■地球のいま、未来は
6月5日は「世界環境デー」。ストックホルムで開かれた「国連人間環境会議」(1972年6月5日開幕)で人間環境宣言が採択されたことを記念して設けられ、日本でもこの日を「環境の日」、6月を環境月間と定めている。地球温暖化問題に加え、今年は10月に名古屋市で国連生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開かれることから、生物多様性も注目されている。国内外の各地の環境保全の取り組みを報告する。
■アイヌ文化、伝承の地に
オヒョウ、ミズナラ、キハダ…本来の植生で自然林を再生--NPO法人「ナショナルトラスト・チコロナイ」
「先住民のアイヌが暮らしていた森を復活させよう」と、北海道の日高山脈の山ろくにある平取町二風谷(にぶたに)で、自然林の再生運動が進んでいる。アイヌ民族の貝澤耕一さん(64)を中心に市民有志が展開するナショナルトラスト運動で、「生物の多様性を守り、自然とのかかわりを大切にしてきたアイヌ民族の文化を次の世代に伝えたい」との願いが込められている。【明珍美紀、写真は平田明浩】
「オヒョウの苗木を持ってきたぞ。しっかり植えていこう」。ササが生い茂る山に貝澤さんの声が響く。軍手をはめた参加者たちが、斜面に高さ1メートルほどの苗木をせっせと植えていく。
大型連休中の5月3日、アイヌの人々が多く住む二風谷の山林で、貝澤さんが理事長を務めるNPO法人「ナショナルトラスト・チコロナイ」の植林活動が行われた。近くには二風谷を流れる沙流川に建設された二風谷ダムがそびえている。
「チコロナイ」とは、アイヌ語で「私たちの沢」という意味だ。炭坑の坑木用に植林されたカラマツやトドマツなどの人工林に姿を変え、長く放置されていた山に、オヒョウやミズナラ、キハダなど、もとからあった木を植えることで自然林の再生を図っていく。
「昔はオヒョウの木の繊維から布やロープをつくっていた」と貝澤さんは懐かしむ。「アイヌはかつて生活のほとんどを森や川に頼っていた。地球に生きているのは人間だけではない」
植林には、北海道内をはじめ、東京や岡山などから会社員や親子連れ、学生ら約30人が参加した。道内の林業会社に勤める男性(35)は「国産材を活用するには誰かが人工林の手入れを担わなければいけない。自分はここで森林保護のあり方を学んでいる」と話す。
合間には、貝澤さんのミニレクチャーもあり、民族の伝統的な暮らしや自然とのかかわりなどを説明しながら「一番の目的は北海道に合った自然を取り戻すことだ」と強調。この日の作業で約2000本が植えられた。
■
「チコロナイ」の活動には、父で元北海道ウタリ協会副理事長の故貝澤正さんの思いが底流にある。
二風谷ダムの建設をめぐり、地権者だった父と元参院議員の故萱野茂さんは、ともに用地買収を拒否した。92年に79歳で死去した父の遺志を継いだ長男の貝澤さんと萱野さんが翌93年、北海道収用委員会の土地収用裁決の取り消しを求めて行政訴訟を起こし、「アイヌの聖域でのダム建設は民族の尊重を否定する」と訴えた。
札幌地裁は97年、司法の場で初めて「アイヌは先住民族」と認め、ダム建設の事業認定を違法とする判断を示した。だが、ダムはすでに完成していたため、請求は棄却された。
一方、貝澤さんは94年からトラスト運動を始めた。大阪のNPO法人「緑の地球ネットワーク」のメンバーらの協力で寄付金を募り、自宅裏の約3・4ヘクタールの山林を買い取った。
「トラストをやりたい」と言い始めたのは父だった。「父は民族の権利回復だけではなく、祖先が培ってきた自然と共生する暮らし方が失われていくことに対して抵抗した」と振り返る。
活動が7年を迎えた01年、NPO法人となり、さらに周辺の山林を取得した。現在、所有する森(通称、チコロナイの森)は約26ヘクタールに及ぶ。同NPOの会員は全国に約100人。毎年5月に植林、秋には苗木の手入れを行っており、これまで植えた木は計約1万5000本になった。
とはいえ、悩みもある。このところシカがよく姿を見せるようになり、せっかく植えたオヒョウの新芽を食べてしまうのだ。「シカが悪いのではない。野生生物の生活域を侵した人間のせいだ」と貝澤さんは言う。防護ネットを張りたいが、資金が足りないため、「これから支援を呼びかけていく」という。
■
苗木は農業を営む貝澤さんの畑で育てており、植林の際、作業用につくった山道の両脇に、エゾヤマザクラの苗木も植えた。「本州のサクラよりも花の色が濃い。大きく育ったらみんなで花見ができる」と貝澤さんは目を細める。同NPO事務局の大饗(おおあえ)朱美さん(55)は「生物多様性を守る取り組みは各地で行われている。地元の自然に関心を持ち、自分にできることを無理なく行うことが持続可能な活動になる」と語る。
「森らしくなるのは30~40年後」と貝澤さん。さまざまな生き物たちが暮らす森をよみがえらせ、アイヌ文化伝承の地にすることが目標だ。
■ダム計画で揺れる里
沙流川の水系では、二風谷ダム(98年に運用開始)と、そこから約20キロさかのぼった支流の額平(ぬかびら)川に建設中の平取ダムが計画された。自然保護団体などが計画の見直しなどを求め、平取ダムについては政府が当面、事業を凍結する方針を打ち出している。
学生を連れて5年前から「チコロナイ」の植林に参加している北海道大大学院教授の小野有五さん(62)=環境科学=は「森と川は密接なつながりがあり、森の生態系を復活させない限り、沙流川の清流を取り戻すことはできない」と指摘する。
「ダム建設という公共事業は地元に収入をもたらすという意見もあるが、ダム撤去を公共事業にすると、まさに二風谷版グリーンニューディールになる」と小野さん。生物多様性を取り戻した「アイヌの里」を先住民族の文化継承やエコツーリズムの拠点にすれば「地域活性化につながる」と提案する。
■萱野茂二風谷アイヌ資料館
アイヌ民族が多く住む二風谷には、「萱野茂二風谷アイヌ資料館」がある。萱野茂さん(06年5月、79歳で死去)が92年、私財を投じて開設した。生活道具や民具、農機具などのほか、萱野さんが録音したアイヌ語の民話など音声資料を収蔵する。独特の刺しゅうの文様をほどこした民族衣装やオヒョウの繊維からつくられた衣装も飾っている。「オヒョウの繊維は乾燥してもやわらかくて丈夫」だという。
特集:世界環境デー(その2止)
熱帯の現実、見つめて--インドネシア・スマトラ島
■失われる原生林、野生生物…地元の子、カメラで迫る
濃い霧に覆われた森林や色鮮やかな花、ヤシの実の殻を拾う村人--。赤道直下にあるインドネシア・スマトラ島で昨年秋、地元の子どもたちが日々の暮らしや自然の姿を撮影した。熱帯林は多様な生き物の営みを支えるとともに、地球温暖化の主因である二酸化炭素(CO2)を吸収する。だが、スマトラ島をはじめ世界の熱帯林は急速に失われつつある。子どもの視点を通して、地球環境の現状と未来を考えたい。【須田桃子】
メロンほどあるゾウの糞(ふん)にはしゃいだり、自生植物の実を見つけてつまんだり。子どもたちは、森の中で歓声を上げながら、初めてのカメラを手に、さまざまな被写体に迫った。写真による自己表現や創造活動の場を提供しようと、「ワンダーアイズプロジェクト」(永武ひかる代表)と環境NGO(非政府組織)「世界自然保護基金(WWF)」が企画したプロジェクトで、当時6歳から17歳の174人が参加した。
撮影場所に選ばれた2カ所は、いずれも貴重な自然が残る国立公園の周辺だ。島中部のリアウ州テッソ・ニロは島最大の低地熱帯林で、絶滅の危機にあるスマトラゾウやスマトラトラが生息する。
島南部のランプン州ブキ・バリサン・セラタンは、山岳地帯に森が広がり、険しい地形から大規模な開発を免れた。低地でほとんど見られないスマトラサイ60~80頭がすむ。
写真は、深刻な現実も切り取っている。見渡す限り伐採されたかつての森や、森林減少に伴い増えている大規模な土砂崩れの跡だ。
WWFによると、85年に島全体の57%を覆っていた森林は、07年までの22年間で30%まで減った。特にリアウ州では07年までの25年間で、九州の面積に匹敵する約4万平方キロの森林が消えた。
消滅の主な原因は二つある。
一つが、パーム油を作り出すアブラヤシのプランテーション(大規模農園)開発だ。パーム油はマーガリンや洗剤、化粧品など食品や日用品の原料として利用されている。
もう一つが、紙パルプを扱う多国籍企業やその下請け企業による伐採だ。日本で使われるコピー用紙原料の3割はインドネシア産で、その8割はリアウ州産という。国内外の環境NGOが森林伐採に反対しているが、企業の協力は得られず、歯止めがかかっていない。
熱帯林が失われたために、野生動物がすみかを失い、人里に現れたり、密猟に遭う率が高まっている。08年までの5年間で、トラやゾウが農園などを襲う事故は190件近く発生し、トラ11頭、ゾウ50頭が殺された。
温暖化への影響も懸念される。開発が進む森には、水中に堆積(たいせき)した枯れたあとの植物が炭化した泥炭を大量に含む湿地が広がる。リアウ州は、インドネシアで最も泥炭土壌の量が多く、炭素貯蔵量は、東南アジアの3割にあたる146億トンと試算されている。湿地の水抜き工事で土壌が乾燥し森林火災が多発。土壌中の炭素化合物も分解され、90~07年に泥炭から計21億7000万トンのCO2が排出された。これは現在の日本の年間排出量の1・7倍になる。
WWFは、違法伐採や熱帯林破壊の状況を監視するとともに、日本企業に対しては、保護価値の高い森林に由来する原料を輸入しないよう求めている。WWFジャパン自然保護室の小森繁樹さんは「このままでは土砂災害が増加し、新たな食料や医薬品などの開発につながる生物資源も失われる」と警告する。
永武さんは「子どもたちが大人になったとき、豊かな森が残るよう願っている。紙を使うときは、原料の産地に思いをはせてほしい」と呼びかける。
■2030年代初頭、資源は地球2個分必要
熱帯林が失われているのはスマトラの森だけではない。世界各地の熱帯林に共通することが、WWFが隔年で発行している報告書「生きている地球レポート」で浮かび上がる。
最新の08年版によると、生物多様性の豊かさを示す「生きている地球指数」は、熱帯林では70年時点と比較して60%減少した。これは、30年余りで野生動物の生息数が62%減ったことを反映した数字という。地球全体でみても、地球指数は30%、生息数は28%それぞれ減少した。
一方、人類が地球環境に与える負荷は「エコロジカル・フットプリント(生態学的な足跡)」という指標で示されている。人類が利用する資源を供給したり、CO2を吸収したり、廃棄物を分解したりするのに必要な陸海の面積で表される。飛行機や車による移動、食料の輸入などで化石燃料の利用が多い先進国や石油の輸出国で数値は大きくなる傾向がある。日本人1人あたりのフットプリントは世界22位で、アラブ首長国連邦が1位、米国が2位。最も低いのはマラウイだった。
人類全体では80年代後半に地球が持つ再生能力を上回り、05年には約30%超過した。2030年代初頭には、地球2個分が必要になるという。報告書は「石油や石炭に代わる燃料開発などさまざまな対策を実行し、過剰分を継続的に減らさなければならない」と提案する。
毎日新聞 2010年6月5日 東京朝刊
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます