『今日の一冊』by 大人のための児童文学案内人☆詩乃

大人だって児童文学を楽しみたい、いや、大人こそ読みたい。
ハッとする気づきのある絵本や児童文学をご紹介♪

今こそ読みたい 『あらしの前』 『あらしのあと』

2016-08-18 06:23:09 | オランダ文学
 

『あらしのまえ』『あらしのあと』 ドラ・ド・ヨング作 寺島竜一絵 吉野源三郎訳 岩波書店

ああ、ああ、どうしていままでこの本を読まなかったのだろう!!!、
読み終えた今も静かにじんわりきています。ぐわっと一気に盛り上がって感動するものより、こういうじんわり来る物語のほうが、後のちまで心に残るんですよね

こちらの二冊、両親の蔵書であったので、幼い頃から背表紙は眺めていたのですが、戦争文学ということで敬遠してたんですよね。重そうだな~、暗そうだな~、なんて思っていて。先日父と話していたときに、ふと母がこの本を気に入っていたという話を聞き、ちょっと意外で読んでみようという気になったのです

『あらしのまえ』は、オランダの静かな村で、楽しく平和に暮らしていたファン・オルト一家の物語。ところがある日、ドイツ軍がオランダに侵入し、戦争の影がしのびよります。「あらし」とは第二次世界大戦のこと。『あらしのあと』は、『あらしの前』から6年後、戦後一年経ち、戦争がどう人々を変えてしまったのかを描いています。

挿絵は『ホビットの冒険』などでお馴染みの寺島竜一さん。そしてね、そしてね、もし私の勘違いでなければ、この名作、USとUKでは絶版!?!?・・・っぽい。そんなあ・・・。一方の岩波えらい!!(←何様

終戦記念日の前後でこの本を読んだこともあってか、とても考えさせられましたし、心が動かされました。激動の時代を、あえて抑えた感じで描いているので、ストーリー展開の早さやドラマチックな描き方に慣れてしまった現代っこにもこの感動が伝わるかどうかは疑問。ですが、私は久々に心洗われる思いでした

まず、何がいいってこの時代は日本もそうですが、家族間でも言葉遣いが丁寧なのがいいんですよねえ。背筋がぴっと伸びて、ほっとする。古典児童文学の典型かもしれませんが、兄弟が多くて、両親が本当に立派で子どもたちから尊敬されている。現代では消えてしまった家族の形。
児童文学で出会えるとほっとするんです。そうそう、この安定感!って。そして、その言葉遣いにあらわれるような凛とした生き方。忘れたくないのです。

登場人物はそれぞれに魅力的です
尊敬できる医者の父、それを支える母、しっかりもので、普段はアムステルダムの学校に通っていて家から離れているものの、何かと駆けつけてくれる長女ミープ。ピアノに才能を見出し、人とはちょっと変わった自分をしっかり持っている長男のヤップ。勉強嫌いだったものの途中で改心して努力する、家族の中ではちょっとアウトサイダー的な次男ヤン。感じやすくはみかみやながら常に正しく美しい心を持つ次女のルト。いたずらものの三男ピーター・ピム。生まれたばかりの赤ちゃんアンネ。それに加えドイツから逃げてきて一家と一緒に暮らすことになるユダヤ人の少年ヴェルネル。
『あらしのまえ』では戦争の影は忍び寄るものの、まだ平和だったころの家族のあたたかなストーリで占められているので、とっても幸せな気持ちで、それぞれの登場人物が大好きになってしまいます

そんな彼らが戦後どう変わっていくのか。戦争は人を一体どう変えてしまうのか。感じ入るところがたくさんありました。

全然知らなかったのですが、当時のオランダの人たちは中立国であることを理由に、ずいぶんと戦争に対しては楽観的だったんですね。平和ボケしたオランダの人たちの姿は今の日本と重なり、ぞっとします。あっという間に忍び寄る戦争。心配しすぎと言っていたのに、楽観視していたことを悔やむことになる戦争。戦争は非情です。そんな非情なときにこそ、人間どうあるべきかが問われる。この物語のファン・オルト家のお母さんは言います。

「・・・あたしたちは、まだこれからも、じぶんを守っていきましょうね、武器を使ってではなく、正しいことを信じる、あたしたちの信念の力でー」

と。『あらしのあと』では家族の一人が欠けてしまっているところから始まっているのですが、これがもうショックで。えっ・・・ウソ・・・死んじゃったの!?!?・・・って、死ぬってあらすじ読んで知っていたんですけどね・・・にも関わらず、一瞬頭真っ白。この人物に関しては、思い入れが強かったので、あっさりといなくなり、ぽっかりと心に穴が空いてしまったかのような喪失感を覚えました。そのことについて詳細が書かれていないだけに。人間味あふれたこの人物が大好きだったんです

とある仏文の児童文学者の方は、この本についてなかなか厳しい評論をお書きで、「この家族の死について詳細を書かないことの意図が理解に苦しむ」と書かれていましたが、これだけさらりと書かれていてもこの喪失感なんです!詳細書かれたら、インパクトが強すぎて、全てはそこに持って行かれ、残された家族が賢明に“正しい心”を持って生きようとしていることなどがぼやけてしまう、と私は思いました。

さらにはこの方、

ドイツ人のクラウスを描く時も「ドイツ人がみなナチスではなかったことがこの人を見ればわかるでしょう」という姿勢で、ここには作者のナチスにたいする怒りを風化させようという意図があるのだろうかと思わせさえする。

と書かれているのですが、へっ!?ちょっ、ちょっ、待って、待って?ポカーン
あの・・・書いていいですか・・・この方バカ(失礼!)なんでしょうか?私もかなりひねくれて受け取るほうですが、これはいくらなんでもありえない

ナチスに抵抗して収容所に送られた勇気あるドイツ人たちがいたこと、私は知りませんでしたし、そういう人たちのこと忘れたくないと素直に思いましたけど・・・。国とそこに暮らす国民とは別物なのです。この方、名誉教授というお偉いさんなのですが、戦争経験者らしいので、物事を素直に見ることが出来なくなってしまった犠牲者のうちの一人なのかもしれません・・・。私は逆に、物の見方がとてもバランスが取れている物語だと感じました。そして、どんなにめちゃめちゃに壊され、どんなにガラクタだらけになっても、花壇を作ることを忘れないオランダという国が大好きになりました

長文なわりに、ちっとも良さが伝えきれないのが、ほんとーーーーにもどかしいのですが
戦争文学の中で、一番好きになったかもしれません。出会えてよかったと思える名作でした。ああ、よかった


最新の画像もっと見る

コメントを投稿