「其の壱」「其の弐」で、日本ドイツ両国の戦後賠償・補償方法を書いてきました。それを踏まえて、両国それぞれにおける問題点を考えてみたいと思います。まずは、ドイツにおける問題点を述べたいと思います。(前回のお話はこちら)
(3) ドイツにおける賠償・補償問題
ドイツにおけるほぼすべての問題点は、やはり(日本におけるサンフランシスコ条約のような)講和条約・平和条約を締結していないことから始まると思われます。ドイツ政府は1990年の「2プラス4条約」にて「賠償請求権問題は解決済み」との姿勢ですが、西側諸国の間ではうやむやの状態になっているようです。実際ギリシャやオランダなどからは、「抑留者問題・虐殺事件に関する請求権は失われていない」として、ドイツ政府に補償を求める声が出ているようです。もっともこれら西側諸国も、ドイツとの間の深刻な外交問題に発展するのを嫌っており、水面下の交渉が続けられています。
この講和条約の欠如は、「其の弐」で書いた「c) 民間企業による強制労働者に対する補償」にも影響します。以前にも述べたように、1999年米国カリフォルニア州で公布された州法に基づいて、元強制労働者を中心に集団訴訟・一括訴訟が行われ、またドイツ企業に対する大規模な不買運動が起こります。さらに、原告団の中に相当数の(アメリカ兵を含む)連合国兵捕虜がいたことから、米議会・世論が大きな関心を持つようになります。
事態を重く見たドイツ政府と企業は、補償基金を設立する代わりに、ドイツ企業がアメリカで二度と訴えられない「法的安定性」を得られるよう、アメリカ政府に仲介を求めました。これを受けてアメリカ政府側も、「裁判でなく補償基金を唯一の救済策とすることが米国の国益になる。訴訟の棄却を勧める」との声明を出し、裁判所に提出しました。この結果、主な原告もこの「補償基金案」を受け入れ、ほとんどの訴訟が棄却されました。
この補償基金設立には、ドイツ国内でもいろいろと反対意見があったようです。主たる反対意見としては、「ドイツはいつまで延々と補償し続けなければならないのか」といったものです。さらに、今後また新たな補償問題が発生した時、どこでラインを引くのか、という問題もあります。このことに対して、現ドイツ政府は明確に回答できないでいるようです。
結局この補償事業に関しては、ドイツ政府・企業とも、「道義的責任」に加えてグローバルなビジネス戦略を考えたものだと思われます。ドイツ企業と同様アメリカ企業でも、当時ナチス下でユダヤ人に強制労働させていたGMやエクソン・スタンダード石油が、自発的に犠牲者へ補償することを決定しています。一種の「企業による慈善事業」と考えればよいのかもしれません。
上述した問題点は、基本的に講和条約の欠如から生まれたものなので、日本においてはあまり問題にならないと思われます。ただし、後半の「民間企業による強制労働者に対する補償」に関しては、サンフランシスコ講和条約の中で少々問題になりかねない個所があります。そのことについては、次回お話しようと思います。
さて、これとは別にもう一つの大きな問題があります。それは、「旧ドイツ帝国領内で現在ポーランド・チェコ領になっている地域」における、ドイツ人の財産請求権問題です。まずはポーランドの例から見ていきます。
第二次世界大戦の結果、オーデル・ナイセ川以東のドイツ領土からドイツ人は全員追放され、ポーランド人が居住するようになりました。戦後しばらく西ドイツ政府は、この領土割譲を一方的なものだと非難していました(ドイツ固有の領土との主張)。しかし、1970年のポーランドとの国交正常化に伴い、西ドイツのブラント首相はこの国境線を認め、領土問題に終止符を打ちました。
ここで問題となったのが、ポーランドから追放されたドイツ人の財産権です。国交正常化以降ドイツ政府の公式な立場としては、「ドイツ人の財産権という私権は国家の領土主権の放棄と無関係に存続する」というものでした。この公式見解を受けて昨年、ドイツ強制移住者団体が財産の返還などを求めて、ポーランドの裁判所や欧州人権裁判所に提訴しました。深刻な外交問題に発展することを恐れたドイツのシュレーダー首相は、「強制移住者の補償要求を支持しない」と表明しました。またポーランド政府側も、「国際問題化させずに、ドイツ国内で解決して欲しい」との要望を伝えます。
ところが、ポーランド議会はこの提訴に強く反発し、「ドイツに対する戦争賠償の請求決議」を可決します(棄権一人で残り全員賛成)。もっともポーランドに賠償請求権はなく(国交正常化に伴い賠償請求権を放棄したため)、この決議は単なる牽制のようです。ポーランドにも、戦後ソ連領になった地域から追放されたポーランド人移住者への補償問題があり、国内で解決しようとしています。だからこそ、ドイツ政府が財産権請求問題解決に積極的でないことに、反発を感じているのかもしれません。
一方チェコの場合、「ズデーデン・ドイツ人問題」というのが存在します。ズデーデン・ドイツ人とは、1945年から47年の間に、旧チェコスロバキアから追放されたドイツ人を指します。ポーランド同様、当時のベネシュ・チェコスロバキア大統領の決定により、これらドイツ人の資産も一方的に没収されました。冷戦終結後、ハベル大統領が公式に遺憾の意を表明しましたが、チェコ政府の立場としては、「過去の終結した事実であり、資産の返還・補償には応じない」というものです。
当然、ズデーデン・ドイツ人団体も財産請求を求めて提訴する動きがあります。ズデーデン・ドイツ人団体の主張としては、次のようなものです。「ナチス時代にチェコ人に対して行われた重大な犯罪は、可能な範囲において補償された。しかし一方で、故郷放逐者に対して行われた不正は、まったく手つかずのまま放置されている。」
ポーランド・チェコから戦後強制移住させられたドイツ人は、数百万人に及ぶと言われています。ドイツ政府は、彼らに何もしてこなかったわけではなく、独自に補償・年金を支払っているようです。もっとも、彼らが所有していた財産に比較すると全く十分なものではなく、不満を募らせているようです。さらに、シュレーダー首相率いる与党革新政党の社会民主党(SDP)は、この問題解決に消極的なのですが、野党保守政党のキリスト教民主同盟(CDU)・キリスト教社会同盟(CSU)は、この強制移住者団体を強力に支持しています。従って、SDPが政権政党である限り、あまり問題にはならないと思いますが、CDUに政権交代が行われると、両国との外交的緊張が高まる恐れはあります。
この財産権請求問題は、日本と中国の間にも当てはまる場合があると思われます。これについては、次回お話しします。
今日はここまでです。それでは次回、「日本における賠償・補償問題」を見ていきましょう。
(3) ドイツにおける賠償・補償問題
ドイツにおけるほぼすべての問題点は、やはり(日本におけるサンフランシスコ条約のような)講和条約・平和条約を締結していないことから始まると思われます。ドイツ政府は1990年の「2プラス4条約」にて「賠償請求権問題は解決済み」との姿勢ですが、西側諸国の間ではうやむやの状態になっているようです。実際ギリシャやオランダなどからは、「抑留者問題・虐殺事件に関する請求権は失われていない」として、ドイツ政府に補償を求める声が出ているようです。もっともこれら西側諸国も、ドイツとの間の深刻な外交問題に発展するのを嫌っており、水面下の交渉が続けられています。
この講和条約の欠如は、「其の弐」で書いた「c) 民間企業による強制労働者に対する補償」にも影響します。以前にも述べたように、1999年米国カリフォルニア州で公布された州法に基づいて、元強制労働者を中心に集団訴訟・一括訴訟が行われ、またドイツ企業に対する大規模な不買運動が起こります。さらに、原告団の中に相当数の(アメリカ兵を含む)連合国兵捕虜がいたことから、米議会・世論が大きな関心を持つようになります。
事態を重く見たドイツ政府と企業は、補償基金を設立する代わりに、ドイツ企業がアメリカで二度と訴えられない「法的安定性」を得られるよう、アメリカ政府に仲介を求めました。これを受けてアメリカ政府側も、「裁判でなく補償基金を唯一の救済策とすることが米国の国益になる。訴訟の棄却を勧める」との声明を出し、裁判所に提出しました。この結果、主な原告もこの「補償基金案」を受け入れ、ほとんどの訴訟が棄却されました。
この補償基金設立には、ドイツ国内でもいろいろと反対意見があったようです。主たる反対意見としては、「ドイツはいつまで延々と補償し続けなければならないのか」といったものです。さらに、今後また新たな補償問題が発生した時、どこでラインを引くのか、という問題もあります。このことに対して、現ドイツ政府は明確に回答できないでいるようです。
結局この補償事業に関しては、ドイツ政府・企業とも、「道義的責任」に加えてグローバルなビジネス戦略を考えたものだと思われます。ドイツ企業と同様アメリカ企業でも、当時ナチス下でユダヤ人に強制労働させていたGMやエクソン・スタンダード石油が、自発的に犠牲者へ補償することを決定しています。一種の「企業による慈善事業」と考えればよいのかもしれません。
上述した問題点は、基本的に講和条約の欠如から生まれたものなので、日本においてはあまり問題にならないと思われます。ただし、後半の「民間企業による強制労働者に対する補償」に関しては、サンフランシスコ講和条約の中で少々問題になりかねない個所があります。そのことについては、次回お話しようと思います。
さて、これとは別にもう一つの大きな問題があります。それは、「旧ドイツ帝国領内で現在ポーランド・チェコ領になっている地域」における、ドイツ人の財産請求権問題です。まずはポーランドの例から見ていきます。
第二次世界大戦の結果、オーデル・ナイセ川以東のドイツ領土からドイツ人は全員追放され、ポーランド人が居住するようになりました。戦後しばらく西ドイツ政府は、この領土割譲を一方的なものだと非難していました(ドイツ固有の領土との主張)。しかし、1970年のポーランドとの国交正常化に伴い、西ドイツのブラント首相はこの国境線を認め、領土問題に終止符を打ちました。
ここで問題となったのが、ポーランドから追放されたドイツ人の財産権です。国交正常化以降ドイツ政府の公式な立場としては、「ドイツ人の財産権という私権は国家の領土主権の放棄と無関係に存続する」というものでした。この公式見解を受けて昨年、ドイツ強制移住者団体が財産の返還などを求めて、ポーランドの裁判所や欧州人権裁判所に提訴しました。深刻な外交問題に発展することを恐れたドイツのシュレーダー首相は、「強制移住者の補償要求を支持しない」と表明しました。またポーランド政府側も、「国際問題化させずに、ドイツ国内で解決して欲しい」との要望を伝えます。
ところが、ポーランド議会はこの提訴に強く反発し、「ドイツに対する戦争賠償の請求決議」を可決します(棄権一人で残り全員賛成)。もっともポーランドに賠償請求権はなく(国交正常化に伴い賠償請求権を放棄したため)、この決議は単なる牽制のようです。ポーランドにも、戦後ソ連領になった地域から追放されたポーランド人移住者への補償問題があり、国内で解決しようとしています。だからこそ、ドイツ政府が財産権請求問題解決に積極的でないことに、反発を感じているのかもしれません。
一方チェコの場合、「ズデーデン・ドイツ人問題」というのが存在します。ズデーデン・ドイツ人とは、1945年から47年の間に、旧チェコスロバキアから追放されたドイツ人を指します。ポーランド同様、当時のベネシュ・チェコスロバキア大統領の決定により、これらドイツ人の資産も一方的に没収されました。冷戦終結後、ハベル大統領が公式に遺憾の意を表明しましたが、チェコ政府の立場としては、「過去の終結した事実であり、資産の返還・補償には応じない」というものです。
当然、ズデーデン・ドイツ人団体も財産請求を求めて提訴する動きがあります。ズデーデン・ドイツ人団体の主張としては、次のようなものです。「ナチス時代にチェコ人に対して行われた重大な犯罪は、可能な範囲において補償された。しかし一方で、故郷放逐者に対して行われた不正は、まったく手つかずのまま放置されている。」
ポーランド・チェコから戦後強制移住させられたドイツ人は、数百万人に及ぶと言われています。ドイツ政府は、彼らに何もしてこなかったわけではなく、独自に補償・年金を支払っているようです。もっとも、彼らが所有していた財産に比較すると全く十分なものではなく、不満を募らせているようです。さらに、シュレーダー首相率いる与党革新政党の社会民主党(SDP)は、この問題解決に消極的なのですが、野党保守政党のキリスト教民主同盟(CDU)・キリスト教社会同盟(CSU)は、この強制移住者団体を強力に支持しています。従って、SDPが政権政党である限り、あまり問題にはならないと思いますが、CDUに政権交代が行われると、両国との外交的緊張が高まる恐れはあります。
この財産権請求問題は、日本と中国の間にも当てはまる場合があると思われます。これについては、次回お話しします。
今日はここまでです。それでは次回、「日本における賠償・補償問題」を見ていきましょう。
このイシューに(間接的に)関連し、印象に残ったエントリーを紹介させていただきます。fenestraeさんの去年10月のものです。
連続と切断、内なる歴史をどうするか
http://d.hatena.ne.jp/fenestrae/20041029
賠償問題を分析してる人に始めてネットで出会って
ビックリ。(全部まだ読んでないけど(苦笑))
ノムヒョンみたいに「ドイツマンセー」なバカが
デフォルトな人間ばかりと思ってたから。
大統領でこれなんだから、国民なんて推して知るべし
と絶望的気分になってた。
ところでこんな記事しってます?
>ドイツに対してポーランド議会が戦争賠償の請求決>議。
http://66.102.7.104/search?q=cache:WosVLOKqwW8J:www.asahi.com/column/aic/Tue/d_tan/20040921.html+%E8%B3%A0%E5%84%9F%E8%AB%8B%E6%B1%82%E6%B1%BA%E8%AD%B0+%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89+%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84&hl=ja&lr=lang_ja
あれ?ノムヒョンによれば、ドイツは隣国に信頼されて、戦後問題も解決済みじゃなかったっけ?(笑
「日本人と住むのは世界の不幸」らしいが、
そりゃドイツに喧嘩売ってるのか?(笑
無知って恐ろしい。ほんと。
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記事によるとポーランドの各地で第二次大戦中にこうむった被害を計算中で、首都ワルシャワで350億ドルという戦災被害額がはじきだされたとある。
ポーランド議会では329名の議員のうち一人だけが棄権し、残りの328名がこの決議に賛成した
言っていることは、一応理論的でレベルも高い、でも真面目に読んでいると何故か吐き気がしてくる。
結局、韓国人の理屈を飲めということなのか。
理屈ばかりこねて人の理解を得られるとおもっているのだろうか。