Piano Music Japan

シューベルトピアノ曲がメインのブログ(のはず)。ピアニスト=佐伯周子 演奏会の紹介や、数々のシューベルト他の演奏会紹介等

読売日本交響楽団第11回アンサンブルシリーズ2016.09.20批評(No.2493)

2016-09-20 22:37:41 | 批評

「切れ」も「深み」「骨太さ」も併せ持った 「長原幸太ら読響メンバーの室内楽」


  前半に演奏された モーツァルト ディヴェルティメントK.563 は、モーツァルト唯一の弦楽三重奏曲であり、名曲の誉れ高く、ベートーヴェンが作品9の3曲、シューベルトがD471 & D581 の2曲で手本としたと考えられている。ベートーヴェンもシューベルトもモーツァルトK.563 を越えなかったとの評価であり私高本も同感である。だが、これまでナマで聴いて来た演奏で感動したことが無かったのである><


 モーツァルト ディヴェルティメントK.563 は、弦楽重奏曲として 五重奏曲K.516 と 四重奏曲K.575「プロシャ王第1番」 の間に作曲されており、両曲と同じ様式 = (第1)ヴァイオリンが旋律の大半を受け持ち、他の楽器は「リズム刻みと和声進行を支える」パターンである。常設の弦楽四重奏団の演奏で数回聴いているが、どうもしっくり来なかった。

長原幸太 + 鈴木康浩 + 高木慶太 の演奏は、モーツァルト弦楽四重奏曲や弦楽五重奏曲よりも、もっと「外向的」でヴィオラもチェロも強く外に向けて音を放つ


だった。(弦楽四重奏曲に比べて)第2ヴァイオリンが減った分だけ音が薄くなるのではなく、「3名の奏者が外へ向けてアピールする」である。具体的に言えば冒頭楽章8小節目からの「ヴィオラとヴァイオリンの掛け合い」の切れの鋭さ!11節目からのチェロの呼応も含めて、「まさにモーツァルトが楽譜に書いた通り」が(聴感上)実現する。微妙なアーティキュレーションの見事なこと!!!
 第3楽章までも素晴らしいモノだったが、「聴かせどころ = 第4楽章 の変奏曲」のうっとりとする主題の呈示から、3名の技巧のひけらかし、をしながらも音楽の息の長さ、を感じさせる、を主導したのは、(おそらく)チラシやプログラムのタイトル通り、コンサートマスター = 長原幸太 だと思う。
 第1楽章の「息の詰まるせめぎ合い」を聴いた時に、「これで第6楽章まで持つの???」と思った私高本の脳が「猫頭」でした(笑
 持ちました、余裕で。


 後半は、ベートーヴェン交響曲第7番の、初版出版時(勿論ベートーヴェンの生前)に同時出版された(ベートーヴェン容認の)弦楽五重奏曲版である。ベートーヴェン交響曲第7番は人気曲なので、当時常任指揮者=アルブレヒト を始めとして、読響では数多く演奏して来たような気がする。

長原幸太 + 瀧村依里 +柳瀬省太 + 鈴木康浩 + 高木慶太 の演奏は、「交響曲のスケールをそのまま移築したかのような演奏」


であった。「第1オーボエのソロは、ほぼ全て第2ヴァイオリン」などが微笑ましい編曲であり、(もちろん、ベートーヴェン自身の編曲ではないが)同時出版を許可しただけの「良い編曲版」に聞こえた。
 19:30開園のこのシリーズとしては「相当に長いプログラム」なので。「まさかアンコール無いよな!」と「思った聴衆」が多く、(台風の影響か?)本プログラム終了直後の座席を立った人も少なくない公演だったが、何と「ベートーヴェン:交響曲第8番メヌエット」が演奏された。これも素晴らしい!!!


 ここから先は、私高本の(猫頭批評の)願望。

1. このシリーズでは、「指揮者無しのベートーヴェン交響曲第7番」を演奏して欲しい
2. 弦楽四重奏曲近辺演奏するなら、モーツァルト:ピアノ協奏曲第11-14番 や モーツァルト~ベートーヴェン~シューベルト の弦楽四重奏曲 に切り込んで欲しい
3. 今日の演奏は素晴らしかった。これほどの演奏は聴いた経験は無かった><
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オーケストラアンサンブル金沢 岩城宏之メモリアルコンサート東京公演2016.09.11批評 続き(No.2492)

2016-09-16 23:39:02 | 批評

透明度の高い 山田和樹指揮 オーケストラアンサンブル金沢 + 東京混声合唱団

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オーケストラアンサンブル金沢 岩城宏之メモリアルコンサート東京公演2016.09.11批評(No.2491)

2016-09-11 23:49:32 | 批評

圧倒的な説得力を有した 山田和樹指揮:ベートーヴェン交響曲第2番 & フォーレ「レクイエム」


 来たる 2016.11.23 にシューマンピアノ協奏曲イ短調op.54 を 佐伯周子 が共演させて頂くことになった オーケストラアンサンブル金沢 の東京公演を聴いた。
 指揮者=山田和樹 は、オーケストラアンサンブル金沢ミュージックパートナー & 東京混声合唱団音楽監督・理事長 であり、オケと合唱団の良いところを最大限に引き出し、2曲ともに圧倒的な説得力を有した演奏となった。特に、前半のベートーヴェン交響曲第2番は終演後、静寂の後に「ブラヴォーの嵐」となるほどの高揚感を すみだトリフォニーホール に産み出していた。
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Schubert : Brown Ms.(シューベルト:ブラウン手稿譜)詳細説明(No.2490)

2016-08-26 17:21:20 | 作曲家・シューベルト(1797-1828

Schubert : Brown Ms.(シューベルト:ブラウン手稿譜)詳細説明


 8月3日佐伯周子:ベーレンライター新シューベルト全集に拠るピアノソロ曲完全全曲演奏会にお越しくださいまして誠にありがとうございました。アンコールは、楽興の時第3番ヘ短調作品94/3 D780/3 でした。
 ご来場者様から頂いたご質問について詳細説明致します。

ご質問:演奏会プログラムに記載されていた「Brown Ms. ナンバー」とは何か? ドイチュ番号 D のほかにBrown Msナンバーを付する意味は何か?


「ブラウン手稿譜番号」は Maurice Brown が1958年に発表した論文で、「自筆譜と筆写譜のありのままにシューベルト作品を捉える研究が重要」と指摘した手稿譜毎に割り当てた番号


大作曲家には、後世の研究者たちが様々な体系番号を振っています。「バッハ:BWV」「ハイドン:Hob.」「モーツァルト:K.」などは、問題の少ない体系番号だったので、他の体系番号は使用されていないハズです。
 「シューベルト:D」も大筋では良いのですが、一部の作品群=特に舞曲 に問題が多いことを明らかにしたのが、ブラウンです。Brown著:Schubert: a Critical Biography Hardcover – Import, 1958 にて公開されたのですが


  1. シューベルトは、舞曲に於いて「出版用に自筆譜を作曲したのではない」。


  2. 「36のオリジナル舞曲集」作品9 を例に取れば、「Brown Ms.30」「Brown Ms.25」「Brown Ms.26」「Brown Ms.24」「Brown Ms.29」「Brown Ms.33」「Brown Ms.研究後に見つかったアンゼルム・ヒュッテンブレンナーの筆写譜」は、それぞれ独立している。



 それまでは、

  1. 1889 ブライトコプフ旧シューベルト全集舞曲巻:生前出版番号付き作品及び没後出版年最優先:他は落穂拾い


  2. 1951 ドイチュ:シューベルト作品番号カタログ:旧シューベルト全集踏襲:その後見つかった自筆譜筆写譜を追加しただけ


  3. 1956 ヘンレ版舞曲集全2巻:ドイチュ番号順に従って出版。但しD135 は出版せず



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D960も素晴らしい上に、D576の「技巧的な変奏曲」が素晴らしい佐伯周子(No.2489)

2016-08-02 21:27:35 | ピアニスト・佐伯周子
佐伯周子のリハーサルを聴いた。ピアノが小さいので、ベーゼンドルファーインペリアルでどのような低音が響くのかは不明><

D960も素晴らしい上に、D576の「技巧的な変奏曲」が素晴らしい


 D960 は「とにかく素晴らしい。1人でも多くの人に聴いて頂きたい。」と感じた。特に第1楽章の「静けさの支配する世界」が圧倒的だった。

 ・・・で、リハーサル聴いて信じられない感動を呼び込んだのが、「アンゼルム・ヒュッテンブレンナーの主題に拠る13の変奏曲」イ短調D576 の技巧的な説得力の高さである。私高本は

シューベルトのピアノ技巧を駆使した作品は「さすらい人」幻想曲作品15 D760 から! と思っていたが、実際は「D576からだった」である。この衝撃は大きい。これまでリリースされている「シューベルトピアノソロ」の」主要CDは全部買い揃えているのだが><

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佐伯周子8月3日シューベルト全曲第19回当日券あります(No.2488)

2016-08-02 21:13:10 | ピアニスト・佐伯周子

佐伯周子8月3日シューベルト全曲第19回当日券あります


18:59来場で充分間に合います。「プレトーク」は私高本が行います。「アンゼルム・ヒュッテンブレンナーの功績」を中心にお話し致します。

シューベルト「初の大ヒット作品=悲しみのワルツ」1818.03作曲


「糸を紡ぐグレートヒェン」D118,「魔王」D328,「竪琴弾き」D478-480,「さすらい人」D489,「死と乙女」D531,「ます」D550 などの名リートをシューベルティアーデの仲間には披露していたシューベルトだが、楽譜の出版も出来ていないし、オペラ作曲の依頼も無かった。友人たちは名リートをウィーンの楽譜商に売り込もうとしたが、ブライトコプフも(始めは)ハスリンガーも鼻にも掛けなかった。無名だったからである。
転機は意外な曲となった。作曲時は「ドイツ舞曲」の題名だった「悲しみのワルツ」D365/2である。アンゼルム・ヒュッテンブレンナーが大絶賛した様子で彼への献呈譜のみ日付が入っている。シューベルト舞曲自筆譜に日付書込みは4曲のみなのだが、その最初に当たる。
ヒュッテンブレンナーの大絶賛の耳は正しく、出版もしないのに20万人都市=ウィーンの至るところで演奏されるようになり、「悲しみのワルツ」の愛称も付いた。「流行歌のワルツヴァージョン」誕生である。
「悲しみのワルツ」がウィーンで大ヒットすると、オペラの委嘱が相次いだ。「双子の兄弟」D647(1818年末-1819.01作曲,1820.06.14初演),「魔法の竪琴」D644(1819-1820作曲,182008.19初演)である。「オペラを上演経験がある作曲家なら」と言うことで「カッピ&ディアベリ社」出版の話は1821年3月以前に決まっていた。「ディアベリ変奏曲」D718を「魔王」出版前に提出しているからである。
「魔王」作品1 を1821.04.02に出版して以降は、ベートーヴェン生前の1825年に既に「楽譜出版社からの収入」で上回っていたほどである!

長調と短調の色彩感が交錯する「未完成交響曲」D759 と「悲しみのワルツ」D365/2 を世に広めた男=アンゼルム・ヒュッテンブレンナー


この2曲にははっきりした共通点がある。長調と短調の色彩感が交錯することである。シューベルティアーデの仲間と踊るための舞曲は、明るい曲想だった。「悲しみのワルツ」は明るく開始するが9小節目から翳りを見せる。これが「悲しみ」の愛称が付いた原因。
アンゼルム・ヒュッテンブレンナーの名前は、「未完成交響曲」を1865年まで隠し持っていたことばかりが強調される。だが、「未完成交響曲」作曲自体がアンゼルムが住んでいたグラーツでの1821年9月の演奏会が好評であり、その演奏に加わっていたアンゼルムが会員を務めていて後に会長になるシュタイアーマルク音楽協会の名誉会員に推挙しようと動いた可能性が極めて大きい、とマーティン・チューシッドは考えている。
1818年秋にアンゼルムが故郷グラーツに引っ越し永住するが、その前は互いの作品を評価しあう仲間であり、イ短調変奏曲D576 はアンゼルムが出版する前にシューベルトが完成させている。シューベルトの高評価が出版に踏み切った原因の可能性が高い。以前には、「ます」D550などのリートの筆写譜をもらっていたのだが、「悲しみのワルツ」の人気を見抜き、世に出した功績は「未完成交響曲」に優るとも劣らない活躍と感じる。
アンゼルムはシューベルトの地位向上に努めた。その返礼として書かれたのが「未完成交響曲」だったようである。「さすらい人」幻想曲の注文が来て、意欲が萎えたのが未完成になった原因と考えられるが、完成した2つの楽章はアンゼルムに送ったのである。後半は「シュタイアーマルクで初演の話が出たら作曲」のつもりだったかも知れない。「水上の霊たちの歌」D714 のように。

ベーレンライター新シューベルト全集の素晴らしい編集方針


「自筆譜&筆写譜の舞曲」のみを「自筆譜や筆写譜の通りの組み合わせ」で出版したのが「第1巻」、ベーレンライター新シューベルト全集のみの快挙である。例えば、本日演奏する「悲しみのワルツ」は、作品9で印刷された曲と「1小節アウフタクト」「9小節アウフタクト」が異なっている。自筆譜版の楽譜が市販されたのは新シューベルト全集のみである。
D511+D365/3 が一緒の楽譜であることは、ヘンレ版にもウィーン原典版にもブライトコプフ旧シューベルト全集を開いてもどこにも書いてない。ベーレンライター新シューベルト全集のみなのだ。また、『モーリス・ブラウン手書き譜番号 Brown,Ms.』 を校訂報告に明記してあり、文献との照合に極めて便利。
スケルツォ変ロ長調D593/1が初版以降、全ての楽譜が改竄され歪められていたことも新シューベルト全集からである。

ベートーヴェンへの尊敬の念、シューベルト自身の中期の傑作2作品を発展させた D960


D960 は綿密なスケッチを最晩年1828年4月頃から構想を練っていた。自身の中期の上り坂を駆け上がった2作品、作曲順に、男声8重唱曲(ヴィオラ2本+チェロ2本+コントラバス1本伴奏)「水上の霊たちの歌」D714(1821.12作曲,1821.03.07ウィーン・ケルントナートーア劇場初演)と「さすらい人」幻想曲作品15 D760(1822.11作曲,1823.02.24出版)と、前年に亡くなっていたベートーヴェンの最後に作曲されたと伝わる弦楽四重奏曲第13番作品130の新しい終楽章を手本にした。
「水上の霊たちの歌」D714はチェロを2声で作曲した初めての曲であり、8重唱もこの作品のみである。前年1820.12に着手したのだが、未完スケッチとなってしまった稿を完成させ、3ヶ月後の初演に至らしめた。低音で微妙に移ろう音色の動きを再現した。「さすらい人」幻想曲D760は、『循環ソナタ形式』の成功作であり、器楽大型曲の初の出版に至らしめた。循環ソナタ形式と音の動きの少ない主題と第2楽章=意表を突いた嬰ハ短調を手本にした。
ベートーヴェン弦楽四重奏曲第13番変ロ長調作品130の新しい終楽章からは、変ロ長調調性と冒頭の「ハ短調の属七和音仮借」を手本にした。最晩年の作曲技法にて、1820-22頃よりもさらに説得力の高い曲に昇華した。

「遺作3大ソナタ」中、「明らかな循環ソナタ形式」と「静寂さ」を併せ持つ D960


第1楽章開始、第1楽章終結、第2楽章開始、第2楽章終結、第3楽章開始、第3楽章終結、これ全てがピアニッシモ(第2楽章終結に至ってはピアニッシッシモから dim するほど!)で第4楽章開始もfp。曲全体を静寂さが支配している曲である。
Molto moderato で47小節もある第1楽章第1主題は第8小節に出現する「低音の pp トリル」は囁きかけソナタの性格を方向付ける。そして長いだけで無く音域の巾も広大で ff までに拡大する。第2主題も pp で開始され、第3主題は p で開始される。だが呈示部繰り返しで ffz で「低音トリル」が轟くのだ。D960 は呈示部繰り返しを省くと、全くシューベルトの意図しない構造物になってしまうのだ。展開部で「低音トリオは pp で2回、その後 ppp で3回」囁き、再現部に入る。再現部で「低音トリルは ppp」となるほどの静けさ。
第2楽章は全楽章でも最も静寂。f までしか音量は上がらない。多くのピアニストがこの楽章の「緊張感溢れる静寂さ」を表現できず膨らんでしまうのだ。第3楽章はわざわざ「繊細に」と指示がある。だが、トリオの最後では、第1楽章呈示部繰り返しにだけ現れた ffz が p の中に唐突に出現するのである。
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シューベルティアーデの最初の到達点=「悲しみのワルツ」D365/2(1818.03)(No.2487)

2016-07-25 21:43:28 | 作曲家・シューベルト(1797-1828

シューベルティアーデの最初の到達点=「悲しみのワルツ」D365/2(1818.03)


 シューベルティアーデのメンバーは様々な努力を重ね、「シューベルトを=大作曲家」の地位に上り詰めさせようとした。最初の1816.04.17の「ゲーテへの歌曲集の献呈」は全くの失敗に終わってしまった。次いで歌手フォークルに1817年2月または3月に弾き合わせ、シューベルトリートが徐々に広がり始めた。だが、シューベルティアーデの実績は何と舞曲に出現した。

  1. 1818.03 作曲「悲しみのワルツ」がまずシューベルティアーデにて、次いで何枚も自筆譜やピアノ演奏にて「ウィーンの街全体」に広がる


  2. オペラ「双子の兄弟」D647 1820.06.14上演、オペラ「魔法の竪琴」D644 1820.08.19上演


  3. 「魔王」作品1 1821.04.02出版



 「悲しみのワルツ」は2種類自筆譜が遺されており、それぞれ献呈の言葉を書き記しているのだが、その1枚は「未完成交響曲」逸話で有名な アンゼルム・ヒュッテンブレンナー に捧げられている。「悲しみのワルツ」を含むシューベルト「36のオリジナル舞曲集」作品1 1821.11.29出版前に、1821.01ヨハン・ペンゼルの「悲しみのワルツ」に拠る変奏曲、1821.10カール・ツェルニーの「悲しみのワルツ」に拠る変奏曲 が出版されていたほどの人気!
「悲しみのワルツ」の人気が高まったことにより、劇場支配人が「人気作曲家」と認め、1818年中に注文を出していた(「双子の兄弟」)ので1819年1月には作曲完了していたのである。オペラ上演された作曲家なので、リートを出版、と次々と作曲家としての道のりを越えて行った。
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1815-1818の「シューベルティアーデ立ち上げ時」のシューベルトピアノソロ作品(No.2486)

2016-07-22 23:58:22 | 作曲家・シューベルト(1797-1828
1815-1818の「シューベルティアーデ立ち上げ時」は、まず「舞曲」が必要だった。シューベルトは即「12のトリオ付きメヌエット」D135+D139+D145+D146 を作曲する。「トリオ」は別の曲なので、実質24曲である。全曲演奏を目指した曲集とは思い難い。多分、中から抜粋で演奏した、と推察される。この曲の後には、D158のエコセーズとD299の「12のエコセーズ」が作曲された。シューベルトの「生前作品番号付き舞曲集」を見る限り、「エコセーズはワルツ類(ドイツ舞曲、レントラー etc.)の後に退場行進曲として演奏された」ことがはっきり示されている。多分、D135+D139+D145+D146 の後に演奏する曲だったのだろう。


 今回、佐伯周子が演奏する D681 は、頭の4曲が紛失しており8曲しか演奏できない><

 だが、D135+D139+D145+D146 に比べると「誰の耳にも明らかな跳躍」がある。
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1815-1818の「シューベルティアーデ立ち上げ時」のシューベルトピアノソロ作品(No.2485)

2016-07-19 23:58:52 | シューベルト:作品大系&詳述
1815-1818年は、『シューベルティアーデ最盛期』と言って良かった。

  1. 「シューベルティアーデ参加者の詩」にリート(歌曲)を附曲した


  2. 踊るための「ピアノソロ舞曲」を書いた


  3. シューベルティアーデで「交響曲の代理としてのピアノソナタ」を作曲した


  4. 「シューベルティアーデ参加者の器楽曲」を主題とした変奏曲を作曲した!



が実績。
 「シューベルティアーデ参加者」は、ミサ曲第1番D105初演以降に集まった仲間。大半が「糸を紡ぐグレートヒェン」D118 以降の歌曲を聴いて、感動して、「自分の詩に糸を紡ぐグレートヒェン以上のリート(歌曲)を附曲して欲しい!」と思って集まった人たちだった。詩の水準が「糸を紡ぐグレートヒェン」の作者=ゲーテと並ぶ! ということは無かったが、集まった仲間の詩の水準はそれなりに高いモノであった。何曲かの名曲も産まれている。

 ・・・で、「相対的に観た」時に、「1815-1818のシューベルティアーデ最盛期」は他の時期に比べて、何が少なかったのだろうか?

  1. ピアノ連弾曲がほとんど無い


  2. オペラが少ない



だろう。シューベルトはこの時期、「シューベルティアーデの仲間の詩に優先的に附曲し、仲間の輪を広げて行った」状況である。
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1815-1818の「シューベルティアーデ立ち上げ時」のシューベルトピアノソロ作品(No.2484)

2016-07-17 21:08:15 | 作曲家・シューベルト(1797-1828

「シューベルティアーデ」がシューベルトに大影響を与えたのは 1815(D139)-1824(D822) の丸10年


  シューベルトはミサ曲第1番D105初演直後から始まり、徐々に拡大して行った。1821.04.02 の「魔王」作品1 出版がピークとなるが、「熟成期間」に焦点を当てたい、と常々感じていた。漸くこの度実現することになった。佐伯周子に感謝するばかり!


  「シューベルティアーデ」は「シューベルトの音楽才能を信じる人の集合体」である。死後の文献だと1825年以降がピークのように書かれているが、実際は1824年までで全盛期は終了している。

ベーレンライター新シューベルト全集の「シューベルティアーデ開始期」特集が、「佐伯周子ベーレンライター新シューベルト全集に拠るピアノソロ曲全曲演奏会」


である。
 
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フランツ・シューベルト・ソサエティ2016ピロティ・コンサート批評(No.2483)

2016-07-16 23:20:31 | 批評

圧倒的な説得力を放った 城戸かれん+福田俊一郎+田原綾子+上野道明+香月麗 のシューベルト弦楽五重奏曲D956&弦楽四重奏曲「死と乙女」D810


 う~ん、唸った。シューベルト弦楽五重奏曲D956は、1978年の「シューベルト没後250年」以来最も聴いて来た曲の1つである。多くの場合「常設の弦楽四重奏団に有名チェロ奏者が客演」だった。それぞれ、それなりの水準の演奏を聴かせるのだが、(岡原慎也や佐伯周子ピアノのシューベルトに比べて)匹敵する演奏に出会っていない、のは事実であった。このメンバーは「常設弦楽四重奏団」基盤では無い様子。
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読響カンブルラン指揮ブルックナー交響曲第3番 2016.06.24 批評(No.2482)

2016-06-24 23:30:52 | 批評

カンブルランは ブルックナー交響曲第3番 = 「古典派交響曲」の大規模化路線を明快に主張し成功した!」


  ブルックナー交響曲第3番 = ベートーヴェン交響曲第5番ハ短調「運命」 & 第9番「合唱付き」 の規模と「語法」で、『ベートーヴェン越えを目指した作品』、を徹底して表現した カンブルラン。その解釈は、あまりにも大胆であり、終演直後に(長時間プログラムだったこともあり)席を立つ聴衆も多い中、盛大な拍手とブラヴォーの嵐が降った定期演奏会となった。コンサートマスター=長原幸太 が「解散合図」を出すまで盛り上がった光景が印象深い。


 ブルックナー交響曲は「版問題」と「稿問題」が取り沙汰される曲目であるが、その中でも「第3番」は最も複雑な様相を呈している。カンブルランも「定期チケット発売前」は第2稿 と言っていたのに、実際の演奏は第3稿になっていた。どこにも明記されていないが、今回が「初指揮」だろう。そのようなことも影響したのか? 開園直前の着席状況を見ると、「1公演なのに何でこんなに空き席多いの???」状態。1階も2階も後ろの方はガラガラ。う~ん、「カンブルランの事前準備」は「良い」とは言えない><


 ブルックナー交響曲中でも第3番の「版問題」と「稿問題」は、現在の瞬間最高に大問題><
カンブルランが悩んだのも理解できる。「稿」順に「版」を整理すると以下の通りになる模様。

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シューベルトピアノソナタ第21番変ロ長調D960「遺作」(No.2481)

2016-06-21 20:34:39 | 作曲家・シューベルト(1797-1828

シューベルト最長の器楽曲であり最後の器楽曲であり「総括作品」である D960


  D960 は人気曲であり、シューベルトピアノ曲中最も人気の高い曲の1つである。私高本が「最初に好きになったシューベルト作品」でもある。1978年10月放送の ブレンデル東京公演のFM放送だった。今から振り返ると第1楽章呈示部の繰り返しは無いし、シューベルトオリジナルにはほど遠いのだが、それでもそれまで聞いた全ての音楽作品を遥かに超える強い衝撃に全身が打たれたのだった。


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新国立劇場「ローエングリン」2016.05.23初日批評(No.2480)

2016-05-23 23:48:07 | 批評

新国立劇場オペラ『再演演出演目中最高の歌手揃え=本日ローエングリン』

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下野竜也指揮読響第557回定期演奏会2016.04.14批評(No.2479)

2016-04-14 23:58:16 | 批評

圧倒的な深い印象を与えた フィンジ作曲「霊魂不滅の啓示」op.29。ブラームス「ドイツレクイエム」op.45の後継作品と感じた

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