破滅を選ぶ時

2012-06-05 09:02:10 | ビジネス
ずっと書きたくて書けていなかった出来事があります。

それは 人はある状況下では破滅の道を選ぶが、それはなぜだろう?ということです。

■ ある出会い

あるバレエの先生の話です。私は大学の頃から、かれこれ20年近くもバレエを習っていて
アメリカやオーストラリアでもレッスンを受けた経験があり、コレオグラファーの通訳を務め、
いわばバレエを習う側としてはベテランです。ここ20年来の日本のバレエブームの支持層(笑) 

本来バレエは芸事なので、歌舞伎役者と同じく子供の頃から仕込むのですが、現在の
ブームの主流は大人です。

で、私の幸福においてバレエは大変重要なので(今ではそれが山になったわけですが)
引っ越して最初にしたことはスタジオ探しでした。で、出会った先生がいました。

■ 優秀でも報われない当然の理由

”日本人なんて黄色人種で0脚”とバカにされていた時代に欧州に渡れるほどの実力があり、
プロのバレリーナ育成の実績もある優秀な先生なのですが…問題が。 

問題その① 教え方が古い。

体育会系なのです。ともかく体を酷使。厳しく失責。「もう、何度言ったら分かるの!」は
序の口。「ハイ、出来るまでピルエット100回!」子供は泣き面=日常。

現代の子供はそれでは付いてきてくれません。というわけで閑古鳥が鳴き、子供の生徒はほぼ約1名…
からさらにゼロ名になってしまいました(汗)。少子化の影響もあって、子供の習い事は
生徒数が多いほうが栄えます。兄弟がいないことを補いたい親が多いからです。

変わって支えてきたのが大人のおば様たち。50の手習いです。ブームの恩恵です。が…問題が。
大人を教えると言うのは、バレエの亜流です。大人はもう職業ダンサーには決してならないので
教師側から見ると終わった人材です。そのため教える気になれない。ま、どーでもいい人たち
ってわけなんですよ、バレエの栄光から見ると。

そこで問題その② 市場ニーズには答えたくない。

教え方が古いと言うのは、よくよく考えると、市場ニーズをよく見ていないということです。
真摯に生徒を観察し、どうすれば生徒によりよく身につけさせることができるか?に
単純に取り組んでいれば教え方が陳腐化することは基本的にありえません。受講料を取るので、
生徒ではなくお客という視点があれば、基本的に生徒の側に立った対応を考えるはずです。

ところがバレエというのはスポーツではなく芸術。教える人は芸術家。芸術家肌ゆえ、相手が
教わりたいことよりも、自分が教えたいことを教える。譲れない。譲ったらその人のアイデンティティがクライシスになる。

…という事情にくわえ、日本的な師匠制度が後押しします。つまりいったん入門したら他の
先生には習ってはいけない、という不文律です。先生は絶対君主で君臨します。ので、誰も反論しない。できない。崇められて、いい気分でいるとガラパゴスってわけです。

つまり、問題その③ 井の中の蛙化してしまう。

具体的な症状としては、次のような症状が出ていました

 ・ケガなど故障者が出る。
 ・子供が集まらない。
 ・すべてがくたびれてくる(貧乏暇なし)
 ・ネガティブキャンペーン(要するによそのスタジオの悪口)。

すべての帰結として…赤字ですね。

■ 台所事情

さてこのような土台にあった先生に更なるピンチが訪れました。ただでさえ長い窮乏生活のため、借りているスタジオは既にボロスタジオです。そのボロスタジオが一方的な値上げ。倍の値上げではスレスレどころか赤字になってしまいます。

で、私はそれをたまたま知ってしまったので、助け舟を探しました。

不動産屋めぐりです。基本的に現在の日本では空室率は高く、今いる甲府でも空き室率25%という
土地柄ですから、場所というものは限りなく安いはずという算段もありました。

甘かった…。10件程度見ましたが、広さがちょうどよいと思える場所は賃料約8~10万円です。
これはどれくらいの金額か?というと大阪の一大ビジネス街 本町で一回り小さめの事務所を
借りれる金額です。ところがこちらでは多くのオーナーは賃料を下げてまでは貸したくないのです。
不動産屋さんまでが、もったいないと嘆く状況。不動産はホントに動いていません(笑)

一方、バレエなどの集合系の習い事のお月謝相場は月8千円~1万円です。
例えば、チャコットなど有名講師人が集まるオープンクラスで6回券で15000円とか。
講師側から見ると時間あたり1500円~3000円になります。

こうした事情を賃料に当てはめてみると、仮に10人生徒がいると収入は月8万円~10万円になり、
賃料10万円で借りたのではスレスレ。光熱費や交通費などの経費を入れるとさらに赤になります。

そこで考えられるのは他の講師との連携です。基本的に週7日のうち6日は使用していないわけです
から、その空き日に他の先生に教えてもらう。私はヨガを教えていますから、同僚が何人かおり、みなが空きスタジオをほしがっています。声を掛ければ人はいるでしょう。

しかし…ここでも反論が。「連携なんてしている時間がない」という話です。スタジオの清掃も
したくなければ、誰かとつるんでまで自前スタジオでなくて良い、というわけです。
確かに一理あります。スタジオを借りるためにレッスンを作ると言うのも本末転倒ですし。
主宰するのは、めんどうっちゃ面倒です。それに無い袖を振れない、と言えなくもない。

しかし、ここで教えたいと思っている子供のニーズを考えると・・・

 ・子供のレッスンは大人と違い教える期間が長い
 ・よって 親は安定的な環境を望んでいる
 ・よって、レンタルスタジオより自前スタジオが良い

そこで実は、私はなんと無料で貸してくれるというビルを見つけました。無料ですから、
もちろん、床も壁も打ちっぱなしコンクリートでそっけないものですが、それは有料で借りても
ほぼ同じことです。そもそもスタジオですから改修したとしてもそんなにコストは掛かりません。
安定的環境であれば生徒を増やすこともできます。何しろ階下は子供服の店なのです。子供が出入り
すると言う意味では理想です。

ところが、先生の返事はNOでした。ふむ。これは私には非常に示唆に富んだ話でした。 

■ 考察

この状況下では、このまま進めば崖っぷち確定だからです。先が真っ暗という道であれば、どんな選択肢でもそれよりはマシなはずでは?

バレエは90分レッスンですから、貸しスタジオを借りる場合1レッスンで2時間は最低必要です。
仮に2レッスンで4時間のレンタルと仮定すると、賃料2000円/hはレンタル料だけで月3.2万円です。

貸しスタジオ側からみると、悪くない商売です。毎日4時間貸し出すと
仮定すると(スケジュール表をみると余裕で4時間/日はクリアしているようです)

4時間×2000円/h×30日=24万円

ただ何もしないで貸すだけで月24万円の収入になります。不動産相場が10万円/月である状況下なので。これは不動産利回りとしては凄い高収益です。この物件はかなり古くなり、また清掃も
テナント各自がやっているような状況で、ですからさらにです。まぁそれでも値上げしてきたのは出て行って欲しいという意思表示と思いましたが…

一方、仮に3.2万円を無料で借りる場所の改修につぎ込めば、ささやかながらも前進できます。
1年も経てば30万円以上の予算ができますから、床だってバレエ向きに変えることができるでしょう。

無料というのは賃料はこれ以上安くならないということです。無料よりも崖っぷちの現状維持を選ぶのかぁ…。

ということは、つまりどんな選択肢も要らないと言うことですね。現状には”甘んじている”わけではなく、”あえて選んでいる”ということだったのです!

■ 破滅を選ぶ?

私にはその選択肢が非常に新鮮だったのです。人は一体どういう状況下で、このまま進んでは
将来が先細る一方であると確定している未来を選ぶのでしょう???

今では、最大時で7人。生徒数が5人を切ると赤になります。
現在、先生が大人には教える情熱を感じていないことと自分がヨガを教える手間、体は資本であり、余暇のバレエで痛めると生徒に示しがつかないのでレッスンはお休み中です。(バレエはホントに体に悪い。)

「もう、ホントにバレエ馬鹿なんだから、ヒヒヒ…」と2人でバレエ馬鹿自慢をしていた頃は、
良かったのですが、本当に顧客ニーズ無視ではお先がありません…。

しかし、選択権は個人にあり、それは尊重されるべきです。

一方、サービスの受け手としてみると、教え方が古く、環境も今ひとつというレッスンがこの先
大繁盛というのは、ごく普通に考えてもありえないでしょう。

さらに大人には教えたくないと支えてくれている大人層に公言してしまうアクの強さです…(汗)

かなりなニッチマーケット…つまりは生徒も教える側もドМってことだったのでしょうか?

うーん、なぜ先生がこのような破滅の道を好むのか、人生は不思議すぎて、私にはものすごく先に
ならないとワカラナイだろうなと思います…。




最新の画像もっと見る