デカダンとラーニング!?
パソコンの勉強と、西洋絵画や廃墟趣味について思うこと。
 



野嶋剛著『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)読了。

現在、故宮博物院は台北と北京に存在しているが、ふたつの故宮博物院がたどった歴史については、なんだかんだでよく知らないままであったので、非常に勉強になる本だった。
第二次大戦中のナチスからルーブル美術館の至宝を守るための「疎開」や、レンブラントの「夜警」の「疎開」のようなエピソードが台湾や中国の文物にもあったのは知ってはいたが、中国は清朝崩壊から中国の至宝が欧米や日本に流出してしまう時代から話が始まるので、より複雑な様相を呈していることがよく分かった。その複雑な様相を呈する原因として残念なことだが日本も関わっていることを思うと、台北で見た至宝の捉え方もやっぱり変わってくるように思った。
そして第二次大戦後の国共内戦後の中国と台湾の政権の「正統性」をめぐっての争いに故宮博物院の文物がいかなる意味を持っていたかを考えることは、中国の歴史を知るうえで大きなポイントになることも学べた。もちろん、台湾の地にあって故宮博物院が建っていること自体が台湾の原住民からすると違和感を覚えさせる意識の問題も見過ごすことはできない。故宮博物院をめぐる幾重にも絡まった問題は銃前銃後の対比だけで軽々しく口にできることではないのだ。そういう思いを一層強くした。

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