Piano Music Japan

シューベルトピアノ曲がメインのブログ(のはず)。ピアニスト=佐伯周子 演奏会の紹介や、数々のシューベルト他の演奏会紹介等

N響第1853回定期公演2017.01.13初日批評(No.2512)

2017-01-13 23:58:58 | 批評

ファリャ「はかなき人生」抜粋と「三角帽子」組曲第1部+第2部が圧倒的

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佐伯周子シューベルト全曲演奏会(No.2511)

2017-01-13 16:21:49 | ピアニスト・佐伯周子
来たる1月31日 佐伯周子 がベーレンライター新シューベルト全集に拠るピアノソロ曲完全全曲演奏会Vol.20を演奏します。
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NHK交響楽団第1852回定期公演2016.12.16批評(No.2510)

2016-12-16 23:55:37 | 批評

焦点が絞り込めなかった デュトワ指揮


  レーピンのラヴェル「ツィガーヌ」は立派な演奏だったし、エンディングのラヴェル「ラ・ヴァルス」も悪くなかったが、「全体像」が定まらない演奏会だった。「デュトワの意向」で決まったプログラムと思われるが、今回のCプログラムは成功した、とは言い難い><


  う~ん、ブリテン → プロコフィエフ → ラヴェル → オネゲル → ラヴェル と言うプログラミングは、「デュトワらしいミキサー車プログラミング」だが、今回は成功しなかった。3階から「無闇にブラヴォー隊」が常駐していたが、ラヴェル「ツィガーヌ」以外は「デュトワ + N響 の水準」には達していなかった。前週のビゼー「カルメン」に比較しても、はっきり劣る演奏会だった。料金も「カルメン」 > 今回Cプロ だから、合ってると言えば合ってるw

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NHK交響楽団第1851回定期公演2016.12.09批評(No.2509)

2016-12-09 23:56:25 | 批評

圧倒的な説得力を有す カルメン役=アルドリッチ & ホセ役=プエンテ、骨格がしっかりして広大なデュナーミクの デュトワ指揮N響

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NHK交響楽団第1849回定期公演2016.11.25批評(No.2508)

2016-11-25 23:59:25 | 批評

「ショスタコーヴィチの狂気」を見事に表出した 井上道義指揮 NHK交響楽団 の交響曲第12番!


  1曲目の「ロシアとキルギスの民謡による序曲」op.115 も、ピアノ協奏曲第1番 op.35 も素晴らしい演奏だったが、後半の 交響曲第12番 が圧倒的な感動を呼んだ。井上道義 は「おちゃらけ系」と「真剣系」の2面の顔を持つ指揮者であり、「おちゃらけ系」の時はアンサンブルに乱れが生じることが多いのだが、今日は「真剣系の井上道義」が『N響』と言う器を巧みに操って、デュトワ指揮 の時並みに「吠える時は吠える」&「緊張する時は緊張する」を徹底。これほどまでN響を操れる指揮者は、デュトワしか思いつかない。(パーヴォ・ヤルヴィ や アシュケナージ の水準では無い!)先週の「全シューマン」プログラムを 井上道義 に指揮させなかったのだろうか? あんな「バカ指揮者 = ジンマン」に任せたN響事務局のアホ頭が悲しい。


 ショスタコーヴィチ と言う作曲家は、評価がまだ定まっていない。高く評価する人もいれば、低い評価の人もいる。井上道義 は「ショスタコーヴィチ推進派」の日本一の指揮者であり、日比谷公会堂を潰す直前に「ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏会」を企画し、実行した。
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ピアノ協奏曲の午後 石川県ピアノ協会 2016.11.23 批評(No.2507)

2016-11-23 23:58:33 | 批評

3人のピアニストの「全く異なる協奏曲観」を見事に演じ分けた 垣内悠希 指揮 オーケストラアンサンブル金沢


  「ピアノ協奏曲の午後」や「ピアノ協奏曲の夕べ」の演奏会は少なからず存在する。国際コンクールを最近優勝したピアニストを3~4名集めて、と言うパターンは私高本は見たことが無い><
 大概が「募集に応募したピアニストが全て」または「募集に応募したピアニストに、ゲストに大物を招く」
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明日11月23日 佐伯周子が初めてプロオーケストラとピアノ協奏曲を演奏する(No.2506)

2016-11-22 23:34:39 | ピアニスト・佐伯周子

素晴らしい 垣内悠希 + オーケストラアンサンブル金沢 のリハーサル > 佐伯周子「シューマン:ピアノ協奏曲


 明日11月23日 佐伯周子が初めてプロオーケストラとピアノ協奏曲を演奏する。昨日今日がリハーサルだったが、本番会場で! 素晴らしい響きのホール! こんな豪華な設定は、在京オケでも半分以上が出来ない><

 当日、ご来場できる方は、当日券たっぷりあります。どうぞお越し下さいませ
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シューマンピアノ協奏曲の世間の誤解(No.2504)

2016-11-21 23:30:05 | 作曲家・シューマン(1810-1856)
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N響大1848回定期公演「シューマン」2016.11.20批評(No.2504)

2016-11-20 23:58:55 | 批評

「合わせる」に於いて完璧な ジンマンのシューマン。だが艶も無ければ勢いもリズム感も無い


  好みの分かれる演奏である。結構演奏にキズの多いN響をマンフレッド序曲でのトランペットの小ミスを除けば、ほぼノーミスで「縦の線+音程」を描くジンマン。ヤルヴィでもデュトワでもここまで徹底はしない、できない。
 だが「音楽的感動」があるかどうかは別問題。アーティキュレーションは甘く曖昧。デュナーミクも p ←→ mf を行き来するだけに、「ライン」では「ホルン4重奏」を高らかに鳴らすだけ。全曲14型の弦配置だったが、基本弦楽器だけで表情を作る。
 シューマンのオーケストレーションは、「シューベルト:グレートD944」を手本にしている。「グレート」第2楽章のような 木管楽器の調べ が「ライン」も ピアノ協奏曲も 「マンフレッド」序曲 にも埋め込まれているのだが、(もしかすると)「N響の木管は技術水準が、弦楽器 や 金管楽器 よりも劣る」との判断なのだろうか、木管楽器が主旋律を奏でる時でさえ、極めて控え目に演奏させていた。「これがシューマン???」が私高本の偽らざる情感である。


ピアノ協奏曲の後には「盛大なブラヴォー + うっすらとした拍手」が来た定期公演。「ライン」の後は、さらに盛り上がりに欠けた。一部の聴衆には熱狂的な支持を受けたが(満員では無かったが)ガラガラでも無いNHKホールの大半からは、拍手音量も出し惜しみされた演奏会だった。
 ジンマンは、(タイプは違うが)『これまでの指揮者とは違う解釈』で売って来た指揮者。確かに、これまでの「シューマン指揮者」とは全く違う! これほどまで、艶も無ければ勢いもリズム感も無いシューマン をN響で聴いたのは初めてである。これまでのN響は「サヴァリッシュのシューマンの伝統」を古参団員が伝えて来ており、「スコアの音量と実際のバランス」については、他の在京オケよりも優れていた。
 だが、今日の演奏を聴くと、「N響って、ジンマンに信じてもらえないほど、木管、特に首席が悲惨なのね>< 」としか感じられない(涙


 ジンマンの見解が正しいのか? 間違っているのか? は、聴衆が決めること。本日のパラパラな拍手は(高年齢と揶揄される)N響定期会員の皆様が判断されることだろう。


 (佐伯周子も弾く)シューマンピアノ協奏曲op.54 のアンスネスの演奏について。「指揮者主導」だったのかな? と言う「縦 & 横 線合わせ最優先」の演奏。「木管は埋もれさせる」も同じ。弾き易かったのか? 弾き難かったのか? よくわからない><
  結果として、モーツァルトピアノ協奏曲のような(しかも第14番以前の!)音色になり、しかも音量バランスが(モーツァルトピアノ協奏曲第14番以前よりも)木管楽器を後退させる! だったので、「スコア読めてますか?」が正直な思い。何でこんな指揮者に「全シューマンプログラム」任せたのか? > N響???
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シューマンピアノ協奏曲の世間の誤解

2016-11-19 23:54:56 | 作曲家・シューマン(1810-1856)
 今日明日とN響でシューマンピアノ協奏曲が定期公演で演奏される。解説は ここ。 
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上岡敏之と読響メンバーの室内楽2016.11.09批評(No.2502)

2016-11-09 23:53:51 | 批評

シューベルト「ます」五重奏曲を『協奏曲風に改竄』した上岡敏之


  私高本は、「読響アンサンブル・シリーズ」は年間会員募集時から会員になっているのだが、この日のシューベルト「ます」五重奏曲ほど「恣意的」な演奏を聴いたのは初めてである。「ます」五重奏曲は、各パートの自発性を要求する楽曲であるのに、

上岡敏之は、『ピアノ協奏曲』として作曲され、シューベルトや友人がオーケストラメンバーを集められないから「室内楽」に編曲した><


との確固たる信念を、読響メンバーに押し付け、演奏してしまった演奏会である。「ます」五重奏曲では、弦楽器奏者を一切見もしなければ、握手も無ければ、女性奏者への手の甲へのキスも無かった上岡敏之が、ショスタコーヴィチピアノ五重奏曲のアンコール後には「男性奏者には悪手、女性奏者には手の甲にキス」だった。アンサンブルに掛けた時間もショスタコーヴィチが圧倒的に上なことは明白。上岡敏之の「音楽の好み」は知らないが、シューベルト「ます」五重奏曲が「大した曲では無い」と思っているなら、演奏しないで欲しい(泣


 上岡敏之は、「出来不出来の激しい音楽家」であり、昨年末の「第9」は悲惨な出来だった><

 テンポ設定も、ダイナミクス設定も、「ベートーヴェン指示とは乖離」しており(速過ぎて味気無く)、なんだが「マーラー歌付き交響曲の出来損ない」のような感触だった。その前、マーラー交響曲第4番「あの世の生活」を演奏した時は、第1~第3楽章は良かったのだが、ドイツから招聘したソプラノ歌手がボロボロの歌唱でマーラーの神髄は全く聴こえて来なかった><

 どうやら、上岡敏之は、「共演者ぼ選定」に大きな問題を抱えた音楽家の様子。今回も(購入後に発表された)読響メンバーを見て、愕然。

「ソロ演奏者」「コンサートマスター」「首席奏者」皆無><


だったのである。読響は、ヴァイオリンだけでも、「コンサートマスター3名」「アシスタントコンサートマスター1名」「2番ヴァイオリン首席1名」の5名がいる。その5名が5名、スケジュールが合わない、は考えられない。つまり

「コンサートマスター&首席奏者クラス」だと、反発を食う「作曲家=シューベルトの意図」に反した解釈で演奏し、「押しつけ」を拒まれないトゥッティ奏者に限定した


としか考えられない。
 
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佐伯周子がシューマンピアノ協奏曲op.54を弾く 4(No.2501)

2016-10-11 23:54:13 | 作曲家・シューマン(1810-1856)

シューマンピアノ協奏曲op.54は、誰を手本に作曲され、誰が手本にしたのか?


  いろいろな解説を読んだが、シューマンピアノ協奏曲op.54の第2楽章と第3楽章が メンデルスゾーンピアノ協奏曲第1番の演奏に影響を受けたことは明記されているが、第1楽章についてのお手本の記載は書かれていないことが多い。ベートーヴェンピアノ協奏曲第5番「皇帝」と同じように冒頭にピアノソロが配置されていることを指摘することが多いが、本当か?

ベートーヴェン「皇帝」第1楽章は「協奏曲的ソナタ形式」で呈示されるが、シューマンピアノ協奏曲op.54は「ソナタ形式」で呈示されるので違和感大


なのである。「皇帝」冒頭は ff で開始されるが、シューマンは f で序奏が鳴るが、第1主題は p でそっと奏でられる
  確かに「カデンツァが確定している」「ピアノパートのデュナーミクを書き込んでいる」などの共通点を重視する人の目には手本にしたように見えるんだろう。



  1. 形式的には、シューベルト「さすらい人」幻想曲作品15D760が第1楽章単体でも、全3楽章でも手本


  2. 音響的には、モーツァルトピアノ協奏曲(但し短調作品K.466 & 491 を除く)が手本


となっている。モーツァルトピアノ協奏曲では第23番イ長調K.488 などが手本になった可能性が高い。「オーボエとクラリネットが揃っているから」と言って第24番ハ短調D491 を手本にした、と考えるのは違う、と感じる。
 モーツァルトピアノ協奏曲のピアノソロパートはわずかな例外を除いて、デュナーミクが全く書かれていない。第17番K.453以降は、「木管楽器とピアノの掛け合いが印象的」なのだが、シューマンピアノ協奏曲は冒頭からオーボエとピアノの対話がしっとりと第1主題を囁き合う。
 シューマンは学生時代の18才で既にシューベルト「さすらい人」幻想曲を弾きこなしていた。「循環ソナタ形式」原理を学び習得し、この傑作で花開くこととなったのだ。(ウィーンで引いた訳ではないが、シューベルト生前!)



  1. グリーグピアノ協奏曲イ短調op.16 がシューマンピアノ協奏曲を手本にした、は正しい


      調性も同じ、響きも似ているし、「ソナタ形式」の第1楽章も瓜二つ!!!
  2. ブラームスピアノ協奏曲第1番op.15 がシューマンピアノ協奏曲を手本にした、は誤り



  解説本に「ブラームスがシューマンを手本にした」といくつも目にしたが、あり得ない><

◎ブラームス交響曲第1番ハ短調op.68 = ベートーヴェン交響曲第10番 との評が初演直後からあった。手本はベートーヴェン交響曲!

ピアノ協奏曲でも、ベートーヴェン「皇帝]の後継者 = ベートーヴェンピアノ協奏曲第6番 と呼んで欲しかった>< 


  ベートーヴェンと同じ「協奏曲風ソナタ形式」で書かれており、響きもぶ厚い。ブラームスもクララも「ロベルトのピアノ協奏曲の後継者」と語った、の文章は1度も見たことない。何でこんなバカな解説するのだろうか? 耳ある???


シューマンが「クララのために書いた曲」は以下の4曲



  1. クララ・ヴィークの主題に拠る即興曲op.5


  2. 謝肉祭第12曲「Chiriana」op.9


  3. ピアノソナタ第3番へ短調op.14の最後の楽章の直前楽章(第1稿第4楽章、第2稿第2楽章、第3稿第3楽章)


  4. ピアノ協奏曲イ短調op.54



  この内、最初の即興曲は、クララが編集した『ブライトコプフ旧シューマン全集ピアノソロ巻』では第2巻までには収録されなくて、(恋敵のエルテスティーネ関連で外された「交響的練習曲」op.13や大嫌いなリストに献呈された「幻想曲」op.17と並んで)第3巻に廻された><

「謝肉祭 Chiriana」も「ピアノソナタ第3番へ短調op.14の最後の楽章の直前楽章」もピアノ協奏曲第1楽章展開部冒頭部も全部「変イ長調」!


であり、クララがロベルトに感謝した! こと間違い無し。しかも冒頭が「C-H♭-A♭ーA♭」だったのだ!!!
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東京オペラプロデュース マスネ「グリゼリディス」初日&楽日2016.10.09&10批評(No.2500)

2016-10-10 23:47:37 | 批評

マスネ「グリゼリディス」で主要6役をAB両キャストで集められる 東京オペラプロデュースの凄腕!


  両日ともに素晴らしい公演だった。マスネ「グリゼリディス」は、(ソロのある)主要6役が(直前の雰囲気から突如変わることがあまりに多く)歌唱が極めて難しい演目、と私高本は感じる。
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東京オペラプロデュース マスネ「グリゼリディス」初日2016.10.09批評(No.2499)

2016-10-09 23:52:20 | 批評

「マスネ:グリゼリディス = 20世紀初頭パリの ドン・ジョバンニ」だ


 これまで新国立劇場内で上演された マスネのオペラ「ドン・キショット」、「マノン」、「ウェルテル」、「エロディアード」に比べると、面白おかしさが前面に立つ作品がこの「グリゼリディス」だ。マスネオペラの持つ抒情性、優美さだけでなく、「滑稽さ」の要素を持つ「オペラ・ブッファ」系列の作品。手本にした作品は明らかで、(オッフェンバックやシャブリエではなく)モーツァルトの「ダ・ポンテ3部作」で、「テーマはコジ・ファン・トゥッテ」「役柄設定はドン・ジョバンニ」。
 第1幕後の休憩時に、「マスネにこんなに面白いオペラあったんだ!」とホワイエで話していた方がいたが、まさにその通り! それだけに演奏の難しさが各所に秘められている、と私高本は感じたが、どうなのだろうか?


全3幕にソロ&デュオで出っ放しの グリゼリディス=菊地美奈、悪魔=北川辰彦 の「清楚と滑稽の対比」が圧倒的説得力を有した


  もてまくるのに貞操固いグリゼリディスの「セリア」風の装いと、狂言回しの悪魔の「ブッファ」風の笑いを取る役が、音楽的にも演劇的にも鮮やかに浮かび上がる。ドンナ・アンナ と レポレロ と言えば、判り易いだろうか?

2幕だけで歌う道化役の「悪魔の妻=フィアミーナ」羽山弘子 の北川との息の合ったコメディアンぶりも秀逸


  この2名が登場する場面以外は「しっとりしたマスネ」に満ち溢れているのだが、中間楽章があからさまに笑い転げるスケルツォ楽章にしたマーラー交響曲かのよう。
  ソロのある羽山晃生、上原正敏、辰巳真理恵 の3名も充実した歌を繰り広げ、日本初演とは思えない充実したソリスト陣だった。


光使いの鮮やかな 太田麻衣子演出 と 「真面目さとコミカルさ」対比が顕著な 飯坂純指揮


  両方が綿密に積み上げてできた舞台だった、と私高本は感じる。楽日公演が今から待ち遠しくてならない。
  
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佐伯周子がシューマンピアノ協奏曲op.54を弾く 3(No.2498)

2016-10-07 20:10:12 | 作曲家・シューマン(1810-1856)

シューマンピアノ協奏曲イ短調op.54 は「ピアノソロ曲」タイプ? 「歌曲」タイプ?


  私高本は、そこら辺に居て「周辺に迷惑を掛けまくっているクラシック音楽ヒョーロンカ」の一員なので、今日のブログが気に食わない人は即退出して下さい。否定的なコメント書いても、採用しませんからwww


 私高本にとって、「衝撃的な出来事」が(数え間違いで無ければ)6年前にあった。

日本ドイツリート協会「夏季講習」(日本国内で初開催)


である。当時、佐伯周子は「ソロピアニスト」を目指していたので、何だかわからんメールは全部「流して」いた、とのこと。まあ、そうだろな。すると、

日本ドイツリート協会会長 = 岡原慎也 から、電話が掛かって来て、ウェーバー「舞踏への勧誘」ならぬ、「日本ドイツ協会夏季講習への勧誘」があった


とのことである。既にいくつかの契約をしていたので、「行きたいのですが、全期間は既に入っている契約もあり無理です>< 」との回答をした、とのことだが、何と「できる範囲でいいから参加して!」との暖かいお言葉を頂いた。結局(ところどころ虫食い日程で)参加することになった。私高本は、「佐伯周子専属マネジャー」なので、(歌うことも弾くことも出来ないので)聴講料を払って参加させて頂いた。岡原慎也さんに感謝するばかりである。


 (今もそうだが)私高本は猫頭なので、「ドイツリート」については、シューベルトの(しかも一部だけ!)曲しか知らなかった。佐伯周子の課題曲(シューベルトだけでなく、シューマン、ブラームス、ヴォルフ、マーラー、R.シュトラウス などから歌手の皆様が選んだ曲)を「ドイツリートのトップ歌手&ピアニスト」に指導して頂く、と言う「あり得ん状況」を作って頂いた。


 ・・・で、シューマン歌曲の楽譜を見て「唖然」、

シューマンop1 - op.23 ( -1839)の「ピアノソロ作曲時代」は、超絶ダイナミクス指向の作曲家


だったのだが

シューマンop.24 - 39(1840)の「歌曲の年」は、ダイナミクスが小さくなってる>< 


である。


 目を疑うよな(爆


「シューマンのop.23以前のピアノソロ作品のデュナーミク」 > 「シューマンのop.24-39の『歌曲の年』のデュナーミク」


だったことである。「えっ? 歌手パートも、ピアノ伴奏パートも、こんなにデュナーミク狭いの?」が偽らざる感想であった。「リーダースクライス op.25,op.39」「詩人の恋」「女の愛と生涯 op.25」「ミルテの花 op.24」などが、クララと結婚した年に生まれる。その曲は名曲だらけ。岡原慎也さんを始め、名手揃いに指導して頂いたのだ。その中で(指導も受けていない猫頭ヒョーロンカ=私高本は、それまでに作曲された「シューマン:ピアノソロ曲」のダイナミクス無いじゃん!!! と感じていた。う~ん、「シューマンはシューベルトの後継者」なんて言うが、「歌曲のダイナミクスレンジ」を見る限りは言えない水準だ、と私高本は感じる次第である。


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