クワトロ郎

人生の彩りをアレコレ描いたり、歌ったり、知恵しぼったり、
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読書感想文:My Name Is Red 「私の名は赤」

2012-11-13 23:08:28 | 読書感想文
My Name is Red (Faber and Faber, 2002)

2006年ノーベル文学賞トルコのOrhan Pamukの1998年の作。邦訳は早川epi文庫『わたしの名は赤』

16世紀末、オスマントルコ帝国の首都イスタンブールで、細密画の絵師達の間で起こる殺人事件を軸に、翳り始めた国威(ベニスとの戦いで負けたり)、政治システム、経済システムが、世の流れの中で機能しなくなりはびこる貧困と腐敗、イスラム原理主義の勃興、西洋文明の侵略など、また、細密画の技法・歴史、ペルシャ、トルコ、元のからむ興亡史などが詳述される、全方位スペクタクル巨編ミステリー。

各章が、各登場人物の一人称で語られることが特徴。殺された細密画師、犯人、それを見つけようとする男、かかれた対象の木、死そのもの、など語り手は多種多様。

文化の衝突にはいろいろなものがあるが、この場合は絵画技法である。ご存知のように、平安絵巻とか、細密画とかは、遠近法が使われず、手前も奥も同じ大きさで描かれる。また、人の顔の表情とかが、均一で、ある規範に則ったワンパターンである。ところが、西洋では、遠近法や本物と見間違えるほどのリアルな描写、光と影の陰影など、まったく異なる。このトルコの保守的な昔ながらの技法自体は、この頃最高のレベルに達しているのだが、この技法の制限がある限り、西洋の生々しい、見るものの感情を揺さぶる表現の前では、かすんでしまう。そして、そのときのサルタンでさえ、西洋画法で自分の肖像画を所望するまでになってしまった。

この芸術は、新たな西洋画の血を入れて次の高みへ自らも上るのか、それとも、伝統に固執し消えていくのか?細密画を人や、国や、考えを重ね合わせると、これは、どの国、どの時代、どの民族、どの文化にもあてはまる命題である。登りつめた高みからの眺めはすばらしい。しかしそこにとどまる限り、そこも見慣れて、薄汚れてくる。かといって、エベレストの頂上(にいると思っている)からどうやって、さらに上に登るのか?それは、理解できない方法でやってくる。「そんなあほな。」「そんなんできるかい。」と、従来の考えの延長では、理解できないものが眼前に置かれる。その時あなたはどうするか?

そもそも、変わらなければならないのか?新しいもののほうがよりすばらしいのか?変わらなければ滅んでしまうのなら、選択肢は無い。新しい道を取るしかない。

我々は、我々自身が置かれている状況の中で、次へ進む一歩を、我々自身が自分で考えて、自力で見つけなければならない。

これは、ありきたりの小説と異なり、おもしろい。おすすめ。

(Mixiのレビューの再録。2010年05月05日)

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