温泉クンの旅日記

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xxx温泉 山梨・竜王付近

2006-05-06 | 温泉エッセイ
<災難温泉>


 あれは山梨県の竜王に近い、たしかxxx温泉に立ち寄り湯をしたときだった。

 浴場の入り口には履物が三足あった。どうやら三人先客がいるらしい。
 いつものように手早く衣服を脱衣籠に脱ぎ捨てると、ビニールをばりばり破いて
取り出したタオルを持って浴場の引き戸を開けた。

 おっ珍しいぞ。洗い場のところ浴衣を着た三助が客の背中を流している。
尻っぱしょりして・・・と、みると本当の尻で驚いた。浴衣と勘違いしたのは、
彫り色の真新しい刺青だったのだ。二の腕から背中一面、尻まで彫られていた。



 よくみれば、刺青三助がタオルでごしごしこすっている背中にも、薄汚れた刺青
がはいっている。薄汚れてみえるのは、幾星霜経たからか。背中だけでわからない
が、親分かもしれない。おっと、もうひとり刺青が洗い場に座っているぞ。しかも
鏡を使って、こちらを伺っているようだ。三助がタオルを持った手をとめ、ギロリ
とわたしに鋭い視線を投げつけてきた。
 あわてて視線をぼやかし先客たちのほうへ目礼を送る。凶器のような視線に反応
して、背中の産毛が逆立つ。回れ右して帰りたい衝動を押さえ込み、ことさら
ゆっくり歩を進めた。

 まったく災難はどこに転がっているかわからない。

 平静を装いながら手近な手桶をひとつ摘みあげると、浴槽のへりにしゃがむ。
ゆっくり足のほうから掛け湯する。気を落ち着かせるために、いつもより丁寧に
何杯も掛ける。
 背中に、またもレーザーのような視線をチクチク感じる。
 
 これで、こちらの背中にも刺青があったりしたら、てめえヒットマンだなどこの
組のもんだなどとオオゴトになるのだろうな。肩口から腰にかけて袈裟懸けに
切られた長い刀傷とか無数の弾傷などがあったら、それはそれで目を剥いて
向こうがこそこそ逃げ出すかもしれんぞ。残念ながらわたしの身体はなん針も
縫った傷だらけで火傷だらけなのだが、すべて下半身に情けなく集中しているので
ある。

「おい! そこのクリカラモンモン、堅気に向かってあんまりガン飛ばすんじゃ
ねえぞ。おまえに言ってるんだよ。三下のサン助」 
 こっちはたまの非番を楽しんでるんだからな。刑事ドラマみたいに、そう言って
みたいものだ。「こりゃダンナ、知らないこととはいえ、失礼しました。こっちは
もうあがりますんで、じゃあ」「ああ、ゴクドウさん」。なんていう具合には
いかないよなあ。

 ホテルの前の駐車場に大型のすべての窓をスモークにしたベンツが止まっていた
ので、車をだいぶ離して止めたがこれだったのかといま思う。
 刺青のひとはお断りします、と注意書きがあっても刺青したひとがそんなルール
を守るわけもない。これまでも温泉で刺青をいれたひとをみかけたことは何度も
ある。たいていは大勢の堅気のなかでのことだから、刺青者も実におとなしいもの
であった。

 それがどうだ。いまは逆転して、三人の極道者に対し、堅気はわたしひとりで
ある。
 ううむう、あーいいお湯だ・・・声をあげて湯船に身体を沈めながら、わたしは
深く考える。いったいどのタイミングで浴室を出るかである。浴槽からでて
真っ直ぐ更衣室にむかうのも、なにかおかしい。
 頼むから、堅気の集団でもドヤドヤはいってこいよ。空いている温泉が好きなの
に、強く願う。
 あの親分らしい背中の石鹸を流したら、三人ともまたこの浴槽にはいってくるの
だろうか。やだなあ。温泉を楽しむふりをしながら悩みに悩む。だからどんな温泉
だったかも判然としないし、どう切り抜けたのかも、いまいちハッキリしない。
それほどパンチのある温泉ではなかった気がする。もっとも、パンチパーマはいた
のは決して忘れないが。

 のぼせたのを自動販売機の牛乳で内側から冷まし、休み処のベンチソファに
腰掛けて煙草に火をつける。深ぶかと吸い込み、ため息とともに長く紫煙を
吐き出す。
 
 女風呂のあるほうから、高そうな仕立ての服をきた女性が歩いてくる。若くて
色っぽい美人である。自動販売機の前までくると立ち止まった。ふうむ。スタイル
もなかなかのものだ。災難のあとには、こういう眼福もなければいけない。
 男風呂から派手なシャツを着たさっきの三下がでてきて、その女に目をとめ声を
かけた。

 わたしは素早く立ちあがると腕時計をみて、「こんな時間か。さあ、行くかな」
とブツブツひとり言をいうと、足早に玄関に向かった。
 
 小さな声だが、たしかに三下はこう言ったのだ。「姐さん、お待たせして申し訳
ありません。あともうすこしでいらっしゃいますから」

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