Piano Music Japan

シューベルトピアノ曲がメインのブログ(のはず)。ピアニスト=佐伯周子 演奏会の紹介や、数々のシューベルト他の演奏会紹介等

新国立劇場「ローエングリン」2016.05.23初日批評(No.2480)

2016-05-23 23:48:07 | 批評

新国立劇場オペラ『再演演出演目中最高の歌手揃え=本日ローエングリン』

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下野竜也指揮読響第557回定期演奏会2016.04.14批評(No.2479)

2016-04-14 23:58:16 | 批評

圧倒的な深い印象を与えた フィンジ作曲「霊魂不滅の啓示」op.29。ブラームス「ドイツレクイエム」op.45の後継作品と感じた

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佐藤卓史シューベルトツィクルス第5回「舞曲I」2016.04.07批評(No.2478)

2016-04-07 23:56:59 | 批評

「シューベルト舞曲だけ」で1回の演奏会全部を構成した 佐藤卓史 の「構想力 & ピアニズム」の素晴らしさ


  佐藤卓史 は、「基本的には初めの頃の作品」から、後ろへ進む構想のように見える「シューベルト全曲」を開拓しているピアニスト。今回の「舞曲I」と言うのは、私高本では考られないプログラムビルディング。そもそもが「踊るため」の曲だからである。
 12年前から「佐伯周子ベーレンライター新シューベルト全集に拠るピアノソロ曲完全全曲演奏会」を企画している私高本が、第1回終了後に頭を抱えたのは、2巻に及ぶ「舞曲」は、ほぼ9割以上の曲が前半も後半も繰り返し、さらに「A−B−A」どころか「A−B−A−C−A」の曲も多数ある。ベーレンライター新シューベルト全集ピアノソロが全7巻 だが実際に演奏する小節数は 2/7 どころか、3/8 は越す、と指を折って数えた記憶がある。佐藤卓史 の慧眼には、目を見張るばかりである。

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『ミセス・バッハ "Written by Mrs. Bach"』(2014)ニューヨーク・フェスティバル芸術部門金賞批評(No.2477)

2016-04-01 21:05:35 | 批評

夫婦協業で作曲活動を進めた最初の作曲家=J.S.Bach の可能性を大きく示唆した名ドキュメント『ミセス・バッハ"Written by Mrs. Bach"』


 う〜ん、素晴らしい番組だった。これほど深く正面から「有名作曲家の作曲活動の根源を揺るがす」提言を取り上げた番組は56才にして初めて見た。月曜の放映だったが、録画して翌火曜に初めて見たが金曜の本日に至るまで、何回繰り返し見たか数えられない。バッハの楽譜は(シューベルトほどは)多く持っていないが、

チェンバロソロ曲全曲 + 無伴奏ヴァイオリン + 無伴奏チェロ + 無伴奏フルート のベーレンライター新バッハ全集 & インヴェンションとシンフォニア と 平均律第1巻第1番清書 の自筆譜コピーは所持している


である。購入した当時(20世紀です)にいろいろとワケ判らんことが多かった。特に当時(16年以上前の猫頭ヒョーロンカ = 私高本)が摩訶不思議に感じたことが

  1. 「フリーデマン・バッハのための音楽帳」には、「平均律第1巻の前奏曲だけ → インヴェンション → ファンタジア」が集中的に表れるのに注釈が何も無い


  2. 「平均律第1巻第1番前奏曲」だけ、「フリーデマン・バッハのための音楽帳」と「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳1725」の両方に残っているが、注釈を見付けられなかった


  3. 「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳1722」には、ほぼ「フランス組曲第1番〜第5番」の初期稿が、おそらく第2番&第3番のメヌエットが「後付け」で記されているのに、注釈は良くわからん


  4. 「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳1725」には、「フランス組曲第1番+第2番の途中までわざわざ書かれている」が注釈は良くわからん



だった。私高本は、「シューベルト研究」には(なけなしのカネを)ツッ込むが、バッハには「自筆譜原稿ファクシミリ」を購入するまではカネに余裕が無い(泣
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これから聴きに行くコンサート(No.2476)

2016-03-11 21:18:50 | 演奏会案内

3/12 ツィガーン指揮読響2016.03.12


  正直、良くわからん演奏会><

 いいのかな? それほどでも無いのかな? って感じ。

3/13 小森谷 泉 × 小森谷 巧 ≪兄弟の音宇宙≫ 最高の仲間を迎えて


  私高本は、「小森谷巧のデビュー」から聴いている数少ない聴衆だと思う。茨城県古河市の公民館で披露された演奏会が基点で今に至っているはず。シューベルトとの相性の抜群の良さを感じているが、今回のプログラミングは「モーツァルト + シューマン」。勿論、佐伯周子と聴きに行く。

3/17 ツィガーン指揮読響2016.03.17


 ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」がメインの演奏会。初めて聴く指揮者なので、全くわからん。
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佐伯周子ベーレンライター新シューベルト全集次回2016.08.03(No.2475)

2016-03-03 23:48:56 | ピアニスト・佐伯周子
 う〜ん、曲目に間違いがあるんだよね(爆涙

◎D980D → D980B

が正しい。私高本は猫頭なので、チェック出来なかったんだよね(泣
 B も D も判らない悪筆だし、、、



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新国立劇場「イェヌーファ」初日2016.02.28批評(No.2474)

2016-02-28 23:58:29 | 批評

新国立劇場ヤナーチェク「イェヌーファ」初日2016.02.28批評


「ベルリン・ドイツ・オペラ:イェヌーファの引っ越し公演」に限り無く近い 新国立劇場「イェヌーファ」。ヨーロッパオペラの引っ越し公演の約半額で聴けた幸せ


  主要5役が ベルリン・ドイツ・オペラ のメンバー & ハヌス指揮 & ロイ演出(&アベライン再演演出)など、脇役 + 合唱団 + オケ だけ、「東京バージョン」に取り換えただけの「ベルリン・ドイツ・オペラ版」の東京公開バージョンである。脇役陣も、新国立劇場合唱団も、東京交響楽団も、ハヌス指揮 & アベライン再演演出 に極めて忠実に従って、上演していたので、「ベルリン・ドイツ・オペラ:イエヌーファの引っ越し公演に限り無く近い」と感じた次第である。


  DVDでも販売されていた ロイ演出ハヌス指揮 ベルリン・ドイツ・オペラ ヤナーチェク「イェヌーファ」。私高本は購入していないが、前評判が高いことは知っていた。主要5役が「ベルリンからそのまま日本に来る」と言うキャストも驚き。過去にあったっけ???

  佐伯周子にも「是非是非聴いて!」と言って、座席優先で別の日を買ったくらいだ!

女声主要2役 イェヌーファ = カウネ & コステルニチカ = ラーモア が圧倒的な歌唱&演技


  これが圧倒的な印象。ラツァ = ハルトマン も シュテヴァ = ザンビエーリ も お婆さん = シュヴァルツ も素晴らしかったのだが、「存在感」として、イエヌーファ と コステルニチカ が脳裏に残る。

第2幕 と 第3幕 で頻出する「ゲネラルパウゼ」の後に開始するのが、コスタルニチカ & イエヌーファ が何度もあるのだが、特にコスタルニチカ は後ろ向きで歌い始める>< シーンさえある!


  この2人で、大きな印象が作られた、と私高本は感じた次第である。

緊張感を「ベルリンから直輸入」で、脇役陣 + 合唱団 + オケ を切り盛りした ハヌス の棒には、第3幕開始前から「ブラヴォー」が注いでいた!


  素晴らしい棒だった、と私高本は感じる。今後も招聘して欲しい。こんな素晴らしい「イェヌーファ」を聴けて私高本は嬉しい限りである。
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ツィガーン指揮読響 3/4 & 3/6 完売(No.2473)

2016-02-27 21:31:00 | 演奏会案内
 そんなに人気のギタリストだったのか??? う〜ん、私高本は「シューベルトピアニスト」は深く知っているが、ギタリスト や 指揮者 の人気は全く知らない。ホール2杯分のチケット完売って、凄い!!!

  当日券販売 などについては、読響 に尋ねてね。

 私高本は「ギターに関しては猫頭」なので、正直「何が何だか全く分からない」です><
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新国立劇場「イェヌーファ」GPを観て(No.2472)

2016-02-26 17:30:15 | 演奏会案内

シューベルト → リスト → ヤナーチェク の流れで「時を繋ぐゲネラルパウゼ」の世界


  GPなので、どのソリストがフルヴォイスで誰がハーフヴォイスか判らないので、何も書けない。ロイ演出、ハヌス指揮、東京交響楽団、合唱団は良いぞ!
 「ゲネラルパウゼが前後の時間を結び付ける」が実感できる音楽であり、演出。D券こそ売り切れだが、C券が平日公演はジャブジャブ残っている。C席の場合、3階サイドと4階ならば、正面座席の方が良いような気がする。尚、GPの座席は 1-19-25 だった。
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題名のない音楽会2016.02.21放映山田和樹指揮「指揮者のわがまま音楽会」批評(No.2471)

2016-02-24 12:46:34 | 批評

題名のない音楽会2016.02.21放映山田和樹指揮「指揮者のわがまま音楽会」批評


  録画を今朝観た。毎週録画しており、倍速再生でいつものように開始したのだが、プロコフィエフ交響曲第1番第3楽章の音が出てすぐに巻き戻して、通常速度で聴き始めた。これって、「リハーサル無しかよ! マジ?!」
  正直「リハーサル無し」の演奏水準では無い。謎解きは、番組最後まで観ると「あぁ、そうか」と判った点もあるが、観た瞬間は「驚愕の世界」だった。この「指揮者のわがまま音楽会」は4段落構成になっており、次の通り。

  1. リハーサル無し


      冒頭に書いたのが第1印象。楽章最後まで、アンサンブルが乱れることなく「リハーサル無し」とは到底思えない出来!
  2. 暗譜で演奏


      モーツァルト「フィガロの結婚」序曲。大概の指揮者は「オーケストラメンバー全員が暗譜してくれていたら、自分の棒にもっと素早く細かく反応してくれるのに!」と心の中では感じているハズ。個別の楽器に(リハーサルとは違う)指示を出しても、視線が来ていなければ空振りになるからだ(泣
      この日のオケは、横浜シンフォニエッタ。山田和樹が芸大生の時に作ったオケで、芸大学生オケからプロオケになった、が歴史。山田 の無茶な要求(?)に見事に暗譜で応えていた。確かに、「譜面台あり」に比べて細かな表情が出ていたようだった。
  3. 楽器配置をバラバラにしたい


      プロコフィエフ交響曲第1番第1楽章。コンサートマスター=神谷未穂 を正面一番奥に配置したり、ごちゃ混ぜの配置。放送で山田自身は「良かった」旨発言していたが、「団子になった音」で第3楽章よりも聴き映えがしなかったぞ。我が家の AV装置 は、55型4K画面 + 16cmフォステクスフルレンジ + NEC A-10 なので画面も音も良いぞ!
  4. オーケストラに歌わせたい


      プロコフィエフ交響曲第1番第4楽章。呈示部は「各パートを歌う」で入り、途中から通常の楽器演奏に戻る。歌の「音程」が良いことにびっくり! だが、音量バランスは「奇妙」な感触。弦楽器パートは人数が多いから大きくなるし、管打楽器はパート1人だから小さい。『練習方法』として、有効なことは認めるが、「聴衆に聴かせる」モノなのだろうか?

  後半の2つは「聴衆をお試しで楽しませる」趣向だろう。だが、前半2つは目を見張る(耳を見張るか?)効果を出していた山田和樹の棒には深く感心した次第である。


山田和樹 X 横浜シンフォニエッタ だからこそ成し遂げられた「リハーサル無し」「暗譜で演奏」


  「リハーサル無し」については クナッパーツブッシュ が画面で紹介されていたが、晩年に大得意とする狭いレパートリーを超有名オーケストラばかりで振ったことは紹介無かった。日本にも(クナッパーツブッシュほどでは無いらしいが)「リハーサル嫌い」の指揮者がいるが、山田和樹ほどの集中力があるかなあ?
  「暗譜」については ビューロー が画面で紹介されていたが、『オケメンバーの負担が半端無いこと!』をここに書き記しておきたい。コンサートマスター=神谷未穂 だけでなく、「プロオケの首席メンバー」が多数見受けられた = 横浜シンフォニエッタ だ。大体、山田和樹と同年代以下であるから、いかに若くしてポジションに登ったか!
 そのメンバー面々が「オケ合わせ」の時間前に「暗譜」して練習に臨んだワケだ。推測になるが、「フィガロの結婚」序曲を演奏するに当たって、1回目のオケ合わせ前に「暗譜するほど弾き込んで来るオーケストラメンバー」は多いとは考えられない。横浜シンフォニエッタメンバーはその負担を担ってくれたのである。感謝!
 山田和樹 は 日フィルで「マーラー交響曲全曲」、読響&N響定期登場 など、今最も注目されている若手日本人指揮者の1人。日フィルや読響やN響で「リハーサル無し」や「暗譜」は行わないだろう。

「わがままを通してくれる 横浜シンフォニエッタ だからこそ」の 山田和樹 の指揮者わがまま音楽会


が印象深い放送だった。山田和樹 & 横浜シンフォニエッタ & 題名のない音楽会スタッフ ありがとう!!!

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益田正洋 GGサロン コンサート 2016.02.26 チケット完売(No.2470)

2016-02-23 01:31:05 | 演奏会案内

益田正洋 GGサロン コンサート 2016.02.26 チケット完売


  以前、ご案内した上記コンサートが「当日券も含め」完売した、とのことです。私高本 は毎日チェックしていたワケではありませんので、どのタイミングだったかは、主宰者にお問い合わせ下さいませ。
  私高本は「ギターに関しては猫頭」なので、正直「何が何だか全く分からない」です><

 う〜ん、「フランツ・シューベルト・ソサエティ」新年会 以降、チェックしていたんだが、GGサロン コンサート「売り切れ公演」は初(のような気がする)。上手いんだよね > 益田正洋 のギター
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ヴィッテチェク=シュパウン筆写譜が1曲も無い「シューベルト:舞曲」続々(No.2469)

2016-02-22 23:57:00 | 作曲家・シューベルト(1797-1828
  シューベルト生前の「飯の種 = リート & ピアノ舞曲」であった。リート に多数「ヴィッテチェク=シュパウン筆写譜」が存在していたのは、

"Franz Schubert Deutsch-Verzeichnis(1978)"(Studienausgabe) を購入してから


熟知した。私高本がシューベルトに興味を抱いたのは、1978年末の「ブレンデル:シューベルト遺作3大ソナタLive」を 当時は「FM東京 = 今の Tokyo FM」が放送してからだ。楽譜を「無意識に購入する」ようになったのは、(埼玉大学卒業後)就職して2年経って「東京都の本社勤務」になってからだった。地方勤務で特に「支出が多い」と感じたことは無かったのだが、実態としては「食費が大幅に軽減 & 借り上げ社宅の一部費用負担分」が楽になって、手元に余裕資金(・・・と言っても、家を買う、とか、車を買うの域では無い ><)が出来たのが原因。真っ先に購入した記憶がある。マルC 記載が(当時の西ドイツでは義務では無かったらしいので)全く分からないが、私高本の懐勘定からすると、1984年末以降にハズ。もっと遅かったような記憶が朧気にある。う〜ん、「現在56才の私高本でさえ、こんな程度の記憶力」なので、シューベルト没後30年以上経過してからの「シューベルティアーデ参加者老人の記憶は信じない = アインシュタイン判断」を私高本は尊重する(爆


佐伯周子 は、「シューベルト作曲:ワルツ&レントラー&ドイツ舞曲」の生前出版作品番号付き作品を番号順に舞台演奏した(おそらく)世界初のピアニストである!


  実は、第1回が無事に盛況に演奏された直後に真っ先に考えたのは、「ピアノソナタをどの順に弾いてもらうか?」とか「即興曲と楽興の時をどの順に弾いてもらうか?」では無かった。「ワケわからんほど大量に存在している2巻のピアノソロ舞曲をどの順に弾いてもらうか?」であった。ベーレンライター新シューベルト全集を読み込むと、「第1巻=自筆譜&筆写譜」が優先で「第2巻=印刷譜」は「その他」扱い。う〜ん、注釈読んでも何が何だかわからなかった><
 2004年8月当時、「ベーレンライター新シューベルト全集舞曲I & II」楽譜出版済み & "Michael Endres : SCHUBERT Tanze(CAPRICIO)" が発売されていたので速攻で購入した。その後、2016年に至るまで、これ以上の資料は存在しないので、正しい判断だった。


シューベルト作品は「世界初演者&日時が確定している作品」が大半なのに、ピアノ舞曲は「全部の作品で世界初演が人も日時も確定していない」><


  交響曲やミサ曲&オペラみたいな大規模作品だけでは無い。リート や (最小編成の)ピアノソロ作品 に至るまで「世界初演者 & 日時」は確定している作品が多い。
 だが、舞曲は「生前出版」「没後出版」を問わず、全く不明なのである><

「悲しみのワルツ」op.9/2 D365/2 は、「シューベルトオリジナル譜」印刷前に、(現代解釈で言えば)海賊版2種出版された!


が現実。「生き馬の目を抜く」状況だったのだ!


 今まで「シューベルト生前出版譜」を中心に、佐伯周子ベーレンライター新シューベルト全集完全全曲演奏会を進めて来たが、今回「自筆譜中心の視点」に転じて見ると、違う角度からの「見る目」があった。

 「シューベルトの音楽世界」を十全に伝えて行きたい

と切に願っている。
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ヴィッテチェク=シュパウン筆写譜が1曲も無い「シューベルト:舞曲」続(No.2468)

2016-02-21 21:59:32 | 作曲家・シューベルト(1797-1828
 兄フェルディナンド・シューベルト と シュパウン の立場から、「ヴィッテチェク=シュパウン筆写譜」(Wittecek-Spaun)を考察する。

ヴィッテチェク=シュパウン筆写譜 の特徴



  1. 生前出版の op.1 - op.97, op.100, op.106 は筆写させていない(確実)


  2. シューベルト自身が「出版契約」に至った op.101 - op.105, op.107 - op.108 も筆写させていない(確実)


  3. 兄フェルディナンド・シューベルト がシューベルト没後早々に「出版契約」に至った 「白鳥の歌」D957, 弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」D810, op.109 - op.131 も筆写させていない様子


  4. リート「イフィゲニア」op.98/3 D573(1829.07.10出版),リート「酒を呑むヴァレンシュタイン軍の槍兵」D931(1830出版),リート「十字軍」D932(1832.01.05出版) や 「詩編23」op.132 D706(1832.03.12出版) や 「遺作3大ピアノソナタD958 - D960」(1839.04.26出版)以降出版楽譜は、ヴィッテツェク=シュパウン筆写譜あり


  5. 即興曲第1集後半(D899/3-4)は、出版社ハスリンガー が「カネは支払った状況」と考えられるのに「ヴィッテチェク=シュパウン筆写譜」を作成しているので、『シューベルト没後大プロジェクト』として、ハスリンガーも「筆写を許した」ほどの権限を有していた


  6. オーケストラ曲 & オーケストラ伴奏曲 は筆写させていない(ほぼ確実)


  7. 室内楽曲中、「弦楽アンサンブル曲」は1曲も現存していない。D956 & D887 を筆写させなかったのか? 筆写させたが、出版後廃棄 or 紛失したかは不明


  8. ピアノソロ舞曲は一切筆写させていない



である。この事実から推測すると、「ヴィッテツェクへの報酬」は「1ページ当たりいくら」だったようだ。兄=フェルディナンド・シューベルト は シューマン が訪ねて来た時に、交響曲「グレート」D944 の自筆譜を手渡し、それが世界初演に繋がり、「シューベルト再評価」に繋がっているから、「曲の価値」は充分に理解していた。だが、「ヴィッテチェク=シュパウン筆写譜」は作られていない。


 兄フェルディナンド・シューベルト が シューベルト「ピアノソロ舞曲」をどのように考えていたかについて、書面は残っていない。だが、「ヴィッテチェク=シュパウン筆写譜」は一切作らなかった。

◎「シューベルティアーデで踊り狂うだけのための曲」と思っていた可能性が高い

 言葉を換えれば「芸術的音楽」では無い、って言う、「ドイツ国内の印税(?)」識別の「ポップス音楽」に該当するのかも知れない。グルダ がやたら噛みついていた(グルダの言葉を借りれば)悪法だ(爆
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ヴィッテチェク=シュパウン筆写譜が1曲も無い「シューベルト:舞曲」(No.2467)

2016-02-20 20:22:33 | 作曲家・シューベルト(1797-1828

ヴィッテチェク=シュパウン筆写譜(Wittecek-Spaun)が1曲も無い「シューベルト:舞曲」


  私高本はドイツ語の単位が埼玉大学で揃わなかったバカ頭(中国語で卒業したよ〜ん)だが、「シューベルト文献」は「犬のサンダル集め」のごとく集めている(爆

  ベーレンライター新シューベルト全集 が重視していて、「主題カタログ新版(1978)」には全て掲載している(だろう)資料なのに、アインシュタイン著「シューベルト」とか、他のシューベルト著作から「完全に無視されている」かのように感じられるのが、「ヴィッテチェク=シュパウン筆写譜」である。これは、(資料が少なくて断定出来ないのだが、状況証拠から判断するに)フランツ・シューベルト の兄=フェルディナンド・シューベルト が「フランツ・シューベルトの死後」に『未出版曲を楽譜商との交渉中に紛失しないための筆写譜作成』を目的に作られた筆写譜、と推定される。

 フェルディナンド・シューベルト は、歌曲もピアノ曲も室内楽曲も分け隔て無く、「筆写譜依頼」をした。そのおかげで、「自筆譜はオークションやらで行方不明になっているシューベルト楽曲が現代に引き継がれ、永遠の命を保っている曲も多い」のだ!

 だが、アインシュタインを初めとする「シューベルト学者」は(ベーレンライター新シューベルト全集関係者を除き)全く興味が無いようだ。『ヴィッテチェク=シュパウン』日本語表記ででグーグル検索掛けると「ありません表示」が出る(爆


ヴィッテチェク=シュパウン筆写譜 は「遺作3大ソナタD958,D959,D960」も筆写したが、ベーレンライター新シューベルト全集「楽譜」を購入してもその記載が見付けられない><


くらい、「資料的価値」は高い、とは言えない><
  だが、決して低くは無いのである = ヴィッテチェク=シュパウン筆写譜。


 交響曲 とか オペラ とか ミサ曲 のように、フランツ・シューベルト 死の直後に「カネになるとは思えない大編成」の楽曲は、作られなかった様子。
 ・・・と言うことは、兄フェルディナンド・シューベルト か、シュパウン のどちらかが、 ヴィッテツェク に「カネを支払って写譜させた楽譜」なのである。これで現代にまで伝わった楽曲(大半が1884-97年編纂のブライトコプフ旧シューベルト全集まで)が多い。フェルディナンド・シューベルト & シュパウン & ヴィッテツェク には感謝するばかりである!


   ・・・と言いながら、少々頭を抱える私高本であった。なぜなら

シューベルトピアノソロ舞曲には「ヴィッテチェク=シュパウン筆写譜」が1曲も残されていないから!!!


 この点を指摘した文章は、私高本は(英語とドイツ語文献を含めて)見たことが無い。他の言語は知らないよ(爆


 シューベルト「舞曲」にも、「筆写譜」は数多く存在する。「op.9 D365」「op.18 D145」は特に多い。他にもあるよ、D299 のように作曲年を詐称して ヨゼフィーネ・コラー に「マリー・シュパウンに捧げた 1818」と書いた筆写譜を誰かに作らせ、捧げた曲もある。自筆譜には 1815.10.03 って明記されているんだけどな(爆


 だが、兄フェルディナンド・シューベルト の判断は「フランツ・シューベルト の舞曲はカネにはならない」だった様子。1828年以前に何がウィーンで起こったのだろうか?


ヨーゼフ・ランナー が1824年に「自分のウィンナ・ワルツ演奏団体」を有して、ヨハン・シュトラウス1世 もそれに続いた状態


  フランツ生前は「冬のワルツシーズン」にはカネに出来ていたのだが、兄フェルディナンド・シューベルト は交渉才覚は乏しかったようだ。武田信玄 と同じく、「死んだ」とバレていると足元叩かれるよな(泣
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シューベルティアーデの時期「歌曲と舞曲の作曲時期から読み解く」(No.2466)

2016-02-19 22:02:39 | 作曲家・シューベルト(1797-1828
  従来、シューベルト没後、しかもシューマンが交響曲「グレート」自筆譜を発見してメンデルスゾーン指揮にて世界初演して以降の「シューベルティアーデ参加者の(没後11年以上経過してからの)記憶頼りの文章を基準に書くライターが多い。中には没後30年以上経過した記憶も混ざっている。猫頭私高本は現在56才だが、26才時の記憶は極めて曖昧><

  住んでいたのは、埼玉県久喜市の公団マンションの1階で、勤務していた会社は東京都中央区なことは鮮明なのだが、どの演奏会を聴いたのか? どのCD(またはLP)に感動したのか? などは相当に曖昧。確か、リコーダー に凝っていて、ブリュッヘンの録音や楽譜を購入して今よりもリコーダーを聴いたり吹いたりしていたことは覚えているのだが、どの曲をいつ楽譜を購入したのか? とかどの楽器をいつ購入したのか? なども曖昧><
 今よりも「録音は新譜購入が多かった」ので、CDやLPの発売日付を見て思い出すくらいである(爆

 シューベルトは31才で死んだ。友人は過半数が年上。60才過ぎてから、細かな日付を思い出せるのか? は私高本は、大いに疑問に感じている。不思議なことに、

カロリーネ・エステルハージ(D929 & D940)、ヨゼフィーネ・コラー(D575 & D299)など、実際に作品献呈を受けた女性の回顧録は見たことが無い!


 多くの文章が「老人(or 中年)に至った記憶が曖昧なシューベルティアーデ参加の男性が、「いかに自分がシューベルティアーデ内でシューベルトに深く影響を与えたか!」を熱心に語っている。

シューベルティアーデ詩人の中で 最も名曲となった「夜と夢」D827,「小人」D771,「悲しみ」D772 を作詞した コリーン はシューベルトよりも早く 1824年に没しているし!




シューベルトは「作曲を楽譜出版商に売ることで生活した世界初の作曲家」


であり、

シューベルト自身の記録は99%「シューベルトの楽譜」である! 「自筆譜」「生前出版譜」「没後出版譜」「生前筆写譜」「没後筆写譜」全てを含む「楽譜」である


 いろいろと問題含みな曲もある。だが「シューベルト研究」は『楽譜研究が中心』と私高本は感じる。

 さて、「シューベルティアーデ」について限定して見よう。「年老いたシューベルティアーデ参加者の曖昧な記憶」では 1825年以降 がシューベルティアーデの全盛期 に見えるが、これは完全に「老人の思い違い」である。この点については、私高本が最初に気付いたワケではない。アルフレート・アインシュタイン著浅井真男訳「シューベルト:音楽的肖像」のP100からに記載されている。1963年訳本出版なので、半世紀以上前に アインシュタイン は「年取った友人たちの回顧録が記憶違いが多い」をはっきり実感していたのだ。

シューベルティアーデ最盛期は、1815年「12のトリオ付きドイツ舞曲」D135+D139+D145+D146 から始まり、1824年11月「アルペジオーネ・ソナタ」D821 & 「2つの変ホ長調ドイツ舞曲」D366/17&D783/D8 まで


である。この前にもマイアーホーファー詩「湖にて」D124(1814.12.07) や、この後にも ショーバー詩「狩人の愛の歌」op.96/2 D909(1827.02)などが作曲されているので、活動期間がここだけでないことは明白。だが、

1815 - 1824.11 の10年が「シューベルティアーデがシューベルトの作曲エンジンに火を灯した


ことは間違いない。

「ゲーテ詩作曲集中時代」「ピアノソナタ作曲集中時代」「オペラ作曲集中時代」「自作歌曲変奏曲集中時代」


と軸は転々とするが、一貫して「シューベルティアーデ友人の詩に作曲」「踊るための舞曲を作曲」していた。
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