3D CG, CAD/CAM/3Dプリンタ な日常でつづる クルスの冒険ブログ

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無題 その1

2008年01月02日 | □ フィクション
…プロローグ
  
 誰もが予想だにせず、誰もがその状況の到来を否定し、そして誰からも望まれなかった未来が、誰の手によるものでもなく突如出現することがある。どこかにシナリオライターの存在を確信させるような自然なストーリーほど、実際にはシナリオなど存在せず、ただそこに単なる必然として出現する。集団的無意識が望むことは、その集団に自覚的に歓迎され出現するとは限らず、しかし集団全てを巻き込んで抗うことを一切許容しはしない。

 全てはここから始まった。

 201X年、日本自動車製造会=JA-MA(ジェイマ)は、『JA-MA-CAD ver.1』の無償配布を開始した。JA-MA-CADは当初、複数のCADフォーマットの閲覧が可能なビューワーとして無償配布されたが、配布から1年後には寸法のコントロール、アセンブリのコントロールが可能なver.2へと進化した。これはもうCADそのものではないか?とユーザ気づき出したさらに1年後のver.3の配布時には、市販3DソリッドCADシステムの8割程度の機能を備えたCADソフトウェアそのものとなり、無償ダウンロードのフリーウェアとして常時公の目に止まることとなった。ダウンロードは当初、JA-MA会員各社に限定されていたが、ID・PWD付きダウンロードサイトの開設からわずか一週間後には公のダウンロードサイトにアップされ、会員限定の意味を失ったことから、ID・PWD制限は外された。

 誰もが予想だにせず、誰もがその状況の到来を否定し、そして誰からも望まれなかった未来が容易に引き寄せられたその要因は、政治、経営そして人材であった。
 
 
第一章 政治

 前年8月、大手都市銀行の顧客管理システムにハッカーが侵入。通常であれば侵入の事実そのものが公になるはずなどなかった日常的事件のはずであったが、侵入された銀行のシステム部に勤務する派遣社員のPCがファイル交換ソフトのウィルスに感染、その業務日報がネットに流出する事態に至りメディアの扇動的論調に乗ってその脆弱さが世間に知らしめられることとなった。
 犯人は米国コロラド州在住の28歳の男で、犯行手口は古典的な回線経由の侵入であり、またその動機も愉快犯と呼ぶべき実害の無いものであった。事実、米国内ではこの事件を大手メディアが報じることはなく、唯一報じられたニュースも、ハッキングそのものではなく、ファイル交換ソフトを使う日本人社員の不用意さを、過去に発生した防衛省の機密情報漏洩事件を引用して伝えたものに過ぎなかった。
 しかしこのニュースの意味は、日本国内の一部週刊誌がこう伝えたことで一変する。
「犯人は、元MS(Mediumsoft)社員か?」
 これに乗じたメディア各社も過剰な報道合戦を展開。携帯端末によるネットユーザが国民の8割に達した状況において、ハッキングは一般庶民の新たな脅威としてその説得力を獲得するに至った。
 時の麻生内閣は世論の高まりに敏感に反応。公的機関、及び公共性の高い業務を担う企業から特定メーカー製ソフトウェア排除を決定。政府機関推奨のアーキテクチュアを採用した独自システム開発を表明し、不安感に煽られ対応策を待ちわびたネット利用世代を中心に大きくその支持率を伸ばした。
 当初、その手口はOSのセキュリティホールとは無関係であったことから冷静であったコンピュータ関連各社、専門メディア、評論家も、政府によるシステム関連予算の大幅増額が決するやその論調を一転、「国産システム賛成」へと一斉に舵を切った。
 ネットによる論調は、ヒステリックに過ぎる世論と政府の対応に冷ややかではあったが、IT関連の政策が初めて「国策」として打ち出されたことによる賑わいが反応として勝っており、むしろ本質とは離れた扇動的な風潮を後押しする役割を果たすこととなった。

 独自アーキテクチュアによる国産システムへの移行は、こうしたある種の国民的な事実上の翼賛体制を背景に加速度を増して支持を拡大していった。

 常に脅威は海の向こうからやって来る。論理的思考よりも感情が優先された危機意識の醸造。必ずしも有効とは言えない対応策の提示。何もしないよりはマシだという誤った勤勉さから来る事態のアクセラレート…そしてその扇動の担い手は常に旧来メディアとそれに盲目的に信を置く層によるものであった。
 誤った方策に勤勉であることは、怠惰であるよりも尚罪深い。しかし、この教訓が生かされることはなく、その勤勉さ故事態は加速度的に進展することとなった。
 この日本全体を覆った国産システム待望論の「空気」は、政府予算という形でJA-MA-CAD開発を直接的に後押しすることにもなるのである。

 後に、「純国産」であるとされ社会全体に広く普及したシステムが、実は受注した大手メインフレーマーによるインドへの丸投げ開発であったことが、防衛省BADGEシステムにインド人ハッカーが侵入するという大事件を契機に発覚。後に「ベイブリッジの幻事件」と呼称される一大スキャンダルへと発展することになる。

つづく…


(!注意!)
この物語はフィクションであり、登場する人物・団体・事件などはすべて架空のものです。


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