201系電車と鉄道に関するブログ
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音源追加(2010/02/07)
500系のぞみ29号に乗車しました。
Nozomi Super Express

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201系の日
201系の日についてイナの独り言ブログに紹介がありました。
最近、すっかり八王子支社はチェックしていませんでしたので、驚きました。
3日には松戸地区で203系の日はやらないのでしょうか。
そういえば、207系も3両だか解体を免れているとか、そんな情報を見かけました。「長野総合車両センター 廃車置場」で検索すると見つかると思います。
豊田のトップナンバーも2休扱いらしく、何とかがんばって残してくれたのかなと思います。残る2編成もしばらくは残すような話もあって、ハンドル訓練もわざわざやっているようで、ちょっと期待してしまいます。うまく事が運ぶといいなと思います。
最近、すっかり八王子支社はチェックしていませんでしたので、驚きました。
3日には松戸地区で203系の日はやらないのでしょうか。
そういえば、207系も3両だか解体を免れているとか、そんな情報を見かけました。「長野総合車両センター 廃車置場」で検索すると見つかると思います。
豊田のトップナンバーも2休扱いらしく、何とかがんばって残してくれたのかなと思います。残る2編成もしばらくは残すような話もあって、ハンドル訓練もわざわざやっているようで、ちょっと期待してしまいます。うまく事が運ぶといいなと思います。
211系登場のころ
とあるブログの記事から211系登場時の記事を探してみました。

百科事典風のネット上の情報によれば1985年に登場したとのこと。
ということで探してみたところ、鉄道ファン1986年3月号(通巻299号)に新車ガイドが掲載されております、85年の年末に配属となった模様です。表紙は新京成のVVVFインバータ車8800系でその片隅にさりげなく211系も写っています、車両メーカーの工場内でしょうか。新車速報には東急9000系のイラストも紹介されており、各地に登場VVVFと書かれています。当時はまだVVVFが何たるか理解しておらず、現代のこのような時代が訪れる幕開けであったことにはまったく気づいておりませんでした。そういった意味から、今こうしてこの巻を手にしたことについて記事を書きたくなったような訳です。
一方、国鉄は当時201系、203系と続いたサイリスタチョッパ制御車の増備をあきらめ、添加励磁制御の通勤形205系の山手線投入、そして近郊形211系という流れは、鉄道ファンの方々は周知の通りです。そういった意味では211系を知るには205系の登場した背景についても調べる必要がありそうで、その辺はまたもう少し古い資料をいずれひもといてみたいと思っています。民鉄でVVVFが次々と導入されるころに国鉄は添加励磁のバリエーション展開を始めたことになります。国鉄は分割民営化の直前に207系900番台がVVVF車として登場しております。
ここからは想像になってしまいますが、いま改めて本誌を開いてみて、国鉄もいずれVVVFの時代が来ることはこの時点で十分認識していただろうと思います。そうなると、添加励磁はそれまでのつなぎということなのでしょうか。それにしては205系や211系によって置き換えられる規模というのは相当なものです。103系や111・113・115系の置き換えのタイミングが迫っていたのか、あるいは、民営化前の、新会社への負担軽減措置だったのか、いろいろな要素が考えられると思います。民営化された会社がこれほど急成長をするとは、VVVFがこれほど進化し繁栄するとは、当時の計画者には想定できなかったのかも知れませんし、想定していても少しでも安い新車を多く導入しなければならない事情があったのかも知れません。
201系にしてもコストが高すぎた、と叩かれ、205系では技術的に逆行した安物、と叩かれている記事をよく見かけますが、たまたま手にしたこの資料を今になってみると当時いろいろな事情があったのだろうということだけは想像できます。車両のスペックは新車ガイドを見ればいろいろ書いてありますが、ここに至る流れ、その先の予測、そして振り返ってみた現実、これらの一連のフォローは車両を研究するうえでは重要な活動といえるでしょう。
ついでにもう少しこの号の内容をご紹介します。
巻末の車両のうごきでは、205系が2本新製され、それに伴い首都圏内で103系が転属しています。廃車は101系が津田沼と武蔵小金井で合計6両。
特集はヘッドマークトレイン、これはJR化を前に各地のブルートレインにヘッドマークが復活したのを受けて特集が組まれたようです。復活の裏話なども運転局車務課の方が執筆されております。
新車ガイドのトップは211系ではなく、キハ59アルファコンチネンタルエクスプレス、北海道のリゾートエクスプレスの幕開けとなった車両といえます。その2が211系です。
最後にまえがき部分を引用・紹介させていただきます。
国鉄では数年前から昭和37年に製作した111系電車の取替えに着手しているが、111系電車に続いて製作した113系・115系電車についても60年代に取替えの時期を迎えることが予想される。いっぽうでは首都圏周辺の大都市近郊の輸送改善、旅客サービスの向上、経費の節減などから時代感覚に適合した新しい電車に関する要望が各方面から強く出されるようになった。
このような背景から、静岡地区の111系電車の老朽取替えと東北・高崎線の輸送力増強のために211系電車を新製し、東海道線と東北・高崎線に投入することになった。
引用終わり




百科事典風のネット上の情報によれば1985年に登場したとのこと。
ということで探してみたところ、鉄道ファン1986年3月号(通巻299号)に新車ガイドが掲載されております、85年の年末に配属となった模様です。表紙は新京成のVVVFインバータ車8800系でその片隅にさりげなく211系も写っています、車両メーカーの工場内でしょうか。新車速報には東急9000系のイラストも紹介されており、各地に登場VVVFと書かれています。当時はまだVVVFが何たるか理解しておらず、現代のこのような時代が訪れる幕開けであったことにはまったく気づいておりませんでした。そういった意味から、今こうしてこの巻を手にしたことについて記事を書きたくなったような訳です。
一方、国鉄は当時201系、203系と続いたサイリスタチョッパ制御車の増備をあきらめ、添加励磁制御の通勤形205系の山手線投入、そして近郊形211系という流れは、鉄道ファンの方々は周知の通りです。そういった意味では211系を知るには205系の登場した背景についても調べる必要がありそうで、その辺はまたもう少し古い資料をいずれひもといてみたいと思っています。民鉄でVVVFが次々と導入されるころに国鉄は添加励磁のバリエーション展開を始めたことになります。国鉄は分割民営化の直前に207系900番台がVVVF車として登場しております。
ここからは想像になってしまいますが、いま改めて本誌を開いてみて、国鉄もいずれVVVFの時代が来ることはこの時点で十分認識していただろうと思います。そうなると、添加励磁はそれまでのつなぎということなのでしょうか。それにしては205系や211系によって置き換えられる規模というのは相当なものです。103系や111・113・115系の置き換えのタイミングが迫っていたのか、あるいは、民営化前の、新会社への負担軽減措置だったのか、いろいろな要素が考えられると思います。民営化された会社がこれほど急成長をするとは、VVVFがこれほど進化し繁栄するとは、当時の計画者には想定できなかったのかも知れませんし、想定していても少しでも安い新車を多く導入しなければならない事情があったのかも知れません。
201系にしてもコストが高すぎた、と叩かれ、205系では技術的に逆行した安物、と叩かれている記事をよく見かけますが、たまたま手にしたこの資料を今になってみると当時いろいろな事情があったのだろうということだけは想像できます。車両のスペックは新車ガイドを見ればいろいろ書いてありますが、ここに至る流れ、その先の予測、そして振り返ってみた現実、これらの一連のフォローは車両を研究するうえでは重要な活動といえるでしょう。
ついでにもう少しこの号の内容をご紹介します。
巻末の車両のうごきでは、205系が2本新製され、それに伴い首都圏内で103系が転属しています。廃車は101系が津田沼と武蔵小金井で合計6両。
特集はヘッドマークトレイン、これはJR化を前に各地のブルートレインにヘッドマークが復活したのを受けて特集が組まれたようです。復活の裏話なども運転局車務課の方が執筆されております。
新車ガイドのトップは211系ではなく、キハ59アルファコンチネンタルエクスプレス、北海道のリゾートエクスプレスの幕開けとなった車両といえます。その2が211系です。
最後にまえがき部分を引用・紹介させていただきます。
国鉄では数年前から昭和37年に製作した111系電車の取替えに着手しているが、111系電車に続いて製作した113系・115系電車についても60年代に取替えの時期を迎えることが予想される。いっぽうでは首都圏周辺の大都市近郊の輸送改善、旅客サービスの向上、経費の節減などから時代感覚に適合した新しい電車に関する要望が各方面から強く出されるようになった。
このような背景から、静岡地区の111系電車の老朽取替えと東北・高崎線の輸送力増強のために211系電車を新製し、東海道線と東北・高崎線に投入することになった。
引用終わり



ATC−5形
先日総武快速に乗車したところ、ATC使用停止の表示を見つけました。

以前は横須賀・総武快速ルートでは、ATS−S、ATC、ATS−Pと3種の保安装置を搭載していましたが、ATS−Pへの統一という話になって、ATCはATSの上位にある保安装置ということで、なかなかATSへのレベルダウンの手続きは困難と聞いておりました。しかし、いつの間にかATS−Pになってます。そういえばATCは最近の車両には搭載されていませんし、いろいろな電車が乗り入れるようになってました。
錦糸町で流れた「ATCに切り替えてください、ただし〜」のボイス信号も聞けなくなってしまったのですね、寂しい限りです。

以前は横須賀・総武快速ルートでは、ATS−S、ATC、ATS−Pと3種の保安装置を搭載していましたが、ATS−Pへの統一という話になって、ATCはATSの上位にある保安装置ということで、なかなかATSへのレベルダウンの手続きは困難と聞いておりました。しかし、いつの間にかATS−Pになってます。そういえばATCは最近の車両には搭載されていませんし、いろいろな電車が乗り入れるようになってました。
錦糸町で流れた「ATCに切り替えてください、ただし〜」のボイス信号も聞けなくなってしまったのですね、寂しい限りです。
東急東横線
昨年から毎日東横線に乗車しておりますが、それ以前の映像を探してみました。
一番古い映像は7000系の急行桜木町行き。ポケットカメラの映像ですので、小学生か中学生の頃の撮影になります。

こちらは一眼レフを買ってすぐですので、高校2年の頃と思います。まだ7000系が走っています。

8000系初期形と思われます。先頭車にはまだクーラーが載っていません。

7000系北千住行きと8000系(8500系)。

8500系は田園都市線向け仕様だと思いますが、一部の編成が東横線において活躍していたと思います。

社会人になってすぐの頃にも東横線を撮影しているはずですが、まだスキャンが終わっていないようで、いずれご紹介したいと考えております。
一番古い映像は7000系の急行桜木町行き。ポケットカメラの映像ですので、小学生か中学生の頃の撮影になります。

こちらは一眼レフを買ってすぐですので、高校2年の頃と思います。まだ7000系が走っています。

8000系初期形と思われます。先頭車にはまだクーラーが載っていません。

7000系北千住行きと8000系(8500系)。

8500系は田園都市線向け仕様だと思いますが、一部の編成が東横線において活躍していたと思います。

社会人になってすぐの頃にも東横線を撮影しているはずですが、まだスキャンが終わっていないようで、いずれご紹介したいと考えております。
音源追加(2010/01/16)
久しぶりに音源を追加しました。
関東鉄道キハ2002

powered by SIEMENS(京急2144)(映像は2178です)

関東鉄道キハ2002

powered by SIEMENS(京急2144)(映像は2178です)

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