パリに来て1週間が経ち、やや興奮状態で日本にいるときには考えられないくらい歩いているのと、フランス語での生活で疲れが見えてきている。しかし、部屋に閉じこもっていても疲れると思い、日曜も午後から街に出る。
出る前の予定では、先日外から見たMusée Bourdelle (「ブルデル」と聞こえる) で1時間くらい過ごした後、MD から教えられたルクセンブルグ公園美術館でやっているマチス展をじっくり見ようという思惑であった。今日も雲ひとつなく、日差しが強い。歩いて20分くらいで最初の予定地に着いた。受付でどこから来たのですかと聞かれたので Japon と答えると、C'est gratuit ! と嬉しい答え。
Émile Antoine Bourdelle (1861-1929)
中に入ると、人はほとんどいない。美術館を独り占めにしているという感じになる。見始めると骨太で、力強い、どっしりとして、しかも伸びやかな作品が揃っている。しかも外から見て想像していた作品の数をはるかに上回っていて、見ごたえ充分。これで終わりかと思ったら、次の部屋があり、それで終わりかと思いきやさらに下のホールがある。それから2階のテラスの壁にも多数の作品があり、そこから中庭の大きな彫刻が見え、目を上げるとモンパルナスタワーがすぐそこに見える。外から見えた庭のほかに中庭があり、壁一面にレリーフが飾られていて、庭に大きな彫刻が置かれている。中庭から窓越しに廊下に飾られていた作品をまた見ることができる。庭の彫刻もそこに置かれたひとつひとつが作品なのだが、庭全体の景色としても楽しめる。それが自分のいる場所によって全く違った作品となる。庭に面した時代を感じさせる薄暗い部屋は彼のアトリエだったところで、作品が無造作に置かれていた。本当にこれでもか、という具合に目の前に現れるので、音楽の中にいるような錯覚に陥った。美術館を存分に満喫したと表現した方がよいのだろう。どうしてこんなに人が来ないのか不思議で仕方がなかったが、それゆえ得られた悦びでもあった。
ベートーベンのいろいろな像がひとつの部屋に収められていた。
Beethoven aux grands cheveux
B. drapé
B. dit la Pathéthique
B. dit baudelairien
B. accoudé
B. dit métropolitain
この像には Beethoven の言葉として、次の彫り込みがあった。
« Moi je suis Bacchus qui pressure pour les hommes le nectar delicieux. »
(私は人類のために美味しい果汁を搾りだすバッカスである)
B. dans le vent
B. pensif
B. yeux overts
B. Bacchus
Grand masque tragique
口をへの字に結び、目が溶けて流れ落ちるように描かれている。
この部屋に一人でいるとベートーベンがそこに生きているようで、遠くから交響曲 Eroica の最終章が聞こえたような気がした。
彼自身が集めた作品を展示した部屋では、2年前ロダン美術館で見た L'homme qui marche(少し小型)に再会。彼の同時代の画家数人の絵が目に付いた。他には紀元前の石の彫刻は何のこだわりもない微笑みを湛え、14-15世紀の朽ち果てかけている木彫には日本の仏像にも通じる静かな面持ちがあり、なかなかよかった。
下のホールには、詩人 Adam Mickiewiczのためのモニュメント、さらに1870-71年戦争の鎮魂のためのモニュメントがあり、かなり力のこもった作品が多数陳列されていた。例えば、
Guerrier mourant dit Le Romain
Guerrier avec un seul bras
Souffrance (ベートーベンの悲劇的な顔と同じく、目が下に流れ落ちるように表現されている)
Masque de guerrier hurlant
La Guerre ou Têtes hurlants (これはものすごい迫力で、このコーナーに入っていた途端に異様な雰囲気を出していた)
彼の作品はこれまでに日本でも紹介されていて、その時のポスターが展示されていた。西武美術館、群馬県立近代美術館(1976年)、道立旭川美術館開館記念、鎌倉近代美術館、東京都庭園美術館(1987年)、国立西洋美術館(1968年)など。いずれも20-30年前のためか、忘れられているということだろうか。
予定を大幅にオーバーして、たっぷりと3時間楽しむことができた。気分が昂揚していたのか、帰り際に受付の人と話をする。予想を上回る素晴らしい美術館でしたというと、残念ながら余り知られていないようで désert の状態、との返事。彫刻を好きそうだが、この彫刻家を知っているかと言って指差した先にあったのが Zadkine という文字。知らないと答えると、美術館が近くにあるので行ってみたらどうかと言って、100 rue d'Assas を教えてくれた。こちらの印象は明日書いてみたい。
-------------------------------
dimanche 24 juillet 2005 23:29
今日の夜、何気なく本棚を見ていて驚いた。Bourdelle の展覧会が日本でも開かれていたことを上に書いたが、北海道立旭川美術館開館記念「近代彫刻の父 巨匠・ブルーデル展」(1982年7月24日-8月29日)のカタログが出てきた。この時期はまだアメリカにいたので、おそらく帰国後に美術館を訪れた時に買ったものだろう。全く記憶にない。こういう繋がりが見つかってくるのは、自分の過去の動きが蘇ってきて非常に楽しいことである。