フランスに揺られながら DANS LE HAMAC DE FRANCE

フランス的なものから呼び覚まされることを観察するブログ

J'OBSERVE DONC JE SUIS

旅のメカニズム、あるいは吉野建 MECANISME DU VOYAGE OU T. YOSHINO

2005-07-07 23:05:22 | パリ・イギリス滞在

今回の旅が終わりに近づき、感じ始めていることがある。それは、これまでの時間がまた頭のどこかの引出しに入っていってしまうのかということ、裏返すと今生活しているのは実は自分の頭の中なのではないかということである。日本に帰ると全く次元の違う生活が待っている。そこで生活しているうちにこの一月の時間は記憶のどこかに消えていく、というよりどこか手の届かないところに蓄えられる。そして、何かの引き金でそれが鮮やかに蘇ってくるのだろう。

今回も人に会うことにより、これまで忘れていた(記憶に上ってこなかった)ことが鮮明に浮かび上がってくるという経験をした。人間の記憶の凄さを見せつけられた。おそらく年とともに記憶力が落ちるというのは間違っているのだろう。日々身の回りに起こっていることはどんどん蓄積されているのだ。しかし記憶されたものを引き出す力が弱くなってくると言った方がよいのではないか。それはある意味当然なのだろう。蓄積されている情報量が年とともに増えるのだから。そして、記憶を蘇らせるのは、異質なものに触れるしかないのではないか。そういう時に記憶の引出しが開き、そこに詰まっている情報の多さと正確さにわれわれは驚くのだ。

現在と過去のやり取りにより、喜びや悲しみを呼び覚ますことができる。そういう精神活動(脳を刺激すること)が自ずとできる一つの場所が旅になるのだろう。さらに、人類の過去(昔の人、昔の出来事、昔の人が考えていたこと、成し遂げたことなどなど)とも向き合うことにも繋がる。人類の過去と向き合うことにより、自分の過去も蘇ってくる。絡み合っている。そういう機会をこれからもできるだけ作っていきたいと思い始めている。

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今回は、不思議としか言いようのない繋がりに出会う旅である。今日、仕事場のある5階の窓から外を見ていたBが、日本人がいると教えてくれた。会いに行ってみると、何と私が昔学んだ大学の学生のグループだった。まさに奇遇としか言いようのない、今回の旅を象徴するような出来事であった。

夜はなぜか気分がよくなり、以前に触れたことのある Stella Maris を3年ぶりに訪ねた。前回に来た時とは雰囲気が変わって、店内は明るく広々とした印象を与える。奥様によると全面改装したとのことであった。窓側の席に座っていろいろな角度から店内を見てみたが、どの方向を見てもどこかに植物が目に入り、その視界に入る所を切り取ってみると絵になる。細心の注意で配置されていることがわかった。今回は、シェフの吉野さんが挨拶に出てこられて、皆さんに言葉をかけていた。私のところにも来られたので、ここに来るようになった経緯や Le Point の記事のことなどを少しだけお話した。何か変わったデザートでもお出ししましょうか、という言葉を聞いて、今までには余り感じたことのない心遣いのようなものを感じた。それは家庭医が患者に対する時の心にも通じるようにも感じたのだ。前回はお見受けしなかったので、このようなことがあるとは予想していなかったが、シェフとお話をできるということはそこに行っているものにとってありがたい経験になるということを今回実感した。今夜は新たな出会いを味わい、素晴らしい料理に時間を忘れ、平安のうちに過ぎていった。

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