ノンフィクションライター 小野登志郎
今月一日実施された、中国人観光客へのビザ発給要件の大幅緩和。政府や観光業界は経済効果を期待しているが、一方で「とんでもない!」と憤っている人々もいるのだ。誰あろう、国際犯罪を取り締まる現場の捜査員たちである。彼らは一体何を危惧しているのか?
「私たち刑事は公務員ですから、表立って今の政権や政策の文句を言う人間はいません。でも、たとえ口には出さなくても、中国人ビザの緩和を歓迎する現場の刑事なんて、いるわけありませんよ」
そう吐き捨てるのは警視庁ベテラン捜査員のA氏。彼は、過去に多くの中国人犯罪者を摘発してきた実績がある。数年前に部署が変わり、直接中国人犯罪に携わっているわけではないが、今も多くの都内在住の中国人協力者(S、スパイ)を抱え、独自に情報を集めている。
「中国人観光客のビザ緩和で何が増えるのか? 旅行者に化けた覚せい剤の運び屋、偽装結婚の相手探しツアー、そしてスリや窃盗団、強盗団の大量流入ですよ」
A氏の危惧する背景には、新たなビザ発給要件の現実離れした緩さがある。新要件は、中国国内で犯罪歴がないこと、官公庁や大企業の課長級以上、大手クレジット会社が発行するゴールドカードを所有していることなどが条件だが、これによると年収が六万元、日本円でおよそ八十五万円程度の層も、個人で日本を旅行できるようになる。ビザの対象は、これまでの十倍の一千六百万世帯に拡大され、政府は、中国人観光客を二〇一六年までに今の六倍の年間六百万人に増やすことを見込んでいる。
「年収が八十五万円で『中間層』などと呼んでいますが、たったこれだけの年収で、日本に来て普通に観光する中国人がいるわけがないでしょう。過去の中国人犯罪のデータから、当たり前の想像力を働かせれば誰でも分かることですが、五年後の日本の治安は大変なことになりますよ」(前出・.警視庁捜査員A氏)
そもそも今までのビザ発給要件にも多くの抜け穴が存在していた。日本の警察は、捕まえた中国人の旅券やビザは、必ず中国の実家にその真偽の確認を求める。中国には顔写真を貼った「居民身分証」と、日本の戸籍に当たる「戸口簿」があるが、それを元に件の人物の認定を図るのだ。しかし、これがまたかなり杜撰な代物であるという。
「ある中国人窃盗犯を逮捕し、中国側に確認を求めたところ『その名前は本物だ』と回答してきた。ところが、そのすぐ後に同一人物が入国し、また窃盗を犯したので逮捕したところ、今度は違う名前になっていた。そして今度も中国側は『本物だ』と言う。どちらが本物の名前なのか、こちらとしては確認する術がありません」(県警捜査員B氏)
過去に日本で逮捕された中国人が、五年の入国禁止措置の聞に、平然と日本に入国している例は少なくない。受け入れ側の暴力団関係者も、「どうやっているのか、分からない。不思議だ」と首を捻るほどだ。
「戸籍の真偽すら定かでない国民の犯罪歴なんて、いくらでも抹消できますし、旅券さえ正規なら、身分証が偽造であろうとなかろうと、こちらは手も足も出ません。結局、密入国なんてリスクが高く金のかかることなんかしなくても、脱法的に日本に入国させ易くした、というのがこの中国人ビザ緩和の偽らざる側面なのです」(前出の警視庁捜査員A氏)
ピザ緩和実施日である今月一日、「東武百貨店池袋店」で腕時計など七十一点(一千六百五十万円相当)が盗まれる事件が発生している。外壁を壊して侵入するという荒っぽい手口から、中国人窃盗グループ「爆窃団」による窃盗事件の可能性が高いと見られる。この種のプロの犯罪グループは、異常なほど警戒心が強く、その摘発は極めて困難である。複数の捜査員から聞いた彼らの特徴を列記すれば以下のようになる。
・日本の各所にアジトがあり、メンバーの出入りは別々にする。
・常にアジト周辺の点検を怠らず、要所に見張りを置き、アジトに入る場合はいったん入り口を通りすぎて、Uターンして入室する。
・車両を使う場合、捜査員の尾行を巻くため、高速道路を何度も周回し、超低速走行をしたり急カーブを切ったりする。
・アジトの近くではなく相当離れたところに駐車し、駐車場以外では見通しのよい所に駐車する。
「中国人犯罪グループの摘発で最も難しいのが、国外に逃げられたらお終いというところ。一人だけ捕まえても、他の連中は逃げてしまう。そうなるとICPO(国際刑事警察機構)経由で中国公安当局に国際共助を依頼するが、実際のところ殺人や巨額の強盗などでない限り、あちらは本気で動いてくれない」(県警捜査員C氏)
たとえある国際指名手配犯の居場所が分かったとしても、日本の警察は手の出しようがなく、結局、無為に逮捕状を再提出し続けるくらいしか、やることはない。
さらには、よしんば国内で逮捕できたとしても、全面自供いわゆる「完落ち」にいたる中国人犯罪者は皆無に近いという。
「余罪を喋らせることが刑事冥利に尽きると個人的に考えているが、ただでさえ煙草やお茶などの供与の禁止などで、犯罪者の心を打ち解けさせることが難しくなっている。さらには、取り調べの可視化だ。これではホシの心を受け止めることができない。ましてや独自の論理、規範で動く中国人ならなおさらで日本人の情緒に訴えても何の効果もない」(元警視庁組織犯罪対策第二課D氏)
とはいえ発生件数だけを見れば、近年の日本国内での申国人犯罪の数は減っている。ぞれをもって、今回の中国大ビザの緩和措置による犯罪の増加を、「単なる杞憂に過ぎない」と見る向きもある。
「八〇年代後半から二〇〇〇年代初頭まで活動していたいわゆる『五大グループ』、香港、台湾、上海、福建、東北の黒社会の主だったメンバーは、ほとんど全て日本から追い出した。今残っているのは、帰化した中国人や中国残留孤児の不良子弟たちのグループであり、彼らは殺人や強盗などはあまりやらず、日本各地の街に根付いている」(同前)
日本語がうまく喋れず、満足な教育を受けられなかった残留孤児の子弟の一部が不良化し、西葛西や府中、赤羽などで結成した暴走族を「怒羅権」というが、今は暴走族の域を超えマフィア化している。日本各地の街の中国人風俗店やクラブ、飲食庖からみかじめ料を取るなど、「土地によっては、日本の暴力団よりも勢力が強い」(同前)ものとなっている。
都内に拠点を持つ、ある残留孤児の不良子弟グループの幹部(三十歳代後半)は言う。
「子供の頃に中国から日本に来てこの街で育ったから、ここは俺たちの街という意識が強い。よそ者がデカイ顔をしたら、日本人だろうが中国人だろうが徹底的に痛めつけて追い出す」
これら日本に根付いた不良中国系グループは、指定暴力団とは認定されていない。言語、境遇、習慣を共にした彼らの結束は極めて固く、そして銃や刀などを多数所持しており、D氏の言う通り極めて凶暴である。また)残留孤児の不良子弟や帰化して日本に根付いた中国人の中には、日本の暴力団と兄弟盃を交わしたものや、正式な組員となっている人間も少なくない。
「シャブ(覚せい剤)の運び屋や、喧嘩の時の先頭には、故郷が同じ東北部の中国人を使う。俺たちも苦労したけど、中国の地方はいまだに信じられないくらい貧しい。家族の為だったら、彼らは何だってするし、俺たちも助け合う」(前出・.不良子弟グループ幹部)
現在、彼らは頻繁に日中を行き来し、闇のビジネスにいそしんでいる。この日中の闇の最前線は、今後さらに大陸の奥深くを挟り続ける。
このような現状に対して、国際犯罪捜査の現場の捜査員は警鐘を鳴らす。
「今後最も恐れるのが、このような日本に根付いた不良中国人グループと、中国の黒社会のグループが日本においてさらに結び付きを深くしていくことだ。中国内の犯罪組織は、経済成長に応じて、どんどん膨張している。また、日本と中国のグループの連携と同時に、二者間の抗争の発生も懸念される。観光客に混じって入国してくる中国黒社会の動向は、日本の警察は、まったくと言っていいほど摑めていない」(前出・捜査員C氏)
中国人観光ビザの大幅緩和に先立つ今年二月、警察庁は多国籍化した犯罪集団に対応するため、「犯罪のグローバル化対策室」の設置や犯罪人引き渡し条約の整備など、戦略プランをまとめ、全国の警察本部に通達した。
「言葉は勇ましいけれど、専門家を育てる組織になっていない以上、中身は無い。警察庁のキャリアは、たった一、二年現場にいたくらいで何も知らないまま出世していき、国際犯罪に詳しい官僚は、今は主流になれない」(全国紙社会部記者)
中国人窃盗、強盗グループは、例えば関西にアジトを置いて、関東で犯罪を行う。各都道府県警単位では対処できず、だからこそ国際捜査には合同捜査が多い。
「日本の広域捜査の場合、各都道府県警の刑事の個人間の信頼関係がモノをいいます。顔を合わせたこともないのに、いきなりメールを寄こしたりできませんからね。築いてきた横の繋がりで国際犯罪組織に対処します。もう既に広域化、グローバル化している犯罪組織に対して、国際的な情報を持っている各都道府県警の捜査員が連携する会議、機関を作って欲しい」(前出捜査員B氏)
相次ぐ不祥事や情報漏洩を極端に恐れる警察の人事により、腐敗防止のために長い期間同じ部署での勤務をさせない「刑事に専門家はいらない」という秩序が形成され、国際犯罪捜査の最前線に立ち続けるベテラン捜査員もまた、少なくなっているという。
「日本の各所に根付いた不良中国人に対して、私たち刑事は個人単位でSを育成します。中国人と中国人社会に精通し、長い時間を掛けて信頼関係を醸成するのです。問題となるのは、Sの引き継ぎが不可能ということです。中国人のことを何も知らない新任の刑事のことなんか、日本在住の中国人が信頼するわけがない。部署、担当者が代われば、ゼロからやり直しです」(前出・捜査員B氏)
ある国際犯罪のベテラン捜査官と、日本に根付いた不良中国人グループのメンバーが、いみじくもまったく共通の言葉を述べた。
「これからは、弾数、頭数が増えるということです」
この言葉が意味するところは明白だ。目的は違えど、日本のベテラン刑事と不良中国人が現状認識だけは共有しているのだ。
「もう既に、日本で逮捕歴のある中国人が、数十人の団体を引き連れて観光客として入国したことを確認しています。結局、事件が発生しないと動かないのが、警察組織。中国人犯罪対策のための警察組織の改編などは、今は時期尚早ということなのでしょうね」(前出警視庁捜査員A氏)
したたかさを増す中国人犯罪と対峙する捜査員の声は虚しく響きつつも、彼らは日々現場に立ち続けている。
週刊文春2010年7月29日号
今月一日実施された、中国人観光客へのビザ発給要件の大幅緩和。政府や観光業界は経済効果を期待しているが、一方で「とんでもない!」と憤っている人々もいるのだ。誰あろう、国際犯罪を取り締まる現場の捜査員たちである。彼らは一体何を危惧しているのか?
「私たち刑事は公務員ですから、表立って今の政権や政策の文句を言う人間はいません。でも、たとえ口には出さなくても、中国人ビザの緩和を歓迎する現場の刑事なんて、いるわけありませんよ」
そう吐き捨てるのは警視庁ベテラン捜査員のA氏。彼は、過去に多くの中国人犯罪者を摘発してきた実績がある。数年前に部署が変わり、直接中国人犯罪に携わっているわけではないが、今も多くの都内在住の中国人協力者(S、スパイ)を抱え、独自に情報を集めている。
「中国人観光客のビザ緩和で何が増えるのか? 旅行者に化けた覚せい剤の運び屋、偽装結婚の相手探しツアー、そしてスリや窃盗団、強盗団の大量流入ですよ」
A氏の危惧する背景には、新たなビザ発給要件の現実離れした緩さがある。新要件は、中国国内で犯罪歴がないこと、官公庁や大企業の課長級以上、大手クレジット会社が発行するゴールドカードを所有していることなどが条件だが、これによると年収が六万元、日本円でおよそ八十五万円程度の層も、個人で日本を旅行できるようになる。ビザの対象は、これまでの十倍の一千六百万世帯に拡大され、政府は、中国人観光客を二〇一六年までに今の六倍の年間六百万人に増やすことを見込んでいる。
「年収が八十五万円で『中間層』などと呼んでいますが、たったこれだけの年収で、日本に来て普通に観光する中国人がいるわけがないでしょう。過去の中国人犯罪のデータから、当たり前の想像力を働かせれば誰でも分かることですが、五年後の日本の治安は大変なことになりますよ」(前出・.警視庁捜査員A氏)
そもそも今までのビザ発給要件にも多くの抜け穴が存在していた。日本の警察は、捕まえた中国人の旅券やビザは、必ず中国の実家にその真偽の確認を求める。中国には顔写真を貼った「居民身分証」と、日本の戸籍に当たる「戸口簿」があるが、それを元に件の人物の認定を図るのだ。しかし、これがまたかなり杜撰な代物であるという。
「ある中国人窃盗犯を逮捕し、中国側に確認を求めたところ『その名前は本物だ』と回答してきた。ところが、そのすぐ後に同一人物が入国し、また窃盗を犯したので逮捕したところ、今度は違う名前になっていた。そして今度も中国側は『本物だ』と言う。どちらが本物の名前なのか、こちらとしては確認する術がありません」(県警捜査員B氏)
過去に日本で逮捕された中国人が、五年の入国禁止措置の聞に、平然と日本に入国している例は少なくない。受け入れ側の暴力団関係者も、「どうやっているのか、分からない。不思議だ」と首を捻るほどだ。
「戸籍の真偽すら定かでない国民の犯罪歴なんて、いくらでも抹消できますし、旅券さえ正規なら、身分証が偽造であろうとなかろうと、こちらは手も足も出ません。結局、密入国なんてリスクが高く金のかかることなんかしなくても、脱法的に日本に入国させ易くした、というのがこの中国人ビザ緩和の偽らざる側面なのです」(前出の警視庁捜査員A氏)
ピザ緩和実施日である今月一日、「東武百貨店池袋店」で腕時計など七十一点(一千六百五十万円相当)が盗まれる事件が発生している。外壁を壊して侵入するという荒っぽい手口から、中国人窃盗グループ「爆窃団」による窃盗事件の可能性が高いと見られる。この種のプロの犯罪グループは、異常なほど警戒心が強く、その摘発は極めて困難である。複数の捜査員から聞いた彼らの特徴を列記すれば以下のようになる。
・日本の各所にアジトがあり、メンバーの出入りは別々にする。
・常にアジト周辺の点検を怠らず、要所に見張りを置き、アジトに入る場合はいったん入り口を通りすぎて、Uターンして入室する。
・車両を使う場合、捜査員の尾行を巻くため、高速道路を何度も周回し、超低速走行をしたり急カーブを切ったりする。
・アジトの近くではなく相当離れたところに駐車し、駐車場以外では見通しのよい所に駐車する。
「中国人犯罪グループの摘発で最も難しいのが、国外に逃げられたらお終いというところ。一人だけ捕まえても、他の連中は逃げてしまう。そうなるとICPO(国際刑事警察機構)経由で中国公安当局に国際共助を依頼するが、実際のところ殺人や巨額の強盗などでない限り、あちらは本気で動いてくれない」(県警捜査員C氏)
たとえある国際指名手配犯の居場所が分かったとしても、日本の警察は手の出しようがなく、結局、無為に逮捕状を再提出し続けるくらいしか、やることはない。
さらには、よしんば国内で逮捕できたとしても、全面自供いわゆる「完落ち」にいたる中国人犯罪者は皆無に近いという。
「余罪を喋らせることが刑事冥利に尽きると個人的に考えているが、ただでさえ煙草やお茶などの供与の禁止などで、犯罪者の心を打ち解けさせることが難しくなっている。さらには、取り調べの可視化だ。これではホシの心を受け止めることができない。ましてや独自の論理、規範で動く中国人ならなおさらで日本人の情緒に訴えても何の効果もない」(元警視庁組織犯罪対策第二課D氏)
とはいえ発生件数だけを見れば、近年の日本国内での申国人犯罪の数は減っている。ぞれをもって、今回の中国大ビザの緩和措置による犯罪の増加を、「単なる杞憂に過ぎない」と見る向きもある。
「八〇年代後半から二〇〇〇年代初頭まで活動していたいわゆる『五大グループ』、香港、台湾、上海、福建、東北の黒社会の主だったメンバーは、ほとんど全て日本から追い出した。今残っているのは、帰化した中国人や中国残留孤児の不良子弟たちのグループであり、彼らは殺人や強盗などはあまりやらず、日本各地の街に根付いている」(同前)
日本語がうまく喋れず、満足な教育を受けられなかった残留孤児の子弟の一部が不良化し、西葛西や府中、赤羽などで結成した暴走族を「怒羅権」というが、今は暴走族の域を超えマフィア化している。日本各地の街の中国人風俗店やクラブ、飲食庖からみかじめ料を取るなど、「土地によっては、日本の暴力団よりも勢力が強い」(同前)ものとなっている。
都内に拠点を持つ、ある残留孤児の不良子弟グループの幹部(三十歳代後半)は言う。
「子供の頃に中国から日本に来てこの街で育ったから、ここは俺たちの街という意識が強い。よそ者がデカイ顔をしたら、日本人だろうが中国人だろうが徹底的に痛めつけて追い出す」
これら日本に根付いた不良中国系グループは、指定暴力団とは認定されていない。言語、境遇、習慣を共にした彼らの結束は極めて固く、そして銃や刀などを多数所持しており、D氏の言う通り極めて凶暴である。また)残留孤児の不良子弟や帰化して日本に根付いた中国人の中には、日本の暴力団と兄弟盃を交わしたものや、正式な組員となっている人間も少なくない。
「シャブ(覚せい剤)の運び屋や、喧嘩の時の先頭には、故郷が同じ東北部の中国人を使う。俺たちも苦労したけど、中国の地方はいまだに信じられないくらい貧しい。家族の為だったら、彼らは何だってするし、俺たちも助け合う」(前出・.不良子弟グループ幹部)
現在、彼らは頻繁に日中を行き来し、闇のビジネスにいそしんでいる。この日中の闇の最前線は、今後さらに大陸の奥深くを挟り続ける。
このような現状に対して、国際犯罪捜査の現場の捜査員は警鐘を鳴らす。
「今後最も恐れるのが、このような日本に根付いた不良中国人グループと、中国の黒社会のグループが日本においてさらに結び付きを深くしていくことだ。中国内の犯罪組織は、経済成長に応じて、どんどん膨張している。また、日本と中国のグループの連携と同時に、二者間の抗争の発生も懸念される。観光客に混じって入国してくる中国黒社会の動向は、日本の警察は、まったくと言っていいほど摑めていない」(前出・捜査員C氏)
中国人観光ビザの大幅緩和に先立つ今年二月、警察庁は多国籍化した犯罪集団に対応するため、「犯罪のグローバル化対策室」の設置や犯罪人引き渡し条約の整備など、戦略プランをまとめ、全国の警察本部に通達した。
「言葉は勇ましいけれど、専門家を育てる組織になっていない以上、中身は無い。警察庁のキャリアは、たった一、二年現場にいたくらいで何も知らないまま出世していき、国際犯罪に詳しい官僚は、今は主流になれない」(全国紙社会部記者)
中国人窃盗、強盗グループは、例えば関西にアジトを置いて、関東で犯罪を行う。各都道府県警単位では対処できず、だからこそ国際捜査には合同捜査が多い。
「日本の広域捜査の場合、各都道府県警の刑事の個人間の信頼関係がモノをいいます。顔を合わせたこともないのに、いきなりメールを寄こしたりできませんからね。築いてきた横の繋がりで国際犯罪組織に対処します。もう既に広域化、グローバル化している犯罪組織に対して、国際的な情報を持っている各都道府県警の捜査員が連携する会議、機関を作って欲しい」(前出捜査員B氏)
相次ぐ不祥事や情報漏洩を極端に恐れる警察の人事により、腐敗防止のために長い期間同じ部署での勤務をさせない「刑事に専門家はいらない」という秩序が形成され、国際犯罪捜査の最前線に立ち続けるベテラン捜査員もまた、少なくなっているという。
「日本の各所に根付いた不良中国人に対して、私たち刑事は個人単位でSを育成します。中国人と中国人社会に精通し、長い時間を掛けて信頼関係を醸成するのです。問題となるのは、Sの引き継ぎが不可能ということです。中国人のことを何も知らない新任の刑事のことなんか、日本在住の中国人が信頼するわけがない。部署、担当者が代われば、ゼロからやり直しです」(前出・捜査員B氏)
ある国際犯罪のベテラン捜査官と、日本に根付いた不良中国人グループのメンバーが、いみじくもまったく共通の言葉を述べた。
「これからは、弾数、頭数が増えるということです」
この言葉が意味するところは明白だ。目的は違えど、日本のベテラン刑事と不良中国人が現状認識だけは共有しているのだ。
「もう既に、日本で逮捕歴のある中国人が、数十人の団体を引き連れて観光客として入国したことを確認しています。結局、事件が発生しないと動かないのが、警察組織。中国人犯罪対策のための警察組織の改編などは、今は時期尚早ということなのでしょうね」(前出警視庁捜査員A氏)
したたかさを増す中国人犯罪と対峙する捜査員の声は虚しく響きつつも、彼らは日々現場に立ち続けている。
週刊文春2010年7月29日号