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小説 本多忠朝と伊三 14

2010年09月25日 | ☆おおたき観光協会大河ドラマ 本多忠朝

忠朝と伊三 14/久我原

 

 長田がサキの家を訪ねた日から、二十日ほど過ぎたある日、サキは行元寺を訪れた。サキが行元寺を訪ねてきたのは今日で二度目である。
 長田に伊三が行元寺に預けられ、伊三は家に帰ることは許されないが、サキが伊三に会いに行くことは禁じられていないと言われたので、翌日早速、行元寺に行ってみた。もうひと月以上も伊三に会っていない。伊三とこんなに長い時間離れて暮らしたことはなかった。世話の焼ける父だが、そこは二人きりの親子のこと、サキはさびしくもあり、父が心配でもあった。ところが、ひと月ぶりにサキが見た父の姿は、、、伊三は十歳ぐらいの小坊主に叱られて背中を丸めてうなだれた姿だった。
「伊三さん、昨日も言いましたが、本堂の前を通る時はご本尊様に会釈をしてください。それと、部屋にあがるときは脱いだ草履はきちっとそろえて下さいね。」
 サキは久し振りに見る父が子どもに小言を言われているのがおかしかった。サキが
「おとう、挨拶はちゃんとせえ。」
とか、
「食べながらしゃべるな、何言ってんだかわかんねえ。」
と注意しても、
「ばあさんみてえにうるさい事言うな。」
と言って聞かなかったが、その時は「へえ、へえ。」と言いながら小坊主にぺこぺこ頭を下げていた。サキは山門の陰からしばらく伊三の姿を見ていた。
(おとう、少し小さくなったようだな。)
 ひと月の牢暮らしで伊三はやせていた。背が縮んだわけではないが、伊三がひとまわり小さくなったようにみえたのは、小坊主に叱られてしょげているからかもしれなかった。最初は滑稽に見えた伊三の姿も哀れに思えてきて、サキは伊三に声をかけることをためらい、その日はそのまま家に帰った。
 あれから二十日ほどの日々が過ぎ、サキのもやもやとした心配は膨らむばかりである。この日仕事中にたまたま長田に出会い、伊三の様子はどうだと聞かれて行元寺で見た伊三の様子を感じたまま話すと、
「伊三もさびしいだろうな。殿さまからはうまい米を作れと言われているが、和尚様の許しがでるまで寺から出てはいけないと言われているらしい。励ましにいてやったらどうだ。」
と言われた。そこで再び行元寺を訪ねる気になったのである。

 日に日に暑さが増している。サキは大汗をかきながら参道の緩やかな坂を上って行った。運が良い事にちょうど山門のところで伊三が誰かと話をしているところだった。
「おーい、おとう!」
 サキは伊三に手を振った。それに気づいた伊三はサキに向かって深々と頭を下げた。ササキは違和感を感じた。
(?、、おとう、おらのことがわからないのか?おらのこと忘れちまったのか?)
 すると、伊三と話をしていた男が伊三の肩をたたき、サキを指さし笑った。
 サキはもう一度手を振った。
「おとう、おらだ。サキだ。」
 今度は伊三は右手をちょっと上げ、もう一人の男と一緒にサキの方に歩いてきた。近づいてみてわかったが、もう一人の男は平吉だった。
「あれ、平吉さんでねえか。久し振りです。」
「おお、サキちゃん、久し振りだな。おめえも伊三が心配で来たのか?」
 平吉は伊三が田んぼで暴れて捕えられ、行元寺に預けられていることを聞いて心配になり見舞いに来たようだ。平吉はサキに笑顔で話しかけてきたが、伊三は相変わらず固い表情でサキを見つめている。
(あれ、おとうはまさか本当におらのこと忘れちまったんじゃねえだろうな。)
と思った時、伊三がサキに話しかけた。
「久しぶりです。達者でいましたか。」
 伊三の他人行儀な態度にサキは心配が増した。
(お寺の修行で頭がおかしくなっちまったんじゃないだろうか?)
「伊三、自分の娘にそんなよそよそしい態度をとるんじゃない。サキちゃん、俺に対してもこんな調子なんだ。全くいやになるよ。」
「平吉さん、和尚様に人には丁寧に接するように教えられたんです。そんな言い方しないでください。」
 サキは唖然として、口をぽっかりと開けて、伊三を見た。
 久し振りの再会だったが、伊三の態度にサキと平吉は閉口し、重い沈黙が三人にのしかかってきた。そこへ山門をくぐって、一人の僧侶が現れた。年齢は五十歳ぐらいだろうか、満面の笑顔でゆったりと三人に近づいてくる。
「伊三、お客さんかい?」
「あ、これは和尚様。友達の平吉さんと娘のサキです。」
 サキは僧侶に頭を下げた。
「おお、伊三の娘さんか。住職の定賢じゃ。」
「伊三の娘のサキといいます。おとうがご迷惑おかけします。」
 定賢は噴き出した。普通は「お世話になります。」と言うところを「ご迷惑をおかけします。」とサキが言ったので、サキはよっぽど伊三に手を焼いているのだと思った。
「和尚様、おとうは大丈夫でしょうか?おらに頭を下げたり、薄気味悪い口のきき方をするんです。なれないお寺の暮らしで本当におかしくなっちまったんじゃないかと。」
「ははは、それはわしが礼儀正しくしろ言ったからだろう。これ、伊三、娘や友達にまでそんなにバカ丁寧にせんでもよろしい。」
 そういうと伊三は緊張が解けたのか、「ふう。」とため息をつくとサキのほっぺたに手を置いて、
「元気そうでよかった。」
と言ってひやりと笑った。笑ったが、その眼はうるんでいた。そして、サキを抱きしめた。
「会いたかった。会いたかった。」
 定賢は平吉を促し、山門の方に向かって歩き出した。
「おとう、やめろ。恥ずかしい。」
「恥ずかしいもんか。俺はうれしいんだ。お前にまた会うことができてうれしいんだ。」
(ああ、やっぱりおとうはおとうのままだ。)

 ちなみに、、、
 行元寺の和尚定賢は本多忠朝の信頼が厚く、後にあの天海僧正と供に徳川家康の講師を務め、名を「厳海」さらに「亮運」と改め、天海亡きあとは徳川家光の師となり、九十二歳の天寿を全うした。しかし、サキは定賢和尚がそんなに偉い僧だとは知らずに、やさしそうなお坊様で良かったと思った。

「おとう、あれがこのお寺の和尚様か?もっとおっかねえ人かと思ったが、にこにこしてやさしそうなおじいちゃんって感じだな。」
「ばかいえ、おっかねえ和尚様だ。俺はいっつも怒鳴られている。」
 そんなことはなかった。定賢は常に静かに、伊三にわかりやすいように丁寧に話をしていたが、伊三には厳しい口調に聞こえていた。やはり、ひと月の牢の生活が伊三の気をなえさせていたのだろうか。
 しばらくすると定賢がやってきた。
「サキさん、せっかく来たのだから、お参りをしていってください。それに今日はまた暑いですから、冷たい水でも差し上げましょう。」
 すると伊三は首をすくめてサキに耳打ちをした。
「な、おっかねえだろう。頭にガンガン響くようなおっきな声だ。」
「?」
 サキには、やはりやさしいおじいちゃんに思えたのだが、、、

 お参りをした後、伊三、平吉、サキの三人があの小坊主が持ってきた水を飲みながら本堂の前で話をしていると、参道の向こうで馬のいななきが聞こえた。しばらくすると、サムライが一人山門をくぐり三人の所にやってきた。
「サキというのはお前のことか?」
 サムライがサキに声をかけた。
「へえ、おらがサキですけど、おサムライさんは?」
「私は本多忠朝様の家来、大原長五郎と申す。本日は殿さまの言いつけでお前を迎えに来た。ホリベエと供に城に参れ。」
「えっ?おとうでなくて、おらがお城に?ホリベエさんも一緒に?」
「そうだ。」
 サキは不安そうに伊三の顔を見た。伊三が呼び出しを受けるのならわかるが、何故自分が呼び出されたのか。しかも、ホリベエも一緒に来いという。一体何の用事だろう?
「ふふふ、そう心配そうな顔をするな。本来は伊三に来させるべきところだが、今は謹慎の身である故に、代わりに娘を連れて来いと言うことだ。悪い知らせではないということだ。」
「でも、なんでホリベエさんも一緒に?」
「詳しい事はよくわからんが、、、、まあ、城に来ればわかることだ。ごちゃごちゃ言わないでついてこい。」
 大原は吹き出る汗を拭きながら、面倒くさそうに答えた。
「それにしても、よくここにいることがわかりましたね。」
「ああ、お前の家に行ったんだが、ホリベエしか居なくて大変だった。まさかホリベエが異人だとは思っていなかったからな。何を言っても話が通じなくて困っていたところに長田が現れて、サキが行元寺にいると聞いたのでこちらにまわってきたのだ。」

 サキとホリベエが大原に連れられて城に着くと、中根が迎えに出てきた。
「おお、大原殿、御苦労であった。その二人、殿に目通りするにはちとむさいのう。何か小ざっぱりしたものに着替えさせてやれ。」
「中根殿!私は殿さまに二人を迎えに行けと言われたが、着るものの面倒まで見ろとはいわれておらん。そなたに指図される言われない!」
「大原殿、頼みましたぞ。」
「中根殿、私は忙しいのだ。そんなことは、、、、」
 だれかほかの者に頼んでくれと言おうとしたところ、例の冷たい微笑みを見せて、中根は屋敷に向かって立ち去ってしまった。
 大原のひたいから汗が噴き出してきた。暑さのせいばかりではなく、中根に対する怒りから噴き出した汗であろう。
「あのう、、、おらたちどうしたら、、、」
 サキに問いかけられ、大原はサキをぎろりと睨んだ。サキが一歩後ずさりすると、その肩をホリベエが支えた。
「仕方がない、ついて参れ。私がお前たちをきれいに着飾ってやる!ああ、めんどうじゃのう、、」

 サキとホリベエは着替えをすると、意外にも客間に通された。伊三でさえまだ屋敷にはあがったことがないのに。サキは緊張でかたかたと震えていたが、ホリベエは事情がわからず部屋の中を見回していた。日が暮れて、部屋が暗くなってくると、小間使いの者が明りと冷たいお茶を持ってきた。サキは冷たいお茶を一口すするとなんとなく心が落ち着いた。
 小半時ほど待たされたところで中根がやってきた。
「サキ、ホリベエ、殿さまのお出ましだ。頭をさげよ。」
 言われて、サキが畳に手をつき頭を下げ、ホリベエもそれをまねた。そうして待っていると、上座にだれかが座った気配を感じた。
(と、殿さまだ。)
 一度、解けた緊張が再びサキを押しつぶしそうになってきた時、忠朝がサキに声をかけた。
「伊三の娘、サキだな?わしが忠朝じゃ。」
 その声を聞くとサキは緊張で返事ができず、ひれ伏したまま、口をパクパクさせていた。
「はは、そんなに緊張せんでも良い。」
「へ、へえ、、」
 サキはやっとのことで返事をした。ははと笑った後に忠朝は意外なことを言った。
「さあ、ロドリゴ殿、この者がホリベエでござるか?」
「Si, si. Cuanto tiempo, Jorge. Como estas? (はい、そうです。ホルヘ久しぶりだな。元気だったか?)」
 サキとホリベエは驚きのあまり、同時に顔をあげた。
 目の前には、忠朝とロドリゴが座っていた。
「Don Rodorigo!!」
 ホリベエはそう言って絶句した。サキは嫌な予感がした。



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