcorn S.を勝つなどニューヨーク牝馬三冠で活躍したお馬さんです。ついでに言うとEasy Goerの全姉も半妹もG1馬という極めつけの良血馬でした。米国ジョッキークラブの会長であったOgden Phipps氏(G1レース名にもなった位の人物)が生産者兼馬主であり、C McGaughey師に手掛けられたという点なども非の打ち所がありません。例えばこの二頭が同時期に引退するとなると、ただでさえ「良い繁殖牝馬への種付け機会」が減ります。米国競馬ファンに絶大な人気を誇ったEasy Goerと比べられると、年度代表馬に輝きながらも「敵役」としての役割がサンデーサイレンスにはまとわりついてしまっていました。ちょうどハイセイコーに対するタケホープのような感じでしょうか。うまくいってB級、下手すればC級の扱いをうけるような、サンデーサイレンスの血統面の貧弱さは、Easy Goerと比較した場合により顕著になり、米国生産者の食指が積極的にサンデーサイレンスに動こうはずがありません。シンジケートも満杯にならずに、吉田善哉氏の手腕により日本導入に至ったことは頷けるところではないでしょうか。これを日本に置き換えてみると、ちょうど現在の日本における非サンデーサイレンス系の種牡馬がそういった状況に置かれるでしょうから、海外からのバイヤーというのは非サンデーサイレンスを狙うのがいいのかもしれない、と考えればわかりやすいでしょう。スペシャルウィークは買えないでしょうが、セイウンスカイなら買えるかもしれないと思うのは当たり前ではないでしょうか(実際は買えないだろうけど)。

アメリカは非常に競馬場自体も多いことから、重賞など一つもない競馬場はざらにあります。そして日本には現在まだありませんが(道営が試みたことがあったっけ)、Claming Raceというものが非常に充実しており、米国のレースの大部分はこの「売却するためのレース(色々な格があり、条件も違い、売却しないことも多い)」により、ある面では非常に効率的に運営されています(うまくいってないこともいっぱいあるけど)。つまりC級種牡馬×C級繁殖牝馬の産駒もいわゆる受け皿があると言えます。日本と比較しても「安いお馬さんは安く」逆に「高いお馬さんは幾らでも高く」ということが実際に起こり得る下地が整っているとは言えます。しかし、日本よりもきちんとした目(相馬眼ではなく、セリの値段などに対しての見極め)を持っている人が多いでしょうし、マーケットが強いか弱いかという差はある程度あるかもしれませんが、セリなどの取引が盛んな米国ではどういった値段帯においてもそれなりに「適正価格」というのがしっかりしていると思います。とすると余計にこの価格は納得がいきません(納得していないのは私だけだったらどうしよう)。

「血統が値段を決める」と書きましたが、今回のThe Green Monkeyの血統を見てもA級×A級だとはお世辞にも言えないと考えられます。Forestryの産駒にはCarter H.(USA-G1 D7f)勝ちのForest Dangerや、セリの後にUAE Derby(UAE-G2 D1800m:UAEダービー)を圧勝したDiscreet Catがおり、勢いはあったもののまさかNorthern Dancer級の種牡馬だとは考えにくく、この値段ではいかにも「先物買いに勝負を賭けた」という印象を受けます。結局私が言いたいのは「冷静に考えれば値段に釣り合わない過剰な投資にしか見えない」ということです。もしくは「他の理由でこの値段になったか」ですが・・・。

[US$16,000,000ホース誕生のカラクリ]

さて、この疑念を払拭できるようなタレコミをいただいた時の書き込みを振り返ってみたいと思います。

事務員A (2006/03/02 2:20 AM)
(↑フサイチネットの中の人)

素晴らしい知識、分析、文章力。「世界の合田」さんもうかうかしてられませんね。

16ミリオンのニュースは、アメリカの軍団スタッフからも届いております。今回の落札には信じられないオチがあったとのこと…

「なんと、16ミリオン!!!!!
#153フォレストリーの牡馬、母父はアンブライドルド。
1本目の追いきりで9.4秒(ここは9.8秒の間違い)をマークし、一気に注目され、馬自体もまとまったいい馬です。
もちろん、クールモアとファーガソン(モハメド殿下)の一騎打ち。
結局クールモアが落としましたが、おちがあります。
クールモアはすでに下で5Mで同馬を購入していました。昨年のキーンランドの復讐(クールモア種牡馬産駒のボイコット)も兼ね、ファーガソンが競ってきたらどんどん競り上げる戦法で、ファーガソンが降りていなければ差額はクールモアとコンサイナーで分配となったわけです。
会長が参入していなくて本当に良かったです。」

投稿でもピンフッカー(コンサイナー)の存在を指摘されてますが、これだから海外のセリは怖いです。
しかし「カモられるかも」と分かっていても果敢に行っちゃう我らが“ミスセキ”は最強かもしれませんね(笑)。
また興味深いお話、よろしくです。


この情報が本当かどうかというのは皆さんそれぞれの判断にお任せするところではありますが、ひとまずこれがガセネタではないという方向で考えてみようと思います。あと、この方は誰でも必要以上にほめるみたいです。私ごときが世界の合田に適うわけがない。さて、情報を加味した場合に考えられるシナリオとしては・・・

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上場前にCoolmore側が先にUS$5,000,000で手を付けていて、その上でセリに臨む

・Coolmore(Demi O'Byrne氏)が競り落とした場合
→先にUS$5,000,000を払っているので、後はボーナス程度の「演出料」を払う?

・Godolphinが(John Ferguson氏)競り落とした場合
→売却価格からUS$5,000,000を引いたものをピンフッカー側とCoolmore側が折半する

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といったところでしょうか。情報が正確ならば、八割がたは推測が合っているということになると思います。

前者であればCoolmoreはUS$5,000,000であのお馬さんを手に入れられるわけですし「Godolphinを競り負かした」ということで相手の面子を潰せるわけでしょう。後者であればお馬さんは手に入らないものの、余剰額が手元に残りますし、元々US$5,000,000以上の価値は無いと踏んでいたのでしょう。つまり「Coolmore側はやる気さえあればいつまででも競り上げ続けられた」ということの様です。これではオイルマネーが背後にあるMohammed殿下もどうしようもないなぁという結論になるでしょう。 これってまずいんじゃないの?って思うわけですが、こういうのって大人の世界だから普通にあるのでしょう。私が最近好んで読むDick Francis著の競馬推理シリーズの中の「Knock Down-転倒-」の中にもこういった裏での取引(この場合は代理人と生産者側との取引が書かれていましたが)というのが如実に書かれています。作家とはいえ、もともとは単なる一障害騎手(凄い名手だけど)がここまであからさまに書けるということは、こういった「裏取引」というのはどこの世界でも広く浸透していると考えることができるわけです。こういった取引については「汚いなぁ」と思うよりはむしろ「CoolmoreとGodolphinの確執の深さ」をの一端を垣間見た気がします。

[最後に]

さて、最初に書きましたが上場馬が発表されたセレクトセールが夏に行われますね。昨年でしたか、白井師がセレクトセールを無視したことを覚えていらっしゃるでしょうか。私は詳しいことはわかりませんが、その時のボイコットの理由が「正当なセリではない」といった趣旨の発言だったかと思います。大きなセリの裏側にはやはりそういった「一般人には見えない部分」があるかもしれませんし、そこでどういった取引がなされているかは想像の域を出ません。公明正大な、というとばかばかしく聞こえるかもしれませんが、我々にもわかりやすいセリであって欲しいなと切に願う次第です。でないと、将来お金を持った人が馬主になりにくいのではないかと。色々知っていらっしゃる方は、コメントを残していただけるとありがたいです。

ということで、最後はどうでもいいような結論になってしまいましたが、最後まで読んでいただいてありがとうございました。

2 コメント

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Unknown (BIRD)
2006-06-02 01:25:44
「セリはメンツのつぶし合い」という言葉を、実際にセリに頻繁に参加している日本人から聞いたことがあります。ライバルに金を使わせるのも戦略のひとつです。ただ、ピンフッカーやコンサイナーがいかがわしいのではなく、売り手と買い手が結託すれば何でもできるということでしょう。John Ferguson BSは一時期セレクトセールでも買っていましたが、SS最後の産駒が出た03年には来ませんでした。これはセレクトで取り引きされた馬が後に購買者個人の名義ではなく、販売者との共有になり、実際のセリの金額より低く取り引きされたと考えられたためだといわれています。事実、02年のセレクトで取り引きされたハイアーゲームなど何頭かにはマル市がついていません。



こうした行為はセリの衰退を招くだけでしょうね。
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Unknown (ろぜ)
2006-06-05 16:17:36
事情に詳しい方のコメントを待っておりました。ありがとうございます。



John Fergusonが来ないというのはちょっと寂しいことですよね。やはり「日本最大規模」というならば、世界的に有名なバイヤー(代理人でもいいですけど)が集まってこないと・・・。そういった裏の事情があるのはどこの世界も同じでしょうけど、セリが形骸化してしまうのは困りものですね・・・。
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