能登半島

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高山右近

2007-05-29 | 能登雑記
戦国時代~江戸時代初期活躍した高山右近(高山長房または重友1552-1615)は豊臣秀吉のもとで活躍した武将です。キリシタン大名として知られる高山右近は千利休の七高弟(利休七哲)の一人としても数えられています。

豊臣秀吉のキリシタン禁教令による改宗命令に従わず信仰を守ることと引き換えに領地と財産をすべて捨てることを選んびましたが、その才能を惜しんだ前田利家に客将として迎えられ、前田利家・利長親子に長らく使え側近として加賀藩を支えたといわれています。加賀藩では26年間に渡り暮らした高山右近ですが、再び徳川家康によるキリシタン追放令によって家族とともにフィリピンのマニラへ追放となり、追放先のマニラで1615年に亡くなってしまっています。

能登半島の西側に位置する志賀町には高山右近の知行地があった縁で、高山右近が亡くなった後に帰国した長男十次郎とその子孫が代々移り住んだと言われ、マニラから持ち帰った高山右近の遺骨の一部と移民が葬られた墓が残されています。

墓参に行って来ようかなかと調べてみたところ、お墓はちょっと分かりづらい場所にあるようです。観光施設や有名な文化財ではないので案内もほとんど無いようです。地図で見ているとちょっと混み合った集落を通り抜けるようですが、曲がるポイントが地元の人でないとなかなかわからないそうですが、近日捜してみようと思っています。
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