ホルモン屋徒然草〜珍しホルブロだ

新米ホルモン屋の親爺の日々。ホルモンのこと、店の出来事、周辺の自然や話題。

「凡人」の「年金」

2015-08-26 14:23:00 | 自然、読書、仕事、そして生きている
年金の支払い通知が来たとさ。



最初に勤めた恩のある会社から企業年金が支給されたのだが、届けている住所違いで数カ月遅れたおかげで、勤務年数に応じたほんのわずかな年金ながら「数回分」となるととても大きく感じたのだ。

いやいや、その在社時代の恩と、年金をいただける恩と、いや〜年金の歳になったのだという感慨が、金額以上のものを与えてくれたのかもしれない。

最初の年金くらい使わせてくれよと相方に懇願したが、もはや毎月追われている諸々の支払いの廻されたとの事後通告で、初任給でもあるまいし、まぁそんなものかと通知書を拝み感謝するだけで終わってしまった。



人は何かを背負って生きていると、この「凡人バッチ」は諭している。
  (これは2008年3月2日の「第1回北いわて凡人サミット」で吉成さん達のブースで買い求めたものだ。詳しくはワタシの過去のブログを。)

ワタシは何を背負って生きているのだろうか。
生きることに何も躊躇はしないし、生きるための目標や努力やご褒美など考えなくても生きていける歳にいつのまにかなった。

(閑話休題)

しかし、まぁ、人はそのときそのとき、都合のいい言葉を並べて生きていく。
今朝は、この言葉に息を詰まらせて一日が始まった。

「人は見たい現実しか見ない。」

なるほど。
ありがたい教訓ではあるが、それも良しと呑み込んで、仕事場に急ぐ。



PS:ありがたきお言葉 「人はパンのみで生きていくにあらず」



ワタシは今朝も通勤途中に上田の「ベーカリー麦」で朝飯のパンを買ったのです。高校生気分になれる、いい店。いい菓子パンやサンドイッチがたくさん「お安く」揃っています。
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パイナップルの缶詰

2015-08-20 10:21:59 | 自然、読書、仕事、そして生きている
小さいころの想い出はたくさんではないがあるもので(ワタシは記憶力が弱く同級会などでも小さいころの話についていけないのです)、十歳までひとりっ子の(妹とはだから十歳離れている)甘えん坊のワタシは母と食べ物の記憶がほとんどを占める。

母も体が弱く、ワタシもよく寝込んでいる病弱な子供だった気がする。

少し疲れていたり元気がないと、体にいいのよと農家のお隣からタマゴをいただき、殻に穴をあけてちゅるちゅると口に入れる。
タマゴは昔は貴重な栄養源で、その母からタマゴをいただく姿は、記憶薄弱なワタシの珍しく二次元で描かれたセピア色の想い出なのだ。
 (少し外れるが、ワタシは中学に上がるまで自分で卵を割れなかった。母方の生家に行くと朝飯に納豆と大好きな生卵が出たが、ワタシはもじもじして手を出せない。あらあらSちゃん、タマゴが嫌いなんだ、なんて下げられてべそをかいたものだ。)

そして、風邪引きなどの寝込んだときに必ず出てきたのがパイナップルの缶詰。
熱でうなされながら、あぁ風邪ひいて良かったなどと子供心に思った、その缶詰。

今朝、ほぼ空っぽな事務所冷蔵庫の中にパイナップルの缶詰を見つけ、先週はほとんど流動食で過ごしたし、今も咳と熱でまいっているので、こりゃやはり病人には缶詰と喜んで皿に移したのだ。



冷凍庫保存の食パン一枚にカニカマとチーズのトースト、卵焼き、牛乳、そしてパイナップルの缶詰。

う〜ん、贅沢。
パイナップルもおいし。
なによりその液汁がいいのだ。

子供に戻り喜んだのだが、その頃から染みついた節約癖か、一缶にあった4枚全部食べるのは贅沢と二枚を残してラップした。

そうそう、子供の頃はそのようにして、大好きなカジキも翌朝に半分残し、コンフリーの天ぷらも半分残し。

大切なもの、貴重なものは半分明日に残すのだ。

喜びと楽しみを半分ラップにくるんでで、ね!


PS1:一昨日の朝はマクドで朝マック。ソーセージエッグマフィン、ハッシュドポテト。うんうん、半分にして残しておきたかった、、かな?



PS2:ベアレンさんからオクトーバーフェストのポスターが届いております。当店も初日だけですが初めて参加します。楽しみですね。

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「ふくろう号」で ちょいと「シャリキン」をいただきに

2015-08-20 09:33:02 | 喰う、呑む
お盆の代休を17日(月)にいただいた。

ムスメは出勤。
相方は仙台に帰省。
それじゃと朝素麺をいただき、「希」を見て、長い二度寝。
体は睡眠以外の何も求めていなかった。

14時半ころ、おもむろに起き出し、着替えて出かける。



近くのバス停「星が丘」。

「ふくろう号」で友人の店「もっきり屋」に行こうと一週間前からココロに決めていたのだ。

ふくろう号」は花巻市内循環バスで、盛岡で言えば「でんでん虫」。
街中周辺を100円の料金で走る。

15時7分、定刻にバスは来た。
しかし驚いた事に(無知は何事にも驚く)、待っていたバス停の反対側に着いたのだ。
そういえばワタシの着いた数分前からおばちゃんが一人、あとから小学生が一人、バス停の反対側の何も無い歩道に立っているなと思ったら、やはりワタシが間違っていたのだ。

慌てて閉じかけたドアから入ると(後払い)、乗客は十人。
バスは意外にも普通の大型だったが、次の野田十文字で三人降り、次の松雲台で四人乗るなど、利用者は結構多い。

久しぶりの乗合バス旅は普段は緊張して運転しているマイカーとは違い、のんびりしたもので、あぁここはこうなったのかなどと街並みを覗けるのも楽しい。

意外にも細い路に入り込み、保険センター、花巻中学校前、文化会館前と行くのは車難民・お年寄りには親切だ。

都心に向かうはずのバスは意外にも大回り、滝の沢、中根子、石神町と湯口村出身者には懐かしい地名を廻り、さらに遠回り、桜木町、桜町を通りながら目的地に近づく。

橋の工事の関係で友人宅の前のバス停は工事中は使われないそうで、少し遠くに慌てて降りたが、なかなか楽しい旅だった。

どうせ持ち出しなら(赤字幅も多いだろうけど)、2時間に一本ではなく、小型でもいいから一時間に一本、そして右回り・左回り意外にも数路線あってもいいんじゃないかと思うのは、小市民の勝手な発想だろう。
もう間近の車難民の歳を考えると、本当にありがたい公共交通機関なのだと実感。
医師会・薬剤師会で協力して、市内有名医院循環バスなどあってもいいじゃないか。
花火みたいに、本日このバスは○○医院様のご提供ですので、○○医院には十分の停車となりま〜す、なんてのもね!?

さて、前置きが長いのはいつもの事。
そういう訳で16時前、「ふくろう号」で「もっきり屋」に着いたのだ。

先週は体調芳しくなく、相方の付き添いで酒も呑まず、二人で七百円也という恥をかいたので、今日は少し頑張りたいと思うのでした。

いつものハートランドからハイネケンと呑みつぎ、いよいよ最近話題の「シャリキン」。
作り方はいろいろあるが、友人はかき氷機を使って、クラッシュアイスにキンミヤを注ぎ炭酸で割った「シャリキン」。
(ワタシは特注で自家製ウメ割りにしていただく)
喉越しも良く、ついつい杯を重ねる。



  ※「シャリキン」については「このページ」参照。
  ※「マネ」は大好きなので、ワタシも店で「シャリキン」にトライしようと思っています。早ければ今週末からかな。楽しみにね。

杯を重ねると言っても病み上がり。
ほんの二杯でもう限界か。

19時近く、近所の常連さんがちらほら座り始めた辺りで、珍しく残業で遅れてムスメが迎えに。

アルテマルカンでカツオとカジキを買って、ムスメと自宅で二次会。
22時にはキューパタン。

まさしく素敵な休日だったのである。
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天国と地獄 ささやかな天国編

2015-08-14 13:08:36 | 喰う、呑む
前号の地獄編に堕ちる前に、ほんのささやかな天国の時があった。

夏の二大イベントの屋台出店、「松園夏まつり」「盛岡さんさ踊り」を終え、20日ぶりの完全休養日。
地獄が釜の蓋を開けて待っているとも知らぬ、その日の久しぶりの家族集合ブランチは、定番のマルカン大食堂はお盆前・夏休みでいっそう混んでいるだろうと、「吉野屋」に決めていた。

花巻の吉野屋が空港前から旧4号バイパスに移転し「そば処吉野屋」になってしばらくたつ。
ファーストフーズ業界を撃つ大波の中で「牛丼」一辺倒のの吉野屋から打開すべき一つの試みなのだろう。

店に入り注文して待つ間に業界人らしく少し考えた。
一、蕎麦と牛丼の相性はよく、違和感はない。
二、(花巻店を見ながらだが)従来の牛丼層のほかにも少し年齢の高い人や、「家族」を新たに取り込めている。ただ、この日は日曜日だったからか個人客より家族・二人以上のペア客が多く、狙っていた線だとは思うがおざなり感の強いテーブル席が不足するように思える。
三、客も牛丼派より、「蕎麦+丼」派が多く、それぞれの単品のレベルも高くいいのだが、作業工程・食材数・厨房設備度そしてなにより従業員の手数・頭数・熟練度が必要で、これが店舗展開の楔になっているのかなと思う。
四、肝心の蕎麦だが、好き嫌いはあるだろうから個人的な「舌」が思うままに記すと、謡込みの「そば粉100%」はさてどうなのか。ややもすれば粉っぽいし喉の通りも良くない。名人技で「打つ」蕎麦は醍醐味があるだろうが、巷に蔓延している「冷麺 押出機」風の「ところてん」蕎麦は名前だけで退散したくなる。「いいうたい文句」ではあるがリピート客を持つには再考も必要かなと思う。いや、全然まともなんだけどさ。

ってなことで、「吉野屋」派のワタシがこんなことを考えて心の中で応援歌を歌っているうちにお料理到着。



最初に来たのが、意外にもワタシの頼んだ「うな重(小)とそばセット」。そばは「冷しかけそば」(ほかに「もりそば」「かけそば」が選べる)。

お分かりのと降り、今日の主目的は「鰻丼」いや「うなぎ」そのもので、スーパーでさえ二千円近い高級魚になってしまった我が愛する鰻様を、当店夏の二大イベント打ち上げを理由にして、何とか食べたいという魂胆だ。

それが、注文時点で(小)を選んだケチが身に染みついたワタシだが、来たものを見て「何だ、充分ではないか」と喜んだ。
決して(小)などと記されるほどじゃないよ、君は。これでこの値段なら、いったい知らんぷりして消費税分を転嫁したりしているスーパーは泥棒じゃないかなどと、ふと思ったりした。

先日は、これも鰻を何とかして喰いたいあまり出た奇策、回転寿司でいただいたが、今度は身もしっかり。半身のさらに半分は(いやいや)娘と相方に差し上げたのだが、積年の恋が実ったようなお鰻様との再開に、つい目がうるうるしちまったぜぃ。

PS:お気づきの方は居ましょうが、写真上の「サッポロ黒ラベル」は大人としてのランチのたしなみです。ただ、これはこの後、数日続く地獄への最後の餞になろうとは。

PS2:吉野屋様。一緒に来た木のスプーンはなんざんしょ。丼も重もがっつくもので、箸は使うがスプーンはね? いまどき なのか?



娘は「2種の鶏天丼とそばセット」。



相方は「海老と貝柱の天丼とそばセット」。

ついでに「きす天」。

それぞれの天ぷらも良く、そばも良し、さすがに「吉野屋」である。

余談だがワタクシ思うに、ファーストフード店は二つに分かれる。

熱狂的にメニューにほれ込んだオーナーの意志が伝わるファーストフードスタイル提供店と、

業種業態はなんでも良かったのだが投資回収率が良く、回転の早そうで、人気が高く、イージーに店舗展開して売り上げが伸びそうな業界だなと、リピートだけを強く期待する投資家が展開するファーストフード店。

牛丼でいえば、前者が「吉野屋」や「松屋」で、後者が「△△△」だな。

おっと、余談、余談。


そんな久しぶりの平和な家族ブランチ。

なんで花巻にあって盛岡にないのか不思議な「吉野屋」の「そば処」の、とある日曜日の、天使が微笑むような日和。


その数時間後、ワタクシは先に書いたちょっと大げさな「地獄」の時間帯に突入する。
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天国と地獄 地獄編

2015-08-13 12:17:19 | 自然、読書、仕事、そして生きている
タイトルほど大げさなないようではない。
人に伝える内容でもないし、愚痴の一種だと思って、おもいっきり寛容で暇な方のみおつきあいいただきたい。


当店屋外催事の二大イベント、「松園夏まつり」(7月25〜6日)、「盛岡さんさ踊り」(8月1日〜4日)が終わり、酷暑をなんとか切り抜け例年ならさんさ翌日あたりに臨時休業をいただいていたが、催事と比べ実績があまり芳しくない店の予約がパラパラと入っていたので、完全休養は8月9日(日)の定休日まで延びた。

酷暑である。
4月後半から「真夏」が波状的に何度も来て、最後は居すわった感があり、今年は湿度も高く夕立もなく夜中中暑かったから予想以上に体にダメージは残っていたのだろう。

なにせ、「さんさ」の4日間、会場の「中の橋 プラザおでって前広場」で都合30時間強陣取ったが、一度も用足しに行っていない。
いびつな筒の先からチョロチョロと出る前に汗として蒸発してしまうのだ。

最初の不幸は「松園夏まつり」の初日。
記憶力と準備が不足していた。
会場の「松園中央公園」は砂場で、ちょっとの雨でも足場が悪くなる。
だから、それでなくとも重い機材を置くテーブルには、キチンと下にコンパネを敷いた。

問題は自重がやや多い我が身、我が足なのだが、今回、催事中に右足が砂場にすっぽりはまり身動きがとれない。
対策をとろうにもおかげさまで始終、行列だ。

次の日は下に木の板を敷いて凌いだが、初日の無理な体勢で右足の薬指あたりが痛い。
骨折かひびが入ったか、あるいはこの場所は学生時代のバイト時に100キロはある冷凍機を運んで太い釘を踏みつけ、一カ月ほど寝込んだところで、毎年この時期に思い出したようにうずく。

治るかなと思いきや、次の日から右足の厚みは左足の倍となり靴を履くのも不自由する。
いや、歩けないのだ。

さんさ期間中、会場の中の橋から店に戻る途中、あ〜ら、をの字の旦那、とうとうあたったべか?
という会話が聞こえてきたが、杖をついて歩く姿は、見た目はまさしくその通りであった。

まぁしかし、痛いのもいずいのも2週間立てばなんとかなるもので、かかりつけの皮膚科も内科もこの足の件については「ほっといたら」という反応で、今日なんかは厚みも戻り痛みが少し残るだけである。

(この件に関してはワタクシの葬儀委員長であるK歯科医師に多大な心配をかけた。早く救急病院に行けという矢の催促を無視していたら、そのご通信がない。二人の数十年の親交は終わったのかもしれない。彼はけがより持病の静脈瘤の方を心配していて、実はワタシもそうだった。)

さて、長い話は途切れないが、脈絡もなく時空を自由に飛び交う。

その久しぶり、20日ぶりの完全休養日8月9日(日)の昼間では、ご苦労さんとばかりに天使からご褒美をいただいた(後述:天国編)。

しかし、その直後、帰途に近くにできたばかりの花巻生協に立ち寄るときに、体が車から出たくないと駄々をこね始めたのである。

休養よりは苦労、休息よりはチャレンジという長年のモットーも、還暦とともに「体に聞いてから動こうね」となってきたワタシではあるが、久々の自宅、久々のきらきらした魚、今ならカツオかイカか。
この重要ポイントを中年女と年端もいかない少女にまかせるわけにはイカンと、カートに導かれながら重い体で売場を丹念にチェックした。

しかし、歩くほど体は重くなる。
さっき呑んだ350ミリリットルのサッポロ黒ラベルのせいか?
否、
いやなんだろうと思いながら、渾身の力で帰宅し寝る。
実はその後、少しだけ例の「もっきり屋」に顔を出したのだが、日本茶一杯で帰る。

夕食も三週間ぶりの我が家の夕餉ながら、缶ビール半分。

翌朝、正体はばれた。
たぶん風邪だろう。
そうとうの高熱にやられていたんだろう。
(ワタシは熱には強い方で、翌朝の内科の計測は37.5度であったから、たぶん39度以上あったと思う)
夜中中、寝れない。
左右に向きを変えても胃液が食道に逆行し、熱いものがこみあげる。
これがしんどい。
座っていれば何とかなるから、修行僧のようにソファーに座り込んでうたた寝するが、しょせん無理はある。

翌日のかかりつけ内科医の判断も風邪で、「ああ、内臓がやられたね」という。

信頼すべき医者からぽつんと出る、きっと悪意はないが、さりとて胸にぐさっと刺さる言葉ってあるよね。

風邪と長い間の酷暑による消耗で、すっかり喉と胃袋がやられたみたいだ。

そのご今日(木曜日)まで固形物はとらず、液体と薬で体を治す方向に向かわせようとしている。

体がご機嫌に、さぁ治ろうと言わない限り治らないし、この歳では体がそう思っても神が無関心になる場合が多い。

なんとか店は開けながら続けるが、今日から従業員も夏休みだし、半病人とその妻でどうなるのかと我ながらそう思う。

(長文、おつきあい、ありがとうございます。これを書けるまでは体力が持ち直したといい方にとらええいただければ幸いです。)
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