大多喜町観光協会 サポーター

大多喜町の良いところを、ジャンルを問わず☆魅力まるごと☆ご紹介します。

小説 本多忠朝と伊三 13

2010年09月25日 | ☆おおたき観光協会大河ドラマ 本多忠朝

忠朝と伊三 13/久我原


「おい、伊三、どうした、いい年をして何を泣いているんだ。」
「いや、殿さまにご迷惑をおかけし、情けないやら、恥ずかしいやら、、、、、殿さまのお顔を見ていると今にもどなりつけられようで、おっかなくて、、、」
「なんだ、子どもみたいなやつじゃのう。」
 ううう、と唸ると伊三はひれ伏した。
 忠朝は笑いながら言った。
「はは、お前を見ているとわしも二十年前のいたずら小僧に戻ったような感じがする。あの時はお前に叱られたが、、、」
 忠朝はにたにたとした笑顔を引き締めた。
「今度はわしが叱る番じゃ。国吉の領民たちが汗水流して作った田んぼを荒らしまわったことは大変な罪だ。お前はわしに申し訳ないと言ったが、申し訳ないという相手が他にもいるのではないか?この罪を償うのは大変なことだ。」
「?」
「ボケっとした顔をしおって。わしはお前は見どころのある奴だと思っている。中根から伊三が国吉で暴れていたので連れてきたと聞いたとき、すぐに会いたいと思った。しかし、中根がお前は大勢の人間に迷惑をかけたから簡単に許してはならないという。そこでひと月の間牢に閉じ込めることを命じたのだ。」
「申し訳ないと思っています。あんときは夢中だったもんで、、、」
 しょんぼりと肩を落とし、相変わらず涙を流してぐちゃぐちゃの伊三の顔を見て、忠朝はため息をついた。
「ふーん。本当に反省しているのかの?お前、ひと月牢に入っていて何かわかったか?」
「何かって、何のことで?」
 忠朝は伊三の正直に自分の感情を隠そうとしないところが好ましく思っていたが、自分の行動がまわりにどんな影響を与えているかをあまり考えていないことにあきれてしまった。
 忠朝は一人、牢の中で伊三が自分の行動を反省し、忠朝自身だけでなく、国吉の農民に迷惑をかけていることはもちろん、残された娘のサキがどれほど心配しているかということに気がつくことを期待したが、それはむなしい期待であったか、、
「伊三、なんでも良い。思ったことを述べてみよ。」
 忠朝は静かにやさしく言ったつもりだったが、伊三には威圧的な命令に聞こえた。
「も、申し訳ありません。とんでも無い事をしてしまったおれは本当にバカだと思いました。それと、、そのう、、、」
 伊三は言おうか言うまいかと言い淀んでいると長田が声をかけてきた。
「伊三、思うことを申し上げろ。殿さまは慈悲のある方だ、反省していれば罰も軽くしてくださるに違いない。」
 長田がちらりと忠朝の顔を見ると、忠朝はわずかに首を振った。長田は伊三が哀れに思えた。なぜか二十年前に大多喜の町普請で懸命に働く伊三の姿、幼い殿さまが若い日の伊三にじゃれついてくる姿を思い出した。
 しばらく沈黙が続いた後、伊三がもそっと言った。
「めしがまずかった。」
 忠朝は思わず前のめりになって、伊三にどなりつけた。
「なに?めしがまずかっただと?」
 長田はもう駄目だと思った。
「伊三!何を言うんだ!反省しているのかと思ったら、めしがまずいとは何ということを!殿さま、申し訳ありません。長い間、牢に入れられ頭がおかしくなっているんです。こ奴の身は私にお預けください。殿さまのお心がわかるように鍛えなおしてやります。」
「長田、よい。こ奴の処分はわしが決める。伊三、残念だがわしはお前を許すことはできん。」
 忠朝は一言でも仲間にすまない、娘にすまない、今後も一緒懸命に田を耕すと言えば、条件付きで許すつもりでいたが、言うに事欠いてめしがまずいとは、、、、この時ばかりはこいつは一体何を考えているのだと、心の底から腹が立った。
「この男を牢に戻せ。めしも食わせんでいい。こいつの口には合わないようだからな。」
 忠朝は感情的になり、長田に命じた。すると、伊三がぽつりと言った。
「こんなまずいめしを殿さまも食っているのかと思うと、本当に申し訳ないと思いました。」
「何?」
 忠朝は怒りの表情を和らげた。
「どういうことだ?」
「おれは国吉の米を食ったとき、さすが御城下で作る米はうめえ。岩和田の米とは大違いだ。こんなうめえ米を作ることができたら、さぞ殿さまも喜ぶだろうと思いました。ところが、お城で出るめしは毎日毎日まずかった。殿さまはこんなまずいめしを食っているのか。昔、殿さまが下さった握り飯はあんなにうまかったのに、今は米がまずくなっちまった。それで殿さまは新しい田んぼを作ってうまいめしを食いたいと思ったんだろうに、その田んぼをめちゃめちゃにしちまって、俺は本当にとんでも無い事をした。」
 伊三は牢で食べためしがまずかったので、お城の人たちもまずいめしを食っているのだろうと思いこんでいた。忠朝の新田開発は収穫の石高をあげて国を富ませようという経済政策だが、伊三は単純に殿さまはうまいめしを食いたかったと思っていたようだ。
「伊三、お前そんなこと考えていたのか?あきれたな。」
「殿さまがこんなまずいめしを食ってるかとおもうとおかわいそうで、、、それで、、、」
「これ、伊三、失礼なことをいうな。殿さまが囚人と同じ飯を食っているわけないだろう。」
「へっ?」
 伊三は長田を振り返った。長田が忠朝に向かって言った。
「殿さま、こいつはこういうやつなんです。バカだけど心根はいいやつです。イライラするけど憎めないやつなんです。なにとぞお慈悲を。」
 忠朝は伊三に聞いた。
「それで、どうした。それから何を思ったんだ?」
「牢に閉じ込められていたら、殿さまのためにうまい米を作ることができなくなる。もしかしたらサキも岩和田に追い返されかも知れねえ。茂平さんに岩和田に住むことは許さんと言われたから、もしかしたらホリベエさんと異国に行ってしまうかもしれねえ。みんな、俺のせいだ。」
 伊三はまた泣き出した。話も取りとめのないものになってきたが、忠朝の心が揺れた。そして大声で笑い出した。
「があ、はははは、があ、ははは。長田、伊三の罰を申し渡す。今、決めた。」
 さっきまで怒りに満ちた顔をしていた忠朝が突然笑い出したので長田はびっくりしたが、これで伊三は助かったと感じた。
「伊三、娘の待つ家に帰ることは許さん、行元寺に預ける。そこに住み込み、わしのためにうまい米を作れ。そして、米の収穫ができたらその米をわしのところに持ってこい。それを伊三への罰とする。うまい米ができたらお前の罪を許してやろう。しかし、まずい米を持ってきたら、いつまでたっても娘には会えないぞ。わかったか?」
 伊三は相変わらず泣いているが、長田が忠朝に答えた。
「ありがとうございます。殿さまのご慈悲に答えるように、わたしが伊三をしっかりと面倒を見ます。これ、伊三、お前も礼をいわんか。」
 うながされて伊三は泣き顔のまま忠朝を見た。
「あぃがとう、、ごぜえます。おれはまた、殿さまに助けられた。本当にすまねぇぇぇ。ありがてぇぇぇぇ。」
「伊三!勘違いするな。わしはお前を許すとは言っておらんぞ。一人前に米が作れるようになるまではな。」

 こうして伊三は国吉原の北の山裾にある行元寺に預けられることになった。
 伊三が行元寺に預けられた晩、サキのもとに長田が伊三の処分を知らせに行った。
「そうか、おとうはお寺に預けられるのか。あの年になってお坊様の修行は辛かろうなあ。」
 伊三が寺に預けられると聞いたサキは伊三が坊主にされるものと勘違いをしているようだ。
「サキ、お前、勘違いをしているようだな。伊三は何も坊主になるわけではない。行元寺の住職に身を預け、大多喜の領民として恥ずかしくない人間になってもらいたいという殿さまのご慈悲だ。しかし、殿さまのお許しが出るまでここには戻れないぞ。わかったな?」
「へえ、そうですか。わかりました。お頭さま、あんなバカなおとうだけど、会えないと思うとやっぱりさびしい。」
 サキの頬を涙が一筋流れた。長田は少し哀れに思った。
「まあな、辛抱せい。今年の秋には戻ってこれる。それに行元寺はここから近いしな。」
「?」
 サキは長田が何を言わんとしているのかよくわからなかった。
「なんだ、サキ、目をぱちくりさせて、俺の言うことがわからんか?」
 サキの横に座っているホリベエは長田が何を言っているのかはわからなかったが、「伊三」という言葉とサキが泣いている姿を見て、とらわれた伊三の身に良くないことがおこっていることは感じ取っていた。
 沈黙する三人の間に薄緑色の光がゆらゆらと飛んできた。ホタルが三匹、サキの家に迷い込んできたようだ。三つの光は寄り添うように飛んでいたが、そのうちのひとつは仲間から離れて外に出て行ってしまった。家の中には残った二匹のホタルが壁に止まった。
「サキ、伊三はこの家には帰れないが、お前がどこに行ってはいけないとは殿さまは申されなかった。」
「はあ。えっ?では、お寺におとうに会いに行っていいのか?」
「さあて、俺はそんなことは言っていないが、、、、」
 サキは長田の、忠朝の気遣いがうれしかった。
「ありがとうございます。お頭さまも殿さまもお優しい方だ。」
 サキがぺこりと頭を下げると、ホリベエもそれにならって頭を下げた。
「さあて、礼を言われるおぼえはないがのう、、、」
 二人に頭を下げられた長田は照れながら言った。
 ふと、長田が壁に止まったホタルを見ると示し合わせたように二匹とも壁を離れて外に飛んで行った。先に外に飛んで行った仲間を追うように。長田にはそれが伊三の後を追うサキとホリベエのように思えた。
 しばらく長田は二十年前の殿さまと伊三の出会い、今回のお城での再会のことなど話した。サキは伊三から若いころ忠朝と出会ったことは聞いていたが、詳しい事は知らなかった。伊三が若様とは知らずに忠朝を叱りつけたということは初めて聞いたが、(おとうらしいことだ。)と思わず微笑みが漏れた。そんなサキを見て、長田は大柄だが愛嬌がある娘だと思った。
「さて、夜も更けた。明日も仕事だ、帰るとするか。ホリベエ、伊三の分まで働いてくれよ。」
 長田に声をかけられ、ホリベエは思わず「ハイ。」と答えた。サキはホリベエの顔を見て、(この人はどこまでわかっているんだろう?)と思った。
 長田を見送り、家の外に出ると近くの田んぼからカエルの鳴く声が聞こえる。長田が持つ明りが田んぼの中をゆらゆらと動いて遠ざかって行くのを二人はいつまでも見送った。
「Bonita.」
 ホリベエが闇を指さした。サキがその方向を見るとさっきのホタルだろうか、三つの緑の光が闇の中を揺れていた。
「ホリベエさん、ボニータってどういう意味だ?口癖みたいでよく言うけど、おらにはわかんねえ。ねえ、どういう意味だ?」
 サキの問いかけにホリベエはにっこり笑って、
「Bonita.」
ともう一度言った。サキはホリベエとの会話がまだまだ通じ合えないのがもどかしかった。いつの間にかホタルは林の中に消えていった。
コラムやエッセイ、小説の投稿サイト 



最新の画像もっと見る