超芸術と摩損

さまざまな社会問題について発言していくブログです。

現論 信頼失われた中国社会 作家 楊逸

2016-07-04 06:23:11 | 新聞から
命が金稼ぎの資本に

 中国語では人の一生を「生、老、病、死」の4字に集約して表現する。
 出身がどうか、経済的に貧しいか豊かか、教育を受けたか否か、善か悪かなどにかかわらず、人は誰もが「生まれて、年を取って、やがて病気がちになり、死んでいく」という同じ人生の道をたどる。そしてその「道」を全うするのに欠かせないのが病院であろう。
 病気とはほとんど無縁の私。これまでに人生だの「生、老、病、死」だのを真剣に考えたこともなく、日々を過ごしてきたが、2014年1月、突然受けた電話によって、中国の病院とそこに潜むあまたの問題を垣間見ることができた。

母危篤

 それは「母が危篤」という知らせだった。飛んで帰り、空港から病院にまっすぐ駆けつけた。15平方メートルくらいの病室にべッドが二つ。手前の方に、鼻に酸素吸入器、腕に点滴針という、骨と皮に痩せ細った母が寝ており、奥のベッドは荷物置き場になっていた。
 自の前の様子に驚いた。ショックで言葉を失い、その場に立ち尽くした。母が哀れでならない。病院の廊下に漂っていたトイレよりもきつい悪臭が病室の中にまで忍び込み、病床のシーツも布団カパーも血液や排せつ物などでひどく汚れていて、見るに堪えなかった。
「こんな不衛生な環境じゃ、いつか健康な人も病んでしまうじゃないの」と言いながらナースを呼ぼうとすると、姉に止められた。「母の命を預けているのよ。文句を言ったら治療するとき何をされるかわからない」というので、気持ちを抑えて、汚れのひどい箇所にタオルを敷くなどして何とかごまかした。
 そのうち母が目を覚まし、私を見て、「家に帰って死にたい」と切ない声で言った。数カ月後、母は自宅で亡くなった。
 誤解されないように付け加えておくが、母が入院していたのは、黒竜江省ハルビンでベスト3に挙げられる一流の大学病院の「個室」であった。
 世界一の人口を持つ中国。おそらく病人の数もほかと比べものにならないほど多いだろう。ことに近年、毒ミルク、毒食品、毒水、毒空気など、健康を害する「毒事件」が相次いだせいで発達障害や呼吸器疾患、がんなどの発病が急増している。

ダフ屋

 いつか日本のテレビで見た、北京の病院に潜入取材したドキュメンタリーを思い出す。
 病気を見てもらうための「整理券」を手に入れようと、北京の有名病院の前には常に長い列ができていて、並ぶ人に何かを売りつける不審者が列を潜るようにして行ったり来たりしていた。
 「黄牛(フアンニュウ)」。つまり破格の高い値段で整理券を転売するブローカー、日本でいうダフ屋だ。300元(約4800円)の初診料を払って受け取る整理券は、15倍の4500元で取引されるらしい。まさに人の弱みにつけ込む悪徳商売だ。
 今年1月、地万から来た若い娘は北京の某有名病院で一日中並んでも受け付けてもらえなかったが、ダフ屋らしき集団は自分の前に無理やり折りたたみの椅子を置いただけで整理券をもらって行った。病院の警備担当者は見て見ぬ\ふりをしていた。病院内部の者がダフ屋とグルだったことを知って、若い娘は怒りを爆発させ、撮影した映像をインターネット上に公開した。病院を批判する声が沸騰した。
 一方で大金を払って整理券を買っても、良い治療を受けられるとは限らない。最近、利益を求めてネットに虚偽の宣伝を載せ、患者をだます一部の民間病院の「手口」が、ある大学生の死によって取り沙汰された。
 魏則西。西安の某大学に在籍する優秀な学生だった。難病にかかり、ネット検索で知った北京の武装警察関係の病院に通うようになった。完治するという医者の言葉を信じ、日本円で数百万円にも及ぶ治療費を払った末亡くなった。魏のかかった病院の「診療科」は何と福建省莆田地方の「やぶ医者グループ」.に請け負われていたのだった。
 拝金主義の病院にかかれば、命は金稼ぎの「資本」にされかねない。病院に「だまされた」という患者や家族が医者を襲撃する事件が最近多発し、殺された医者もいる。
 病院勤務も危険度の高い職業となり、護身術を習いに行く医者も少なくないという。信頼が失われた社会の中で、医者ですら命の危機にさらされたら、だれが安心な暮らしを望めるだろうか。
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求める愛媛の形 熱く 国論二分の諸問題 加戸兄弟語る

2015-12-08 17:18:42 | 新聞から
対談

兄 加戸 弘二氏 (医師・環境保護団体代表)
 かと・ひろじ 33年生まれ。八幡浜高、京都大医学部卒。医療法人弘友会会長。環境保護団体グリーンコンシューマーおおず(GCO)代表。GCO は9月、大洲市議会に四国電力伊方原発再稼働に反対する請願を提出し、不採択となった。大洲市在住。

弟 加戸 守行氏 (前知事)
 かと・もりゆき 34年生まれ。八幡浜高、東京大法学部卒。文部省(現文部制科学省)に入省し文化庁次長~同省官房長などを経て99年、知事に初当選。06年、伊方原発3号機のプルサーマル計画に同意。10年11月まで3期務めた。松山市在住。

 ダム、原発、安保―。国論を二分する問題で長年、議論してきた八幡浜市出身の兄弟がいる。兄は医師の加戸弘二(82)、弟は前知事の守行(81)。兄は環境保護団体の代表を務め、三つのテーマ全てに反対の立場。一方の弟は、かつて県政を担い推進や賛成の立場で政治判断を重ねてきた。「守行、それでいいのか」「兄貴はそう言うが」。戦後70年、兄弟対談で思い描く日本や愛媛の形をぶつけ合った。
(敬称略、聞き手・中井有人)

始まりはダム

環境マイナス大きい 弘二氏
洪水阻止のため必要 守行氏

 ―お互いの性格をどうみていますか。議論の始まりは何でしたか。
 弘二 役人出身の弟と、しがらみのない立場の私では違いがありますね。
 守行 子どものころは兄貴は口数が少なく、私は多かったですね。私は朝から晩まで遊び回って。兄貴は外で駆け回るタイプじゃなかったですね。
 弘二 私は年を取って大学を出てから言うべきところは、はっきり言うようになりました。守行は役人の世界では天衣無縫というか、枠にとらわれないところはあります。
 守行 議論の最初は山鳥坂ダム問題かな。山鳥坂ダム建設や鹿野川ダム改造を推進するという意見と、もうダムは要らないという論。私は知事として推進の立場で、なんせ兄貴は環境という点から反対していましたから。会うたびに意見対立だったですかね。
 弘二 私はダムに反対で住民投票ヘ署名集めをする中心メンバーでしたね。私は最初、守行は立場上推進の考えなのだろうと思っていました。守行は(1999年に)知事になったばかりの時、「県がお金を出さないかんなるし、どちらかといえば、本当はダムができんほうがええんやけど」と言ってなかったかね。
 守行 あの時は過去の材料を集めて詳しく分析したわけでもなくて。材料を集めて勉強して、どうしたらいいかを考えていました。
 当時は(ダム建設が)松山市の水問題を解決するのに、非常に有力な手段だから松山の水がウエートの高い要素として頭にありました。その後、中予分水案がすっ飛んでから、環境と洪水防止の問題になってきました。
 そこでダムをやめるかどうかという時に、鹿野川ダムの改造を私が提案したんです。国土交通省がのんでくれるという方向が見えてきたから推進しようとなった。
 弘二 私もダム建設予定地を見に行きましたけど、ダムができて自然環境を破壊するというのはプラスマイナスから見ると、しない方がいいと思いましたね。
 守行 中山川や矢落川の水量の方がはるかに多いから、そこにダムができるのがいいのだけれど、環境条件から地質調査をやってできないとなり、次善策として(河辺川にある)山鳥坂ダムなんですよ。
 兄貴が言うのは、ダムが自然環境を破壊するという論理であって、山鳥坂ダムの治水効果が低いといっても、矢落川ならいいんですかといえば反対でしょう。議論がかみ合わないですよね。要するに環境保全を重視するか洪水を阻止するかということで。
 弘二 山鳥坂タムが調節するのは肱川の流域面積の5%なんですよ。環境面からいってもやはりマイナスの方が大きい。ダムを造ることにより水没集溶もできる。利益を得る業界や国交省の意向が強くて進められていると私は思う。

原発の是非

最終処分場 適地なし 弘二氏
新設と再稼働 別議論 守行氏

 ―原発に対してどう考えていますか。
 弘二 東京電力福島第1原発事故前は漠然と原発反対の気持ちでしたが、事故後、原発自体に強烈に反対するようになりました。再稼働も反対。もし福島と同じ事故が伊方原発で起きたら大洲に住めなくなる。松山も同じ。デメリットがはるかに大きい。
 守行 福島原発事故は、地震で起きた予想外の津波で電源が喪失し代替電源が確保されていなかったのが原因で、二重三重の代替電源を確保しさえすれば問題が起きない、というのが私の基本的考えです。
 兄貴は日本の原発を全て止める考えで再稼働に反対しているが、京都議定書で日本が目指していた二酸化炭素(CO2)排出抑制に逆行する政策。もともと環境保護論者だったのにCO2の問題をどうお考えなんですかと反論したいですね。
 弘ニ 津波が原因だと言うが、原因はまだ分からんというのが本当。地震動が原因で配管が破損したかもしれない。原因も分からないのに十分な対策ができたなんてものではない。
 福島の場合は放射性物質の多くが太平洋に流れたが伊方で事故が起これば瀬戸内海から西日本に広がる。CO2削減は必要だけど、原発への固執は日本経済の再生を遅らせる。一時的に化石燃料に頼らなくてはならないが、なるべく早く脱却するためにも、再生可能エネルギー導入を進めないといけない。
 守行 科学技術の粋を駆使し人知の限りを尽くしても事故を100パーセント防げることはあり得ない。飛行機は落ちないといったって落ちる。原発事故はあってはならないが、100パーセントなくせるかといったら神様しか知らない。原子力規制委員会を信じ、状況を判断すべきではないでしょうか。
 弘二 規制委は「100パーセント安全」とは言ってないわけですよね。そういう状態で、なぜ原発を動かさなきゃいけないかと。現に使用済み核燃料がたまり、リサイクルする核燃料サイクルは破綻しているわけです。それより未来を見つめ、今でも原発に負けないだけのコスト競争力がある自然エネルギーを使っていけばいい。自然エネはどんどん安くなっていく。
 守行 まあコストは専門家じゃないと分からず、誰の意見を信用するかだけども。それで今、再稼働が問題になっているんですよ。原発を新しく造っちゃいかんというは一つの考えだけれども、現在あって福島事故前に順調に動いており止めて様子を見ていたものをなぜ再稼働しちゃいかんのか、これは別の議論として必要だと思う。
 弘二 新設なんて国民的合意は得られないだろう。伊方の再稼働に関しても愛媛新聞の調査で69%が否定的だ。堂々と(再稼働の是非をめぐる)公開討論会を開き、専門家に話してもらうべきだ。
 事故を起こしたら後世に責められますよ。取り返しがつきませんよ。世界で核廃棄物の最終処分場建設が進んでいるのはフィンランドしかない。(地震国の)日本に適地はないです。使用済み燃料はもう原発に保管し続けるしかしょうがないのではないかと。
 守行 人間はいろんな知恵を出してものごとを解決しているので、必ず道は見つかると思いますよ。窮すれば通ずです。
 弘二 中間貯蔵を10万年続けるしかなくなるのではないでレょうか。そんな使用済み燃料をこれから増やしてもいいのか。
 守行 いやいや、放射性廃棄物が増えるというけど今までの放射性廃棄物が存在するわけだから五十歩百歩の話であって。これまでの50もこれからの50も解決していきましょうというのが人間じゃないですか。
 弘二 やはり国民や大洲市民のためを考えたら、原発は目先の利益だと思います。原発がなくなると経済的に因る人もいると思いますが、廃炉ビジネスもあるわけだから。
 守行 ベストチョイスは当分の聞は原発で将来は核融合というのが文部省時代からの感覚ですよね。原発は圧倒的にコストが安い。再生エネといっても非現実的。極論すれば、私は代替電源が見つからなければ原発を新しく造ってもいいと思っています。
 弘二 大うそですよね。安全というのも、安いというのも。

安保と世界観

外交努力で緊張解消を 弘二氏
国守れぬ憲法おかしい 守行氏

 ー知事時代、記者会見で県内市町から応募があれば核廃棄物の最終処分場の候補地調査を受け入れるのかという質問に「頭からノーと、かかっていく事柄ではない」と答えました。
 守行 私が仮に今、知事で「愛媛に最終処分場を」と言われたら、積極的に取り組みますね。愛媛が嫌と言ったら徳島、高知、香川が引き受けてくれるんですか。少なくとも四国でとなれば愛媛が受けるべきでしょう。どっかで誰かが引き受けなきゃならない。その覚悟を持って、私は知事になりましたね。
 弘二 国民投票や住民投票により、反対する住民が多ければ行政は考えなければならないと思います。イタリアは国民投票で脱原発を決めまレたよね。
 守行 住民投票をやれというなら伊方町長選で原発推進、反対を公約に町長を選ぶべきですよ。私は沖縄県知事に賛成じゃないけれど、彼は少なくとも米軍基地の辺野古移設反対で当選しているから住民投票しなくても「世論、われにあり」と言える。
 安保法にしても、昨年、安倍内閣は(集団的自衛権の行使容認を)閣議決定しているじゃないですか。昨年の衆院選で自民党は声高に叫ばなかったけれども公約に安保を入れてますよ。今ごろ反対の声があるけれど、首相や政党がどんな公約をしようと、何かあればその都度、住民投票で決めるんですか。じゃあ選挙って何ですかとなる。
 弘二 安保法には反対です。今まで70年間、戦争をせずに済んでいることを支持する国民も多い。戦争放棄は簡単じゃないが、世界が目指すべき理念だと思う。政権与党は民意に沿ったことをするべきだと思う。衆院選の自民の公約は、アベノミクスがでかでかと載っており安保は数行だけ。選挙結果と民意は必ずしもイコールではない。
 守行 自民の候補が「安保やります」って演説で大きく言わなかったから悪いの? メディアはその前に閣議決定を大きく扱ったよね。国民はそれを知っているわけだ。安保をやるのは見え見えでしょう。
 弘二 でも結果的に多くの民意を踏みにじっているよね。今でも世論調査で多くの人が反対するわけで。
 ―憲法への見解は。
 弘二 今の憲法を守るべきだと思いますね。条文には戦力は保持しないとあり(自衛隊の存在は)実質的にそれに反していると思いますが。国際的な緊張が高まっていると首相は言うけれど、外交努力によりそういう緊張がないようにすることが大切です。
 守行 よそ(米国)から頂いた憲法を金斜玉条にしているのは日本だけ。自前の憲法を持つべきだというのが第一。第二は戦力放棄というけれども、9条を解釈すると武力行使できないから反撃できないはずで、国を守れない条文そのものがおかしい。
 ―なぜ意見が異なるのでしょうか。
 守行 私は国家公務員も知事もやり、行政感覚で最大多数の最大幸福を考え、欠点もあるがこれでいいだろろと、原発もダムも判断してきました。文部省では日教組対策をやってきましたが、反対運動は全てとは言わないが誰かが扇動し、みんなが乗っている。しかしよく見てみると中身を考えていない。戦争反対、徴兵制反対とあおられれば国民がそっちヘ流れるというのを、身に染みて見てきました。その延長線上に原発問題もあるんじゃないかというのが気持ちの底にあるのは事実ですよね。人々の気持ちが、ある方向にわあっと行くのに警戒感があるんです。
 弘二 弟は役人の道を歩んできたわけですよね。エリート社会の中で、自分たちがこれがいいと思ったらそれが最高だと思っているのか。私は権力に従わなくちゃいけない世界に住んでいないので、自由にものが言えるというのはあるかもしれません。

愛媛新聞2015年11月30日



加戸 弘二氏(かと・ひろじ=医療法人弘友会会長、加戸守行前知事の兄)2017年2月18日午前0時37分、大洲市東大洲の自宅で死去、84歳。八幡浜市出身。
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道標 深呼吸する幸せ 佐治ゆかり 福島県郡山市立美術館館長

2015-12-08 17:16:11 | 新聞から
 2011年3月11日、東京電力福島第1原発で水素爆発、炉心溶融、放射性物質の放出が起こりつつあった時に私たちが入手できたのは、超望遠カメラで捉えた不鮮明な映像と、当時バンコクにいた、娘が知らせてくれた海外メディアの気象情報だった。
 非常時、当事者には情報が入ってこないということを嫌というほど知った。私たち家族はいつでも山を越えて新潟方面に避難できるように緊張して待機していた。
 結果として放射能汚染は、原発から北西方向、福島県中央の阿武隈山地を這うように帯状に流れ、ほとんど原発に関わりのなかった地域が最も汚染された。4月22日から、福島県飯舘村は村民全員が法的強制力で退去を余儀なくされた。福島第1原発から30キロ以上離れ、豊かな森林資源と農業に基づく独自の村づくりをしてきた村である。今も3058世帯6735人が国外、県内外に避難している(11月1日現在、飯館村災害情報サイト)。
 風向きや気象現象、地勢によって、放射能汚染は広がり、流れ、沈殿していく。積み重ねてきた時間、暮らし、未来を奪う。不運、補償などという言葉や金銭であがなえる喪失感・損失ではない。原発稼働に必要な「地元同意」の地元とはいったいどこの誰のことか。
 低線量被ばくのリスクについては諸説あるが、福島では事故後、茨城県北部まで含めて小児甲状腺がんの患者の増加が確認されている(福島甲状腺検査資料など)。また今年10月、事故の収束作業で被ばくした後、白血病を発症した男性が労災認定を受けた。東京電力によると事故後、福島第1原発で作業に当たったのは8月末までに約4万5千人。厚労省の担当者も、今後労災申請は増えるだろうと言う。被ぱくの影響は、ようやく顕現化しはじめたにすぎない。
 10月28日の愛媛新聞1面に、「(原発稼働による)重大事故時に国が最終責任を取るとの首相の『言質』を得た」ことで知事が再稼働に同意したという連載記事が載った。責任を取るとは何を意味する言葉なのだろうか。事故直後の政府のパニックの様相は周知のことだし、震災後置かれた復興庁の大臣は今度で5代目だ。そんな言質が実は誰も救えないことは福島をみれば明らかだ。
 福島は、個々人の認識とは別に、いわゆる「県民の総意として」原発稼働を選択した。他の地域は、事故体験後の今、あらためて選択し得るのだ。
 地震、津波の被災地は確実に前に進み始めているが、原発事故の被災地の人々は、その多くが4年以上経過した今も先が見通せない状況下で生きている。福島をしっかり見てほしい。思考停止に逃げ込まないでほしい。事故が起きたら「人生」がどうなるか。海や山、田畑、町や村、過去や未来がどうなるか。私たちが無意識にしているありとあらゆる行為の一つ一つについて、その安全を確認し、検証しなければならない空しさと込み上げる怒りとの戦い。いつ戻れるとも知れない道を逃げる不安と不条理さを思い描いてほしい。
 東日本大震災・福島第1原発事故から3カ月後、久しぶりに愛媛に戻った。空港に降り立った瞬間、私は思わず深呼吸した。長い間、身も心も萎縮していた自分に気付いて驚いた。

(さじ・ゆかり、愛南町生まれ)

愛媛新聞2015年11月22日
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新 日本の幸福 ――今日まで、これから 第5話 別離

2014-04-29 22:03:00 | 新聞から
 うっすらと積もった雪の中から、ダイコンの小さな葉が顔をのぞかせていた。今年1月下旬。東京電力福島第1原発から約60キロの自宅敷地にある畑に立ち、山田晴彦(66)はため息をついた。
 「妻と自分の分しか作らねくしたんだ。孫たちはもう食べてくんねえからね」。家族に喜んでもらうために、野菜や果物を育てるのが生きがいだった。原発事故が起きるまでは…。

 山田は約40年前に隣町から兼業農家に婿入りした。約2ヘクタールの田んぼと、小さな畑。ホテルやレストランで料理人をしながら、不規則な勤務の合間に家の農作業を手伝った。
 長女康子と次女弘美が生まれると、一緒に過ごす時間を増やそうと、週末に休める地元の建設会社に転職。土日は畑に立ち、農作業を1人で任された。夏には取れたてのキュウリやトマトを食卓に並べた。「お父さんの野菜が一番だって言ってくれてさ。誇らしかったよ」
 高校卒業後に福島県外に出た康子が、実家に戻ってきたのは6年前。ー人で子どもを産み、晋と名付けた。山田は休日にベビーカーに乗せ、職場や家の周りを散歩した。
 しっかり歩けるようになった晋は、畑の一角にあるブドウのハウスについてきた。「これが花だよ」「この実が大きくなるんだよ」。一つずつ教えると、早く食べたいとせがんだ。
 秋が近づき、実は黒く色づき始める。「もう食べられる?」。口に入れ、顔をしかめる晋。「まだ渋かったんだろうね。ひどい顔をしてたっけな」。今でも思い出すと、ふっと笑ってしまう。
   ☓  ☓  ☓
 畑に専念して、孫のためにおいしい野菜を作る―。建設会社を定年退職し、老後の夢を思い描き始めていたところに、原発事故が起きた。
 山田が住む地域は、放射線の年間積算線量が20ミリシーベルトに達する恐れはないとして避難区域にはならなかった。
 近所の農家が育てた作物は、放射性物質の量が基準値以下だ。「福島の野菜はきちんと測定されている。日本一安全だ」。山田の信念は揺るがない。だが娘たちの考えは違った。
 2013年1月、康子は大雪の中、晋を車に乗せてハンドルを握った。毎朝、保育園に送る時と同じように。「1年ぐらいで、すぐに帰るから」。両親にうそをつき、新潟県ヘ向かった。そこでは、妹が既に避難生活を始めていた。
 山田の自宅居間には、晋が好きだったアンパンマンのぬいぐるみと、保育園で作った折り紙のペンダントがある。食器棚のガラス戸にぺたぺたと貼られたシールもそのままだ。「そりゃあもう、かわいくて仕方なかったよ」。山田はうつむき、話すのをやめた。

 13年1月、山田の長女康子は4歳になった息子の晋を連れ、福島県の実家から新潟県に避難した。「1年ぐらいで帰るから」。止めようとする父にそう言い残したが、数年は帰らないと覚悟を決めていた。
 避難先の2DKのアパート。家具は少なく、壁には晋がクレヨンで描いた絵が一面に貼られている。康子は新潟に来た後、非難前に周囲から浴びせられた言葉をメモ帳に箇条書さにした。
 「しんけいしつ」
 「(福島は)もう大丈夫」
 「「いまさら(引っ越すの?)」
   ☓  ☓  ☓
 11年3月、東京電力福島第1原発事故が起きた。約60キロ離れた実家周辺では、住宅地の除染作業が急ピッチで進んだ。屋根や壁を高圧の放水で洗浄し、雨どいにたまった泥を取り除く。枯れ葉も袋に詰めて運び出された。空間放射線量は下がったが、除染の長期目標とされる年間1ミリシーベルトを上回っている所もあった。
 「まだ高い値なのに、国は住んでも安全だと言うばかり。何を信じていいか分からなかった」と康子が言う。
 事故から8カ月後、新潟に先に避難したのは、2人の幼子を育てる妹の弘美だった。インターネットで放射線や被ぱくのことをいろいろと調べ、自分の母乳を検査に出したら微量の放射性セシウムが検出された。「お姉ちゃんも早く避難しなよ」。頻繁に電話がかかってくるようになった。
 妹はちょっと神経質すぎるんじゃない? 私のように小さな息子を連れたシングルマザーは、どこも雇ってくれないだろうし…。
 康子は気が進まなかったが、徐々に考えが変わっていった。
 事故から1年近くたち、晋を近所の小児糾に連れて行った時のこと。風邪のような症状が続いていると伝えると、医師が尋ねた。
 「食欲はどうですか」
 「ヨーグルトを食べさせました」
 「あー、今はやりのね」
 そのころネット上では、ヨーグルトを食べると放射性物質が体外に排出されるとうわさになっていた。自分はそのつもりで食べさせていたわけではなかゥたが、鼻で笑うような医師の態度が気になった。
 周りの友人も同じような経験をしていた。別の医師に子どもを診てもらった際に「放射能の影響ですか」と尋ねると、「何でも放射能のせいにしないで」と強い口調で言われたらしい。
 実家周辺の放射線量が今すぐ健康に影響のない水準だとしても10年、20年後にはどうか。幼いわが子の将来を心配するのは親として当たり前なのに、医者にも相談できない。思い悩むうち、康子は体がだるくなり、起き上がるのが難しくなった。「ストレスが原因」と診断された。
 「このままでは晋を守れない」。12年暮れ、新潟行きを決意し、父に打ち明けた。「国が大丈夫だと言っているのに、なんで避難しないといげないんだ」。反対されたが、もう迷いはなかった。

 昨年8月、東京電力福島第1原発から約60キロ離れた山田の家に、長女康子と、孫の晋(5)が避難先の新潟県から帰省した。大雪の朝に車で飛び出してから7カ月。久しぶりの「じい」との再会に、晋は大はしゃぎだった。
 「もぎたてだよ。さあ食べて」。到着を待ちわびていた山田が、湯気の立つトウモロコシを差し出した瞬間、康子は顔をこわばらせた。
 「さっきご飯を食べたばかりだから」
 退職したら、自宅の畑で作ったおいしい野菜を孫や娘に食べさせたい―。それが山田のささやかな夢だった。晋がいなくなってからは週2、3回の電話で寂しさを紛らわせた。お盆の帰省を楽しみにしながら手塩にかけたトウモロコシは、例年より大きく実った。
 2日間滞在し、新潟に戻った康子と電話で言い合いになった。
 「何でそんなに敏感になるんだ」
 「基準値以下でも放射性物質が合まれていることはあるの。将来、晋の体にどんな影響が出るか分からないでしょ」
 今年の正月。再び康子と晋が顔をそろえた食卓に、おせちを並べた。もう畑の野菜は出さなかった。
 1月下旬、山田はひっそりとした居間でこたつに入り、硬い口調で話し始めた。「俺たちは食べてもいいけど、子どもは10年、20年後にどんな影響が出るか分からない」。康子に言われた通りの言葉。「だから娘たちが避難するのは仕方ない」。自らに言い聞かせるように何度も繰り返すと、突然、表情が崩れた。
 「孫に何もしてやれねえな。おもちゃを買ってやるくらいかな」。目を潤ませた。「帰ってこいって、喉元まで出かかっているよ」
   ☓  ☓  ☓
 原発事故後、体調を崩した康子は、新潟に避難してからすっかり元気になった。晋を保育園に通わせながら、自治体の臨時職員として働いた。雇用契約は3月末まで。住宅支援制度も来年3月には終わる。
 晋は来春、小学生になる。ハローワークで次の仕事が見つかるかどうか。母1人子1人での生活は先が見えない。
 両親には、避難前に体調を崩していたことや、生活の不安を伝えられずにいる。「1人で育てられないのなら、すぐに戻ってこい」。そう言われるのが怖い。
 原発事故が起きるまでは、何でも相談していた。でも最近は「放射性物質」という言葉を口に出すと言い争いになるので、触れないようにしている。
 康子は、甘える晋をあやしながら、表情を和らげた。「『帰ってこい』と言わない父に感謝している。孫と一緒に住みたいだろうに、我慢してもらっでいるなって」
 また以前のように、みんなで普通の暮らしができたら、どんなにいいだろう。巻き戻せない時間の中で、父と娘は互いに本心を口に出さないことで、”家族”の形を保とうとしている。
(文中仮名、敬称略、共同=松本真由子)
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弾圧に負けない広津素子先生の弾圧に負けたgoo事務局

2013-10-23 05:48:52 | 新聞から
 21日の自民党山崎派総会で、武部勤前幹事長が無派閥の新人議員らを対象にした勉強会「新しい風」の立ち上げを説明した際に、参加を拒否された新人の広津素子衆院議員が詰め寄る一幕があった。
 武部氏が勉強会に触れ「派閥ではない。選挙塾だ」と強調すると、広津氏が「私も入りたいと何度も言った。なぜ私を入れてくれないのか」とかみついた。これに武部氏は激高し「誰でも入れるのではない。仲良しクラブなんだ」と参加者を事実上“選別”したことを明かし反論。広津氏は収まらない様子で、最後は派閥会長の山崎拓前副総裁が「広津さんはわが派の花だ。ほかではなく、ここで咲かせてほしい」ととりなした。

nikkansports.com 2006年12月21日


週刊文春記事の名誉毀損 広津前議員が一部勝訴

 週刊文春の記事で名誉を傷つけられたとして、自民党所属だった広津素子・前衆院議員が文芸春秋に1320万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決で、東京地裁は15日、一部で名誉毀損の成立を認め、66万円の支払いを命じた。
 問題となったのは、2007年10月4日号と08年1月24日号の記事。現職だった広津氏を「ミセス空気が読めない女」と表現。所属する派閥の重鎮議員に対し「古いタイプの政治家」と発言したり、自民党幹事長室にあった弁当を勝手に食べたりしたと報じた。
 阪本勝裁判長は「記者が取材対象者を明らかにせず、取材の経緯が判然としない」として「記事の重要な部分で、真実の証明や真実と信じる相当の理由があったとは認められない」と述べた。
 広津氏は05年衆院選(比例九州)で初当選。09年衆院選では自民党を離党し、みんなの党で佐賀3区から出馬したが、落選した。

スポニチ Sponichi Annex 2012年2月15日 22:12


記事削除のお知らせ

goo事務局からの通知により記事削除の已むなきに至りました。
あしからずご了承下さいませ。
長らくのご愛顧誠に有難うございました。
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Me Que, Me Que メケ、メケ ― メケメケ

2011-11-12 09:35:50 | 超芸術と摩損
原詩             直訳 ― 丸山明宏訳

Le navire est a quai 船は波止場だ ― 黄昏時
Y a des tas de paquets そこには大量の積荷がある ― 港町の
Des paquets poses sur le quai 積荷は波止場に置かれ ― 酒場の片隅で
Dans un petit troquet 小さな居酒屋で ― 安い酒に
D'un port martiniquais マルティニークのとある港の(小さな居酒屋で) ― くだ巻いてる
Une fillebelle a croquer 可愛い娘は覆い隠している ― くろんぼの
Pleure dans les bras 腕の中で涙を(覆い隠している) ― 色男
D'un garcon de couleur 褐色の若者の(腕の中で) ― 「別れの杯だよ、
Car il s'en va, 彼が立ち去るから、 ― 泪を
il lui brise son coeur 彼女を傷心させる(から) ― ふいておくれ」
Elle, dans un hoquet, lui tendant son ticket 彼女は、泣きじゃくりながら、彼に切符を差し出し ― 「可愛い”チチ” ワカッテルダロ
Lui dit: "Cheri, que tu vas me manquer!" 彼に言う「愛する人、私にどれだけ寂しい思いをさせるの!」 ― 俺は海の男だ」
Me que, me que, mais qu'est-ce que c'est? メケ、メケ、でもそれが何? ― メケメケ これっきり
Une histoire de tous les jours 毎日起きてること ― 会えないかも知れぬ
Me que, me que, mais qu'est-ce que c'est? メケ、メケ、でもそれが何? ― メケメケ お前も
Peut-etre la fin d'un amour きっと愛の終わり ― 達者で暮らしな

La sirene brusqua サイレンがせかした ― 太い腕に
Leurs adieux delicats 二人の心苦しい別れを ― 抱かれたまま
Mais soudain tout se compliqua しかし突然何もかも厄介なことになった ― 泣きじゃくる色女
La petite masqua 小娘は隠した ― ブロンドの髪
Un instant ses tracas 一瞬だけ不安な気持ちを ― 青い瞳
Pourtant son courage manqua それでも気丈さが足りなかった ― イヤイヤをしながら
Elle dit: "J'ai peur, il ne faut pas partir 彼女は言った。「怖いの、離れてはいけない ― 「ネェ アンタ アタシひとり
Vois-tu, mon coueur, sans toi je vais mourir!" 分かる? 我が心の人、あなたがいないと私は死ぬ!」 ― 置いてきぼりは嫌だ」
Le garcon expliqua qu'il fallait en tous cas 若者はどうしても仕方ないからと説得した ― 「可愛い”トト” 行かないでヨ
Qu'il parte et c'est pourquoi il embarqua 立ち去るからと、だから船に乗った ―  アタイは死んじゃうわよ」
Me que, me que, mais qu'est-ce que c'est? メケ、メケ、でもそれが何? ― メケメケ これはまあ
Une histoire de tous les jours 毎日起きてること ― お気の毒なこったよ
Me que, me que, mais qu'est-ce que c'est? メケ、メケ、でもそれが何? ― メケメケ つれない
Peut-etre la fin d'un amour きっと愛の終わり ― 男もいたもの

Les paquets embarques 積荷が積まれ ― 時は過ぎて
Le bateau remorque 船が曳航され ― 汽笛が鳴り
Lentement a quitte le quai ゆっくり波止場を離れた ― 来る時が来ました
Ne soyez pas choques びっくりしないで ― 男は立ち
N'allez pas vous moquer 小馬鹿にしないで ― 女はすがる
De ce que je vais expliquer 今から言う話を ― 引きずられながらも
Regardant au port son bel amour a terre, 港から陸の恋人を見て、 ― 思い出の石畳に
Pris de remords, il plongea dans la mer 悔恨にとらわれ、彼は海に飛び込んだ ― 投げ出される女よ
Devant ce coup risque par l'amour provoque 呼び覚まされた愛による大胆な行為を前に ― 船をめざし 走る男
Les requins ont reste interloques サメも呆然としている ― 叫ぶ女を捨てて
Me que, me que, mais qu'est-ce que c'est? メケ、メケ、でもそれが何? ― メケメケ 馬鹿野郎
Une histoire de tous les jours 毎日起きてること ― 情なしのけちんぼ
Me que, me que, mais qu'est-ce que c'est? メケ、メケ、でもそれが何? ― メケメケ 手切れの
C'est l'aurore d'un nouveau jour それは新しい日の夜明け ― お金もくれない
Qui est fait pour durer toujours そしていつまでも続くようにできている ― あきらめて帰ろう
Car l'amour vient pour retrouver l'amour... 愛がやってくるのは愛に再び出会うためなのだから… ― やがて月も出る港
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中村うさぎ この国の復興のために「宗教法人、税金払ってよ」

2011-07-14 02:11:04 | 週刊誌から
国におカネがない。震災復興のために、所得税や法人税の増税も検討されている。もし、「人の心を救う」のが宗教法人の本当の役目ならば、今こそ力を貸してほしい。国も、真剣に考えてみてはどうか。

 宗教法人の活動について、忘れ難い思い出があります。十数年前のこと。荻窪の駅前で地味ぃーな女の人に「変化の相が出ています」と呼び止められました。面白そうだったのでついて行くと、たどり着いたのは統一教会系の施設。そこで、あなたの先祖は人殺しだのなんだのと散々なことを言われ、案の定、数珠を売りつけられそうになったんです。
 値段は40万円。なんでも私のご先祖が決めた値だというのですが、当時の私はまさに買い物依存症のピーク。「おかしいなあ、ご先祖ならおカネがないのはわかっているはず」とクビを傾げると、25万円に下がり、もう一度傾げるとまた下がった。これを繰り返していたら、「4万円。ご先祖様がこれ以上ビタ一文負けるなとおっしゃっています」とため息をついたので、腹がよじれそうでしたよ(笑)。
 結局、数珠は購入したもののクーリングオフしてしまいましたが、消費者センターの人が「4万円は安い。そこまで値切ったのなら、なぜ買ってしまったんですか」と驚いていました。ほとんどの人が60万~200万円も払っているそうなんです。いったいどれだけ儲けているんだ。
 後に、宗教法人の活動は非営利なので税金を払わないと知ったのですが、どこが非営利なのかと腹が立った。数珠を購入したのは信者ではなく、明らかにキャッチセールスで引っかかった人たちでしょう。キャッチセールスの良し悪しはともかく、営利活動ですよ。
 これが、宗教法人が非課税であることがいかにおかしいか、私が身を以て体験したことでした。

 現在日本に存在する宗教法人は18万超。これらが行う祈禱や神棚の販売といった宗教活動は非営利とされ、収入を得ても課税されない。この優遇措置について、最近、自らが司会をするテレビ番組で疑問を呈したところまったく無視されてしまったという作家・中村うさぎ氏に話を聞いた。

 コトの発端は先月、私が司会をしているCS放送の番組『ニュースにだまされるな!』(朝日ニュースター)でのできごとです。現役閣僚や大学教授といった錚々たるたるゲストを迎えて、この日は東日本大震災の復興ビジョンについて、あれこれご意見を伺っていました。
 番組では復興財源について、侃々諤々の議論に。そこで私は、素朴な疑問を投げかけてみたんです。
「この際、宗教法人非課税というのを見直してみたらどうなんでしょうか」
 これは日頃から思っていたこと。この国は震災前から不況にあえいでいるので.あって、民主党政権になれば、自民党だか官僚だかによって隠され続けてきた「埋蔵金」が白目の下に晒されるという触れ込みでした。然るに、この国難にあっても出てこないところを見ると、埋蔵金なんてなかったんだと思います。本当にこの国にはカネがないわけ。だとすれば、宗教法人にも税金を払ってもらおうよ。そもそも宗教は人を救うために存在しているんでしょ。

 宗教活動にまつわる収入が非課税であることに加えて、宗教法人にはさまざまな税制上の優遇措置が取られている。
「宗教法人が飲食業や運送業などの収益事業を行った場合、宗教活動以外のそれら収益事業で収入を得た場合でも、その税率は22%と、一般法人より8%も優遇されています。さらに固定資産税、不動産取得税、都市計画税、法人事業税なども非課税なのです」(ジャーナリスト・山田直樹氏)
 すべての宗教法人に収支報告書を出す義務があるわけではないので、その財務状況を把握するのは極めて困難である。だが、すべての宗教法人に対して、税制優遇措置を廃止し課税すると、「推計で約4兆円もの税収が見込まれる」(山田氏)というのだ。

 だけど、この質問は一笑に付されてしまった。番組終了後、ゲストの一人に「その問題には触れないほうがいい。脅迫状とか来て、怖い目に遭いますからね」と諭すように言われ、あ然としました。私の質問がスルーされたのは、答えるに値しないものだったからではなく、怖いから……!?
「宗教法人の支持を失うと困る政治家は、なにも公明党や幸福実現党だけじゃない」と教えてくれる人もいました。政治家にとっては票田であり資金源であるから、こと宗教法人に関してはアンタッチャブルなのだというんです。
 仕返しが怖いから'とか、政治家の保身とか、そんな理由で宗教法人は優遇され続けているのか。なんてこった。そこで、「そんなの許せない!」と週刊文春のコラムに怒りをぶつけたわけです。
 早速、反響がありました。幸福の科学の広報局と読者の方からの記名の封書、ほかに無記名のものが何通か。
 手紙の封を切るときは、ビクビクでしたよ。「怖い目に遭いますからね」のひと言が蘇ってきたりして……。
 ところが、手紙の内容は私が怒りをもってぶつけた疑問に対し、あくまでも「私どもの見解」としたうえで、丁寧に答えてくれている。うれしかった。同時に反省もしました。私が差出人の名にビクビクしたのは即ち、宗教に対する偏見があったということなのですよね。
 宗教法人非課税について幸福の科学の見解は、まず、①憲法によって保障される「信教の自由」を根拠に挙げています。第20条ですね。宗教活動に課税するとなれば、その活動は税務調査、査察の対象となり、当局の監視下に置かれることになる。それは国家権力の介入、宗教弾圧になり、すなわち信教の自由を侵害することになる。そうならないように非課税にしているというものでした。
 次に、②「公益性」。宗教活動は教育や医療と同様に公益活動であるから、国家が保護する必要がある。「例えば、マザー・テレサが集めた寄付に対し『高額だから』という理由で課税することが善であるかどうか考えると、公益活動の保護の必要性がご理解いただけるかと思います」ということなのですが……。
 また③宗教活動にはそもそも課税の対象となる“所得”が存在しない。利益が上がってもそれは儲けではなく、事業遂行のための資金になるのだそうです。
 ①~③について、なんとなく知っていたこともあったのですが、改めてこれを読んで納得したかというと、やっぱりまだ腑に落ちないんですよね。
 まず、①「信教の自由」が侵害されるという論理については、日本でも戦前、治安維持法を盾に宗教弾圧があったことは承知してます。決して繰り返されてはならないことだけど、「税務調査、査察が国家権力の介入、宗教弾圧になる」というのは、それはどうなんでしょう。その理屈からすると、税金を納めている人はみな、弾圧されていることになってしまわない?

 はばかりながら、私も納税者ですよ。転居するたびに、それぞれの区役所やら税務署やらと税の徴収をめぐるバトルを繰り広げてきたけれど、弾圧なんかされていないし、いかなる自由も侵害されていない。法人税を納めている企業にしても、査察が入ることはあっても、弾圧されているわけではないですよね。
 税金って嫌なもの、できれば払いたくないものだけれど、払う意義はあると思う。まあ、税金を払え、払わない、で私とバトルを繰り広げてきた税務署にしてみれば、「お前が言うな」と返されそうですが。
 だって、税金を納めた人は、税金によって守られているところもあるし、また、その使い道について意見を言う権利がある。私、都庁がライトアップされたときなんて、ツイッターで「都民税をそんなことに使うんじゃない」と激怒しましたよ。
 次に、②公益活動を国家が保護する必要性について、「マザー・テレサが集めた寄付に課税することが善であるかどうか」を考えればわかるだろうというのは、……わからない。
 宗教法人が得る収入はすべて人々からの寄付であるという物言いにこそ、問題の核心があるように思うんです。これは③宗教活動にはそもそも課税の対象となる“所得”が存在しない」という見解とも絡んできますけど、私のにわか勉強によれば、公益法人は収益事業にのみ課税される。つまり、収益事業でなければ課税されないんですよね。
 となると、宗教法人の場合、なにが非収益事業でなにが収益事業なのか、問題はその線引きですよ。
 結論から言うと、ほとんど線引きは要らない、ということになるらしいじゃないですか。お守り、絵馬、おみくじ、拝観料、そしてお布施、戒名料、墓地使用料に結婚式(神前・仏前)……、すべて非収益事業だというのですから。
 幸福の科学が言う「宗教活動には課税の対象となる“所得”が存在しない」なんて、ものは言いようだと思う。そうではなく、なにをしても「課税の対象となる“所得”にならない」ということじゃないの?
 信者であろうとなかろうと、お守りを買ったり拝観料を払ったりしますけど、それは販売ではなく喜捨行為、つまり進んで寄付したとみなされる。じゃあ、それならなぜ、値段がついているのか?

 幼い頃、私はよく教会に献金していました。たとえば、教会が雨漏りするから修繕費用に充ててほしいなと。とはいっても10円とか100円でしたが、お小遣いの一部を献金箱に入れるんです。こういうことが喜捨行為ってものでしょう。
 お布施や祈禱料も、お経をあげてもらったり、祈禱してもらったりした対価を支払っているつもりでいる人が多いはず。喜捨だと思って払っているわけじゃないですよね。
 というわけで結局、幸福の科学による宗教法人非課税の説明には、合点がいっていないんです。
 読者の方の意見にも触れておくと、「宗教活動はサークル活動」説というもの。つまり、志を同じくする者たちが会費を出し合い、寄付を募り、お布施を集めて活動しているのだから、自由にさせてあげなくてはいけないというんです。
 この説に対し、私はこう考えます。たとえば、マンガ好きが集まっておカネを出し合い、同人誌をこしらえる。これはサークル活動であって、課税のしようもないでしょう。でも、その同人誌を同人誌即売会で売るとなれば、課税の対象になる。サークル活動も規模が大きくなれば、営利活動とみなされ、税務署が目を光らせますよ。
 宗教活動も始まりは小さな集まりだったかもしれない。でも、宗教法人格をもった宗教は明らかにサークルのレベルではないですよ。
 この読者の方はまた、いくら困難とはいえ、人の心を救う活動に、税務署も個人も手を突っ込んではいけないとも主張されています。
 でも、人の心を救う活動に税務署は手を突っ込んではいけないというのは、いかがなものでしょう。
 たとえぽ精神科医はどうなの。まさに、人の心を救う仕事でしょう。占い師に教われる人もいるし、私の本に救われたという人もいるんです。言うまでもなく、精神科医も占い師も私も、税務署に収入を申告し、税金を払ってます。
 フーゾク嬢に救われる男たちだって確実にいますよ。彼女たちも給料制で働いている以上は、店を通して納税しているんだから。
 同人誌を買うファンも、信者みたいなもの。作者を応援したくて、まさに喜捨する思いで買っているけど、税制上は当然、喜捨行為にはなりませんよね。
 何に心を救われるかは人それぞれ。救われる人にとっては、医者、占い師、本やマンガ、あるいは好きな女が、いわばその人の宗教なんですよ。何が喜捨行為か、決めるのはカネを払った人の思いでしょ。
 確かに、そういう人の思いに、ここからは課税するという線を引くのは難しい。でも、払った人は喜捨のつもりでも営利行為になり、喜捨したつもりはなくても喜捨行為になってしまうのであれば、いっそのこと、カネが支払われたらすべて営利行為であるということにして課税すればいいと思う。そのほうが、フェアってものでしょう。私はフェアであるということはとても大事だと思うんです。
 私は宗教法人がけしからんと言っているわけではないし、ましてや宗教に心を救われる人たちがいけないなんて、これっぽっちも思ってません。むしろ尊重するものです。ただ、非課税に納得できないだけなんです。
 だからもう一度言います。震災復興の財源がないのなら、この際、宗教法人非課税というのを見直してみたらどうなんでしょうか。

週刊現代2011年7月9日号
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折も折水戸のスナックで大暴れした検事正後始末

2011-07-13 02:29:19 | 週刊誌から
 証拠改竄事件で高まる検察批判、やっぱりストレスが溜まっていたのだろうか。特捜のエースといわれた検察のトップがマイクを“武器”にスナックで大暴れしていたことが分かった。その乱暴狼藉の一部始終とは――。

「事件」は少し遡る。今年の2月14日の夜、茨城県水戸市内にあるスナック『深海魚』(仮名)に、水戸地方検察庁の粂原研二検事正(57)がほろ酔い加減でやって来たのは8時半頃だった。
「粂原さんは東京地検特捜部の副部長や、名古屋地検の特捜部長を務めた特捜のエースです。野村證券の利益供与事件など大きな事件を手がけ部下の信望も厚い。特捜のあとは札幌高検次席検事、甲府地検検事正を経て昨年7月に水戸へ赴任してきたのです」(司法記者)
 そんな粂原氏は、この店の常連で、キープしてある焼酎のボトルには「ボス」と大書してある。
 店のチーママが言う。
「私も粂原さんのことをボスって呼んでいるんですが、その日、ボスは検事さん3人を連れて最初は楽しそうに飲んでたの。で、カウンターにいた私の友達に目をつけて“ママ、あの子をこっちに呼んでよ”って言い出したのよ」
 チーママは粂原氏のリクエストに応えて友達を粂原氏の側に移らせた。
「そうしたらボスが“なんだ、横から見たら可愛かったけど正面から見たら全然ダメじゃん!”っていきなりその子の額を平手でペチッって叩いたのよ。実は彼女、横顔は若く見えるんだけど60代なのね。でも、そんなこと言われて叩かれたら友達も怒るじゃない。“何すんのよ!”って叩き返したのよ」(チーママ)

 これで鬼検事のスイッチが入ってしまったのか、粂原氏は逆ギレして彼女の頭をカラオケのマイクで殴り返してしまう。
「それからはもう大変! 店にいたNHKの女性記者の髪を引っぱったり、カラオケを歌っている最中なのに次席検事を2回も蹴っ飛ばしたり。お店には10人ほどいたんだげど、8人が暴力を振るわれてたわね。止めようとした私もお腹を殴られたり、ケータイで頭を叩かれたりしたんです。左腕を、キュっと強く捻られたのが一番痛くて、お医者さんに見せたら全治1週間の怪我だったんですよ」(同)
 粂原氏は暴れに暴れたあと零時ごろになってようやく帰っていうたが、店の中はテーブルがひっくり返り、割れたビール瓶やグラスが散乱するという惨状だった。粂原氏は後日スナックを訪ねて謝罪しているが、やがて本庁の知るところとなる。
「私も5月16日に東京高検に呼び出されて2時間半も聴取されたんです。“訴えるつもりもないし勘弁してあげて下さい”ってお願いしたんですけどね」(同)
 粂原氏は定期異動の名目で7月にも水戸地検を去るというが
「検事総長も“こんな時期に何やってんだ!”と激怒したそうです」(前出の司法記者)
 そこで、官舎にいた本人を直撃すると、
「コメントしませんから。申し訳ない」
 と言うばかり。まさか、取調室でもこんなことやっていたのでは……。

週刊新潮2011年7月7日号
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人格者の正体はヅラかぶったままパンツを脱いだサル 西山英彦

2011-07-12 00:29:03 | 週刊誌から
原発対応「スポークスマン」愛の日々 経産省「美人職員」を弄ぶ「西山審議官」

 震災後、世間に一番顔が売れた役人といえば、経済産業省原子力安全・保安院でスポークスマンを務める西山英彦審議官(54)である。真面目な記者対応に定評があったが、メディアには見せない一面を持っていた。省内の美人職員との永き不倫劇を今も続けているのだ。

 6月17日、この日、東京電力は、本店の統合対策室で福島第一原発事故の収束に向けた新工程表を発表した。この場に経産省原子力安全・保安院のスポークスマンとして西山氏も同席。会見は長時間にわたったが、いつものように記者の質問に淡々と答えていた。
 白い麻のジャケットを着た西山氏が虎ノ門にある「ホテルオークラ」のメインロビーに現れたのは、その日の23時過ぎのことだ。
 ソファーに深く腰掛けると、間もなく20代後半と思しき清楚な感じの女性が現れた。そして2人はホテル内の「オーキッドバー」へ。西山氏も女性もタバコは吸わないもののボーイから喫煙室へ案内され、大きな柱の陰にある小さなテーブル席に向かい合わせで座ったのだ。数名の客の一人が西山氏に気付き、その姿を「おっ」と目で追うなど、彼はすっかり有名人である。
 女性はアマレットなどを使ったカクテル、西山氏はテキーラや赤ワインを注文。談笑する2人の姿は、少し歳の離れたカップルにも見える。ただ、西山氏は連日の激務で疲労が溜まっているのか、女性がトイレへ行くとコクリ、コクリと船を漕ぎ始めたのだ。
 結局、西山氏が会計を済ませ、店を出たのは午前0時半過ぎ。店の閉店時間を30分も回っていた。
 ところが、2人は直ぐに車を拾わず、正面玄関を出ると米国大使公邸の前を通り、細い坂道をてくてくと歩き始めた。すると、西山氏はごく自然に女性の手を握り、今度は腰に手を回したのである。この問、終始千鳥足だ。
 そして、坂道を下る途中、西山氏は、右手にあったマンションのオープンスペースに嫌がる女性をぐいと引っ張りこみ、その唇を二度、三度と奪ったのだ。時間にしてほんの数分の出来事だ。が、女性は西山氏がまさか外でこんな破廉恥な行動に出るとは予想していなかったのか、直ぐにホテルオークラへ戻ると、逃げるようにタクシーに乗り込んだ。
 目と鼻の先が米国大使館というこの界隈は、警察官が24時間体制で警備にあたっている。いくら深夜で人影もないとはいえ、いつ警官に見つかってもおかしくはない。記者会見での、常に冷静沈着な西山氏からは全く想像のつかない大胆で情熱的な行動であった。
 原発の放射能汚染水処理にトラブルが頻発し、予断を許さぬ状況下で、西山氏が深夜に密会する妙齢の女性。しかも、彼女とは別れ際にキス……。2人は一体、どんな関係なのか。
 2人を知る経産省関係者が打ち明ける。
「実は、彼女は経産省に勤める職員です。以前から西山さんの寵愛を受けており、1年前から特別な関係にあります。平たく言えば愛人ですね。これまでは、知る人ぞ知る関係でしたが、最近、省内で2人の仲が噂になりつつあります」
 仮に女性の名を中村洋子さんとしよう。和風美人。現在、独身である。
「彼女はよく気がつくタイプで、省内では仕事もできると評判です。そのあたりが西山さんの御めがねに適ったのかもしれません。ただ、西山さんはこれまで女性問題とは無縁の人と思っていたので、最初聞いた時は本当にびっくりしました」(同)

 2人の交際については後述するとして、まず西山氏とはどんな人物なのか。
 1980年、東大法学部を卒業後、旧通産省に入省。その後、米ハーバード大法科大学院を修了。英語も堪能だ。
 原発事故後、原子力安全・保安院のスポークスマンは別の担当審議官が務めていたが、官邸が発言にケチを付け、2人続けて更迭され急遽、起用されたピンチヒッターである。経産省の担当記者が言う。
「現在、西山さんは通商政策局担当の審議官ですが、原子力安全・保安院の企画調整課長や資源エネルギー庁の電力・ガス事業部長を務めた経歴から、白羽の矢が立ったのでしょう。会見中のキツイ質問にも、常に冷静で的確な受け答えができると省内の評価も高い」
 言わば、経産省のスーパーエリートである。
「部下を怒鳴りつけることもないし、人格者と評判です。このままいけば、通商政策局長になるのはほぼ確実でしょう。西山さんの同期では、石黒憲彦・商務情報政策局長が事務次官候補の大本命ですが、今回の働きで次官の目も出てきました」(同)
 西山氏の家族は、妻と一男一女。官舎住まいである。ちなみに、長女は東京電力にお勤めだが、一部にはこんな声もある。
「東電の清水正孝社長は昨年まで足繁く西山さんの部屋に通っていたし、東電とべッタリだったのは明らかです。しかも、西山さんは電力会社を指導、監督する立場の電力・ガス事業部長も務めており、娘の東電入社が表面化した際には省内からも批判の声が上がりました。記者会見の時を除けば、東電に同情的な発言が多く、被災者を思いやる言葉はあまり聞いたことがありません」(経産省幹部)
 これまで女性問題のトラブルはなかったが、
「彼女と西山さんが男女の仲になったのは、1年くらい前のことです」
 と述懐するのは、先の経産省関係者だ。
「今から1年以上前ですが、彼女は職場の人間関係で悩んでいました。その時、相談に乗ってあげたのが西山さんです。人格者で仕事もできると評判の西山さんを、中村さんは尊敬していた。早い話、相談に乗ってもらっているうちにデキちゃったんです」
 ただ、中村さんにとって20も年の離れた西山氏は、最初から恋愛対象だったわけではないようで、
「最初、2人きりで食事に行った時に、いきなり手を握ってきたとか。ま、親身に話を聞いてもらった恩返しのような感じで、西山さんから求められるがままに肉体関係を結んでしまったのでしょう」(同)
 デートの回数が多くなったのは、昨年秋以降である。
「特に頻繁に会うようになったのは、11月くらいからです。例えば、西山さんは昨年11月7日から14日まで横浜で関かれたAPECの高級実務者会合議長を務め、多忙を極めていました。それでもこの月は、6回も夕食を共にしたそうです」(同)

 翌12月のデート回数は10回程。具体的には1日、3日、……27日、28日。
 ある事情通はこう証言する。
「2人で旅行に行ったり、遠出することはありません。デートは、もっぱら霞が関周辺でしたね。神谷町のビールパーや、よく見かけたのが『モダンタイムス赤坂店』というパーです。早い時には、午後8時くらいには店に来て、いつも奥のカウンターに2人並んで座っていました。もっとも西山さんは、家で夕飯の用意があるので、野菜スティックとか軽いものしか食べていませんでしたがね」
 西山氏が原子力安全・保安院のスポークスマンとして、その名が知られる前までは、人目をはばかることもなく、2人は半ば公然とデートを楽しんでいたようである。
「ある時、2人が別々にモダンタイムスに行くと、西山さんが何も告げていないのに店員さんから『お連れ様が奥でお待ちですよ』と言われたこともあったそうです。それほど、2人でこの店に頻繁に通っていたということ。その上、西山さんはかなり大胆で、カウンター席で中村さんの膝の上に手を乗せ、彼女のワンピースの裾に手を入れ、太ももを撫で回すこともあったといいます。店内でキスを迫ったことも。もちろん、周囲のテーブル席からは丸見えです。役人なのに、よくそんなことをやりますよね」(同)
 省内では人格者でも、一歩外に出てお酒を飲むと、後藤田正純議員と同じタイプというわけだ。
「大体、モダンタイムスに行った後、近くにある大手カラオケチェーン店に行くことが多かったそうです」
 と、その事情通が続ける。
「決って使っていたのは8階のVIPルーム。驚くべきことに、2人はカラオケ屋に行っているのに、一曲も歌ったことがないそうです。で、何しに行っていたかといえば、なんとカラオケルームがラブホテル代わりだったというのです」
 2人が行っていたカラオケ店の料金表を覗くと、1人30分390円、週末は480円なんて数字が並んでいる。VIPルームは追加で150円払えばよい。
「西山さんは、審議官ですから年収は1500万~1600万円程度。それに家賃が格安の官舎住まいでしょ。むろん、飲み代や帰りのタクシー代は、全て西山さんが持つのでしょうが……」(同)
 シティホテルではなくカラオケ店で済まされるのでは、彼女もずいぶんと安くみられたものである。

 ここまで来ると、ただの「ケチ男」と言われてしまいそうである。
「西山さんは、古いカツラを使っているので、激しい動きをすると、カツラがズレてしまうとか。だから、ゴルフなんかはやらない。笑っちゃいけないけど、セックスする際、上の肌着を脱ぐと、カツラが引っ掛かってズレてしまう。そのため、パンツは脱いでも上は着たまま、しちゃうそうです」(同)
 問題は2人の関係が原発事故後も、人知れず続いていたことである。むろんカラオケボックスに行くことはなかったが……。
 そして、シーンは記事の冒頭へと戻る。
 前出の経産省関係者が説明する。
「彼とすれば、6月17日は久々に中村さんと会えて、つい嬉しくなり、酔った勢いでキスしてしまったのでしょう。中村さんも求められると断れないタイプです。彼女は所詮いいように弄ばれているだけかもしれません」
 以上が本誌が掴んだ2人の交際に関する情報である。
 さて、当事者は何と答えるか。まずは西山氏である。
 20日夜、御本人を自宅エレベーター前で問い質した。ホロ酔い加減で帰宅したようだが、本誌記者の質問に普段は浅黒い顔が蒼く変わった。本誌記者との主なやり取りは、次の通りだ。
――最初、中村さんの身の上相談にのったのか?
西山 そのことは個人的な話だから言わない。肉体関係はない。
――中村さんと赤坂のカラオケ店には行ったか?
西山 そんなにたくさんは行っていない。
――VIPルームを使っていた?
西山 知らない。いや、カラオケには間違いなく行ってない。
――6月17日、ホテルオークラのバーで中村さんと一緒でしたよね。
西山 それは飲んだ。見てる人がいるしね。
――その後、中村さんとキスをした?
西山 それは覚えてないね。
――震災前、モダンタイムスにもよく行っていた?
西山 えーっと、それはちょっとノーコメントだな。
――書かれると都合が悪いのか?
西山 都合悪くない。しょうがないですから。どう書いてもらってもいいですよ。
 いつもの冷静さを失い、当初、中村さんとカラオケ店に行ったことを認めたものの、なぜか直ぐに前言を撤回。最後は「ノーコメント」を連発し、開き直るのであった。
 一方の中村さんは、
「ノーコメント」
 と言うのみ。
 日本の将来を左右する福島原発事故。その要に位置するスポークスマンを彼に任せておいて良いものかどうか。

週刊新潮2011年6月30日号

原発レベル7より愛人のバースデイ!「西山審議官」が姿を消した日

 本誌が報じた原子力安全・保安院のスポークスマン、西山英彦審議官(54)の愛人問題。その続報をお届けしよう。政府が福島第一原発の事故を「レベル7」に引上げた直後、愛人への誕生日プレゼントを買うため、彼は密かに役所を抜け出したことがあったという。あらら……。

 西山審議官の愛人問題ついて報じた本誌が発売されたのは6月23日である。
 その日の午後11時半、西山氏はいつもと変わらぬ様子で経産省の一室に姿を現した。保安院の定例レクで、福島第一原発の現状について説明するためだ。特に顔色一つ変えることなく、1号機から6号機の状況について話した後、会見は質疑応答へと移った。そして、しばらくすると記者の1人が、「一部であなたの個人的なことが記事になっている。コメントはないのか?」
 と質問。それに対し、西山氏はこう神妙に答えたのである。
「記事が出ること自体、私の至らなさを示していると考えておりまして、深く反省しています。今朝、海江田大臣からも厳重な注意をいただいた。記事の事実関係については個人的なことなのでコメントしません。ただ、この記事で私が仕事に臨む姿勢、仕事に身が入ってないとか、皆さまに誤解を与えたとしたら申し訳ないと思う」
 西山氏が、自分の非を認めたが、大臣からは「職務をしっかりやるよう指示された」と話した。
 ある経産省の中堅職員によれば、
「とにかく西山さんは、週刊新潮の記事が出る前から焦りまくっていました。21日には自ら想定問答集を作成し、役所内の関係者にばらまいてましたしね。そのせいで、不倫話が一斉に広まることになったのです。普段は冷静沈着な西山さんが、まさかあんなことをす
るなんて……」
 さて、改めて、本誌が先週報じた西山氏の愛人について簡単に説明しよう。
 西山氏が経産省職員の中村洋子さん(仮名)と男女の仲になったのは昨年夏。彼女の身の上相談に乗ったことがきっかけだった。
 中村さんの年齢は20代後半とみられる。古風な感じの独身女性だ。
 頻繁に密会するようになったのは、昨年の秋以降である。赤坂のバーで軽く食事をすませ、近くのカラオケボックスへ行くのが定番のデートコースだった。
 バーでは、西山氏が中村さんの膝の上に手を乗せ、太ももを撫で回す姿が目撃されている。
「2人はカラオケボックスに行っても、全く歌わないそうです」
 と説明するのは、経産省の関係者。
「いつもVIPルームを使っていましたが、言わばそこをラブホテル代わりにしていたというのです。それも1回や2回ではありません。年収1500万円はあろうかという経産省の大幹部が、30分500~600円のカラオケルームで……。どういう神経をしているのでしょうか」
 アメリカ大使館近くの道路でも2人のデートが目撃されている。
 6月17日の深夜。虎ノ門にある「ホテルオークラ」のバーで1時間半ほど飲んだ後、ホテルを出た2人。そのまま別れ難い思いにとらわれた彼は、近くにあるマンションのオープンスペースに中村さんを連れ込み、ギュッと抱きしめた。と同時に2度、3度、中村さんにキスしたのだ。
 何とも大胆な西山氏の行動は、原子力安全・保安院の会見で見せる真面目な姿から全く想像できない別の顔である。

 今回、西山氏は経産省から「口頭での厳重注意」処分を受けた。これは、国家公務員法82条で規定された「懲戒処分」(「免職」「停職」「減給」「戒告」)ではなく、あくまで経産省の内部処分に過ぎない。
「処分は、重い順に『訓告』、『文書での厳重注意』、『口頭での厳重注意』、『注意』の4つ。処分については、指針があるわけではなく、過去の処分事例などから総合的に判断しています」(経産省の大臣官房秘書課)
 経産省では、不倫は下から2番目の軽い処分で済まされるのである。
「果たして、経産省は、そんな軽い処分で済ませていいのでしょうか」
 こう話すのは、先の経産省関係者だ。
「西山さんは彼女を審議官室に呼んで、よく2人きりで過ごしていました。男女の仲の2人が省内の密室で一緒にいたなんて、大胆すぎると思いますよ」
 原子力安全・保安院の会見を終えた後、疲れを癒すため一杯やっていたのであろうか。2人を知る経産省の事情通が言う。
「実をいうと、西山さんは、福島第一原発の事故がどうなるか全く見通しが立たない頃、中村さんにプレゼントを買うため役所を抜け出したことがありました。さすがに緊張感に欠けると批判されても仕方ないでしょう」
 余程、特別な事情でもあったのだろうか。
「西山さんが役所から姿を消したのは4月15日のこと。その何日か後に中村さんの誕生日が控えていたため、役所から地下鉄・銀座線に乗って、銀座までプレゼントを買いに出かけたというのです」(同)
 やはり、「仕事に身が入って」なかったわけだ。
「西山さんが銀座へ行ったのは、まだ明るいうちだったようです。銀座でプレゼントを買った後、役所に戻'り、その日のうちに彼女にプレゼントを渡しています。ただ、この時、西山さんが地下鉄に乗って銀座へ行ったせいか、役所と連絡が取れない時間帯があった。そのため、西山さんは後で役所から注意されました」
 振り返れば、政府が福島第一原発の深刻度を国際評価尺度で最悪の「レベル7」に引上げたのは4月12日だ。余震も頻発しており、注水作業が中止に追い込まれれば、大量の放射性物質が放出される恐れもあった。そのため、この頃は原子力安全・保安院での会見も1日に何度も行われていた。その合間を縫って、西山氏はプレゼントを買うために役所を抜け出したのだ。
 6月27日、統合対策室で会見を終えた直後、西山氏に4月15日の行動について聞くと、
「(話すことは)何もない、何もない……」
 と言うのみ。一方、経産省の広報室は、
「現在、事実関係を調査中です」
 との回答を寄せた。
 これで納得できる人は多.くはあるまい。原発と同様、西山氏の愛人問題はなかなかクールダウンしそうにない。

週刊新潮2011年7月7日号

愛人にあそこまでバラされては…西山審議官「エセ紳士」うら悲し 元木昌彦の深読み週刊誌

 ジャーナリスト黒岩涙香は、自らが発行する「萬朝報」で、表向きは紳士然として、裏で妾を囲うような「怪物」を徹底的に批判した。明治31年 7月から9月まで「蓄妾実例」として、医師、前法相、豪商、軍人から作家・森鴎外にいたるまで、実名でその裏の顔を告発して話題を呼んだ。
 その黒岩の批判精神を受け継いでいるのは「週刊新潮」である。綺麗事を並べ、天下国家を論ずるエセ紳士の化けの皮を剥ぐことをやらせたら、新潮に敵う週刊誌はどこにもない。先週号では、民主党の高橋千秋外務副大臣(54)が、震災2日後の3月13日夜、そのあと職務があるにもかかわらず、20 代の女性を呼び出し、浴びるほど酒を飲んで、その女性の体を触りまくったと報じた。当然ながら、上司の松本剛明外相から厳重注意を受けたが、なぜ辞任ではないのかと、その大甘な処分に対しても批判が噴き出している。
 その新潮が今週は、原発事故以来、原子力安全・保安院のスポークスマンを務め、顔だけは日本中に知れ渡ってしまったあの西山英彦審議官(54)が、「経産省の美人職員を弄んでいる」という仰天スクープをやってのけた。相手の20代後半と思しき清楚な女性と西山審議官が、ホテルオークラのオーキッドバーに現れたのは6月17日の23時過ぎ。女性が飲んだのはアマレットなどのカクテルで、彼はテキーラや赤ワインを注文したとある。
 2人がそこを出たのは午前0時半過ぎ。ホテルを出てアメリカ大使館の前を通り、細い坂を歩きながら、西山審議官は彼女の手を握り、腰に手を回す。そして、とあるマンションのオープンスペースで、嫌がる彼女に迫り、唇を2度3度奪ったというのだ。しかし、そこからは期待に反して、彼女はそそくさとタクシーで帰ってしまうのである。
 一夜の御乱行なのかと読み進めると、実は2人の仲は経産省の仲では知る人ぞ知るで、1年前から「特別な関係」が続いていると、2人を知る経産省の関係者が打ち明けている。デートの回数が増えたのは昨年11月くらいからで、11月7日から14日まで開かれたAPECの高級実務者会合で、議長を西山審議官が務めていた超多忙の時も、彼女とは6回も夕食を共にしたという。さらに、翌12月のデートの回数は10回程度で、1日、3日…27日、28日とある。ここまで読んでくれば、読者はこの情報を新潮にたれ込んだ人間が誰だか気づくはずだ。過日、彼女がキスされるのを嫌がり、タクシーで逃げ帰ってしまったのは、西山審議官と何らかのトラブルが起きていて、彼女の心は彼から離れていたからだろう。カラオケに行っても歌も唄わず、ラブホテル代わりにしていたという。さらに、こんなことまでバラされてしまうのである。
 「西山さんは、古いカツラを使っているので、激しい動きをすると、カツラがズレてしまうとか。だから、ゴルフとかはやらない。笑っちゃいけないけど、セックスする際、上の肌着を脱ぐと、カツラが引っ掛かってズレてしまう。そのため、パンツは脱いでも上は着たまま、しちゃうそうです」(消息通)
 西山審議官は経産省のスーパーエリートで、原発事故以来、そつのない答弁で、次官の目も出てきていたのだそうだ。長女は東京電力に務め、清水正孝社長とも昵懇で、東電ベッタリだった。
 その西山審議官は新潮の取材に対して、「いつもの冷静さを失い、当初、中村さんと(愛人の仮名=筆者注)カラオケ店に行ったことを認めたものの、なぜか直ぐに前言を撤回。最後は『ノーコメント』を連発し、開き直るのであった」そうだ。
 当然ながら彼女のほうもノーコメント。西山審議官も、原発事故さえなければ、全国的に顔を知られることもなく、新潮に愛人問題をたれ込まれることもなかっただろう。人徳がなかったといえばそれまでだが、何となく滑稽でありながら、うら悲しい話しである。

J-CASTテレビウォッチ 2011年6月24日 12:40

男なら西山元審議官をリスペクトせよ! テポドン

 震災後の福島原発事故により、一躍時の人となった保安院の西山元審議官。
 登場した当初より、役人よろしく慇懃なまでの物言いで「本当のことを隠している」と逆に疑われ、プライベート画像が流出したことで「重大な隠蔽が行われている」などとネタ要員にまで守備範囲を広げるなど、その活躍ぶりを瞼に焼き付けた者は多いはずだ。
 しかし、そんな彼が週刊誌によって逢い引き現場をスクープされ、事実上の更迭の憂き目に遭ったことは、もはや周知の事実。なんとなくテレビで見かけないと寂しい気分になってしまった方も多いはずだ。
 あくまでも個人的な意見だが、西山審議官を見た、最初の感想はとにかく腹が立ったのを覚えている。堅物で慇懃な物言いは典型的な役人タイプで、まだまだ重大な事実を隠しているに違いないと思ったものである。
 そんな西山元審議官への見方が変わったのは先に述べた不倫疑惑である。
 不倫報道をした週刊新潮によれば、ホテルのバーで一杯引っかけた後に、アメリカ大使館近くの暗闇でチューを3回ほどかました。さらにカラオケボックスをラブホ替わりにしていたという。
 こうしてキッチリと恥ずかしい姿を押さえられた西山氏のその後は周知の通り。事実上の更迭により、表舞台から姿を消したワケだ。
 だが、ここであえてSPA!夜遊び戦隊・チーム俺の夜の特攻隊長を自認する、私、テポドンは日本男子に問いたい。
 西山元審議官は間違っていたのかと…
 不倫はよくないということは理解できる。だが、同性である男側からすれば、それこそ「あっぱれ!」と太鼓判を押してあげたくなるものだ。なぜならあの風体で一年に渡って和風美女をコマしてたんである。やれ草食だ、セックスレスだと小馬鹿にされることの多い昨今の日本男子と対極にいる強烈な肉食獣の獰猛さを私は感じたのであった。
 さらにここでもう一つ、西山氏のすごいことがある。報道された翌日には会見で「私事ながら」と前置きして潔く謝罪をしたのである。適当な謝罪と方言で事実をうやむやにしているどこぞの首相や、東電の幹部連中とは天と地ほどの差がある対応だ。
 ただ、会見内容には十分に疑わしき点が合ったのも事実で、要約すれば「Hはなかったけど、ちょっとおイタしちゃいました」は大人として合点がいかないのも事実。あの会見を見て、「ぜってぇーにヤッてんな!」と思ったのは私だけではないはずだ。でも、あの場で「すいません、ヤッちゃいました。エヘヘ」言えるわけがなかろう。言わぬが花、惜して知るべしではなかろうか。
 さらに週刊新潮によれば、アメリカ大使館横の暗闇でチューをしたというが、これが事実ならば西山という男はただのエロテロリストではないということがよくわかる。なぜならば、9・11テロ以降、厳重な警備が敷かれるアメリカ大使館近辺でコトに及ぶなど、常人のできる技ではない。西山氏の肝の据わった男っぷりを如実に表すエピソードであり、こういう男こそ信用できるというものではなかろうか。
 カラオケボックスをラブホ替わりに使ったというのも、よく言えば庶民的。彼に石を投げつけることができるのは、カラオケボックスでイチャイチャしたことがない者だけではなかろうか。冷静に考えても、ホテルなんかで密会したら言い訳などできるわけがない。ひょっとしたら本当にカラオケ好きで歌っていたのか、はたまたマイクを握り締めて尺八を吹いたのかは本人たち以外は知る由もないのだ。
 気になって西山氏について周辺取材をしたところ、西山氏がよく来ていたというバーの常連客に話を聞くことができた。
「震災後、テレビをつけたらどっかで見たことがある顔だなぁって思っていたら、よく行くバーの常連さんからメールで『セクヤマさんがテレビ出てる!』ってメールが来たんです」
 なんでも西山氏はその店で、やたらめったらスキンシップをはかってくるので、ついたあだ名がセクヤマだという。
 クールな顔からは想像もできない肉食男子っぷりである。 
 結局、ひっそりと更迭されてしまった西山氏だが、我々に与えたインパクトは絶大だ。そして彼の一連の騒動を見て、若い美人のネエちゃんを愛人にするなんて夢のまた夢。羨ましい!と思った方も多いはずだ。ならば我々日本男児は、男としての夢を叶えた西山氏を批判するのではなくリスペクトすべきではなかろうか。彼がもし本当にヅラだったならば、ハゲ男性にとっては希望の星であるはずだ。ひょっとしたらそのヅラをネタに使って口説き落としたりしていたら、それこそ神である。

SPA! 2011年7月7日

謹慎中 保安院のスポークスマン 西山審議官の「これから」

「すこし前に経産省の12階で西山さんがウロウロしているのを見ましたが、最近は見かけない。彼はいま〝待機ポスト〟にいますが、そこからは間もなく外れる予定。次はどこに異動になるのか、省内で話題になっています」(経産省関係者)
 原子力安全・保安院のスポークスマンとして東電本店での会見に連日登場し、一躍〝時の人〟となったのが西山英彦前官房審議官(54歳)。その一糸乱れぬヘアースタイルも話題だったが、6月末『週刊新潮』に女性スキャンダルを報じられると一転、表舞台から姿を消した。
「お相手は経産省で秘書を務める30代の職員。見た目はタレントの渡辺直美系で、あそこまで太ってはいないけどぽっちゃりした女性です。同誌では彼女と米国大使館近くでキスをするシーンなどが生々しく報じられた」(前出・関係者)
 西山氏は記事が出た日に会見で謝罪、海江田万里経産相からお灸を据えられた上、広報担当の座から降板させられた。その後はパッタリと露出しなくなったが、7月15日の人事異動で「大臣官房付」なるポジションに異動となっている。
「大臣官房付というのは経産省内の〝待機ポスト〟。西山さんのほかにも、インサイダー疑惑の渦中にいる木村雅昭氏、『日本中枢の崩壊』で霞が関批判を繰り広げた古賀茂明氏がいまこのポジションにいる。3人あわせて〝官房付お騒がせ三人衆〟と呼ばれていますが、中でも西山氏の処遇には注目が集まっている」(全国紙経済部記者)
 実は西山氏は次官候補に名が挙がっていたほどのエリート中のエリート。東大法学部卒業後の'80年に入省、経産省内で経済産業政策局に次ぐとされる通商政策局のナンバーツーといった要職を渡り歩いてきた。
「だから今回のスキャンダルで西山氏を完全に〝干す〟ことは考えられない。いま有力視されているのが、商務情報政策局の商務流通審議官への異動。ほとぼりが冷めるまではそこで温存させるつもりでしょう」(保安院関係者)
 ただ商務情報政策局長は西山氏の同期。次官レースではリードを広げられた形になりそうだ。

週刊現代2011年8月13日号
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風まかせ赤マント 1039 タマネギバリバリ健康法 椎名誠

2011-07-11 03:32:11 | 週刊誌から
 サラリーマンをしていた三〇代ぐらいのときに会社の健康診断で、血圧が高いですよ、と指摘された。はじめてそんなことを言われたのでびっくりした。完全健康体にいきなりケチをつけられた思いだった。
 それ以降、血圧は確実にあがっていき、四〇代でついに「高血圧」と宣言された。五〇代で「このままでは危険だから」と言われて降圧剤を処方された。これは飲むと血圧は安定するが、一度飲むとそのあとの人生ずっと飲んでいかなければならないと聞き、やや暗い気持ちになった。
 ところがあるとき「タマネギと健康」というような本を読んでいたら、タマネギを毎日食べていると「血圧」がさがり安定する、と書いてあった。生でも火をとおしてあってもよく、とにかく毎日食べるのが秘訣、という。
 妻に頼んで毎朝オニオンスライスを作ってもらった。スライスしてしばらく放置しておくと酵素の力がたかまって有効、というのでそのとおりにした。もともとタマネギで育ったようなものだからこれを毎日というのもまるで苦ではなく、半年ぐらいずっとこれを食べていた。
 結論をいうと、血圧は下がった。かつてひどいときは上が二〇〇で下が一〇〇なんてときがあった。降圧剤を飲むと上一七〇から下八〇ぐらいに下がる。まあこれでいくしかないか、と思っていたのだが、タマネギバリバリ健康法(ぼくが勝手につけた呼び名)を実践するようになったある夜、妙に全身の力がなくなったような気がして、これはどうしたものかと血圧をはかってみたら上が一〇〇で下が五五というわが人生でみたことのない低い血圧の数字が出ている。何度かやり直してみたが同じような結果だった。
 以来、ぼくは降圧剤を飲むのをやめた。そうして自然のままにして、とにかくオニオンスライスは毎朝かならず食べるようにした。それから三カ月、血圧は完全に安定した標準数値になっている。
 高血圧で悩んでいる人が多いと聞いているので、ささやかながらこの体験記を書いた。
 ヒトの体質によって違いはあるだろうから必ずしも役にたつとは思わないが体験的事実なので、試して損はないと思う。その「タマネギ」の本にも八〇パーセントの人に有効、というデータが出ていた。

週刊文春2011年6月23日号
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