例えばこういった状況はどうだろうか?
囲碁を打っていて終局も間近、時間制で残り時間も少ない、としようか。更にどうやら半目勝負の様相を呈している、と仮定する。
こんな時、相手が「終わりですか」と、呟くような、問い掛けるような声を出されることがあるが、これが困るのである。
確かに打つべき所はすべて打ちきって、半コウもない。後はダメを詰めるのみのように見える。手番は相手側だ。秒読み(時計だが)はかなり煮詰まっている。TVのプロの対局なんかだと黙ってダメを詰めていくからいいのだが、我々アマチュアの場合はそうはいかない。実は、手があるのだ。ただしダメが全部詰まった場合にであるが。
重ねて「終わりですね」と、今度は相手も顔を上げてこちらの顔を覗き込んで問われた場合、こちらも窮地に立つことになる。
「はい」と答えれば、時計を止めて(ということは時間切れの心配もなくなって)、手のあるところに手入れすることもなく、ダメを詰めてしまい、地の計算が始まり、こちらは無念の半目負けになってしまう。それはいやなので黙っているのだが、こんな場合いったいどうすればいいのだろうか?
「はあ」とかなんとか曖昧に答えてダメ詰めが始まるのが通常だが、問題の局面のダメが詰まりきった時、どう対応すればいいのだろうか?
考えられるケースは3通りある。
その1/3:
黙って手を成立させてしまう。
だってそれを見抜けなかった相手がまぬけだったから。
しかし、相手も「あなたも終局に同意したんだから、ダメ以外の手を打ってくるのは卑怯だ」なんていいがかりをつけられて紛糾してくる可能性もある。とりわけ多少の名誉を金品がかかっている対局などの場合はそうなりがちである。
その2/3:
「ここは手になりますね」と言って相手に手入れをしてもらう。
フェア―な態度であるが、勝敗がからんでくる時それは可能だろうか?
その3/3
「う~ん」とか言ってダメ詰めの手を止め、問題の個所を注視する。
小生ふだんはこの方法を採用している(とはいっても一昨年のT杯団体戦の時はその1/3をやってしまったw)のだが、わりきれないものがどうしても残ってしまうのである。
これは、やはり、日本式囲碁ルールの終局儀式の、世界に通用しないあいまいさ=欠陥ではないだろうか。
ダサいようであるが、ダメにも一目の価値を認める中国式ルールはこの問題をクリアーしている。顧みて「ダメのない碁はへぼ碁」という俗語に象徴されるがごとく、ダメ詰め作業をゲームの過程から除外している日本式ルールは、客観性を持った、つまり誰(いわゆるヘボ、低レベルの我々のことだが)にでも納得のできる試合終了の手続きではない、と思う。
「終局に際しては相互にダメを詰めあい、打つべき個所がなくなった時点でゲームセットとする」という人もいるだろうが、現実はそうきれいごとでは納まらない。アマチュアの大会で発生するトラブルに、実はこのケースがあまりに多いのである。時間とのカラミもあるだろうが、一方(仮りにAとする)が「終わりですね」と言い、相手(B)がその言葉を無視しているうちにAの時間が切れてしまい紛糾が始まるのである。Aは「終局したのだから時間をカウントする必要はない」と試合成立を主張すれば、Bは「終局には同意していない。従って対局は継続中である」と時間切れ勝ちを主張して譲らないわけだ。純理的には後者Bに分がありそうだが、ダメ詰めを着手と認めない日本式ルールにおいては、前者Aの言い分にも一理があり、だからコトはこじれてくる。
どうだろうか、「パス」を認める、というのは。
「トランプじゃあるまいし、みっともない」という声が聞こえてきそうだが、時間切れ狙いのダメ詰め合戦(都道府県代表選抜戦などのアマチュア・ハイレベルのはずの対局に意外に多かったりする)なんかを見ているといやな気持になってくるのである。
一方が「パス」と宣言すれば彼の残り持ち時間はそこでいったん停止する。あとは相手の選択である。相手が着手(それがダメかそうでないかは問題ではない)すればその瞬間に彼の残りタイムは復活し彼は、再び「パス」と宣言するか、持ち時間を消費しての着手かの選択を迫られる、というものである。こうして、双方が続けて「パス」「パス」と宣言し終わった瞬間を終局とする、という仕組みである。ネット碁などでもこの方式を採用しているようである。日本棋院でも検討してくれないものだろうか?
囲碁を打っていて終局も間近、時間制で残り時間も少ない、としようか。更にどうやら半目勝負の様相を呈している、と仮定する。
こんな時、相手が「終わりですか」と、呟くような、問い掛けるような声を出されることがあるが、これが困るのである。
確かに打つべき所はすべて打ちきって、半コウもない。後はダメを詰めるのみのように見える。手番は相手側だ。秒読み(時計だが)はかなり煮詰まっている。TVのプロの対局なんかだと黙ってダメを詰めていくからいいのだが、我々アマチュアの場合はそうはいかない。実は、手があるのだ。ただしダメが全部詰まった場合にであるが。
重ねて「終わりですね」と、今度は相手も顔を上げてこちらの顔を覗き込んで問われた場合、こちらも窮地に立つことになる。
「はい」と答えれば、時計を止めて(ということは時間切れの心配もなくなって)、手のあるところに手入れすることもなく、ダメを詰めてしまい、地の計算が始まり、こちらは無念の半目負けになってしまう。それはいやなので黙っているのだが、こんな場合いったいどうすればいいのだろうか?
「はあ」とかなんとか曖昧に答えてダメ詰めが始まるのが通常だが、問題の局面のダメが詰まりきった時、どう対応すればいいのだろうか?
考えられるケースは3通りある。
その1/3:
黙って手を成立させてしまう。
だってそれを見抜けなかった相手がまぬけだったから。
しかし、相手も「あなたも終局に同意したんだから、ダメ以外の手を打ってくるのは卑怯だ」なんていいがかりをつけられて紛糾してくる可能性もある。とりわけ多少の名誉を金品がかかっている対局などの場合はそうなりがちである。
その2/3:
「ここは手になりますね」と言って相手に手入れをしてもらう。
フェア―な態度であるが、勝敗がからんでくる時それは可能だろうか?
その3/3
「う~ん」とか言ってダメ詰めの手を止め、問題の個所を注視する。
小生ふだんはこの方法を採用している(とはいっても一昨年のT杯団体戦の時はその1/3をやってしまったw)のだが、わりきれないものがどうしても残ってしまうのである。
これは、やはり、日本式囲碁ルールの終局儀式の、世界に通用しないあいまいさ=欠陥ではないだろうか。
ダサいようであるが、ダメにも一目の価値を認める中国式ルールはこの問題をクリアーしている。顧みて「ダメのない碁はへぼ碁」という俗語に象徴されるがごとく、ダメ詰め作業をゲームの過程から除外している日本式ルールは、客観性を持った、つまり誰(いわゆるヘボ、低レベルの我々のことだが)にでも納得のできる試合終了の手続きではない、と思う。
「終局に際しては相互にダメを詰めあい、打つべき個所がなくなった時点でゲームセットとする」という人もいるだろうが、現実はそうきれいごとでは納まらない。アマチュアの大会で発生するトラブルに、実はこのケースがあまりに多いのである。時間とのカラミもあるだろうが、一方(仮りにAとする)が「終わりですね」と言い、相手(B)がその言葉を無視しているうちにAの時間が切れてしまい紛糾が始まるのである。Aは「終局したのだから時間をカウントする必要はない」と試合成立を主張すれば、Bは「終局には同意していない。従って対局は継続中である」と時間切れ勝ちを主張して譲らないわけだ。純理的には後者Bに分がありそうだが、ダメ詰めを着手と認めない日本式ルールにおいては、前者Aの言い分にも一理があり、だからコトはこじれてくる。
どうだろうか、「パス」を認める、というのは。
「トランプじゃあるまいし、みっともない」という声が聞こえてきそうだが、時間切れ狙いのダメ詰め合戦(都道府県代表選抜戦などのアマチュア・ハイレベルのはずの対局に意外に多かったりする)なんかを見ているといやな気持になってくるのである。
一方が「パス」と宣言すれば彼の残り持ち時間はそこでいったん停止する。あとは相手の選択である。相手が着手(それがダメかそうでないかは問題ではない)すればその瞬間に彼の残りタイムは復活し彼は、再び「パス」と宣言するか、持ち時間を消費しての着手かの選択を迫られる、というものである。こうして、双方が続けて「パス」「パス」と宣言し終わった瞬間を終局とする、という仕組みである。ネット碁などでもこの方式を採用しているようである。日本棋院でも検討してくれないものだろうか?
両者が着手放棄した時点で対局の停止となり、これからダメ詰め作業になります。