Piano Music Japan

シューベルトピアノ曲がメインのブログ(のはず)。ピアニスト=佐伯周子 演奏会の紹介や、数々のシューベルト他の演奏会紹介等

D960も素晴らしい上に、D576の「技巧的な変奏曲」が素晴らしい佐伯周子(No.2489)

2016-08-02 21:27:35 | ピアニスト・佐伯周子
佐伯周子のリハーサルを聴いた。ピアノが小さいので、ベーゼンドルファーインペリアルでどのような低音が響くのかは不明><

D960も素晴らしい上に、D576の「技巧的な変奏曲」が素晴らしい


 D960 は「とにかく素晴らしい。1人でも多くの人に聴いて頂きたい。」と感じた。特に第1楽章の「静けさの支配する世界」が圧倒的だった。

 ・・・で、リハーサル聴いて信じられない感動を呼び込んだのが、「アンゼルム・ヒュッテンブレンナーの主題に拠る13の変奏曲」イ短調D576 の技巧的な説得力の高さである。私高本は

シューベルトのピアノ技巧を駆使した作品は「さすらい人」幻想曲作品15 D760 から! と思っていたが、実際は「D576からだった」である。この衝撃は大きい。これまでリリースされている「シューベルトピアノソロ」の」主要CDは全部買い揃えているのだが><

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佐伯周子8月3日シューベルト全曲第19回当日券あります(No.2488)

2016-08-02 21:13:10 | ピアニスト・佐伯周子

佐伯周子8月3日シューベルト全曲第19回当日券あります


18:59来場で充分間に合います。「プレトーク」は私高本が行います。「アンゼルム・ヒュッテンブレンナーの功績」を中心にお話し致します。

シューベルト「初の大ヒット作品=悲しみのワルツ」1818.03作曲


「糸を紡ぐグレートヒェン」D118,「魔王」D328,「竪琴弾き」D478-480,「さすらい人」D489,「死と乙女」D531,「ます」D550 などの名リートをシューベルティアーデの仲間には披露していたシューベルトだが、楽譜の出版も出来ていないし、オペラ作曲の依頼も無かった。友人たちは名リートをウィーンの楽譜商に売り込もうとしたが、ブライトコプフも(始めは)ハスリンガーも鼻にも掛けなかった。無名だったからである。
転機は意外な曲となった。作曲時は「ドイツ舞曲」の題名だった「悲しみのワルツ」D365/2である。アンゼルム・ヒュッテンブレンナーが大絶賛した様子で彼への献呈譜のみ日付が入っている。シューベルト舞曲自筆譜に日付書込みは4曲のみなのだが、その最初に当たる。
ヒュッテンブレンナーの大絶賛の耳は正しく、出版もしないのに20万人都市=ウィーンの至るところで演奏されるようになり、「悲しみのワルツ」の愛称も付いた。「流行歌のワルツヴァージョン」誕生である。
「悲しみのワルツ」がウィーンで大ヒットすると、オペラの委嘱が相次いだ。「双子の兄弟」D647(1818年末-1819.01作曲,1820.06.14初演),「魔法の竪琴」D644(1819-1820作曲,182008.19初演)である。「オペラを上演経験がある作曲家なら」と言うことで「カッピ&ディアベリ社」出版の話は1821年3月以前に決まっていた。「ディアベリ変奏曲」D718を「魔王」出版前に提出しているからである。
「魔王」作品1 を1821.04.02に出版して以降は、ベートーヴェン生前の1825年に既に「楽譜出版社からの収入」で上回っていたほどである!

長調と短調の色彩感が交錯する「未完成交響曲」D759 と「悲しみのワルツ」D365/2 を世に広めた男=アンゼルム・ヒュッテンブレンナー


この2曲にははっきりした共通点がある。長調と短調の色彩感が交錯することである。シューベルティアーデの仲間と踊るための舞曲は、明るい曲想だった。「悲しみのワルツ」は明るく開始するが9小節目から翳りを見せる。これが「悲しみ」の愛称が付いた原因。
アンゼルム・ヒュッテンブレンナーの名前は、「未完成交響曲」を1865年まで隠し持っていたことばかりが強調される。だが、「未完成交響曲」作曲自体がアンゼルムが住んでいたグラーツでの1821年9月の演奏会が好評であり、その演奏に加わっていたアンゼルムが会員を務めていて後に会長になるシュタイアーマルク音楽協会の名誉会員に推挙しようと動いた可能性が極めて大きい、とマーティン・チューシッドは考えている。
1818年秋にアンゼルムが故郷グラーツに引っ越し永住するが、その前は互いの作品を評価しあう仲間であり、イ短調変奏曲D576 はアンゼルムが出版する前にシューベルトが完成させている。シューベルトの高評価が出版に踏み切った原因の可能性が高い。以前には、「ます」D550などのリートの筆写譜をもらっていたのだが、「悲しみのワルツ」の人気を見抜き、世に出した功績は「未完成交響曲」に優るとも劣らない活躍と感じる。
アンゼルムはシューベルトの地位向上に努めた。その返礼として書かれたのが「未完成交響曲」だったようである。「さすらい人」幻想曲の注文が来て、意欲が萎えたのが未完成になった原因と考えられるが、完成した2つの楽章はアンゼルムに送ったのである。後半は「シュタイアーマルクで初演の話が出たら作曲」のつもりだったかも知れない。「水上の霊たちの歌」D714 のように。

ベーレンライター新シューベルト全集の素晴らしい編集方針


「自筆譜&筆写譜の舞曲」のみを「自筆譜や筆写譜の通りの組み合わせ」で出版したのが「第1巻」、ベーレンライター新シューベルト全集のみの快挙である。例えば、本日演奏する「悲しみのワルツ」は、作品9で印刷された曲と「1小節アウフタクト」「9小節アウフタクト」が異なっている。自筆譜版の楽譜が市販されたのは新シューベルト全集のみである。
D511+D365/3 が一緒の楽譜であることは、ヘンレ版にもウィーン原典版にもブライトコプフ旧シューベルト全集を開いてもどこにも書いてない。ベーレンライター新シューベルト全集のみなのだ。また、『モーリス・ブラウン手書き譜番号 Brown,Ms.』 を校訂報告に明記してあり、文献との照合に極めて便利。
スケルツォ変ロ長調D593/1が初版以降、全ての楽譜が改竄され歪められていたことも新シューベルト全集からである。

ベートーヴェンへの尊敬の念、シューベルト自身の中期の傑作2作品を発展させた D960


D960 は綿密なスケッチを最晩年1828年4月頃から構想を練っていた。自身の中期の上り坂を駆け上がった2作品、作曲順に、男声8重唱曲(ヴィオラ2本+チェロ2本+コントラバス1本伴奏)「水上の霊たちの歌」D714(1821.12作曲,1821.03.07ウィーン・ケルントナートーア劇場初演)と「さすらい人」幻想曲作品15 D760(1822.11作曲,1823.02.24出版)と、前年に亡くなっていたベートーヴェンの最後に作曲されたと伝わる弦楽四重奏曲第13番作品130の新しい終楽章を手本にした。
「水上の霊たちの歌」D714はチェロを2声で作曲した初めての曲であり、8重唱もこの作品のみである。前年1820.12に着手したのだが、未完スケッチとなってしまった稿を完成させ、3ヶ月後の初演に至らしめた。低音で微妙に移ろう音色の動きを再現した。「さすらい人」幻想曲D760は、『循環ソナタ形式』の成功作であり、器楽大型曲の初の出版に至らしめた。循環ソナタ形式と音の動きの少ない主題と第2楽章=意表を突いた嬰ハ短調を手本にした。
ベートーヴェン弦楽四重奏曲第13番変ロ長調作品130の新しい終楽章からは、変ロ長調調性と冒頭の「ハ短調の属七和音仮借」を手本にした。最晩年の作曲技法にて、1820-22頃よりもさらに説得力の高い曲に昇華した。

「遺作3大ソナタ」中、「明らかな循環ソナタ形式」と「静寂さ」を併せ持つ D960


第1楽章開始、第1楽章終結、第2楽章開始、第2楽章終結、第3楽章開始、第3楽章終結、これ全てがピアニッシモ(第2楽章終結に至ってはピアニッシッシモから dim するほど!)で第4楽章開始もfp。曲全体を静寂さが支配している曲である。
Molto moderato で47小節もある第1楽章第1主題は第8小節に出現する「低音の pp トリル」は囁きかけソナタの性格を方向付ける。そして長いだけで無く音域の巾も広大で ff までに拡大する。第2主題も pp で開始され、第3主題は p で開始される。だが呈示部繰り返しで ffz で「低音トリル」が轟くのだ。D960 は呈示部繰り返しを省くと、全くシューベルトの意図しない構造物になってしまうのだ。展開部で「低音トリオは pp で2回、その後 ppp で3回」囁き、再現部に入る。再現部で「低音トリルは ppp」となるほどの静けさ。
第2楽章は全楽章でも最も静寂。f までしか音量は上がらない。多くのピアニストがこの楽章の「緊張感溢れる静寂さ」を表現できず膨らんでしまうのだ。第3楽章はわざわざ「繊細に」と指示がある。だが、トリオの最後では、第1楽章呈示部繰り返しにだけ現れた ffz が p の中に唐突に出現するのである。
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シューベルティアーデの最初の到達点=「悲しみのワルツ」D365/2(1818.03)(No.2487)

2016-07-25 21:43:28 | 作曲家・シューベルト(1797-1828

シューベルティアーデの最初の到達点=「悲しみのワルツ」D365/2(1818.03)


 シューベルティアーデのメンバーは様々な努力を重ね、「シューベルトを=大作曲家」の地位に上り詰めさせようとした。最初の1816.04.17の「ゲーテへの歌曲集の献呈」は全くの失敗に終わってしまった。次いで歌手フォークルに1817年2月または3月に弾き合わせ、シューベルトリートが徐々に広がり始めた。だが、シューベルティアーデの実績は何と舞曲に出現した。

  1. 1818.03 作曲「悲しみのワルツ」がまずシューベルティアーデにて、次いで何枚も自筆譜やピアノ演奏にて「ウィーンの街全体」に広がる


  2. オペラ「双子の兄弟」D647 1820.06.14上演、オペラ「魔法の竪琴」D644 1820.08.19上演


  3. 「魔王」作品1 1821.04.02出版



 「悲しみのワルツ」は2種類自筆譜が遺されており、それぞれ献呈の言葉を書き記しているのだが、その1枚は「未完成交響曲」逸話で有名な アンゼルム・ヒュッテンブレンナー に捧げられている。「悲しみのワルツ」を含むシューベルト「36のオリジナル舞曲集」作品1 1821.11.29出版前に、1821.01ヨハン・ペンゼルの「悲しみのワルツ」に拠る変奏曲、1821.10カール・ツェルニーの「悲しみのワルツ」に拠る変奏曲 が出版されていたほどの人気!
「悲しみのワルツ」の人気が高まったことにより、劇場支配人が「人気作曲家」と認め、1818年中に注文を出していた(「双子の兄弟」)ので1819年1月には作曲完了していたのである。オペラ上演された作曲家なので、リートを出版、と次々と作曲家としての道のりを越えて行った。
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1815-1818の「シューベルティアーデ立ち上げ時」のシューベルトピアノソロ作品(No.2486)

2016-07-22 23:58:22 | 作曲家・シューベルト(1797-1828
1815-1818の「シューベルティアーデ立ち上げ時」は、まず「舞曲」が必要だった。シューベルトは即「12のトリオ付きメヌエット」D135+D139+D145+D146 を作曲する。「トリオ」は別の曲なので、実質24曲である。全曲演奏を目指した曲集とは思い難い。多分、中から抜粋で演奏した、と推察される。この曲の後には、D158のエコセーズとD299の「12のエコセーズ」が作曲された。シューベルトの「生前作品番号付き舞曲集」を見る限り、「エコセーズはワルツ類(ドイツ舞曲、レントラー etc.)の後に退場行進曲として演奏された」ことがはっきり示されている。多分、D135+D139+D145+D146 の後に演奏する曲だったのだろう。


 今回、佐伯周子が演奏する D681 は、頭の4曲が紛失しており8曲しか演奏できない><

 だが、D135+D139+D145+D146 に比べると「誰の耳にも明らかな跳躍」がある。
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1815-1818の「シューベルティアーデ立ち上げ時」のシューベルトピアノソロ作品(No.2485)

2016-07-19 23:58:52 | シューベルト:作品大系&詳述
1815-1818年は、『シューベルティアーデ最盛期』と言って良かった。

  1. 「シューベルティアーデ参加者の詩」にリート(歌曲)を附曲した


  2. 踊るための「ピアノソロ舞曲」を書いた


  3. シューベルティアーデで「交響曲の代理としてのピアノソナタ」を作曲した


  4. 「シューベルティアーデ参加者の器楽曲」を主題とした変奏曲を作曲した!



が実績。
 「シューベルティアーデ参加者」は、ミサ曲第1番D105初演以降に集まった仲間。大半が「糸を紡ぐグレートヒェン」D118 以降の歌曲を聴いて、感動して、「自分の詩に糸を紡ぐグレートヒェン以上のリート(歌曲)を附曲して欲しい!」と思って集まった人たちだった。詩の水準が「糸を紡ぐグレートヒェン」の作者=ゲーテと並ぶ! ということは無かったが、集まった仲間の詩の水準はそれなりに高いモノであった。何曲かの名曲も産まれている。

 ・・・で、「相対的に観た」時に、「1815-1818のシューベルティアーデ最盛期」は他の時期に比べて、何が少なかったのだろうか?

  1. ピアノ連弾曲がほとんど無い


  2. オペラが少ない



だろう。シューベルトはこの時期、「シューベルティアーデの仲間の詩に優先的に附曲し、仲間の輪を広げて行った」状況である。
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1815-1818の「シューベルティアーデ立ち上げ時」のシューベルトピアノソロ作品(No.2484)

2016-07-17 21:08:15 | 作曲家・シューベルト(1797-1828

「シューベルティアーデ」がシューベルトに大影響を与えたのは 1815(D139)-1824(D822) の丸10年


  シューベルトはミサ曲第1番D105初演直後から始まり、徐々に拡大して行った。1821.04.02 の「魔王」作品1 出版がピークとなるが、「熟成期間」に焦点を当てたい、と常々感じていた。漸くこの度実現することになった。佐伯周子に感謝するばかり!


  「シューベルティアーデ」は「シューベルトの音楽才能を信じる人の集合体」である。死後の文献だと1825年以降がピークのように書かれているが、実際は1824年までで全盛期は終了している。

ベーレンライター新シューベルト全集の「シューベルティアーデ開始期」特集が、「佐伯周子ベーレンライター新シューベルト全集に拠るピアノソロ曲全曲演奏会」


である。
 
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フランツ・シューベルト・ソサエティ2016ピロティ・コンサート批評(No.2483)

2016-07-16 23:20:31 | 批評

圧倒的な説得力を放った 城戸かれん+福田俊一郎+田原綾子+上野道明+香月麗 のシューベルト弦楽五重奏曲D956&弦楽四重奏曲「死と乙女」D810


 う~ん、唸った。シューベルト弦楽五重奏曲D956は、1978年の「シューベルト没後250年」以来最も聴いて来た曲の1つである。多くの場合「常設の弦楽四重奏団に有名チェロ奏者が客演」だった。それぞれ、それなりの水準の演奏を聴かせるのだが、(岡原慎也や佐伯周子ピアノのシューベルトに比べて)匹敵する演奏に出会っていない、のは事実であった。このメンバーは「常設弦楽四重奏団」基盤では無い様子。
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読響カンブルラン指揮ブルックナー交響曲第3番 2016.06.24 批評(No.2482)

2016-06-24 23:30:52 | 批評

カンブルランは ブルックナー交響曲第3番 = 「古典派交響曲」の大規模化路線を明快に主張し成功した!」


  ブルックナー交響曲第3番 = ベートーヴェン交響曲第5番ハ短調「運命」 & 第9番「合唱付き」 の規模と「語法」で、『ベートーヴェン越えを目指した作品』、を徹底して表現した カンブルラン。その解釈は、あまりにも大胆であり、終演直後に(長時間プログラムだったこともあり)席を立つ聴衆も多い中、盛大な拍手とブラヴォーの嵐が降った定期演奏会となった。コンサートマスター=長原幸太 が「解散合図」を出すまで盛り上がった光景が印象深い。


 ブルックナー交響曲は「版問題」と「稿問題」が取り沙汰される曲目であるが、その中でも「第3番」は最も複雑な様相を呈している。カンブルランも「定期チケット発売前」は第2稿 と言っていたのに、実際の演奏は第3稿になっていた。どこにも明記されていないが、今回が「初指揮」だろう。そのようなことも影響したのか? 開園直前の着席状況を見ると、「1公演なのに何でこんなに空き席多いの???」状態。1階も2階も後ろの方はガラガラ。う~ん、「カンブルランの事前準備」は「良い」とは言えない><


 ブルックナー交響曲中でも第3番の「版問題」と「稿問題」は、現在の瞬間最高に大問題><
カンブルランが悩んだのも理解できる。「稿」順に「版」を整理すると以下の通りになる模様。

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シューベルトピアノソナタ第21番変ロ長調D960「遺作」(No.2481)

2016-06-21 20:34:39 | 作曲家・シューベルト(1797-1828

シューベルト最長の器楽曲であり最後の器楽曲であり「総括作品」である D960


  D960 は人気曲であり、シューベルトピアノ曲中最も人気の高い曲の1つである。私高本が「最初に好きになったシューベルト作品」でもある。1978年10月放送の ブレンデル東京公演のFM放送だった。今から振り返ると第1楽章呈示部の繰り返しは無いし、シューベルトオリジナルにはほど遠いのだが、それでもそれまで聞いた全ての音楽作品を遥かに超える強い衝撃に全身が打たれたのだった。


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新国立劇場「ローエングリン」2016.05.23初日批評(No.2480)

2016-05-23 23:48:07 | 批評

新国立劇場オペラ『再演演出演目中最高の歌手揃え=本日ローエングリン』

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下野竜也指揮読響第557回定期演奏会2016.04.14批評(No.2479)

2016-04-14 23:58:16 | 批評

圧倒的な深い印象を与えた フィンジ作曲「霊魂不滅の啓示」op.29。ブラームス「ドイツレクイエム」op.45の後継作品と感じた

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佐藤卓史シューベルトツィクルス第5回「舞曲I」2016.04.07批評(No.2478)

2016-04-07 23:56:59 | 批評

「シューベルト舞曲だけ」で1回の演奏会全部を構成した 佐藤卓史 の「構想力 & ピアニズム」の素晴らしさ


  佐藤卓史 は、「基本的には初めの頃の作品」から、後ろへ進む構想のように見える「シューベルト全曲」を開拓しているピアニスト。今回の「舞曲I」と言うのは、私高本では考られないプログラムビルディング。そもそもが「踊るため」の曲だからである。
 12年前から「佐伯周子ベーレンライター新シューベルト全集に拠るピアノソロ曲完全全曲演奏会」を企画している私高本が、第1回終了後に頭を抱えたのは、2巻に及ぶ「舞曲」は、ほぼ9割以上の曲が前半も後半も繰り返し、さらに「A-B-A」どころか「A-B-A-C-A」の曲も多数ある。ベーレンライター新シューベルト全集ピアノソロが全7巻 だが実際に演奏する小節数は 2/7 どころか、3/8 は越す、と指を折って数えた記憶がある。佐藤卓史 の慧眼には、目を見張るばかりである。

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『ミセス・バッハ "Written by Mrs. Bach"』(2014)ニューヨーク・フェスティバル芸術部門金賞批評(No.2477)

2016-04-01 21:05:35 | 批評

夫婦協業で作曲活動を進めた最初の作曲家=J.S.Bach の可能性を大きく示唆した名ドキュメント『ミセス・バッハ"Written by Mrs. Bach"』


 う~ん、素晴らしい番組だった。これほど深く正面から「有名作曲家の作曲活動の根源を揺るがす」提言を取り上げた番組は56才にして初めて見た。月曜の放映だったが、録画して翌火曜に初めて見たが金曜の本日に至るまで、何回繰り返し見たか数えられない。バッハの楽譜は(シューベルトほどは)多く持っていないが、

チェンバロソロ曲全曲 + 無伴奏ヴァイオリン + 無伴奏チェロ + 無伴奏フルート のベーレンライター新バッハ全集 & インヴェンションとシンフォニア と 平均律第1巻第1番清書 の自筆譜コピーは所持している


である。購入した当時(20世紀です)にいろいろとワケ判らんことが多かった。特に当時(16年以上前の猫頭ヒョーロンカ = 私高本)が摩訶不思議に感じたことが

  1. 「フリーデマン・バッハのための音楽帳」には、「平均律第1巻の前奏曲だけ → インヴェンション → ファンタジア」が集中的に表れるのに注釈が何も無い


  2. 「平均律第1巻第1番前奏曲」だけ、「フリーデマン・バッハのための音楽帳」と「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳1725」の両方に残っているが、注釈を見付けられなかった


  3. 「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳1722」には、ほぼ「フランス組曲第1番~第5番」の初期稿が、おそらく第2番&第3番のメヌエットが「後付け」で記されているのに、注釈は良くわからん


  4. 「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳1725」には、「フランス組曲第1番+第2番の途中までわざわざ書かれている」が注釈は良くわからん



だった。私高本は、「シューベルト研究」には(なけなしのカネを)ツッ込むが、バッハには「自筆譜原稿ファクシミリ」を購入するまではカネに余裕が無い(泣
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これから聴きに行くコンサート(No.2476)

2016-03-11 21:18:50 | 演奏会案内

3/12 ツィガーン指揮読響2016.03.12


  正直、良くわからん演奏会><

 いいのかな? それほどでも無いのかな? って感じ。

3/13 小森谷 泉 × 小森谷 巧 ≪兄弟の音宇宙≫ 最高の仲間を迎えて


  私高本は、「小森谷巧のデビュー」から聴いている数少ない聴衆だと思う。茨城県古河市の公民館で披露された演奏会が基点で今に至っているはず。シューベルトとの相性の抜群の良さを感じているが、今回のプログラミングは「モーツァルト + シューマン」。勿論、佐伯周子と聴きに行く。

3/17 ツィガーン指揮読響2016.03.17


 ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」がメインの演奏会。初めて聴く指揮者なので、全くわからん。
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佐伯周子ベーレンライター新シューベルト全集次回2016.08.03(No.2475)

2016-03-03 23:48:56 | ピアニスト・佐伯周子
 う~ん、曲目に間違いがあるんだよね(爆涙

◎D980D → D980B

が正しい。私高本は猫頭なので、チェック出来なかったんだよね(泣
 B も D も判らない悪筆だし、、、



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